+01 共同捜査
彼が、県警本部長に呼ばれるのは、大変に希な事だった。
特に大きな失敗も犯していないし、専属で宛がわれた職務は、変動性のある物なので、業績云々を評価される物でもない。
不満があるならば、地元の派出所勤務に戻してもらえる方が、正直言って有り難い。
「佐伯の婆ちゃんは大丈夫かなぁ?」
近所の徘徊老人の事が気になる。
そんな事を考えながら、階段を昇り、通路の奥にある本部長室のドアをノックしたあと、入室して敬礼をする。
「生活安全課、須藤巡査。参りました。」
正面の本部長に敬礼しながら、視線を動かすと、室内の応接セットに、見慣れぬ外国人が座っていた。
白人にしては、やや小柄で、頭髪は濃いブラウン。
人混みならば、日本でも目立たないかもしれない。
「御苦労、須藤巡査。休んでよろしい。さて、お待たせしました。彼が須藤要巡査です。こちらは、NSAのマーク・ジョンソンさんだ。」
ソファの外国人が、立ち上がって、握手を求めている。
「はじめまして。マーク・ジョンソンです。」
「須藤 要です。日本語が御上手ですね。」
礼儀は、相手に合わせる物だ。
敬礼を直った休めの姿勢から、歩を進め、握手に応じる。
「NSAって、ナサですか?」
「イイエ。アメリカ国家安全保障局です。」
「えっと、俗に言う情報局ですよね?本庁ではなく、なぜ、こんな県警へ?そして、なぜ、私が?」
須藤とジョンソンの会話に、本部長から説明が加わった。
「世界規模の行方不明者調査で、本庁経由の協力依頼だ。当県警以外にも、幾つかの県警が協力していて、其々に調査員が派遣されていると聞く。」
本部長の説明に、呼ばれた理由がはっきりした。
警察の業務は、幾つかに別けられている。
有名なところでは、殺人や強盗などの凶悪犯罪を扱う、捜査一課。
他には、詐欺や背任、企業犯罪などを扱う、捜査第二課。
空き巣やスリなどの窃盗犯罪を扱う捜査三課。
暴力団などの取り締まりを行う捜査第四課。
事件現場や遺留品で、証拠の収集や調査を行う鑑識課。
覆面パトカーで警邏して事件の初動捜査を行う機動捜査隊。
著名なのは、こんな所だが、他にもストーカーや児童虐待、少年犯罪などに対応する生活安全課などもある。
須藤が所属する、生活安全課は、行方不明者の受付や手続きもしており、その為に彼が呼ばれたのだろう。
特に彼は、得意希な実績により県警本部に呼ばれ、通常とは別の扱いがされている。
「本部長。山田巡査の扱いは、どうなりますか?」
山田巡査は、須藤と組んでいる相棒だ。
警察の業務は単独行動を避けなくてはならない。
「彼は通常の生活安全課の業務に戻ってもらう。暫くは、君とジョンソン氏の二人で行動してくれたまえ。」
NSAとの共同捜査も異例だが、いくら二人とは言え、警官は一人しか居ないと言うのは、異常だ。
通常なら、警官二人とNSA局員の三人で組ませる筈だ。
「須藤巡査は、いつもの様に巡回と報告をしてくれれば良い。その合間に、ジョンソン氏の協力で構わない。君には、これまでも余裕の有る業務を任せてきたから、無理ではないだろう?」
確かに、本部の他の警官に比べたら、巡回ばかりの楽な仕事だった。
ただ、回数が少ないとは言え、警官が一人だと、報告書を交代で書く事が出来ないので、怠惰な仕事に慣れてしまった者には面倒なのだが、そんな事は、ここで口に出来ない。
須藤巡査は、ジョンソンを連れて、生活安全課へと向かった。
「日本では、どのくらいの行方不明者が出ているのですか?」
「そうですね。毎年、9万人前後ですね。課で資料をお渡しします。」
別に、一般公開されている資料を渡すのだから、問題ない。
統計によると、人口が一億三千万前後の日本における行方不明届の数は、以下の通りらしい。
1966年(昭和41)91,593人
1970年(昭和45)100,753人
1980年(昭和55)101,318人
1990年(平成02)90,508人
2000年(平成12)97,268人
2010年(平成22)80,655人
2013年(平成25) 83,948人
2015年(平成27)83,948人
2018年(平成30)87,962人
ジョンソンは、賓客扱いらしく、課に戻ると、同行用に覆面パトカーが手配されていた。
一般車でないのは、無線などの装備の為だ。
いつもと巡回仕様が違うので、コースや時間など、色々と変更したり、申請しなくてはならない。
「準備に、少し時間がかかりますが、どうしますか?出られるとしても夕方位になりますが?」
「では同行は、明日からにしましょう。巡回中に県内での行方不明の傾向などをお伺いしたいと思います。」
「了解しました。過去の資料等も、明日までにまとめておきましょう。」
「ありがとう。助かります。では、ソーシャルメディア。日本ではSNSでしたか?アドレスを交換しておきましゅう。」
ジョンソンは、須藤と電話番号や、幾つかのアドレスを交換して、署を去った。
「おいっ、須藤。俺は御払い箱か?」
「イヤイヤ、知らない相手の接客をさせられる身にもなってくれよ。」
ジョンソンが帰ったのを見計らって、やって来たのは山田巡査だった。
「ほいっ。これが引継ぎの資料な。客が帰国ったら、また組んでくれよ。お前の相棒が、この署では一番楽な仕事なんだからな。」
「おいおいっ!」
そう言いながら、何枚かの書類を手渡すと、山田巡査は新しく配属された許可営業手続きの受付へと戻っていった。
須藤巡査は、手渡された資料に、一通り目を通すと、机の引出しに仕舞った。
「急ぎの案件は無いようだし、こっちの方が急務だな。他の班と重ならない様に経路を組んで、申請を出してから、資料の作成をするか。」
須藤は、作業効率を考えながら、パソコンの電源を入れた。