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貧乏貴族ノードの冒険譚  作者: 黒川彰一(zip少輔)
第二章 見習い竜騎士ノード
61/63

37 終戦(後)

3/31 差し替え完了

文字数(空白・改行含む):5489字

文字数(空白・改行含まない):5105字


 ノードが勢いよく翠緑鋼の刃を突き立てると、剣先は蜘蛛の甲殻を突き破り、肉を切り裂いて元帥蜘蛛の背へと深く突き刺さった。

 ずぶり、とした感触がノードの両手へと伝わる。

 一瞬のち、根元から元帥蜘蛛の青い血がジワリと湧いていで、そして次に勢いよく噴き出した。

 

「ギ、ギシャアアアア!?」


 元帥蜘蛛はビクン、と一度体を跳ね上げたと思うと、一瞬の硬直の後に、絶叫を上げながらその巨体を暴れまわらせた。

 身体を跳ね上げ、捩り、背の異物をなんとか取り除こうと元帥蜘蛛はもがく。前肢を関節の許す限り内側へと動かし、激痛の元を払いのけようと振り回す。


「ぐうぉおおお!?」

 

 その暴れまわる元帥蜘蛛の背で、ノードもまた必死にもがいていた。

 天地がひっくり返るのではないかと錯覚するような激しい揺れの中で、飛竜の咆哮に比肩するほどの大音響を耳に浴びながら、ノードは振り落とされまいと必死に両の手に力を籠める。

 深く突き刺さった翠緑鋼の刃は、元帥蜘蛛が暴れまわる度にその傷口を広げていった。

 ぶしゅ、ぶしゅ、と間欠泉のように青い血液が噴き出し、その飛沫が空中をさまよう。


 その青い飛沫を浴びながら、ノードは渋面をつくった。

 狙い通りであれば、ノードの剣は蜘蛛の背嚢の下にある心臓を貫き、絶命させるはずだった。

 しかし、当の元帥蜘蛛は苦悶の叫びを挙げこそするものの、しばらく経っても動きを止めることはなく、むしろ深まる痛みからより一層激しく動き回っている。当然、心の臓を貫かれてこんな芸当ができる生物は存在しない。


「――浅かったか」


 計算違いは、予想以上に元帥蜘蛛の心臓が奥深くに位置していたことと、これまでの消耗から刺突の威力が今一つだったことだ。

 あと少し、より深くに突き刺していれば、結果は変わったかもしれないが。


「グルウゥシャアアアアアアオ!!」

「!?……っく……」


 しかし、そんなことを考えている余裕は、今のノードには存在していなかった。

 背中の異物を振り落とさんとする元帥蜘蛛の動きが、より一層激しくなる。

 暴れ馬の背が赤子の揺り籠に感じられるほど激しい揺れと衝撃が、ノードの身体を揺さぶる。


(っく……このままでは不味いか)


 元帥蜘蛛の背にしがみ付くノードだったが、その全体重は蜘蛛の背に突き立てられた剣の柄、そしてそれを握る両手にかかっている。

 しかしノードの体力は、これまでの連戦に次ぐ連戦で消耗しきっており、握力もまた弱まっていた。

 ノードは少しずつ手の力が抜けていくのを実感していた。

 このままでは、握力が無くなって振り落とされる未来が確実に待っていた。

 そしてその場合、今度は剣すらも失った状態で、元帥蜘蛛と対峙することとなる。


(それだけは避けたいが……だがこのまま剣を引き抜いても決め手には欠ける。深手は負わせたといっても命を奪う程ではない)


 一体どうするべきか。

 刻一刻と迫るその時を前に、ノードの首筋に冷や汗が走る。

 とその時、


「グウォオオオオオ」


 再び、元帥蜘蛛が激しく暴れ回る。今度は、左右に大きく体を揺さぶり、振り落とすつもりらしい。

 激しい揺れの中、ノードは今度も振り落とされないように、両の手にありったけの力を籠める。しかし、

 

「うっ……」


 ブシュ、っと噴き出した蜘蛛の青い血が、ノードの片目に入り込んだ。元帥蜘蛛が暴れたことで、剣が背中の傷口をより一層広げたために噴き出した血だった。

 視界が閉ざされてしまい、されどしがみ付くために拭うこともできず、ノードは目を閉じたまま揺れが弱くなるのを待った。


(クソ……状況はどんどん悪くなるばかりだ。やはりここは望みを繋ぐために再度仕切り直すしかないのか。だが、最悪を避けるために剣を抜くとしてもどうやって? 踏んばろうにもこう暴れられては膂力で引っこ抜くことも出来ない。いや、傷口が広がっているから、抜けやすくはなっているのか? だがそのせいで落ちそうになっているんだから世話がない。せめてあと一本でも剣があれば……)


 暗転した視界の中で、必死に揺れに耐えながら、今どうすべきなのかを考える。

 高速化した思考の中で、ああでもない、こうでもないと考えて、そしてノードはふと、ある考えに至った。


(傷口……そう、傷口だ)


 心臓にまでは届かなかったものの、元帥蜘蛛の背に突き立てた箇所は間違いなく蜘蛛の魔物の心臓の位置なのだ。

 その確信がノードにはあった。


(夏に倒した騎士蜘蛛も将軍蜘蛛も、そしてさっきまで倒していた変異した騎士蜘蛛たちも、基本的には同じ魔物。外見や強さは異なっても、その生態や身体つきは同じだ)


 だからこそ、間違いなく、今ノードがしがみ付いている剣尖のその先には、絶体の急所である心臓が確実にある。

 今抱えている問題は、剣を抜いて戦うか、それとも耐えるかではない。如何にしてその心臓を貫くかだ。


(一度引き抜いて、再度突き刺す、というのが理想だ。そうすれば今度はより深く、確実に心の臓まで届く)


 ゾクリ、と総毛だつ心地がした。

 恐怖からではない。直観的に現状を打破する方法を見つけたと、思考よりも先に身体が確信したが故の反射だった。

 反攻のその時に備えて、無意識に最後の力を溜めはじめたが故の感覚だった。


(だが、こんな不安定な状況で剣を引き抜けば、身体は支えを失い、暴れ回る元帥蜘蛛の背からは振り落とされる。それを防ぐにはどうすればいいか)


 その答えは単純だった。


――もう一本剣があればいい


 そうすれば、今ある剣を支えにしたまま、心の臓にまで届かせることが出来るのだから。

 そしてその剣は――すでに持っている。


(全く……最後まで世話になりっぱなしだな。これが無かったらもうとっくに死んでるところだ)


 ノードの脳裏に、軽やかな鈴のような声が思い出される。


 『これは試作品なので、耐久性はそうありません。使えるのはあと数回だと思ってください。そうですね――』


 今までに使った数は二回。一回目は蜘蛛の軍勢から逃げ出すときで、二回目はつい先ほど元帥蜘蛛たちの目くらましに使った。


『――“あと三回”それがこの魔剣の使用回数だと思って下さい。……その代わり、威力は保証しますよ』


 最後の一撃は、まだ手元に残っていた。


 §


 そして、そのときはやってきた。


 元帥蜘蛛が、再び咆哮をあげる。

 背中にへばりつく、目障りな小虫を振り払わんと。

 この激痛をもたらした小虫に、その対価にふさわしい報いを与えんと地に振り落とすために。

 元帥蜘蛛の巨躯が、大きく動かされる。

 

 ぐっと、身体の奥底から、溜めに溜めていた最後の力を振り絞り、剣の柄を強く握りしめた。

 何度目かの大きな揺れが、元帥蜘蛛の背中にしがみ付くノードに襲い掛かった。

 元帥蜘蛛の咆哮が森の中に響き渡り、その絶叫で木々が大きく震える。

 森の奥、遥か遠くに見える北方山脈まで届くのではないかというその咆哮を耳朶に受けながら、タイミングを見計らい、ノードは動いた。

 元帥蜘蛛の動き、それに合わせて、敢えて反対側に飛ぶ。

 つるりとした蜘蛛の背甲の僅かな突起を足場にして行った、跳躍というより、横に落ちた、とでも形容すべきその体重移動は、果たして、絶大な効果を生んだ。


 ブシュウウウウッ!!


 元帥蜘蛛の動き、それに合わせて行った反対への僅かな跳躍は、ノードの全体重が加わることにより、疑似的な強烈な斬撃と化した。

 蜘蛛の甲殻を、その皮下にある脂肪を筋肉を、翠緑鋼の刃が切り裂き、傷口を広げる。

 青色をした血液が、まるで噴水のように激しく傷口から溢れ出した。


「ギ、ギシャアアアアア!?」


 一瞬、ほんの一瞬ではあるが、身体を襲った激しい痛みに元帥蜘蛛の動きが鈍る。

 そしてその一瞬を、ノードは決して見逃すことはなかった。

 

「これで終わりだ」


 最後の力を振り絞ったノードは、片腕だけで翠緑鋼の剣の柄を握り体重を支え、もう片方の手で強く握りしめた深紅の刃を持つ小剣を、大きく開いた蜘蛛の傷口へと深くねじ込み、叫んだ。


「――火焔よ(イグニス)!」


 力ある言葉に反応し、魔石の刃が砕け散る。

 砕けた刃はすっと溶け落ち、魔力の奔流となって蜘蛛の体内で暴れだし、次いで剣先に灯った小さな火へと殺到する。

 注ぎ込まれる魔力を喰らい、魔剣の炎はあっという間に肥大化し、火球へと成長。

 そしてその灼熱の炎が、元帥蜘蛛の体内で炸裂した。


 魔剣の力は絶大だった。

 元帥蜘蛛の体内で生成された爆炎は、その先にある心の臓までを焼き尽くし、肺腑を焦がし、元帥蜘蛛の体内という体内を燃やして、最後に酸素を求めて外部へと殺到した。

 

 魔剣の発動と同時、爆炎の反動で吹っ飛ばされるように元帥蜘蛛の背から転げ落ちたノードが、なんとか着地に成功して最初に見たのは、断末魔の代わりに全身から炎を噴出して、内部から燃え盛る元帥蜘蛛だったもの(・・・・・)だ。


 元帥蜘蛛の亡骸は、燃え盛りながらしばらく佇んでいたが、やがてぐらりと傾き、大きな音を立てながら。その巨体を地に沈めた。


「キ、キシャアオ!」「ギシャアオ!?」


 周囲には、まだ騎士蜘蛛たちの軍勢が大挙して集まっていたが、その何れもが、混乱したさまを見せていた。

 集団の頭脳である元帥蜘蛛が倒れ伏したことで動揺し、集団としての統率を失っているようだった。


 そのうちの、何匹かをノードが切り捨てると、蜘蛛たちの集団はさらに目に見えて動揺した。

 戦うか、退くか。

 その判断をする頭目である元帥蜘蛛は、今目の前で討ち果たされ、ゴウゴウ、と燃え盛っている。


 判断できないままに、さらにノードが何匹かの蜘蛛たちを血祭りあげると、やがて集団の一部から逃げ出すものが現れた。

 それが契機だった。

 雪崩を打つように、蜘蛛たちの軍勢が三々五々に潰走し、逃げ出す。中には戦意を持つもの、あるいは硬直して動けないものもいたが、ノードはそれらを各個撃破する。


 しばらくすれば、周囲には、ノード以外には動くものはなく、いまだ燻ぶり黒煙を上げる元帥蜘蛛の亡骸と、そして大量の切り伏せられた蜘蛛の死骸が積みあがっているだけだった。


(勝った……のか……)


 まだ敵がいるかもしれない。

 そう思って周囲の気配を探ってみるも、それらしいのは一切いなかった。


 耳に聞こえるのは、風の音と、それに揺らぐ木々の梢の音だけ。

 アルバの森の、静寂があるだけだった。

 

 どれくらいそうしていただろか。

 ふっ、と糸が切れたようにノードの体勢が崩れる。

 倒れ伏す、寸でのところで剣を支えにして、膝立ちで姿勢を保った。


 少し休もう、そう思って、近くの木に倒れこむように座った。

 硬い木の感触が砕けた鎧越しに伝わり、思わず安心を覚える。


 身体はもう限界だった。

 全身が鉛のように重く、全身の感覚すらない。

 ただ荒い呼吸で、吸い込まれる冷たい空気が心地よかった。


(アルバ村の、皆はどうなっただろうか……)


 疲れ切ったノードの頭に、ふとその考えがよぎる。


 ニュートは無事に辿り着いたのか、避難は間に合ったのか。


(……そうだ、こうしてる暇はない。少しでも早く村に行かないと……)


 元帥蜘蛛を倒したが、いまだ森の奥には女王蜘蛛が無傷のままいる。そしてその配下の騎士蜘蛛たちも。

 先程の蜘蛛たちの潰走は、あくまで元帥蜘蛛を失ったことによる一時的な混乱に過ぎない。

 時間を掛けると、再び蜘蛛の軍勢による侵攻が始まってしまうだろう。


 はやく、救援を。


 そう思い、ノードは起き上がろうとした。


 だが、


(……あれ? おかしいな。身体が動かないや……どうしたんだろう)


 変だな、ノードはいま一度動こうとする。

 しかし、その意に反して、身体はぴくりとも動いてはくれなかった。


(そういえば、さっきから身体がやけに冷たく感じるな。なんでだろう……)


 原因を探ろうとするも、頭もぼんやりとして、上手く思考をめぐらせることができない。


 指一本動かせないままに、ノードは視線だけを動かす。


 そこで、初めて気が付いた。

 いつの間にか、夜が明けていたのか。


 ノードの目には、いつの間にか明るくなっていた大空が映っていた。

 分厚い雲がびっしりと空を覆い、その向こうから太陽の明かりが透けて見えていた。

 

(あ……)

 そのノードの視界に、ちろちろと白い何かが舞っているのが見えた。


(雪……か。精霊祭、ふってもやるのかな……)


 ノードは、少しずつ身体から力が抜けていくのがわかった。


(はやく……かえらないと……でも、ねむ……い、な……)


 すこしずつ、すこしずつ。


 ノードの意識が薄れていく。


 完全に四肢の感覚がなくなり、そして思考がとまり、視界がかすれるように薄れていく。


(………………)


 だんだんと、視界の中に占める雪の割合が増えていく。


(…………)


 次第に、アルバの森が白く染まっていく。


(……?)


 なんだ、ろうか。


 意識が完全になくなる瞬間、ノードはどこか遠くに鳴き声を聞いた気がした。

ようやく終わった……。今まで待たせた方ごめんなさい。ようやく2部完結です。

こんなに時間かけてすみません。

あ、以下ステマです。


現在コミックアース・スターにて拙作、貧乏貴族ノードの冒険譚のコミカライズが連載中です。

そしてそのコミック第一巻が、現在絶賛発売中です。

是非ともお手に取って、拙作のコミカライズを楽しんでみてください。


リンク貼ってみたんですが、どうも後書きとかだとリンクがうまくいきませんでした。

お手数ですが、活動報告の方にリンク張っておきますので、そちらからご覧になっていただけると幸いです。もし支援いただければさらにうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 間違えて終戦(1)がアップされてるような。
[一言] 中ときて3!?と思ったら結合中なのか おもしろかったでーす!
[良い点] 漫画で面白そうだなと思って読み始めましたが、期待以上に面白かったです。続きがとても気になります。
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