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第二十七話 施療院の怪 その二

 ダリルは患者の胸部に向けて手をかざし、小さく口を動かす。両手に淡い魔力の光が宿った。田中がキャシーを直すときに纏う光とは似ても似つかないほどやさしい光だ。それに呼応するように四方の護符が発光、魔力の光がさらに強くなる。ダリルは光る両手で幹部をゆっくりなぞっていく。そしてダリルは魔術を発動した。


「――治癒よ」


 その言葉を機に魔力の光が患者に吸い込まれていき、ほどなくして光が収まった。


「先生、ご苦労様です」


 あいかわらず感情が読めない助手からのねぎらいの言葉にダリルは頷いて返す。


「うむ、あと二、三日これを繰り返せばたぶん大丈夫だろ」


 ――と、気が付いた。背後からものすごーく突き刺さってくる視線に。


 ダリルはおっかなびっくり振り返る。


 眼帯で覆われていないほうの目をキラキラと輝かせたキャシーと視線がぶつかった。ダリルは無理やり微笑んでみせた。


「えっと……どうかしましたか?」

「今のはなんですか⁉」


 食い気味に質問が飛んできた。


「今の光は何ですか?もしかして魔術ですか?」


 ダリルは助けをもとめるようにタニスに視線を送った。無論、この看護助手が自分を助けてくれるような奇跡など起こりえない。それこそ魔術でも使わない限り。


「早急な医術による手当が必要な患者はこの方だけです」


 思わずため息をつきそうになったが必死でこらえる。


「そう、医療魔術だ。医術とも呼ばれているけど……そう呼ぶと技能的なものや薬学も含まれるように聞こえるから、僕は医療魔術と略さず呼んでいる――それはさておき、治癒系統の魔術のことを医療魔術と呼ぶ。適性や習得難易度、魔力総量とかのせいで扱える魔術師はあまりいないけどね」


 ダリルはその医療魔術を扱うことができる数少ない術師の一人である。薬草などを用いる薬学や魔力により薬を作る魔術的薬学とは違い、あくまで魔術によって身体的負傷の治癒を行う。広義の意味ではバフ効果ともとれるだろう。


 医療魔術とは、という話にキャシーは素直に感嘆する。そいういう治療専門の魔術があるなんて知らなかった。というかアンデッドである以上、治療というものと縁遠いため耳にすら入って来なかったのだろう。


「へー、医者って魔術も扱えるなんて知りませんでした。すごいですね」

「あー……僕は医者じゃないよ」


 ダリルがすぐさま否定する。


 キャシーは小首をかしげ、何をいっているのだと言わんばかりにその隣にたたずむタニスに目を向けた。


「先生は医者ではありません。医師です」


 やはり否定するタニスにキャシーはさらに混乱する。


「医師?医者とは違うんですか?」

「医師は医療魔術師のことだよ。治癒系統の魔術を扱うことができる魔術師のことを縮めて医師って呼ぶのさ。まあでも医者も医師も患者を治すという意味では大差ないさ。呼び方だけだよ」


 わざわざ似通った呼び方をしなくてもよいのでは、と思う反面こういう治療施設に勤める者同士あまりにも呼び方が違うと気まずい面もあるのかもしれない。魔術師として扱われるのを避けるための医療魔術師であり、医師なのかもしれない。


 そこでキャシーはひらめいた。今までいろいろな場面で腕のたつ魔術師が扱う魔術を見てきた。医療魔術も同じようなものだろう。


「ではご主人の食あたりも医療魔術でぱぱーっと治していただけませんか?」

「あ、それは無理。薬草療法でしか無理」

「ええ……どうして?」


 キャシーの表情が曇る。


「医療魔術は本人の再生力というか治癒力に働きかけるものだから。怪我とか火傷はいけるけど、外的要因である病気の患者に施術するとさらに悪化する恐れがあるからダメ」

「食あたりも?」

「もちろん。なんせあくまでも医療魔術は魔術の一分野なわけで。だから病気には効かないし、すべての怪我に効くわけでもない。医術を唱えたからといって一瞬で治るわけでもない。所詮魔術であり、決して魔法ではないから。まあでも自然治癒に任せるよりはよっぽどいいよ。自然治癒よりは速いし、特に後遺症もない。あっても疲労感くらいかな」


 ダリルは自嘲気味に語る。語り終えた頃にはキャシーはあからさまにがっかりした風であった。


「あんまり万能じゃないんですね」


 今までいったい何度同じ質問をされてきたであろう。ダリルは苦笑すると、


「あくまで魔術だからね。病気と外科手術に関してはやっぱり本職の医者先生にお願いしないと。食あたりなら薬飲んで横になっておけばすぐに良くなるさ」


 先程田中の診察を行っていた医者がコップを持って戻ってきた。


「お薬です。これを一日二回飲んで安静にしていればものの数日で治るでしょう。さあどうぞ」


 田中は差し出されたコップを受け取り、不用意に中を覗いて小さなうめき声を漏らした。コップの中には薬らしきものが並々と注がれていた。全体的に暗い紫色で飲み物とは思えないほど粘度が高く、小さい泡が絶え間なく生まれては弾けるのを繰り返している。弾けるたびに不快な臭いが鼻をくすぐる。とてもじゃないが目の前のこの面妖な物体が合法的成分とは到底思えない。


 田中は薬と医者とを交互に見比べる。何かの間違いではないのだろうか。たとえば毒薬とか。


「何をためらっているのです。さあグイっといってください!グイっと!」


 これほどまでに自分の生唾を呑む音が大きく聞こえたことはない。コップを握る手におのずと力が籠められる。


 医者に煽られた田中は一思いにコップの中身を流し込んだ。


「ぐあああああ!」


 そして突っ伏した。


「ご主人んんんんんんっ⁉」


 息も絶え絶えに田中は絞り出したような声で言う。


「これ……苦すぎる。人の飲むもんじゃないぞ……」


 これでもまだオブラートに包んだほうである。クソマズいんじゃああ!と医者のペストマスクに叩きつけたい衝動を気合で押し殺す。


 医者は田中と同じようにペストマスクを被っているせいで表情は伺えない。だが優しく諭すように、そして残酷に告げる。


「薬なんてそんなものです。あと二日ほど我慢して飲んでくださいね」


 田中はただ手元のコップを無言で見つめることしかできなかった。

つづく

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