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第五話 その都市警、新米につき その一

 どうも皆さん初めまして。今期より自由都市エンディミオン治安局の警吏部隊、通称『都市警』に努めております、ニト・ペルオキシと申します。いわゆる新兵であります。え?歳ですか?もちろん乙女の秘密です。二十の前半とだけ言っておきます。


 さて、皆さんは都市警と聞いてどういうイメージをお持ちするのでしょうか?公的ヤ〇ザとか合法的殺人集団などとおっしゃる心無い市民の方もおりますが、けっしてそんなことはありません。ええ、そうですとも。


 都市警の仕事は都市の治安維持だけにあらず、都市周辺に点在する農村に駐留して内外から迫りくる危険に第一線で対処しております。たとえば非合法的ご職業の方々や溝さらい、密猟者などの取り締まり、さらには野犬や狼、廃墟街に住まうミュータントの駆除なども行っております。それもこれも善良な一般市民の方々が平和に暮らしていくため、明るく豊かな社会をつくるため、我々都市警は危険を顧みず日夜や全身全霊で公務に努めております。


 本日も仕事の一環として同僚の皆とともに旧世界の廃墟街まで増えすぎたミュータント退治にやって参りました。


 自己紹介はこれくらいにしておきましょうか。それよりも今は非常に差し迫った事態となっておりますがゆえ。


「ぐるおおおおおおおん!」

「ひぃっ!」


 一面に広がる灰色の世界の中、積み重なった瓦礫に立ち、こちらを見下ろす獣がいた。牛のような体躯に潰れた豚のような顔が特徴の特定危険生物――モンスター。オークである。本来オークは廃墟街を群れで行動している。しかしあたしの前に現れたのは一匹のみ。


 いやまぁ、普段のあたしなら群れていないオークの一匹や二匹どうってことないんだけど……今はさすがに分が悪い。ズキズキと痛む右足に顔をしかめ、私は危なっかしく都市警支給の槍を構えた。歩くことは何とかできるが体重をかけるようなことはできそうにない。戦闘行為なんてなおさらだ。背筋が妙にひんやりとした。


 都市警の標準装備として支給されている鎧が今日に限ってとても重く感じる。


 ――お願いだから槍にビビッてどこかに行って!


 なんて私の願いも虚しく、オークが今にも飛びかからんと前傾姿勢になった。


 やるしかない。


 オークが飛びかかるのに合わせて全身で槍を固定し、カウンターで串刺しにする。今の私にできるのはこれしかない!


「来るなら来い豚野郎ッ!私は餌になんかならないぞ!むしろ私がBBQにしてやる!」


 虚勢じゃないと言えば嘘になる。しかし、死んでたまるかという気持ちは嘘ではない。こいつをぶっ殺して私は生き延びるんだ。


 槍の柄を力強く握りしめた。


 ――が、オークが私に襲い掛かることは永遠になかった。


 そのオークは最後まで自分を殺した者が誰だったかを知りえることはないだろう。


 気配を完全に消していたらしく、オークの背後より音もなく一人の少女が現れた。その少女はオークの頭を細身の右腕でがっちり押さえると、


 ゴキリッ!


 骨が砕ける音とともにオークの頭が240度回転!


 少女が頭を離すと、オークの体躯は力なくその場に崩れた。


 …………。


 えーっと……えーっと……。


 もしかしてもしかしてだけどこの子、素手でオークの首をへし折ったの?


 目の前で起きたことに思わず茫然自失となる。ちょっと衝撃的過ぎて頭の処理が追い付いていない。


 少女は瓦礫から飛び降りると軽い足取りであたしに近づいてきた。歳は私よりもおそらく下だろう、十代後半くらいか。やけに血の気がない肌が気になるが、少し嫉妬してしまうくらいとても可愛らしい顔をしている。普通ならコンプレックスになりそうな顔にある大きな縫合痕も、なぜかこの子なら可愛らしさを引き立てるアイテムとなってしまう。解せぬ。胸部を守る鎧、背負った大剣、そして廃墟歩き用の各種装備からこの子が屑拾いであることがわかる。


「あぶないところでしたね。その右足以外のお怪我はありませんか?」


 妙に堅苦しいしゃべり方をするなぁというのが私の第一印象だった。


「ええ、大丈夫よ。ありがとう。もう少しでオークの餌になるところだったわ」


 私は少女に向けて右手を差し出した。


「あたしはニト。貴女は?」


 少女は私の手を握ると、


「私はキャシーです。うわ、あなた都市警じゃないですか!めんどくさいの助けちゃったなぁ……どうしよう」


 都市警だとわかるなり露骨に嫌な態度取るのはできればやめてもらえませんか。さすがに心が痛いです。


 キャシーはこれ見よがしにため息をつくと、


「都市警はいけ好かないですが、これも何かの縁ですね。ここらへんオークがいっぱいでるので場所を移しましょう」


 付いて行って大丈夫かしら……。


 一抹の不安が私の中で芽生えたのであった。





 気づけば足元もよく見えないほどあたりは真っ暗になっていた。


 荒れ果てた旧世界の塔の一階で、私とキャシーは横に並んで座り、焚火に手をかざしていた。ぱちぱちと木が爆ぜる音以外何も聞こえてこない、静かな夜だった。


 焚火の炎を見ているとなんというか心が穏やかになっていく。同僚に置いて行かれたり右足が負傷して戦闘不能状態だったりという現実を忘れさせてくれるかのよう……ん?そういえば、こんなところで火なんか焚いて大丈夫なのだろうか。モンスターが明りにつられてやって来はしないだろうか。


 そんなあたしの素朴な疑問に、へーきへーき、とキャシーは答えた。


「オークとかラーカーと言えどあくまで動物です。一部を除いて火に近寄ろうとするのはいません」


 その一部が怖いんだけど……自信満々に胸を張るキャシーを前にするとそんな無粋なことは言えるはずもなかった。


「まあ……キャシーが言うなら信じるけど……それよりもこれどうするの?」と言って私は焚火のほうを指差した。


 焚火の周りにはそこらへんでキャシーが獲ってきた食材が火にあぶられていた。食材とは言ったものの、果たして本当にそう言い切れるのはいささか疑問である。さっきのオークから切り出した肉やトカゲの串焼き、あとよくわからないなんかの虫。


 まさか食べるとは言わないでしょうね……。


「今日の晩ご飯です」


 うわぁ……オーク食っちゃうのか……。


 ついノリでBBQにしてやるとかさっき言ったけど。


 生きているときの姿を思い出し、胃がキュッとなる。見た目豚だったけど。いい感じに焼けてるけどさすがにきつい。人としていけないラインに立ってしまうような気がする。見た目豚だったけど。


「まったく、お上品な都市警さんにはこのワイルドさが伝わらないんでしょうね」


 伝わらなくて結構です。


 焚火があるとはいえ夜になると一気に気温が落ちてくる。故郷の村も夜は寒かったがここは特に寒く感じる。塔の外壁や瓦礫に使われている石のような建材のせいだろうか。


 炎が暖かくて心地よい。加えて私は鎧から外した都市迷彩柄のマントにくるまった。どうせもう着ない鎧だ。都市警支給の鎧は全て脱いでしまっていた。怪我した右足の負担になるからだ。だって重いし。


 というわけで、私は今最低限の防具しか身に着けていない。槍は杖代わりに使うため剣と一緒に傍の壁に立てかけてある。


 キャシーが私のことをじーっと見ていることに気が付いた。かわいい子に見つめられたら同性とはいえ少し恥ずかしい。


「ど、どうかした?」

「ニトさんはなぜこんなところにお一人でいるんですか?都市警の廃墟街遠征を一人でやっちゃうほど剛の者……には見えませんが」


 程よく焼けたトカゲにかぶりつき、もっさもっさと咀嚼しながらキャシーは訊いてきた。


 やだこの子……野生児すぎっ!


「えーっと、どこから話そうかしら……」


 ぶっちゃけわざわざ人に話すような内容でもないんだけど……。


「要請を受けて廃墟街へ遠征に来てたんだけどね……。その途中でラーカーとばったり出くわして、なし崩しに戦闘が始まったの。初めて見たんだけどラーカーってでかいわね。あんなの中隊でハリネズミ組まなきゃ人じゃ倒せないって」


 ちなみに都市警の廃墟街への遠征は巡察官十人ほどからなる中隊によって行われる。それ以上の人数だと障害物などでゴチャゴチャしている廃墟街では陣形を維持しにくい。効率よく集団戦をおこなうにはその程度の人数で陣形を組むのが一番適しているのだ。あとハリネズミとは皆で密集隊形をとり、ポールウェポンを突き出した形がハリネズミに似ているからそう呼ばれている。


「ではその乱戦のさなかにはぐれてしまったのですか?」


 小首をかしげてキャシーは訊く。


「まぁそんなところよ。タイミング悪くその途中で横手からオークの群れが突っ込んできたのよ。んで、気が付くのが遅れた私はその群れに一人だけ吹き飛ばされて気絶、目が覚めたら足は怪我して動けないやら同僚たちは姿かたちもなくなっているやら。ほーんと、さんざんな目にあったわ」


 見捨てられたわけではない、と思いたい。


つづく

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[良い点] 好みの小説を見つけたと思った。 [気になる点] が、メタ発言するmobのせいで一気に萎えた。 [一言] 最高に面白くない。
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