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第二十九話 蠢く影と彼の決意 その二

 窓を閉じ切っているせいか、玄関からまっすぐ伸びる廊下はまだ太陽が高いところにあるというのに薄暗い。しかしそれでもわかるくらいに、足の踏み場もないほどに田中の私物が、調度品が、食器が散乱していた。局地的なつむじ風が家の中で起こったとでもいうのか。


 田中は眼下に広がる惨状を前にたっぷり十秒ほど言葉もなく立ち尽くしていた。そのままふらっと、リビングデッドのような足取りで家の中へ入っていく。


 キャシーはというと、かける言葉もなくちらちらと反応を見ながら田中の一歩後を付いて行く。


 廊下を少し進んだ先にあるキッチン兼リビングを隔てるドアを開けた。引き出しという引き出しが全て開けられ、タンスや棚がひっくり返って中身が床一面に散乱していた。足の踏み場がまるでない。頭がくらくらしてきた。


 キャシーは目を反らし、天を仰いだ。


 田中はというと、すぅと息を吸い込み、


「――なんじゃこりゃああああああ⁉」


 魂の絶叫が荒らされた部屋に木霊した。




 亜麻色の髪がふわりと揺れた。


「うわあ……これはひどい。盗賊に好き放題やられてるわね」


 田中の通報を受けて都市警達が駆けつけてから遅れること四半刻、ニトが現場を見た時の第一声がそれだった。他の巡察官は家中を調べ、盗賊が残しているかもしれない痕跡を探しているというのに、ニトは遅れてきたばかりか田中の横で苦笑いをしていた。


 他の巡察官とは違って鎧も身に着けていなければ武器も持たず、本当にふらっと立ち寄ったという感じだ。


「……よりにもよってなんでお前が来るんだよ」


 ペストマスクのせいで田中の表情はわからないが、声音からして不満を隠そうとしていないし、なんなら歓迎していないのも明白だ。


「そりゃあもうタナカの家が盗賊に荒らされたって聞いたんだから、すぐ駆けつけるに決まってるじゃない」


 つまりは冷やかしである。とうてい都市警のものとは思えない言葉に田中はため息をつくことしかできなかった。いったい何回目になるため息だろうか。今日一日だけで数えきれないほどのため息をついた。つかざるを得なかった。


 キャシーは隣で憤慨しており、犯人が特定できるなりバルディッシュを担いで突貫しかねない勢いだ。おそらくお気に入りの皿が無残にも割られていたからだろう。それを見たキャシーが発狂しかけたのをこの目で見た。


 田中は傍で倒れている椅子を起こして座った。よほど荒っぽく倒されたのか椅子にも床にも細かい傷がついている。


「で、わざわざやってきておしゃべりだけしかしないのか?」

「もちろん事情聴取くらいはするわよ。さもないとサボっているように思われるでしょ」


 サボっているくせに。田中は喉元まで上がってきた言葉を強引に飲み込んだ。


 いくら相手はニトとはいえ現場検証してもらっている身としては、都市警の巡察官に強く出られない。もう一度言うが、たとえ相手がニトだとしても。


 現場検証が終わったのかしてぞろぞろと巡察官がやってきた。


 私が報告するから、とニトは巡察官たちに言い、代わりに羊皮紙のメモを受け取った。ニトは同僚から渡されたメモに軽く目を通すと、


「じゃあ一応現場検証の結果だけど――盗賊は窓をぶち破って侵入してるわ」


 さきほどから家の中に風が入り込んできて肌寒い。しきりに貧乏ゆすりをする田中は顔をあげると一言つぶやいた。


「……見ればわかる」

「足跡からおそらく二人組。あまり腕のたつ盗賊ってわけではなさそうね。窓から入って玄関から出て行くなんて。ゴロツキ崩れの盗賊かしら」

「だろうな。ゴロツキ以下のクソ野郎が……」


 ニトは報告書から顔を上げると、その眉間にしわを寄せて田中をまっすぐ射るように見た。


「イライラするのはわかるけど、私に当たるのは止めてくれない?」


 貧乏ゆすりがぴたりと止まった。


「うむ……それはすまん」

「わかればよろしい。んで話を戻すけど、特徴といえば部屋という部屋ぜんぶがびっくりするくらい徹底的に荒らされてるのに、高価そうなものとかそれこそ現金には手を付けられてないのよね」


 おかしいなあとニトは首を傾げた。


 巡察官の調べ通り、強引に金庫がこじ開けられてはいるが中に入れていたお金も廃墟街産の物品も不思議なことにそのまま置いてある。書斎の魔術付与弾も全弾そろっている。空き巣にしか思えないが何も取られていない。もしくは何かをしたカモフラージュに部屋を荒らしつくしたのだろうか。


「犯行が大胆すぎて物音とかもすごかったと思うんだけど……家人が帰ってくるまでに逃げるのも難しそうだし」


 ニトは思いついたように手をポンと打った。


「長期留守にしていた?」

「ちょっと入院してた。キャシーも付き添いでずっと留守だった」


 田中の返答にニトは目を丸くした。


「もしかして、ちょっと前のギルド抗争に首を突っ込んだの?」


 ギルド抗争……たしかパン屋ギルドとお菓子屋ギルドの抗争だったか。隣のベッドでうんうん唸っていた患者を思い出す。たしか抗争の時の火傷で運ばれたとか何とか。


 まあ同じ時期に入院したとわかればそう訊いてくるのは当然か。


「あー……違う違う。食あたり。二枚貝に当たった」


 ニトは肩透かしを食らったように間抜けな声を漏らした。


「はあ?食あたり?なによ、心配して損したわ」


 そしてわき腹にぐりぐりと握りこぶしを押し当ててくる。入院が必要なほど大変だったのだが、どうにも彼女の中ではお腹を壊した程度という認識らしい。詳しく説明して納得させるなんてそんなナンセンスなことに労力を割く気など毛頭ないのだが、それでも解せない。あと少し痛い。


 田中とニトが話していると、キャシーが割れた皿を両手に持ってやってきた。この前奮発して買ったお高い皿である。お揃いがいいとキャシーがねだるので、もう一つ同じのを探すのにとても骨が折れたのを覚えている。


「ご主人、食器類はほぼ全滅です。調味料や保存食も散乱して目も当てられない状態です」


 先程まで激怒していたキャシーだが、しょんぼりとどこかあきらめた雰囲気が漂っていた。いくらキャシーとはいえさすがに堪えたらしい。とどめに割られた皿だ。


「掃除と使えなくなったものの補充、盗品リストの作製等々考えるといったいどれだけ時間とお金がかかるのやら……」


 そこから先は言葉にならなかった。


 家主が長期間不在にすることを知っての大胆な犯行。


 今回は入院だったが廃墟街へ行くのだって長期間留守にするのと等しい。


 正直、窓を割って入られたらいくら施錠しようが意味がない。それこそ全部の窓に施錠の魔術をかける必要がある。無論そんなこといちいちやってられない。


 明らかに田中を狙っての犯行。そして金品の類が獲られていないことを鑑みると……おのずと犯人の目的も見えてくる。


 頭の中で思考がぐるぐると巡る間、田中は腕を組んでずっと黙っている。ニトとキャシーは急に黙り込んだ田中を見ながらどうしたものかと待つ。


 先に口を開いたのはニトだ。


「思うんだけどさー。屑拾いは廃墟街に行くのが仕事だから、また狙われることもあるんじゃない?」


 しかも不吉なことを言ってくる始末だ。田中に大きな反応はない。ただペストマスクのせいでくぐもって聞こえにくいが、何やら小声でぶつぶつと呟いていることにニトは気が付かない。田中を直視しないようにぷいとそっぽを向きながら、


「そうだ、良いこと思い付いたんだけど……タナカがどーしてもって言うなら私が住み込みで留守番してあげようか?ほら私都市警だし、盗賊程度なら返り討ちにするなんて朝飯前だし。ほんと仕方なく……仕方なくだけど、どう?」


 ちらっと田中を見る。


 反応は――


「……きた」

「へ?」

「あったまきたっ!」


 いきなりの怒号にニトはおろかキャシーもびくりと肩を震わした。


 よほど腹に据えかねるようで田中は握った拳をわなわなと震わせている。


「絶対に許さん!盗賊どもめ……必ず見つけ出して自分の体が引き裂かれる音をBGMに、いったい誰の家に空き巣をしたのか死ぬ間際に思い知らせてやる……」


 単純にキレていた。


 憤激する田中を前に、ニトは口元をひきつらせて無意識に一歩後退った。


「えーっと……思い知らせるのは別にいいけど、五体満足で都市警に引き渡してよね。絶対に神の元へ送ったりなんかしないでよね」


 しかしながら、ニトの忠告はどうにも田中の耳に届いているようには見えない。悪役めいた含み笑いをペストマスクからもらしている。


「……大丈夫かなあ?」


 法を犯す気満々な田中を前に、呆れたようにニトは小さくため息をついた。


 もちろん大丈夫なわけがないのだが。

つづく

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