7 初遠征
今回はちょっと多目で5000字強。
7000字くらいが一話辺りとしてベストと聞いたことがあるので、それくらいを安定して書けるようになりたい……。
当面の目標だった(或いは直近の課題だった)自己所有の鎧を入手したノードは、愛剣が研ぎから返ってくる迄の間に、約一月振りの休日を楽しんだ。
といっても、安物とはいえ鎧一式を購入したノードの懐は素寒貧に近い。フェリス家の家計にかかる負担を少しでも減らすべく、休みの間も冒険者ギルドで依頼を受けた。
剣が無いため、王都内部での手伝いや薬草集めなど、大した金額にはならないが、久しぶりに魔物退治以外の仕事で過ごしたノードだった。
数日後、ノードの腰にはピカピカに磨かれた愛剣の姿があった。細かい刃零れ一つなく研磨された長剣に、硬革の鎧。
ようやく冒険者らしい装備を整えたノードは、少しだけ軽い足取りで冒険者ギルドへと歩を進めた。
剣が戻ってくる間、ノードは何も考えずに依頼をこなしていたわけではない。冒険者ギルドの依頼の中で次の目標を達成するために、どんな依頼を受けるのがよいかを品定めしていたのである。
ノードは次の自分の目標を、引き続いての装備の充実に定めた。まずは鎧下に着る鎖帷子の購入だ。序でに安物で良いのでもう一本剣を買おうと考えた。
やはり防御力は何よりも重要視されるべきだからだ。鎖帷子は価格が高く、それこそノードの購入した硬革の鎧一式よりも高い。粗悪品を除けば、小さな鎖を繋げるようにして造り上げる鎖帷子は、作製に手間と時間がかかる装備であり、自然と値段も高くなるからだ。
それこそ硬革の鎧セットが何着か買えるくらいにはお高い。
しかし、鎧下であるので、その防御力は上に着る鎧に加算されるし、さらに言えば鎧を買い換えても鎧下はそのまま流用できる。
長い目で見れば、多少値が張ろうとも是非とも購入しておくべき装備なのだ。
その為に、ノードは一つの依頼を手に取り、手続きをしにギルドのカウンターへ向かった。
§
依頼の手続きを済ませた現在、ノードは依頼書に指定された場所に向かった。
その場所は、ギルドから一番近い城門前広場だった。
石畳の敷き詰められた広場には、朝から様々な人々が行き交っており、喧騒で溢れかえっていた。
その広場の一角に、ノードの目当てがあった。
停車場に停められた、一台の馬車だ。二台の馬が繋がれた幌つきの馬車で、幌には錬金術ギルドの紋章が描かれている。
その場所の近くには、幾人かの冒険者らしき者たちの姿も見える。ノードと同じ依頼を受注した者たちだろう。
馬車に近づけば、御者らしき人に声を掛けられた。
「ああ、そこの貴方。貴方も採取依頼を受けた冒険者ですか?」
そうだ、とノードが返事をすると、
「では彼方に職員が居りますので、彼処でギルドカードを提示して下さい」
そう指示を受けた。
指示に従うと、職員の人はノードの提示したギルドカードの名前を書記板に書き込んでいた。
依頼を受けた冒険者が他の冒険者と入れ替っていないかのチェックらしい。
手続き後、馬車に乗るように指示されたため、乗り込むと、既に他の冒険者も乗り込んでいた。
ノードは軽く会釈すると奥に詰めるように席に座った。
馬車の中ではノードと同世代の冒険者らしき男女が会話を繰り広げていた。会話自体は大したものではなく、「アイテムをしっかりもってきているか」とか、「武器が当たるから体勢を変えて」とか他愛無いものだ。その側に座った冒険者も、その会話に参加したり、茶々を入れたりしているので、ひょっとしたら彼らはパーティーかもしれない。
とはいえ、全員が全員そんなお喋りをしているという訳でもなく、殆どは馬車の発車を待ってただ座っているだけだった。
ノードの隣にも他の冒険者が座り、馬車の席──といっても、椅子があるのではなく、そのまま馬車の荷台に座る形──が埋まっていき、御者が鞭を入れて馬車が動き出した。
ノードが冒険者ギルドで受注したのは、薬草採取の依頼だった。
といっても、低級の薬草ではなく、王都から半日ほど馬車に揺られた場所で採れる、効能の高い薬草だ。
ポーションの原材料になるらしいそれが、収穫の時期を迎えているらしく、錬金術ギルドからの依頼が出ていたのだ。
採取依頼なので、報酬は基本報酬+歩合制だが、採取地には魔物も出るため単価は悪く無い。
流石に一度で鎖帷子が購えるほどではないが、何日も現地で採取を続けるため、移動日を計算に入れても中々の稼ぎに成りそうだった。
特に条件に明記されて無い限り、食糧等は自分で用意するのが冒険者の依頼の決まりなので、ノードも保存食などを用意してきた。他にも薬草を採取しやすいように袋や紐、また提燈など、夜営に必要と思われる道具も持ってきた。
大体他の冒険者たちも似たようなものらしい。
一つ気になったのは、依頼には魔物も出没すると注意書きされていたのに、ノードのように全身を装甲で纏っている冒険者が少ないことである。
大体が胸甲こそつけているものの、あとは脚や腕を守る装備を着けていれば良い方で、頭部は丸出しであった。
まあ、薬草採取が主であるから、それほど戦闘は起きないかもしれないが……。
大丈夫なのだろうか。ノードは少し心配に成りかけたが、直ぐに考えを直した。冒険者同士は助け合いだと言いつつも、基本は自己責任だ。
彼等がその装備で良いと判断したのなら、そこに自分が関与すべきではない。
そうノードは考え、馬車のガタゴトと揺れるリズムに身を任せた。少し前から石畳のリズムは舗装されていない道のそれに変化していた。
§
休憩と夜営を挟みつつ翌日の昼前には、一行の馬車は目的地へと辿り着いた。
「尻痛てー!」とパーティーらしき一員の若い冒険者が尻を押さえて叫んでいたが、それにはノードも同意だった。
錬金術ギルドの馬車には衝撃緩和装置がついておらず、地面の一寸した凹凸でも揺れるため、控えめに言っても道中の旅は最悪だった。とはいえ上級冒険者ならいざ知らず、下位の木っ端冒険者を輸送する為にはそんな機能の着いた馬車は使われる筈もない。
錬金術ギルドの馬車は、ノード達の乗って(載せられて)来た馬車の他にも二台あった。計三台が採取地に来ていたが、その二台の馬車からは、錬金術ギルドの紋章を肩に意匠された服を着たギルド員が乗って居たようで、彼らは同じく幌の付いた荷台から次々と樽を下ろしていた。
その作業を眺めていると、荷下ろしに従事していない別の錬金術ギルド員が、説明を始めるので冒険者に集まるよう指示を出した。
ノードは直ぐに意識を切り替えて、そのギルド員の方へ歩を進めた。
説明として採取する薬草の見本を見せられた後、滞在する日程や、採取した薬草の納品方法、夜営地などについてだった。
それらの説明を受けた後、直ぐに仕事に取り掛かるよう指示を受け、集まっていた十人以上の冒険者たちは各々仲間がいるものはグループを作ったり、或いは顔見知り同士で薬草が群生する森の中へと入って行った。
一人で行動している冒険者は少数派で、ノードはその数少ない冒険者の内の一人だった。
森の中は鬱蒼と木々が生い茂っており、樹上高く伸びた枝葉が日光を遮っているためか、森の中は若干薄暗かった。
とはいえ、土壌の栄養が豊富なのだろう。下草は豊かに繁茂しており、最初こそ獣道のような場所があったが、直ぐに道なき道をノードは歩くことになった。
草木を掻き分けて足場の悪い道を奥へと進んでいけば、直ぐに先程見せられた見本と同じ薬草が生えている場所に出た。
ノードは周囲を警戒しつつ、早速薬草採取に取り掛かった。
薬効は葉と茎に集まっていると聞いたので、根を傷つけないように、茎を少し残すようにして採取する。こうすることで、再び同じ場所に薬草が生えて来るのだ。
ノードは黙々と作業し、あっという間に対象の薬草を集め終えた。そして次の薬草の群生している場所を探しに移動する。小一時間もすれば、そこそこの量が集まった。
ノードにとって、遠方での依頼を受けたのはこれが初めてだったが、どうやらこの分であれば中々上手く行きそうだった。初めは失敗する可能性が少ない、手堅い依頼が良いだろうと考えて採取依頼を受注したのだが、どうやらその考えは正しかったようだ。
これまでにも王都周りで薬草を集めていた経験が活きた。薬草の種類こそ違うが、基本的なコツは共通である。また今回採取した群生地を記憶しておけば、同じ場所での採取依頼が出されていた時に役立つだろう。
そんなことを考えながら、ノードは次の薬草を求めて移動した。
§
途中、時折森に棲息する魔物(といっても大した敵ではなかった)との交戦を交えながら、ノードは順調に薬草採取を続け、薬草で膨れ上がった袋を担ぎ、森を後にした。ノードは日が落ちる前に森を出て、初日の納品を済ませたが、同じく納品に戻ってきていた他の冒険者と比べても、負けず劣らずの成果だったようだ。
納品した薬草は、馬車の中に運ばれ、錬金術ギルドのギルド員が、何やら作業しているようだった。
魔法薬に使うポーション作製の下拵えといったところだろう。
残念ながら、錬金術ギルドの秘匿技術でも含まれているのか、馬車の入り口には幕が張られており、中の様子を窺うことは出来ないので、具体的な作業については分からなかった。
依頼主である錬金術ギルドに嫌われても良いことはないので、ノードは余りその馬車の方へは近づかないようにして、早く夜営の準備を整えることにした。
薬草を納品したことで、すっかり小さくなった荷袋を腰に据え付けた道具入れに押し込み、身軽になったその身でノードは再び森へと入った。
といっても薬草採取を再開するのではなく、夜営に使う薪集めだ。ひょいひょいと、落ちている小枝等を手際よく集め、十分な量を確保すると、ノードは次に食糧を集めることにした。
森の中ではキノコなども見掛けたが、残念ながら王都で育ったノードには、何れが食べられるキノコなのか見分けがつかなかった。今後も遠征するのであれば、そういった知識──生存技能に関する知識が生死を分けることがあるかもしれない。ついでに言えば、金を掛けずに腹が脹れるに越したことはない。
冒険者向けの店や食料品店で売られている保存食は、日持ちするとは言え大体は乾パンか干し肉だ。味付けされているとはいえ、保存が優先されており味は落ちるし、何より高い。
依頼を終えたら、冒険者ギルドの酒場辺りで斥候の技能をもった冒険者に教えを乞うてみようか。夜になれば酒場でいつも酔っ払っている冒険者の顔を思い浮かべながら、ノードはそう思案した。酒を奢れば教えて貰えるかも知れない。酔うと口が滑りやすくなるのだ。
キノコは食べられないが、ノードは別の食料の当てがあった。
ノードは拠点から少し歩いたところにある川へと来ていた。
水汲みができる場所として教えられた場所だ。
そこでノードは、道具袋から一本の糸を取り出した。それを薪集めのついでに拾っておいた手頃な木の棒にしっかりと結わえつけると、川の中へと糸を垂らした。糸には針がつけられており、その先には適当に捕まえた虫を餌として付けていた。
釣りは、王都で育ったノードにとって、フェリス騎士爵家で鍛えた剣の腕以外にも誇ることができる技能だ。
王都には近くに川が流れていることもあり、ノードは度々そこに釣りに出かけることがあった。
そこでノードは長年釣りを嗜んでおり、中々の腕前だと自負している。尤もその釣りの腕が上がった理由は、貧乏だから腹を満たすために魚を釣る必要があった為だったが。
そのノードの釣りの腕前は大したもので、慣れ親しんだ王都の川と違う場所でも、その釣りの腕前は遺憾なく発揮された。
次々と川面に垂らされた糸に反応があり、釣竿を巧みに操ったノードの手には、然程時間が経っていないにもかかわらず数匹の魚が納められていた。
川岸の手頃な石をまな板代わりにして、慣れた手付きで魚の内臓を処理し、これまた森で拾っておいた枝を加工した串に突き刺せば、後は焼けば立派な晩飯の出来上がりだ。
串刺しにした魚を片手に、脇に薪を抱えたノードが夜営地に帰ってくれば、既に冒険者たちが火を熾し、銘々焚き火を囲んでいた。
夜営には火が欠かせない。当然ノードも火起こしの道具も技術も持ち合わせてはいたが、既に誰かが火を使っているなら、それを借りるに越したことはない。
ノードは焚き火を囲む冒険者の一人に火を借りたいと頼み込むと、その冒険者は快く応じてくれた。
ノードは感謝の言葉を告げ、串刺しにした魚を調理し始めた。といっても地面に串を刺して、魚が焚き火で焼き上がるのを待つだけだが。
魚は三匹釣れた時点で釣りを切り上げたので、ノードには三匹の焼き魚が出来上がった。
その内の一本を火を借りたお礼にと、冒険者に譲った。
冒険者は「本当か? 悪いな」と言って遠慮なく焼き上がった魚を食べ始めた。
ノードもそれに合わせて魚に齧りつく。
塩を振った程度の簡素な味付けだったが、一日中働いて空腹の身には染みた。
保存食として買ってきたパンも齧りながら、ノードはすっかり暗くなった夜の森の側で、少しだけ豪華な野営食を楽しんだ。
という訳で釣りスキルが判明しました。