8 戦闘
翌日以降も、ノードは順調に採取を続けた。
薬草は森に近いところから採取されるので、段々と森の奥へと進むことになるが、薬草はむしろ森深い場所の方が、より繁茂しているくらいだったため、採取量は落ちなかった。
釣りの腕も依然として発揮されており、ノードは夜営の時にも歓迎されて、悪くない食事にありつくことが出来ていた。
初日こそはパンと魚だけだったが、ノードが釣ってきた魚を提供することで、二日目以降は、対価としてスープを貰うことが出来たのだ。
冒険者の中に斥候技能持ちがいたらしく、キノコと野草、魚に誰かが持ち寄った塩漬け肉が入ったスープだ。
森の夜営は、まだ暖かい季節といっても流石に冷える。
森が近くにあり、防風林として機能するためまだ楽な方だが、これが平原のど真ん中だったりすると、遮る物がない夜風が体温を奪っていくのだと、ノードは従軍経験のある家族たちに聞かされたことがある。
それに比べて、塩の効いた暖かい具入りスープが飲める今回の依頼は当たりだったな。と、ノードは考えながら採取の日々を過ごしていた。
そして予定された日程を消化し、帰還まであと一日を残すのみとなったある日。
ノードは森深くで何時ものように薬草の採取を続けていたが、そんなノードの耳が、戦闘の音を捉えた。
森のざわめきの向こう側から微かに聞こえた戦闘の音は、その場所が遠いことを示していた。ノードは僅かな時間をかけて、音から遠ざかるか、或いは援護に向かうかを考えた。
ノードもここ数日で幾度か森の中で魔物と戦闘をしたが、それらは野生動物と大した差のない、脅威の低い魔物だった。当然戦闘も直ぐに終わり、また他の冒険者たちの場合も同様だった、と夜営の時に食事を共にした冒険者たちから聞いた。
しかし、今聞こえる戦闘の音は、途切れることはなく、死闘が続いているのだと分かった。当然、戦っている冒険者たちの相手も強敵だろう。
何が敵か判明していない以上、危険を避けるのも一つの手だった。命は大事に扱うものだからだ。
ノードは直ぐに音の方──援護に向かうことにした。
家族の為に稼がなければならないノードは、決して無茶をしてはいけないと自分を戒めている。
しかし、苦戦しているかもしれない冒険者を見捨てて逃げるのは、諦めた道とは言え、騎士を志していたノードには出来ない選択だったからだ。
§
森の中を疾走していくと、段々と戦闘の音は大きく、激しくなっていった。
逸る気持ちを抑えながら、ノードは全力で駆けた。
森の中での歩き方は、ここ数日で何となくではあるがコツを掴めた。採取に歩き回っていただけでなく、食事を共にした斥候持ちの冒険者などに聞く機会があったからである。
森は木々が生い茂り、根や落ちた枝などが散乱していることが多い。またそれらは下草に隠れているから、尚更分かりづらく、それが、歩きにくさに影響しているのだ。
それを、多少でも緩和できたノードは、最短で音の発生元へと辿り着けた。
──見えた!
視界の先、木々の合間から見えた人影。
冒険者のそれとは大きく異なる装備と、そして薄汚れた緑色の皮膚。
迷宮の中で散々倒した醜悪な顔をした小人──ゴブリンの群れだった。
ゴブリンたちはかなりの数で徒党を組んでいた。
そのゴブリンの群れは記憶の中で戦った迷宮内部のそれとは装いを異にしていた。
迷宮内部では襤褸布を腰巻きのように巻き付け、ボロボロに刃毀れした短剣をもつ者しか出現しなかったが、目の前のゴブリンたちは、動物の革を剥いだ衣服のような物を身に纏ったり、手には錆びた剣や木の枝を削って作ったであろう槍などを装備している。
(一部、装備の優れたゴブリンがいるな)
ゴブリンの中には、鎧のような物を纏ったり、錆びてはいるが、金属製の剣や槍を持つ個体もいた。経験を積んで強くなったゴブリンなのかもしれない。
ゴブリンたちは、森が拓けた場所で、森を背にするようにして冒険者たちと対峙していた。ゴブリンの数はざっと数えて20以上いた。
対して冒険者の集団は五人らしく、各々が背中を守り合うような陣形をとって戦っていた。
ゴブリンたちは数を活かし、取り囲むようにして戦っているようで、槍をもったゴブリンが冒険者たちを包囲しようとしているようだ。
当然、戦闘における包囲される状況というのは、致命的である。特に個体での戦闘力こそ劣るものの、数の多いゴブリンなどに包囲されてしまえば、あとは四方八方から責め立てられてしまう。
人間である冒険者の手数は限られる以上、何体かゴブリンを倒せても、それを上回る数の暴力で嬲られ次々と手傷を負わされ、最後には立つことも出来なくなるだろう。
そして、そのゴブリンによる包囲網は間もなく閉じようとしていた。
倒れ臥したゴブリンの死体や、流血による血溜まりがあることから察するに、冒険者たちはかなりのゴブリンを倒したのだろう。それが激しい戦闘音の正体だ。
しかし、衆寡敵せず。数に押されて包囲を許してしまい、絶体絶命の危機が訪れようとしていた。
ノードが駆け付けたのは、そんな頃合いだったのだろう。
森を駆けるノードに、まず冒険者たちが気が付いた。
続いて包囲するゴブリンの内、森側に一番近い個体が気が付いた。戦闘の音に紛れて、背後の森から聞こえる木々の葉擦れが聞こえたのだ。
彼は音に反応するようにして振り返り、そして──煌めく光が、目に入り、そしてそのまま絶命した。
§
森を駆けた勢いそのままに、ノードは引き絞られた弓から放たれた矢のごとく、森から飛び出した。
森に背を向けるように冒険者を取り囲んでいたゴブリンたちの内、一番近いゴブリンが振り返ろうとしたので、その個体へと剣を振るう。
何が起きたかも分からずに、両断されたゴブリンを捨て置いて、その隣にいたゴブリンをも返す刀で斬りつける。
首筋の骨の間を狙って振り抜けば、そのゴブリンの首は抵抗なく刎ね飛ばされた。頭部を喪い、首から血を吹き出すその死体を、自分の盾になるよう一歩移動。
ここに至り、奇襲を受けたと気が付いた他のゴブリンが、此方に向き直ろうとする。
その内の最もノードに近い一体は、闖入者に一早く気が付き、その手に持った得物でノードへの攻撃を試みようとする。
しかし、頭部を喪った同族の死体が障害物になり、攻撃をすることが出来なかった。
そしてノードは、容赦なくそのゴブリンの首元に剣を突き刺し、絶命させる。
一瞬の間に、三体のゴブリンを葬ったノードは、鮮血に塗れた剣をゴブリンから引き抜く。ドサドサと死体が地に倒れ伏す音がして、流石のゴブリンたちも第三者の襲撃に気が付いた。
ギャアギャア、と喚き立てているのは、殺せと叫んでいるのか、或いは邪魔立てした自分への怒りか。──両方だろうな、とノードは考える。
奇襲に気付かれた以上、一方的な攻撃はこれで終わりだった。
既にゴブリンはノードに気が付いて油断なく武器を構えている。
しかし、
「──救援か!? 助かる!」
ゴブリンに包囲されようとしていた冒険者。その内の一人が心の底から、といった風情で感謝の声をあげる。
円陣に近い陣形で戦っているため、森側に背を向けてノードの参戦に気が付いていなかった他の冒険者たちも、次々に「本当か!?」「有難い!」などと声を上げた。
その声色は喜色に富んでおり、絶体絶命の危機に来た天の助けに幾分か気力を取り直したようだ。
半包囲が済み、あとはぐるりと完全に包囲するだけの状況が、ノードによって崩された。
包囲をしているということは、取り囲む壁の厚さ──つまりゴブリンの数は少ない。
冒険者の集団が激戦を繰り広げ、既にかなり数を減らしていたゴブリンの包囲は、ノードが奇襲で仕留めた三体のゴブリンの死亡により、穴が開いたのだ。
これにより、状況は包囲から、両サイドから挟まれるような形での戦闘へとシフトする。
そのことに冒険者も気がつき、陣形を変化させた。包囲されるとなると、五人の集団では背中を守るのが精一杯だが、挟まれる形に対応するなら、不利な状況は変わらなくとも、横をカバーするようには戦えるからだ。
そして、その僅かな差が勝敗を分けた。
ノードは自身も包囲の輪に取り込まれないよう、位置取りに意識しながら戦った。
すると局地的にではあるが、ノードが居る側では、ゴブリンが冒険者とノードに挟まれる形になる。
挟み撃ちの状況で戦うのは当然不利であり、冒険者と比べて個体での戦闘力に劣るゴブリンは、少しずつ討ち取られていった。
ノードは包囲の中の冒険者と即席の連携をしつつ、次々とゴブリンを倒していった。
迷宮の中で戦ったゴブリンに比べると、装備の質や力、体格などが勝る外のゴブリンだったが、それでもゴブリンには違いない。
一部の装備の優良なゴブリンに気を払いつつ戦えば、後は何度も殺してきた相手であるため、楽に屠れた。
ノードが楽に戦えたのは装備の違いもあった。
包囲を受けていた冒険者の集団は、戦っている所を見る限り、装甲で守っているのは胸部を始めとした一部の部位だけであり、それ故に敵の攻撃を、より警戒しながら戦わなければならないようだった。
対して、以前迷宮内で使っていた鎧よりは性能が落ちるものの、全身を鎧に包んだノードは、比較的優位に戦いを進められるからだ。
仕込んだ鉄板の防御分を除いても、金属製の剣や槍を除けば、ゴブリンの扱う粗末な木の槍程度は硬革で十分に防げる。
ゴブリンは戦闘に慣れていたノードの的確な立ち回りもあり、その剣の餌食になった。
§
ノードがゴブリンを10匹ほど追加で屠ったところで、ゴブリンの集団は全滅した。包囲されていた冒険者の一人が、最後のゴブリンに止めを刺した。
周囲を警戒しても、気配はない。増援は無いようである。
周辺警戒をしていたノードに、包囲されていた冒険者の一人が近付いてきた。
「助かったよ。ありがとう」
胸部に革の胸当てをして、剣を使って戦っていた冒険者だ。
年は若く、ノードと同じぐらいの年齢だろう。ノードは彼らが、道中の馬車の中で仲間と話を弾ませていたパーティーだと気が付いた。
「俺の名前はジニアス。君の名前は?」
差し出された手を握り、握手を交わす。ジニアスは全身傷だらけだった。
「ノードだ。怪我をしているようだが、大丈夫か?」
ジニアスだけでなく、他の冒険者たちも大分手傷を負っていたはずである。ノードは心配して、問いかけた。
「ああ、ノード。君のお陰で何とか怪我で済んだよ。それにほら」
ほら、という言葉に合わせて、ジニアスが一点指を差し示した。
その指の先には視線をやり、成る程とノードは納得した。
そこでは、馬車で居合わせたジニアスと喋っていた女性の冒険者が、他の冒険者に治癒を施しているところだった。
「彼女はリセスと言って、うちのパーティーの神官さ。彼女がいなきゃとっくの昔に僕ら死んでるよ」
良く見れば、ジニアスの着ている衣服には穴が開いていた。
戦闘で破けて鮮血で染まっているが、これは返り血ではなくジニアス自身の怪我に依るものらしい。
ひょっとしたら腹に穴くらいは開けられたのかもしれない。
何事かを呟き、祈りを捧げるリセスと呼ばれた神官の少女の手から、優しい光が溢れて他の冒険者の傷を癒していた。
治癒が済んだのだろう、リセス他、冒険者たちがジニアスとノードの元に近付いてきた。
彼らは次々に握手を求め、応えるノードの手を強く握って感謝の念を言葉で表した。
彼らはそれぞれ、シノ、アルミナ、ゲイゴスという名を名乗った。
リセスはノードにも治癒を施そうとしたが、ノードはそれを固辞した。ゴブリンの攻撃は鎧に阻まれ、傷らしい傷を負っていないからだ。
リセスは最後にジニアスの傷を治癒の魔法で癒すと、立ち眩みを起こした。魔法力を使いすぎたらしい。
ジニアスに受け止められるように抱き抱えられた彼女は、気絶こそしなかったものの、これ以上無理はさせられないと誰の目にも分かった。
ノード自身、森の中を全力で駆け抜けた後に戦闘をして、疲弊していた。
戦闘にも時間を食われており、日は大分傾いている。
誰かが提案するでもなく、その場にいる全員が野営地に戻ることを決めた。
取り敢えず死闘から生き延びたジニアス一行。
ヒーラーいなければ即全滅でした。