第五話 その都市警、新米につき その二
「いやぁニトさんも大変でしたね。ですがご安心をここで会ったが何かの縁。私は心が大海原よりも広いので役所の犬だろうがばっちり助けてあげます!」
「あ、ありがとう……」
なんかこの子、都市警ってことに対して風当たりが強すぎやしないか?言葉のチョイスがどうも煽っているようにしか聞こえない。
今度は私から質問してみる。
「キャシーは見た目からするに屑拾いよね?てことは廃墟街にも詳しいの?」
「ええもちろん!」
「じゃあ帰り道もわかるってことね!できたら安全なルートでお願い!」
「帰り道……帰り道ですかぁ……」
あらぬ方向を向き、へたっぴな口笛を吹くキャシー。
ちょっと待て。
なによその不安にさせるような反応は?
「いえなんでもありません。ええ、何も」
私は見逃さなかったぞ。首元に一すじの汗が流れるのを。
「さてはあなたも帰り道がわからないんじゃ……」
ギクッ、とキャシーは露骨に肩を跳ねさせた。なんつーか、もうそのあからさまな態度が全てを物語っている。
「実は……道とかはご主人が決めてましたので……私はもっぱら物理で殴るのが専門です。ちょっと、そんな白い目で見ないでください。心が折れてしまいそうです」
キャシーはもごもごとまごつき、声がどんどん小さくなっていく。
私もわからないから偉そうなことは言えないけど、しかし見るなというのはまた別の話である。
「てことは土地に詳しい相棒がいるわけね」
「相棒じゃなくてご主人です。プライベートもパートナーといっても私的には問題ないです」
ご主じ……つっこむのはやめておこう。この世には知らないほうが幸せなこともある。たぶん。
「じゃあどうするのよ……」
キャシーは胸を張り、得意げに言い放つ。
「すぐにご主人が見つけてくれるから大丈夫でしょう」
その自信はどこから湧いてくるんだ?私は不安でしかないぞ。
しかし、そんな私とは対照的にオーク肉にかぶりつくキャシーの姿からは不安など一切感じられない。無理やり不安を消し去るようふるまっている、などではないのだろう。そこまでキャシーのご主人とやらに全幅の信頼を寄せているに違いない。ご主人と言うからには忠誠心のほうが適切か。
どんな人なのか少し興味がわいてきた。
焚火が爆ぜ、火の粉が舞い上がる。
しばしの静寂を破って唐突にキャシーが私に尋ねてきた。
「ニトさんはなぜ都市警として働いているのですか?平和を守ろうとか豊かな社会を、などと叫ぶ他の都市警ほど正義感が強そうには到底見えませんが」
大きなお世話だ!
都市警らしくないというのは重々承知している。同僚には正義感の塊のような面倒なやつらはごろごろしていた。本来そういう輩が務める職なんだとは思う。しかし、そんな都市警の中にも私みたいな人はいるはずだ。だから後ろめたさなんて感じることなく堂々と私は言う。
「そんなもん決まってるじゃない。食い扶持がなかったからよ。農村出身の田舎娘が都市で手っ取り早く社会的地位と金を手に入れるには、路地裏的な職業以外だとこれくらいしかないのよ。もっとも私は事務職を希望していたはずだったのに、なぜか実働部隊に配属されたけど」
ほんとどうして鎧に武器もって廃墟街を駆け回らねばならんのか。私の豊かな未来計画がちょっとずつ狂ってきた発端として、いまだに解せぬことだ。
「私は参事会とか市民を守るとか豊かな社会とかはどうでもいいの。まずは自分の衣食住よ。それが全て」
キャシーは、初めはきょとんとした顔をしていたが、あたしが話し終えるころには口角を少しだけ上げていた。その目は意地悪そうに細めている。
「さっき役所の犬なんて言ったことは訂正します。ニトさんは犬なんかじゃありませんね」
若干とげがあるような言い方だが、それでも役所の犬なんて蔑称を撤回してくれたのは少しうれしい。正直あんな暑苦しい奴らと一緒にされるのは少し嫌である。やれ社会のためだやれ市政のためだとか、そんなこと気にするよりももっと自分に忠実でビジネス的に淡々と職務をこなすべきだとあたしは思っている。
思っているだけで口には絶対に出さないが。
そんな話をしている間にオーク肉は全てキャシーの腹の中へと納まっていた。相当な量があったように思えたんだけど、彼女の食欲は底なしか!?
さらに他の串焼きにまで手を伸ばしている。追加の獲物を仕留めてきそうな勢いである。
それはさておき……。
私はちらりと横目で盗み見た。キャシーが背負っていた大剣が、彼女の後ろで無造作に転がされている。
一目見ただけでこの剣が相当なお値打ちものだということは素人の私にだってわかる。術式が二重三重にも付与されており、そこらへんの武器屋で買えるような代物ではない。あたしの支給品の槍や剣とはお値段の桁が違うだろう。
「話は変わるんだけど、キャシーの剣ってどこで手に入れたの?」
「これですか?」
キャシーは大剣を軽々と片手でつかんで見せる。ほんとこの子の腕力はいったいどうなってるのよ?
「そうそう。剣の褒め方ってあんまりわからないから月並みなことしか言えないけど、勇者とか最高ランクの冒険者とかが持っててもおかしくないものよね。廃墟街にはお宝があるってよく聞くけど、それも廃墟街で見つけたの?」
剣の大きさから使える人間は限られてくるが、使い手さえ選んで売り払えば一財産になるかもしれない。などとげすい考えが私の頭の中にむくむくと湧き上がってくる。さすがに奪ってまで売り払ったりはしないけど。てゆーかそんな素振り見せた瞬間に斬り伏せられそうだけど。
キャシーは大剣をまじまじと見据えると、「わかりません」と肩をすくめた。自分の武器の出所がわからないというのはどういうことなのか。
「この剣は初めての廃墟街探索に出かける前にご主人から頂いた物です。ですからこの剣の入手先など私は把握しておりません。ただご主人は使い手もいないしちょうどいいか、と言いながら物置からとってきましたので、ニトさんが言うようなそれほどよいものではないのでは?」
キャシーは大剣を鞘から抜いた。焚火のものではない、別の赤光が大剣からにじみ出ている。
その剣身を見て思わず感嘆の声が漏れた。
一般的に魔術付与された武器は淡い青色の光を放つ。私の剣も槍も鎧も青っぽい色を出している。私は魔術師でもないから仕組みはわからないけど。しかしチカラある魔術師によって魔術付与されたものは赤い輝きを放ち、例えなまくらであろうが名のある名剣に匹敵する切れ味になるとか。その分お値段もべらぼうだとか。
キャシーは大剣を鞘に戻した。
「ですが私の剣よりも、おそらくご主人のものの方がすごいと思いますよ」
ちょっと気になる。こんな代物をほいほいと貸してしまうような人なのだからさぞ逸品なのだろう。
「詳しくは覚えていませんが持ち主の魔力を吸ってパワーアップするとかしないとか」
私は思わず耳を疑ってしまった。
なんだそれ?すごひぞ。
でも……と湧き上がる笑いをかみ殺してキャシーは続ける。
「ご主人、剣の腕はからっきしなんですけどね」
「なによ、それじゃ宝の持ち腐れじゃない」
「私もそう思います」
こらえきれなかったのか、顔いっぱいに笑いを広げながらキャシーは同意した。
つられて私も笑ってしまう。キャシーの言うご主人という輩がどんな人かはわからないが、一つだけ納得できることがある。
こんな笑顔を見せられたら、キャシーのために名刀だろうが名剣だろうが何だって貸してしまうわ。
そんなこんなで夜が更けていく。
つづく




