+07 《彼》
須藤要が《彼》に会ったのは、大学を卒業して地元に戻った後だった。
《彼》の名前も分かっているが、それを呼ぶのには意味がない。
何故ならば、《彼》曰く、彼は、『もう一人の須藤要』なのだから。
会話した範囲では、記憶も感性も、全く同じだ。
自問自答している様にしか感じられない。
彼は、一人の人間として現れる事もあり、鏡やガラスに写る姿になっている事もある。
勿論、現れる姿や、鏡やガラスに写る姿は、そこに居る須藤要と同じなのだが、動きは全く違う。
一人の人間として現れる時は、他に人が居ない時に限られ、服装も全く同じだ。
更に、パソコンやスマホの画面に現れたり、メールや電話で連絡して来る。
方向を示す時には、腕時計の秒針を微動させて、方向を教えたりする。
例えば、右に行けと指図する時は、腕時計の秒針が3の部分で振動しながら止まっている。
困った事に、一人の人間として現れる時以外は、横で見ている者が居ても、須藤要にしか見えていないらしい。
こんな現象は、他者にマトモに話しても証明出来ないし、精神異常以外の何者にも見えない。
だが、その《彼》が示す物は、常に現実だった。
須藤要の知り得ぬ情報を、提供してくる。
特に《彼》は、行方不明者の発見を要求してくる。
《彼》の指示通りに動くと、行方不明者が発見出来る。
最初は須藤要が容疑者として疑われたが、行方不明者当人の証言と、余りに多い回数に『不思議な力』と容認される様になった。
《彼》曰く、必要な発見は数件だが、事件性を疑われない為に、他の行方不明者も探して混ぜているそうだ。
詳しくは、知らない方が良いと言われた。
大学を卒業し、就職浪人に見切りをつけて、里帰りしたが、そんな行方不明者発見の功績から警官になるのを勧められ、流される様に就職し、派出所勤務から県警本部にまで流れて来たが、正直、田舎の派出所が性に合っている。
須藤要の人生を変えた《彼》が、要の味方なのは間違いない。
いや、行方不明者を発見させる必要性の為に、守っているのかも知れないが。
以前、駅のホームで酔っぱらいに押されて、線路に落ちかけた事が有った。
外観上は、押されても持ちこたえた様に見えただろうが、実際は違う。
線路側に、見えない壁があって、要の身体が落ちない様に支えていたのだ。
この様な、見えない壁に支えられた事が、大小合わせて何回かある。
毎回、直後に「気を付けろよ」と電話やメールが入る。
だから要は、普段の行動の際も、見えない壁が有る時には、無理に行かない。
彼にとってデメリットな事しか無いのだろうから。