第二十八話 傭兵と少女 その二
次の日。
またもや袋を持ち、小銃を肩から斜めに掛けて男はやってきた。
そして同じように少女も焼け跡の前で膝を抱えて座り込んでいた。こちらを見る少女の目は相変わらず攻撃的だが、ずいぶんと柔らかくなった。
「またきたの?」
それともう一つ、顔の汚れがきれいになっていた。
「ああ、また来たぞ」
男は横に座ると袋から馬鈴薯を取り出した。昨日よりも若干サイズが大きくなっている。
「ありがと」
「どういたしまして」
別に罪滅ぼしとかそういう意図があるわけではない。この焼け野原になったエンディミオンに対して、犠牲になった人々に対して負い目があるというわけでもない。そんな気は毛頭ないし、何一つ間違ったことをしていないという自負が男にはあった。
ではなぜ?
なぜ自分はここに来る?
男には分らない。
生き残った傭兵団や反体制派の面々が言い争う政治の話に付いて行けない――というのもある。必死に戦った結果がその醜い政治闘争になるというのなら、いったい自分は何のために戦っていたというのだろう。
気が付いたらここへと足が向かっていた。
「おじさんは、反乱軍よね」
「まあそんなところだな。盗賊紛いの傭兵団だったけど」
「こんなところにいてていいの?まちの外じゃまだ戦いがあるってきいたけど……」
残党狩りだ。生き残った近衛騎士団を始めとする旧帝国残党はいまだにここを取り返そうとしている。
もう自分たちの主もいないというのに、どうしてそう死に急ぐというのだろうか。意地なのか、それとも義理や忠誠心から来るものなのか。今の彼には理解できない事であった。
「らしいな。まあ、もう俺には関係ない話さ」
顔に付けた面当てのせいで表情の大半はわからない。しかし彼の目は手が届かないほどはるか彼方を見つめ、そして孤独であった。
「この町を落とした時点で傭兵団としての契約は完了している。アフターサービスとかそんな高尚なもんはねえし。それに団長たちも死んじまって今後の金払いも不明だしな」
少女は首をかしげる。
「どういうこと……?」
「傭兵家業は止めた」
男はきっぱりと言い切った。
瓦礫に埋め尽くされた市街地に肌寒い風が吹いた。
「子供には分らんと思うけど、もう傭兵が儲かる時代は終わる。これが最後の戦争さ。だから止めた。これからは頭を使って金儲けする時代になる。だから傭兵なんて危ない仕事から今日で、足を洗う」
少女は訝し気に男を見る。驚くならまだしも、どうしてそんな目で見られなくてはならないのか男には分らなかった。時代を先読みして新規事業に手を伸ばすのは経済学的には間違っていないと思う。まあ経済学なんて学校で習っていないし、新規事業のアイディアもないけれど。
「同情しているの?」
馬鈴薯の欠片が変なところに入って咽た。男は息を整え、
「同情している面に見えるか?」
「それのせいでわからない」
面当てを指差された。ごもっともである。しかし、あいにく傭兵家業を止めてもこれを取るつもりはない。
「同情はしてないし、後悔もない」
少女に応えるというよりは自分に言い聞かせるよう、一語一語に力を込めて言った。
「腹いっぱいになったから、前を向く余裕ができただけさ」
ふうん、と納得したのかどうかよくわからないような頷き方をして、少女は馬鈴薯を齧る。
面当てをしていて本当に良かったと思う。頬が緩んでいるのが自分でもわかる。
この数日、ずっと訊きたかったことがあった。
少し躊躇い……それでも男は訊いた。
「なあ、お前の名前は?」
「きいてどうするの?」
「名前知らないとどう呼んで良いかわからん」
少女は馬鈴薯をじっと見つめ、ぷいとそっぽを向いた。
「名前は――」
次の日。そこに少女はいなかった。
二回目はエンディミオンが街の姿を取り戻した時だった。
皇帝都市エンディミオンから自由都市エンディミオンに名称は変わっていたが、まだまだ都市と呼ぶには程遠い。しかし、一面の焼け野原から数年でここまで復興できるとは想像の上を行っていた。
男は一回目と同じく、小銃を肩から斜めに掛け、面当てで表情を隠していた。所属していた傭兵団の紋章を縫い隠した防刃コートを羽織り、バックパックを背負う姿はさながら冒険者である。ただ一つ馬鈴薯の入った袋を除いて。
男は墓の前に立っていた。
死因は知らない。知りようがなかった。
しかし、安らかに逝ったとは到底思えない。
男は袋に手を突っ込んで中を漁ると、馬鈴薯を一つ取り出した。まん丸の大物である。それを手入れが行き届いていない粗末な墓石の前に置いた。
エンディミオンの復興スピードはバケモノじみている。一面焼け野原と瓦礫の街が、それこそ街と呼べるほどにまでになっている。
ふと自分が周りに取り残されているような感覚に襲われた。
ここには、あの時の面影はもうない。そしてあの時の少女も。
男はその場にどかっと腰を下ろした。そして袋の中からもう一個馬鈴薯を取り出し、それも墓前に供えた。手を後頭部へ回し、紐を解いて面当てを外した。口元には不敵な笑みが浮かんでいる。外した面当てを袋に入れるとバックパックに仕舞い込む。
そして、代わりに取り出したのは鳥のクチバシのようなものが付き、顔全体を覆う独特な形状をした――ペストマスク。いくつもリベットが打ち込まれ、禍々しくもさえある。
男はそれを握ったまま墓前に向かって話しかける。
「なあ、お前はまだ生きたいか――?」
目が覚めると知らない天井が広がっていた。しかもペストマスク越しではない生の景色である。まだ覚醒しきっていない頭に浮かぶのは、ここがいったいどこなのかという単純な疑問。
しばしの間ぼーっとしていたら視界にキャシーの顔が割り込んできた。
「やっとお目覚めになられましたか」
その声がひどくなつかしく聞こえる。
思い出した。ここは施療院だ。屋台で食べた生の貝に当たったせいで運び込まれたはず。
でもこんな包帯なんて巻かれていなかったような気がする。体のあちこちがズキズキと痛むし。確か真夜中に大きな影がいきなり襲ってきて――
田中はキャシーに目を向けた。
周囲からの視線を遮られるように広がったカーテンを背に、キャシーは微笑んでいた。
田中は目を細めた。
「懐かしい……夢を見ていた」
「――そうですか」
昔は昔だ。断ち切れない過去はある。
しかし、それでも――
「おはよう」
キャシーは一瞬だけ目を丸くすると、すぐに表情を柔らかくした。
「おはようございます」
開いた木窓から風が入り、静かにカーテンが揺らめいた。
木窓から見えるエンディミオンはあの頃より雑然としているが、あいかわらず寒々とした空は澄み渡り、美しかった。
おわり




