表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧乏貴族ノードの冒険譚  作者: 黒川彰一(zip少輔)
第二章 見習い竜騎士ノード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/63

35 終戦(前)

5000~5500くらい

「キシャアアアッ!」


「っ……!」




 悪態を吐く余力すら、残されていなかった。


 後方から襲来してきた騎士蜘蛛の攻撃を、とっさに横に転がることで回避。勢いのまま、切り捨てる。体を引き裂かれ、騎士蜘蛛の亡骸が空中に体液をまき散らした。


 地を転がるノードは、次の瞬間には弾かれたようにその場を飛び退く。直後、元いた空間に向かって襲い掛かる別の騎士蜘蛛の姿が目に入った。


 飛びのく瞬間、着地場所として見定めていた少し大きめの騎士蜘蛛の頭部に翠緑鋼の刃を突き立てる。自身の体重が合わさった刺突が、一撃で蜘蛛を絶命させる。死体から剣を引き抜きながら、再び後方から襲来した新手を認識。今度は刃ではなく、剣の柄頭で頭部を叩き割った。




「はあッ……はあッ……」




 肩で息をし始めたのがどれくらい前なのか、もうノードには思い出せない。それほど長い間、動き続けていた。




(大分……数を……減らしたか……?)




 一瞬の間に三体の敵を屠ったノードは、油断なく全周囲に気を配りながら、敵の様子を伺う。




 周囲には、蜘蛛の死体が散乱していた。その数は十や二十では利かなかった。光を喪った蜘蛛の躰から流れ出た体液が、朝露と共に森の草木をぬらりと覆う。森の中を駆けずり回りながら倒した数も合わせれば、既に相当数の蜘蛛を倒したはずだった。




 だが、




「ギシャア! ギシャア!!」


「「「「シャアアアアアアアアッ」」」」


「……っ……また……ッ!」




 息も絶え絶えに、荒く肩で呼吸するノードの口から、悲鳴にも聞こえる声が漏れだした。




 息つく暇もなく、再び蜘蛛の攻勢が始まる。


 噛みつき、飛び掛かり、回り込み、集団の力で獲物であるノードを狩り取ろうとする。


 その包囲網を、ノードはときに剣で切り裂き、ときに盾で殴り飛ばし、ときに脚を使って攪乱して、突破する。


 しばらくすると、再び周囲に何体かの蜘蛛の死体と、先程よりも荒く呼吸をするノードという構図が現れた。




(やはりあいつだ)




 ノードは何とか肺腑に空気を送り込みながら、一体の大蜘蛛を睨めつけた。


 ノードの視線の先には、周囲を取り囲む蜘蛛たちとは、明らかに違う個体の姿があった。


 元帥蜘蛛――便宜的にそう名付けた、暗褐色の躰を持つ蜘蛛が現れてから、明らかに騎士蜘蛛たちの動きが変わった。


 ノードに対し、何体もの騎士蜘蛛が連携を取りながら、間断なく襲い掛かる。なんとかそれを撃退するも、息つく暇もなく、再びの襲撃。


 途絶えることなく繰り返される襲撃の輪舞(ロンド)に、ノードの体力はじわりじわりと削られていた。




(あいつを……なんとかしないと)




 これは狩りなのだ、とノードは元帥蜘蛛の意図を理解していた。


 冒険者や狩人たちが魔物を狩る際に、正面から戦うことはあまりない。万全の状態の魔物と戦えば、たとえ格下でも手傷を負わされることがあるからだ。


 一部の物好きを除けば、大抵の冒険者は魔物と戦う時に、出来るだけ有利な条件で戦うことを望み、そのために様々な工夫を凝らす。


 毒を使う者、罠を張る者、寝込みを襲って巣ごと焼き払うものまでいた。


 当然冒険者として活動していたノードにも、その経験はある。


 難敵と戦うときは、弱らせてから戦うに越したことはないからだ。




 そしてその狩りを、今はノードが獲物側として、元帥蜘蛛にされているのだった。




 元帥蜘蛛の意図は明白だ。


 すでに何体もの騎士蜘蛛を屠っているノードを難敵と認識し、まずはその体力を削って、まともに動けないようにしようというのだ。


 配下の騎士蜘蛛を猟犬のようにしてノードを追い立て、手傷を負わせ、そして最後にとどめを刺す。


 人員の多い冒険者クランなどがよく行う、外れのない戦法だ。




(せめて……元帥蜘蛛さえ倒せれば……ッ!)




 数の厄介さはともかく、一対一であれば、ノードにとって騎士蜘蛛はもはや恐れる敵ではない。だが、その騎士蜘蛛が一個の集団として、組織的に襲い掛かるのであれば、多勢に無勢の言葉通りに必ず負けてしまう。


 それを防ぐには、集団を指揮する存在である元帥蜘蛛を排除する必要があった。


 しかし、巧妙なことに、元帥蜘蛛は決してノードの近くに寄ろうとはしなかった。


 二、三度事態を打開すべく、ノードは騎士蜘蛛の群れを突破して元帥蜘蛛を打ち取ろうと試みた。だが、結果はあえなく失敗。


 ノードが近づけば元帥蜘蛛は距離を取り、逆にノードが振り切ろうと逃げ回れば距離を保ち、決して自らは戦わず、付かず離れずの位置で蜘蛛たちに指示を出し続けていた。




「……っ!?」




 不意に、ノードは足を滑らせた。何事だ、と視線をやれば、そこには青くぬめぬめとした蜘蛛の体液が泥濘を作っていた。


 反射的に踏みとどまろうとするも、ずるり、と足元が滑って踏ん張りが利かず、体勢を保てない。


 ずでん、と受け身も取れずに地面に無様に転がり落ちる。




「不味……っ!?」


「ギシャアアアオッ!!」


「「「「キシャアアアア」」」」




 そのノードの隙を見逃すほど、元帥蜘蛛は甘くなかった。


 鬱蒼と生い茂るアルバの森に、元帥蜘蛛の咆哮が響き渡ると、それに呼応するように騎士蜘蛛たちが雄たけびのような鳴き声を上げ、一斉に倒れ伏すノードへと襲い掛かった。


§


「う……うぉおおおおおお!!」




 死。ノードはその一文字をはっきりと認識した。


 凍り付くような意識とは裏腹に、咄嗟に体が動いたのは、冒険者時代の経験や、竜騎士見習いとして叩き込まれた訓練の賜物だったのだろう。


 腹の底から自然に出てきた咆哮とともに、体に熱が宿り、剣を薙ぎ払う。


 一体の騎士蜘蛛が絶命するも、それに構わず後ろから次の蜘蛛が殺到、勢いが全く収まらない突進を受け、ノードは組み伏せられる。




「この……離れろ!」


「シャアアアア……ギシャア!?」


「「「シャアアアア」」」




 盾で騎士蜘蛛の顔面を殴ると同時、足でも蜘蛛の身体を押し上げ、出来た隙間から這い出す。次の瞬間、その蜘蛛は他の蜘蛛に押しつぶされ、絶命した。


 蜘蛛の群れはその体に生えそろう幾多もの複眼で、即座にノードの所在を確認しなおすと、再びノードに向かって牙をむいた。




 切り殺し、刺し殺し、穿ち殺し、殴り殺した。


 噛みつかれ、突進され、触腕で切りつけられた。




 今までで一番長い戦闘だった。


 殺しても殺しても、蜘蛛の群れが後に続いてくる。


 殺しても殺しても、一瞬すら敵の攻勢が止むことはない。




「グあああッ!」




 その激流の渦に飲み込まれたままのノードは、必死に蜘蛛を屠りながら、なんとか抵抗を続けようとするも、ついにそのときがやってきた。


 一頭の騎士蜘蛛の攻撃を除け損ね、騎士蜘蛛の牙が、ノードの足を捉えた。甲殻を鍛えて出来た鎧が砕け、その下にある柔らかな肉に牙が突き立てられる。


 痛みに一瞬体が硬直し、そしてそれが致命的な隙へと繋がった。


 次の攻撃が、再びノードの身体を直撃する。


「グプッ……」




 騎士蜘蛛の突進を、避けることも出来ず、まともに正面から受けてしまった。


 バキリ、と鎧の胸部が砕ける音がして、同時に胸から激しい痛み。


 喉の奥からこみ上げるものがあり、吹き飛ばされながら嘔吐する。


 血だった。




 真っ赤な鮮血が、ノードの口から勢いよく溢れる。


 突進により、大きく吹き飛ばされたノードが、鮮血を吐き出しながら地面に激突する。


 二度、三度と跳ねながら、転がり、やがて木にぶつかって停止した。




「ガフッ……グプェッ……はあ……はあ……」




 再び、吐血。


 ぼたぼたと口腔から零れ落ちる鮮血が、ノードの鎧を赤く染め上げた。




(ここ……までか……)




 痛みによって朦朧とする意識の中で、ノードはそんなことを考えた。


 剣を支えにして、ふらふらと立ち上がり、木を背にしてもたれ掛かるように立つ。


 立ち上がったノードの視界には、再び殺到しようとする蜘蛛の軍勢が映っていた。


 その光景が、やけにはっきりと、そしてゆっくりに見えた。




(ああ、これが……走馬灯、ってやつか……)




 スローモーションで襲い掛かる蜘蛛の群れを、ノードは全身の痛みを感じながら見続ける。


 残酷なものだ、とノードはどこか他人事のように考える。


 さっさと死なせてくれれば、楽になれるだろうに、やけに時間の流れが遅く感じられるせいで、ずっと痛みを感じながら蜘蛛の軍勢を見続けることになる。


 ノードは自身の命を終わらせるであろう蜘蛛たちを見ながら、自身の命運に思いを馳せた。




(やっぱり……俺も食われるのかな。こいつらに、いや、女王蜘蛛にか……)




 冒険者時代には色んな物を食べたが、食べられるのは初めてだ、などと益体もないことを考える。そして、同時にそれが恐怖から逃避しようとしての思考だとも分かった。




(ああ、兄さんたちは逃げられただろうか……ニュートが無事に報せてくれているといいけれど)




 そして、家族のことを考えた。




(俺が死んだらみんな悲しむだろうな。父上に、母上、そして兄さん、姉さん……弟と妹たち……)




(ニュートは俺が死んだらどうなるんだろう……家族の誰かが面倒を見てくれるのかな。それとも騎士団の方で引き取られるのだろうか。そしたら、アイリスあたりが泣きながらごねそうだな……そしたら泣き止ませないと)




(いや、違うか。俺はこれから死んじゃうんだもんな……そしたらもう会えない……アイリスが我が儘言いだすとなかなか収まらないんだよな……リリアに面倒かけそうだ。ああ……くそ……)




「……死にたくないなあ」




 じわり、と涙が恐怖と共に湧いて出るのが分かった。


 だが、ノードがぽつりと呟いたその言葉は誰にも聞かれることなく、人気のない夜の森に吹く風に攫われて、掻き消されていった。


§


 そしてノードは、最後にゆっくりと視線を上げて、最後に自分を屠ることになる敵の姿を眼に収めようとした。


 僅かに目に浮かんだ涙で歪む視界に、映し出されるのは、ひときわ大きく、強大な蜘蛛の姿――元帥蜘蛛だ。




(ああ、お前さえいなければな……)




 こんな存在がいるとは、ノードにとって計算外だった。


 冒険者として戦ったことのある魔物は、どれも面倒な相手が多かった。


 飛竜の山で間近にみた飛竜は、巨大で恐ろしかった。


 ノードが経験したことのある魔物たちは何れもが、その強さに関わらず個としての脅威だった。




(だがこいつは……)




 元帥蜘蛛は性質が違った。


 強力な魔物の群れを指揮する恐ろしさ。


 どんな魔物にもなかった集団としての力を、元帥蜘蛛は備え合わせていたのだ。


 大量の騎士蜘蛛だけであれば、ノードは生き残ることが出来る自信があった。騎士蜘蛛自体は、単なる水晶級の討伐難易度を誇るに過ぎない魔物だ。その集合であれば、各個撃破を繰り返しつつ、時間を稼いだ後に、撒けばそれで済んだのだ。




 しかし元帥蜘蛛によって単なる水晶級の魔物の集団が、高度に統率された軍隊のような存在へ変貌してしまった。


 一人の騎士対軍隊。


 どれほどノードが奮闘しようとも、敗北は時間の問題だったのだ。




(せめて……近づいてくれさえすれば……討ち取る目も……ッ!?)




 そして、ノードはそのこと(・・・・)に気が付いた。


 元帥蜘蛛が、いつのまにか蜘蛛の軍勢の先団(・・)へと移動していた。




(何故だ……なぜ、そこにいる? 頑なに後方からの指揮に専念して、俺と戦うリスクを避けてきたこいつが……そうか)




 ノードの意識が、急速に高まり明瞭になる。心臓が血液を急速に循環させ、脳に血液を行き渡らせようとする。そして、ノードは元帥蜘蛛が前線へとやってきた理由にすぐに思い至った。




(俺が弱り切った(・・・・・)からか……そりゃあ。獲物のトドメは自分で刺したいよな、狩人だったら!!)




 それは、いわば本能なのだろう。冒険者の経験があるノードには強く理解できた。狩りとは獲物との戦いであり、その決着は獲物にトドメをさした時だ。自身が勝利を得る際にのみ得られるその快楽は、戦いに身を置くものなら誰もが知っている。


 その勝利を味わいたいという本能には、魔物とは思えない高い知能を持つ元帥蜘蛛であっても、いや、並みの騎士蜘蛛とは比べ物にならない程の高い知能を持つ元帥蜘蛛だからこそ、抗うことが出来なかったに違いない。




(来い……)




 ノードは体がまだ動くことを確認し、元帥蜘蛛を仕留める算段を立てた。


 元帥蜘蛛を仕留める機会はたった一度だ。


 そのたった一度の機会で仕留めそこなえば、元帥蜘蛛は再びノードとは距離を取り、二度と近づいては来ないだろう。


 だからぎりぎりまで、ノードはその身に再び宿った闘志を隠し続けた。


 右手には剣がある。左手には、もはやひしゃげて役目を果たしそうにもない、盾がある。そしてその内側には……。




 蜘蛛の軍勢が、近づいてくる。まだだ。


 地が揺れているのではないかと錯覚するほどの勢いで、蜘蛛の群れが殺到する。まだだ。


 森の静寂を吹き飛ばす蜘蛛たちの勝利の雄たけびが、ノードの鼓膜をびりびりと揺らす。まだだ!




 騎士蜘蛛の先頭がノードに向かって、その鋭い前腕を突き立てようと、振り上げ突進してきた。今だ!




 ノードは体に走る痛みを無視して、一瞬の動作で盾からソレ(・・)を引き抜き、高らかに叫んだ。




火焔よ(イグニス)!」




 鮮血のように紅い魔石の刃が、轟然と燃え盛った。

12/12

結合

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ちびっ子でも、竜が頼りになっていて、いい感じですね。 空を飛べるって、強いです。 [気になる点] ちょっと戯れ言を書きます。 〈自分はこう考える〉というレベルの話で、ダメ出しという訳ではな…
[一言] 元帥蜘蛛のシーンでダースベイダーの曲流れそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ