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第三十話 ようこそわが家へ その一

 エンディミオンには街の中に水路があるだけでなく、公共の水場もいくつか点在している。もちろん尻尾のない鼠地区にはそんなものありはしないが、ここ黒猫の尻尾通りにはちゃんと存在する。


 今日も朝早くから、籠いっぱいの洗濯物を持って来た奥様方が井戸端でおしゃべりをしている。どこそこの家庭が上手くいっていないだとか、どこかの家に盗賊が入ったとか、勇者がずっと従軍司祭としかいないから二人はできてるだとか、実は人望がなくて他のメンバーをまとめ切れていないとか好き放題に話している。


 特に話題の中心として挙がるのが、最近エンディミオンで頻繁に起こっている怪事件についてである。


「聞きました?また出たんですって、墓荒らし」

「小売り通りの“搦め手”さんのお墓が掘り返されたらしいですよ。一緒に納めたお供え物には手を付けられていなくて遺体だけ持ち帰られたとか」

「ほんと気味が悪いですわ。でも、ちょっと前に合ったリビングデッド事件となにか関連してそうですよね」

「聞いた話だと新しいゾンビをつくる実験だったとかなんとか」


 当事者でもないというのに意外と的を得ているというのが恐ろしい。井戸端会議をする奥様方の情報網には感嘆せざる負えない。


 洗濯はさておき、おしゃべりに夢中になっている井戸端の女たちのうち一人が井戸端へ近づいてくる人影にはたと気が付いた。


「あら!キャシーちゃんじゃない!おはよう」

「おはようございます」


 褪せた金髪をミディアムショートに揃え、左目を眼帯で覆ったキャシーは律義に頭を下げてあいさつする。途端に井戸端の女たちがおしゃべりを止め、キャシーへと視線を向け、次々に柔らかい表情で挨拶していく。キャシーはなぜか井戸端に集まる女たちにウケがいい。たぶんアンデッドだということには気が付いていないのだろうし、また田中を甲斐甲斐しく世話するところが井戸端の女たちの評判に繋がっているのだろう。


「あらー今日も可愛いわね。あ、左目のやつ、今日はクマなのね。似合っているわよ」

「えへへ。本当ですかぁ。これまえにご主人が買ってくれたものなんです!似合っててよかったぁ」


 血の気のない頬を薄く赤らめてはにかむキャシーを見て、逆に井戸端の女たちの表情も緩む。


「あらあら。いろんなとこに土が付いてるけど、どうかしたの?」


 どうやら指に土がついていたらしく、照れくさそうに掻いた頬が汚れている。よくよく見れば、指だけではなくキャシーは畑仕事でもしてきたかのように体中土と泥に汚れている。井戸端にやって来たのも汚れを洗い流そうと思ってのことだ。現にキャシーは肩に担いだ使い古されたシャベルと、左手で引きずっている人一人なら余裕で収まりそうな汚れたずた袋を適当な所に置いて、手近な桶に手を伸ばしている。


 キャシーは視線を下げて自分の体を確認した。


「ああこれですか?さっきちょっと墓を暴いてたんで、その時に汚れたんだと思います」


 田中はアンデッドを作ると言ったが、無から有は作れないようにアンデッドも突然虚空から現れるわけではない。もちろん素体となる死体が必要である。ではその死体はいったいどこから調達してくるのだろうか。


 井戸端の女たちはキャシーの返事に言葉を失った。


 キャシーは相変わらずニコニコ顔のまま汚れた服を脱いだ。もちろん畑の土や泥ではないのだろう。


 そして数瞬の間を空けて、


「キャシーちゃん……すっごくタイムリーな冗談ね!ちょうど私たちも墓荒らしの話してたのよ!」


 あくまで冗談だと思った井戸端の女たちはキャッキャッと笑う。まさか目の前に当事者がいるとは思いもよるまい。


 キャシーは桶で水を汲むと、一思いに頭から浴びた。足元で茶色い水が流れていく。


「はぇー、墓荒らしですか。物騒ですね」


 そう言う割にはあまり感情がこもっていない。


「ほんとそうなのよ。夜な夜な出るらしいわよ。しかも噂だと人じゃなくて見たこともない怪物だとか」


 人外の怪物と言われてキャシーの顔がみるみる険しくなっていく。


 ――そりゃ見つからないよう明かりもなしに真夜中で作業をしているとはいえ、いくらなんでもあんまりじゃないですか!


 キャシーの反応を怖がっていると勘違いした井戸端の女たちは、畳みかけるように自分たちが聞いた「恐ろしい怪物が墓を掘り返している」という内容を話し始める。


 やれ大きな爪で掘り返しているだの、やれ数人まとめてずた袋に入れて持ち帰るだのと、おどろおどろしい噂がいくつも出てくる。キャシーは話半分でしか聞いていなかったが、次第にその話の荒唐無稽さに呆れを通り越して噂の出所をぶっ殺してやろうかと真剣に悩み始める。どこのブンヤだろうか。


「ね、怖いでしょ!」


 井戸端の女たちはそう言うが、自分たちも怖いとは絶対に思っていないだろう。良くも悪くもただの噂なのだ。


 前髪からしたたり落ちる水滴をぬぐい、曇り切った表情でキャシーは言う。


「ほんと怖いですね!いったいどこの誰なんでしょうね!」

つづく

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