30 混乱(下)
なんか良くわからん話になった気がする。3500文字前後
ヨハンが邸の玄関口に辿り着くと、そこには半開きになった玄関扉と応対しているオブリエール家の執事の姿があった。執事がこちらに気がついて、頭を下げてくる。
「これは旦那様……起こしてしまったようで申し訳ありません」
「よい、それよりも、弟は何と」
ヨハンが執事へと質問をする。
しかし、執事は困ったような表情を顔に浮かべて、「それが……」と玄関扉を大きく開けて、ヨハンに外の様子を見せた。
「キュー! キューッ!!」
果たして、玄関扉の向こう側に広がる闇の中には、小さな飛竜の姿があった。しかし、その側にいて然るべき存在、つまり主であるノードの姿はない。
飛竜の子供は、扉が大きく開くと、身体をその隙間に捩じ込むように、邸内へと入り込んだ。そして、ヨハンの元へと近付くと、再び鳴き声を上げ続けた。
「何だ、ノードは一体どうしたんだ」
「いえ、私にもさっぱり……」
甲高く鳴く飛竜が、何かを伝えようとしているのは、ヨハンにも理解できた。しかし、肝心のそれが何であるのかが、一向に分からない。
ノードの元から逃げ出して来たのか、それとも、ノードの身に何か不測の事態が起きたのか……。
ヨハンが飛竜の意図を掴みきれないでいると、飛竜の子供は焦ったように、二度、三度と前肢で床を踏み鳴らして、ぐいぐいとヨハンの身体に首を押し付ける。
「きゅー! きゅー!!」
「おいおい、ちょっと落ち着け……」
「あーっ!」
興奮したように、後ろ肢で立ち上がりヨハンへとのし掛かろうとする飛竜の身体を押し留めようとしていると、再びオブリエール家の玄関に、大きな声が響いた。
「ニュート、お帰りなさい!」
「こら、エミリア、夜は寝てなきゃ駄目じゃないか」
「目が覚めたんだから、仕方ないわ!」
声の主は、ヨハンの義妹、エミリアだった。飛竜の鳴き声と立てる物音で、目が覚めてしまったらしい。
エミリアは玄関でヨハンにのし掛かるようにしている飛竜、ニュートの姿を見付けると、パッと顔を輝かせてその身体へと抱きついた。
すりすりと、ニュートの鱗に頬擦りをするエミリア。
「まったく、次から次に……おい」
「畏まりました、さ、お嬢様、もう一度眠りましょう」
「えー、やだ、まだ眠くないわ! ……あら、ニュート、これなあに?」
義妹を寝かせつけようと、ヨハンは視線で執事へと指示を出した。意を受けた執事が、エミリアの両脇を抱えて寝室へと運ぼうとするが、抱きかかえられたエミリアは、抵抗しようとニュートにしがみついて離れまいとする。
そして、エミリアはニュートの首に掛かったあるものに気が付いた。
「これ、ノードお兄さまのよね」
「なに?」
「ニュート、これお兄さまから貰ったの?」
エミリアの言葉を受けて、ヨハンが義妹の視線を辿ると、たしかに、そこにはあった。ニュートの首に掛けられた、細い鎖だ。水晶の小さな板が繋げられたそれは、ノードの身に付けていた冒険者ギルドの認識票だった。
今の今まで、ニュートの首に掛けられていたことに気が付かなかった。
「ひょっとして、これに気付かせようとしていたのか?」
「お兄さま、それ、お手紙もついてるわ!」
執事に抱きかかえられたエミリアが、小さな指で、指し示した。なるほど、たしかにその先、認識票のすぐ横に紙片が括り付けられている。
ヨハンがそれに手を伸ばすと、ニュートはピタリと動きを止めて、静かになった。どうやら、先ほどまでの一連の行動は、全てこの紙の存在に気付かせようと行っていたらしい。
「お手紙に何て書いてあるの!」
「しっ、お嬢様、お静かに……」
「……」
紙片は小さなメモ用紙のようだった。小さく折り畳まれたそれを開くと、ヨハンは素早く目を通した。
「さ、お嬢様、ベッドに入りましょう……」
「待て」
エミリアを寝室へと連れて行こうとする執事を、ヨハンが呼び止めた。
「エミリアを寝かしつける必要は、ない」
「は、はあ」
「それよりも、皆を起こしてくれ」
「今は真夜中ですが……「早く!」は、はい」
「それと義父上に、最優先で私の部屋に来てくださるよう、伝えてくれ」
ヨハンは、それだけ言うと、書斎へと足早に向かった。
§
「婿殿」
「起こしてしまって申し訳ありません」
「構わないよ、それで?」
先代オブリエール卿である義理の父が、不機嫌な表情を僅かに浮かべて書斎へとやって来たとき、ヨハンは執務机に向かっていた。
燭台の明かりを頼りにして筆を走らせていたヨハンは、先代オブリエール卿へと、ノードから送られてきた手紙を見せた。
「これをご覧ください。先程、弟が送ってきました」
「ノード君が? ……こ、これは本当なのかね」
先代オブリエール卿は、手紙の内容を見て、直ぐに事態の重さを把握したようである。驚愕の表情を浮かべて、真偽を問いただしてくる。
「弟はその手紙を飛竜、ニュートに託して送って来ました。少なくとも、本人が来ることが出来ないような事態に陥っているのは、間違いが無いようです。そして、ノードは意味もなく嘘を吐くような人間ではありません」
「う、うむ……しかし、俄には信じがたいな。女帝蜘蛛だと……? 神話の魔物ではないか」
先代オブリエール卿は、困惑したような声色で呟いた。
無理もないことだった。ヨハンとて、先程手紙の内容に目を通したとき、三度内容を見返した。手紙といっても、つらつらと長い文章が書かれていた訳ではない。
女帝蜘蛛と、数百頭の騎士蜘蛛たちが森にいて危険であること、至急村人を退避させ、王国騎士団の応援要請を求める内容が書かれていただけである。
その他の詳しい事情は、手紙では分からなかった。
「して、どうするのだ」
「村人を避難させます。それに、騎士団の応援も」
「精霊祭はどうするのだ!?」
「中止するしかありますまい」
「し、しかしだな……それはあまりにも、村人からも反対が出るだろう」
「何とか説得するしかありません」
「の、のう……せめて、明日早馬で冒険者ギルドに依頼を出すというのはどうだ。上手く行けば、それで事が収まるかもしれん」
ヨハンは手紙を書き続けていた手を一度止めると、羽根筆を置いて、先代オブリエール卿へと向き合った。
「難しいでしょう。そもそも、今は冒険者ギルドも人手不足です。辺境に位置するこの周辺には、ただでさえ冒険者が少ないのですから、ノード以上の戦力が運良く居てくれるとは思いません」
東方騎士団の大演習から続く、冒険者不足は未だに尾を引き続けていた。近くの冒険者ギルドでは、水晶級冒険者はおろか玉石級冒険者向けの依頼すら中々引き請ける冒険者が足りず、難渋しているという。
仮にも鉄竜騎士団の一員であり、そして冒険者としての豊富な経験を持つノードは、現在のアルバ村ではこれ以上を望むべくもない強力な存在なのだ。
正騎士として訓練を受けたものの、実戦経験には乏しいヨハンや、第一線を退いて久しい先代オブリエール卿よりも、余程戦闘能力は高いだろう。
「正直、私にも迷いはあります。今年の収穫は不作でしたから、精霊祭を中止したら見込んでいた収益を得られません。いえ、避難にかかる費用も考えれば、大損といっていい。今年はよくても、来年以降、アルバ村の経営に暗い影を落とす可能性があります」
ヨハンは、一端そこで言葉を切って、舌を湿らせる。
「ですが、もしノードの言うことが本当であれば、村への被害はそんなものでは済まされません。いえ、村だけでなく、近隣の村や町にまで被害が出るでしょう。オブリエール家の現当主として、そしてハミル王国の騎士として、私は、今取り得る最善を尽くします」
「なるほどな……婿殿がそこまで言うのであれば、儂も従おう。それで、何をすればいい」
瞳の奥底に、揺るぎない意志の光を見た先代オブリエール卿は、今度はヨハンの決定に異を唱えなかった。
「村人を避難させなければなりません。義父上には、その指揮を取っていただきたい。私は今しばらく、手紙を書かなければなりません」
「うむ、分かった。執事に言って早馬の準備をさせておく」
「お願いします」
短くやり取りを済ませると、再びヨハンは羽根筆を取った。
当主であるヨハンが書かなければならない手紙は多い。近隣の領主への警告に、騎士団への応援要請。避難させた村人を、ただ宛どもなくさ迷わせる訳にもいかない。安全圏だと思われる地域への、避難受け入れ要請の手紙だって必要だった。
さらに、手紙は送っても無事に届くとは限らない。道中で事故に遇ったり、紛失したりする可能性があるからだ。手紙は、緊急性の高いものこそ、複数書いて送る必要がある。
領主であるヨハンにとっては、手紙を書くことこそが、今やるべき戦いだった。
これで、前後合わせて7000字くらいか……冗長なんだけど、なぜこうなったかは、活動報告で言い訳します。
以下、前話の後書きに追記した部分のコピペです。見てない人いるかもなので、念のため。
アース・スターノベル様より、コミカライズ企画が進行中だそうです! 公式ホームページでご確認頂けます。
これも全て、素敵なキャラデザとイラストを描いていただいたエナミカツミ様、そして、書籍をご購入いただいた読者の皆様のお陰でございます。
Thank you,sorry.ありがとう!
これからも、応援いただけるととても嬉しいです!
コミカライズの詳細は後日だそうですので、そのときに改めて活動報告あたりでご報告させていただきだいと思います。




