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+06 行方不明者

それはジョンソンと須藤巡査が同行を始めて3日目だった。

昼食を終えて、車で一時間ほど走った頃の事だ。


「ジョンソンさん。ちょっとルートを外れますよ。」


前触れもなく、そう言うと、須藤巡査はハンドルを切って交差点を右折した。

自転車購入のアドバイスに礼を言っていた最中の事で、鳴りっぱなしの警察無線に、名指しや行方不明者の情報は無く、本当にいきなりの行動だった。


後部座席からバッグミラー越しに見ると、巡査は運転席の右前をしきりに見ている。

顔を動かして見てみると、その辺りには運転席のホルダーにセットしたスマホか、ペットボトルの飲み物しか無い。


勿論、スマホは待ち受けの真っ黒な画面のままだ。

巡査は彼の左側にある自動車のカーナビには視線を動かしてはいない。


異様な状況を察知して、ジョンソンは、スーツの胸ポケットに挿してあるペンのヘッドを長押しした。


「何を見ている?」と、口に出したいのを必死に抑えて、ジョンソンは観察を続ける。代わりに・・・


「何処へ向かっているんですか?」


こう聞くのが、最善だろう。


「突然すみません。何だか、お婆ちゃんが迷っている・・・・みたいで。」


微妙に語尾を濁らしたのを、ジョンソンは感じた。それに『お婆ちゃん』?

別段、憑依的な物や、何かとコンタクトしていた感じは無い。

訳が判らない。


そんな感じで20分程車を走らせ、到着したのは市街地から、かなり離れた山間の道だ。

道の左側が、駐車場の様に少し開けている。


「車だと、この辺りが限界か。」


そう呟くと、巡査は覆面パトカーの回転灯を出して、車の屋根に乗せた。


「ジョンソンさん。ここから少し歩きますが、車で待ちますか?」

「いいえ。一緒に行きますよ。」


彼の行動を逐一観察して、探り、報告するのがジョンソンの仕事なのだ。

待っているわけがない。


二人は車を降りて、更に道の奥へと進む。

道は舗装されておらず、更に細くなっていく。

これから先に車を進めていたら、Uターン出来ずにバックで引き返さなければいけなかっただろう。


道は、暫く歩くと別の道と交わり、T字路になっていた。


「この道は?」

「あぁ、登山者を対象にした『遊歩道』ですね。小高い山ですが見晴らしが良くて、秋には紅葉が楽しめるんですよ。」


巡査が説明しだ。

ジョンソンは、日本人が秋に変色する植物の葉を、花の様に眺める習慣がある事を、資料で見た事を思い出す。

その為だけに旅行に行ったり、山に登ったりするそうだ。


観察していると、巡査は、左手の腕時計をシキりに見始めた。

それは日本製で白い文字盤のアナログ時計だ。

有名メーカー品ではあるが、特別製でも高級品でも無い。

そして、時間をみるにしては、眺める頻度が多すぎる。

時計と風景を交互に見ながら、遊歩道を進んでいる。


そうして歩いて行くと、曲がった道の先に、遊歩道の休憩用と思われる椅子が有り、老婆が座っていた。

確かに『お婆ちゃん』は、居た。


「こんにちは、お婆ちゃん。御一人ですか?」

「あー」


声をかけられた老婆が、顔を上げて、返事とも呻きともつかない声をあげた。


「はいはい。私はお巡りさんです。何か困ってますか?」


笑顔で対応しながら私服姿の須藤巡査は、内ポケットから警察手帳を出して、広げて見せた。


「・・・・・家が、わからなくなってしまって。私の家は、何処に行ったのですか?」

「それは困りましたね?一緒に探しましょう。御名前は?あと、写真を撮っても良いですか?」


そう言って、巡査は話を聞き、老婆の写真を撮ってから、スマホを操作し始めた。

恐らくは、痴呆老人の徘徊なのだろう。


「巡査、何をしているのですか?」

「えっと、本署へメールで要救助者の名前と状態、写真と位置情報を送って、捜索届けの有無確認と保護の応援要請をしているのです。」


そう言うと巡査は、電話をかけて、確認をしていた。


「お婆ちゃん、大丈夫だよ。御迎えが来るから、一緒に、もう少し待っていようね。」


巡査が横に座って優しく話し掛け、老婆は安堵した様子だった。


「解らん。」


一部始終を見ていたジョンソンは、呟いた。

確かに、誰かに導かれて行動をしているが、相手や誘導方法が一切見えない。

いや、スマホや時計など見ている物は解るが、それで誘導出来ているとは思えない。


ジョンソンは当初、何かの光や音で導かれて、行方不明者を発見するのだろうと推測していた。

それが『ゲスト』の探す、目的に繋がるのだと。


しかし現状は、むしろ、資料映像で見た霊能力者のソレに近い。

たまたま霊能力が、『ゲスト』の行動と重なったのか?いや、それにしては件数が多すぎるとの判断だった筈だ。


ジョンソンは思慮を重ねる程、混乱し始めた。

たぶん、詳細を聞いても、前回の『守護天使の御導き』とか『第六感』とか言われるのだろう。

彼も、こんな場面が有る事は想定済みだろうから、変な誤魔化し方はしなかっただろう。


「他者には見えない、理解出来ない何かの力か?説明しても証明出来ない何かなのか?」


理解は出来ないが、事実として飲み込まなければならない事はあると、離れて二人を観察するジョンソンは思った。


約30分程で、制服警官と家族らしい女性が迎えに来て、老婆と一緒に去って行った。


「お疲れ様でした、須藤巡査。いつも、こんな感じですか?」

「はい。でも今日は、見つかりやすい所で良かったですよ。森の中とか、崖から落ちていたら、なかなか見つからなくて。」


ジョンソンの質問に笑顔で答えて車に向かう巡査だったが、そもそも、こんな老婆が、こんな方法で見つかる筈がないのだ。

常識が根本的に間違っている。


ジョンソンは、いろいろと腹に呑み込んで、車に戻った。

須藤巡査は、後続のパトカーの目印にと出していた回転灯をしまい、車をUターンさせて市街地へと降りてゆく。


無事に老婆を助けられた為か、巡査は鼻歌混じりだ。



走行中の車中で、ジョンソンは考えた。


彼がダミーだとすれば、あの老婆も仕込みか?

あの歳で、現地協力者をやっていて、演技で痴ほう症の演技をやっていたのか?

それとも、痴ほう症老婆を薬で眠らせて、あそこで目覚めさせたのか?


正直、組織の局員能力テストは、上級者の試験の場合は、百人近いエキストラを使ったり、本物のイベントを活用したりと、大変に手が込んでいる。

今回の件が能力テストではないと否定する要素は無い。



そんな事を考えていると、ジョンソンのスマホの着信音が鳴った。


内ポケットからスマホを出して確認すると、発信者は須藤巡査だった。

巡査とは、初日に電話番号の交換をしている。

ジョンソンは、運転席を覗き込んで見たが、須藤巡査のスマホは黒い画面のままだ。


ジョンソンは恐る恐る、スマホの通話ボタンを押して、耳に当てた。


「ハロー、ジョンソンだが?」

『はいはい、こちらは須藤要の携帯です。只今、電話をかけています。』


なんとも、ふざけた返答だが、確かに須藤巡査の声の様だ。

ジョンソンは注意を運転席に向けたが、須藤巡査の口元は動いておらず、出発当初からの鼻歌が続いている。

電話の着信音に、多少は視線を動かしていたが、特に聞き耳を立てている様子もない。

更には、電話の向こうには、重なって聞こえるはずの鼻歌も、警察無も聞こえてこない。


「これは録音した物か?」


考えられるのは、須藤巡査が同じ外観のスマホを二つ用意していて、本物を後部座席から見えない手元で操作している可能性だ。

しかし、その予想は覆される事になる。


『いえいえ。これは録音ではないですよ。それより、お願いしたい事が有るんですがね?』

「録音でないと言うならば、今は何処を走っている?」

『車ですか?もうすぐ西斉條町三丁目の交差点ですかねぇ。』


ジョンソンは、後部座席から正面に見えてきた信号機の表札を凝視した。そこには確かに『西斉條町三丁目』の文字が書かれている。

と、すれば、音声加工して須藤巡査の声に似せているのか?


「お前は、誰だ?どこから見ている?」


周囲を見回しても、山道からの帰り道を並走している車も無ければ、ヘリも飛んでいない。


『だから、須藤要ですってば。それよりもお願いしたいのは、報告書を適当に書いておいて欲しいんですよ。特に変な動向が無かった様に、書き換えて欲しいんですが。』

「そんな事が出来るか!」


ジョンソンは、そう言うと、通話を切った。

そして、試しに着信履歴から電話をかけ直してみた。


「あれ?ジョンソンさん。電話をかけてますか?」


見ると、運転席の携帯が着信状態になっており、液晶画面にジョンソンの名前が表示されている。


「ああ、すまない。かけ間違えた様だ。」


ジョンソンは、スマホの発信を取り止めた。

スマホをすり替えた形跡も無い。

考えられるのは、この車輛自体に複数の隠しカメラが付いていて、電話回線がハッキングされている可能性だ。


「手の込んだ演技だな。」


ジョンソンは、無視する事に決めた。


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