34 出立
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短くて済まんな
手紙を託されたニュートは、「任せろ」と言わんばかりに鳴き声を一つ上げると、その翼を大きく羽ばたかせ飛び立った。
深緑色をしたニュートの体が少しずつ遠ざかり、まだ夜明け前の暗闇の中へと溶け込んでいった。
その後ろ姿を見送ったヨハンが視線を地上に戻すと、先程よりも大分避難が進んでいるようだった。
そのヨハンに、馬丁の男が近づいてきて報告をする。
「旦那様、そろそろ馬車を出発させたいのですが」
「村の女子供はあと、どれくらい残っている」
「お嬢様たちで最後です。お乗りになられ次第、出発させます」
「そうか、わかった。うむ、ご苦労だった」
オブリエール家は領地をもつ貴族ではあるが、決して大身と言えるような存在ではない。そのため、諸侯が持つような絢爛豪華な貴族用の馬車は持っておらず、オブリエール家の面々も村人と一緒の馬車で避難する必要があった。
馬車は、村に滞在していた行商人から徴発したものだった。荷運び用のもので、幌が付いている以外は何もなく、衝撃を吸収させる板バネや柔らかいクッションつきの座席などは一切付いてない。その荷台に、村の女性や子供たちが大勢乗り込んでいた。
「よし、エミリア、アリア、しっかり掴まって」
抱きかかえた義妹たちを、先に馬車に乗り込んでいた妻のカティアに引き渡す。これで、オブリエール家の女たちもすべて乗り込んだ。
「よし、他に女子供はいないな……行っていいぞ!」
御者に合図を出すと、からからと車輪が音を立てて走り出した。
走り出した馬車の中、村の女性や同年代の子供に囲まれながら、オブリエール家の中でも年若の妹であるアリアが姉たちに疑問を問いかけた。
「みんなでどこ行くの?」
「危ない魔物がやってくるから、避難するのよ」
「ひなんって?」
「遠くにお出かけするの」
まだ幼く、事情が分かっていない妹に姉たちが優しく教えると、姉であるカティアに抱きかかえられたアリアは、髪飾りを手に弄びながら、再び首を傾げた。
「みんな……でも、おにいさまたちは?」
馬車の中には、父親も、兄のヨハンも、そして今年新しく出会ったノードという新しくできた兄の姿もいなかった。
「お父様とヨハンさんは、まだ村に残ってるのよ。ノードさんも……後でやって来るわ」
アリアを抱きかかえたカティアは、ノードの名前を口にして、少し言いよどんだ。
オブリエールの館で、カティアは父親と夫の会話を耳にしていた。森の奥に強力な魔物が住み着いて群れを成していること。それが森の外に溢れ、アルバ村を襲う可能性が高いということ。そして、そんな危険な森の中に、義理の弟でもあるあの少年が、まだ残っているということ、全てだ。
それが何を意味するのか……騎士の娘として生まれ、そして妻となったカティアには理解できた。
頭を過ぎった不安を打ち消すように、無意識に妹を抱きしめる力が強くなった。
「おねえさま、いたい」
「あ、ご、ごめんなさい、アリア」
腕の中から聞こえたその声に、反射的に腕をほどいた。
大丈夫? そう声を掛けようとした瞬間だった。
「きゃあっ」
「あっ!」
道のくぼみに馬車の車輪が取られたらしかった。ガクン、と馬車が大きく揺れ、馬車の荷台に乗る人々が悲鳴を上げる。
「わたしの髪飾り!」
気が付くと、腕の中にいたはずのアリアがいなかった。
とっさに声をたどって視線を向けると、そこには馬車の外に向かって駆けだそうとするアリアの姿が見えた。
「ダメよ!!」
カティアの口の中から、悲鳴が飛び出した。妹を捕まえようととっさに手を伸ばすが、むなしく空を切る。
手からこぼれ落ちた髪飾りを追う妹が、走行する馬車から振り落とされる姿を幻視し、全身の毛が逆立った。
「危ない!」
「あっ」
幸いなことに、妹が馬車から振り落とされることはなかった。
馬車の後ろにいた女性が、とっさにアリアを抱き留めたからだ。
慌てて、妹に駆け寄り、その女性にお礼を言いながら、妹を抱きしめる。
「危ないじゃないの、アリア!」
「あー、わたしの髪飾りぃ……」
叱りつけるも、効果はない。妹はまだ馬車の外に向かって手を伸ばしていた。髪飾りを無くして、目に涙を浮かべている。
「小さい子は落っこちないように、馬車の前に移動した方がいいみたいね」
「すいません……」
他の子供たちも一緒に、馬車の奥へとアリアを移動させる。
「じっとしてないとだめよ!」
「だって髪飾り落ちちゃった……うえええ」
「あーもう、ほらお姉ちゃんのをあげるから、泣き止みなさい」
馬車の前方に纏められた子供たちの中で、叱られてべそをかくアリアを大人しくさせるために、カティアは自分の髪に止めていた髪飾りを外し、アリアに握らせた。
「これじゃないもん……アリアのはお兄ちゃんがくれたやつだもん」
そこで、はたと気付いた。さっきアリアが持っていたのは、精霊祭の前夜祭で義弟が贈ってくれたものだったのだ。自分の分は館に置いてきてしまっている。
「フランカ、あなたノードさんからもらった髪飾り持ってない?」
「ちょっとまって……はい、これでしょ」
「うん……」
次女のフランカが、自分の髪に止めていた髪飾りをアリアに手渡した。それを貰って、ようやくの事でアリアは泣くのを辞めた。
やっと泣き止んでくれた……どっと疲れが噴き出したカティアは、馬車の荷台に腰を下ろし、今度こそ逃げ出さないように、しっかりと妹を抱きしめた。
そして、ふと馬車の後ろに視線を向けた。
馬車の後方には、まだ吸い込まれてしまいそうな暗闇が広がっている。
妹の髪飾りはその闇に呑まれ、もはやどこにあるのか分からなくなっていた。
次からは話が動くと言ったな。あれは嘘だ。
まあ、ぶっちゃけ最後のシーン書きたかっただけなんだが……これ、必要だったかなあ。
次回こそ、話は動くと思います。
以下ステマ(ダイマ)
コミックアース・スターにて拙作、貧乏貴族ノードの冒険譚のコミカライズが連載中です。
詳細は活動報告の コミカライズ! をご覧ください。




