28 覚悟
予定通り、朝に投稿。夜は片付けとか家事で書ける時間が無かった。3500文字程度。
アルバの森では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
「ハアッ!」
裂帛の気合とともに、ノードの剣が宙空に弧を描く。翆玉鋼の刃は残像を残しながら、手近にいた騎士蜘蛛の身体を切り裂き、絶命させた。
しかし、蜘蛛の軍勢は、尖兵となった騎士蜘蛛が死んだことを気にも止めずに、死体を押し潰すようにして、容赦なくノードの元へと殺到してくる。
「シャアアッ!!」
「くっ……!?」
先頭にいた蜘蛛の死体を踏み台にするようにして、後続の蜘蛛がノードの首元を狙って噛みつこうとしてきた。
牙状に変形した口元の甲殻が、キチキチと無機質な音を立てて眼前へと迫り来る。
それを、左手で構えた盾で防いで、剣を突き刺すようにして止めを刺した。
「うおっ……!?」
しかし、蜘蛛の軍勢による攻勢は緩むことがない。
今度は、足下への攻撃だった。視界の端で捉えたその脚部への噛み付きを、咄嗟に足を引き上げて躱す。空を切った蜘蛛の顎が、ガチンと音を立てた。
片足立ちとなったノードの身体が、後続から押し寄せる蜘蛛の軍勢の圧に耐えきれずグラリ、と後ろに倒れた。
「「キシャアアアッ!!」」」
蜘蛛の軍勢が、体勢を崩したノードの身体を飲み込もうと、奔流となって一斉に襲いかかる。
「ッ……!」
その危機を、ノードは極めて冷静に対処した。先頭集団の突撃を盾で受け止めながら、同時に足元にいた蜘蛛の頭を強かに蹴り飛ばす。
衝突のエネルギーを後方へと飛ぶ推進力へと変えて、ノードは蜘蛛の集団から距離を取ることに成功した。
空中で身体を捻りながら、足元から着地する。無理に身体を踏み止めようとせず、地面を何度か転がりながら立ち上がる。そして、今度は勢いそのままに、遁走を始める。
(今のは少し危なかった。このまま、何とかこの距離を保ち続けないと……)
ニュートがアルバ村へと飛び立ってから、既に数刻が経過していた。その間に、ノードは蜘蛛の軍勢と、付かず離れずの逃走劇を絶え間なく繰り広げていた。
走り、逃げ回り、追い付かれそうになれば先ほどのように反撃する。
一連の流れの中で、少しずつではあるが、騎士蜘蛛や将軍蜘蛛を討ち取ることも出来ていた。しかし、森を埋め尽くすほどの勢いを見せる蜘蛛の軍勢からすれば、それはほんの少し。爪の先が欠けた程度の損耗でしかなかった。
焼け石に水。その言葉通り、ノードが無理をして攻勢に出たところで、殲滅には至らない。どころか、反撃しようとする度に、蜘蛛の大群に捕まってしまう危険を負う。
だがそれでも、ノードには攻勢に出ざるを得ない事情があった。
「ッ……しまった!」
木々が乱立する森の中を、すり抜けるようにして逃げ回っているノードだったが、視界の端に動く影を捉えた。
その影に向けて、ノードは咄嗟に腰から解体用の短剣を抜き去って、投擲した。
「キィッ!?」
投げ付けられた短剣は、ノードを素通りして移動しようとしていた騎士蜘蛛の背に刺さる。しかし、所詮は解体用の短剣。致命傷には至らず、騎士蜘蛛は短い悲鳴を上げたが、そのまま走り去ってしまう。
(逃がしたかッ……!)
悔恨の念がノードの心に去来する。これで、後方──アルバ村の方角へと通してしまったのは二回目だった。
ノードが時間稼ぎを開始してから暫くすると、当初はただ後ろを追いかけてくるだけだった蜘蛛の動きが、突如変化した。
包囲するかのように二手に別れて回り込むような動きを見せたり、波状に攻撃を仕掛けてきたりと、戦術的な動きを見せるようになったのだ。
「シャアアオオオッ!!」
「くっ……!」
後方──アルバ村への方角へと向かう個体を阻止しようとしたノードの隙をついて、再び蜘蛛が襲いかかる。いつの間にか、横手に回り込んでいた蜘蛛の別動隊だった。
その蜘蛛の攻撃を、ノードは何とか盾で防いで、撃退した。
切り払われた蜘蛛の死体が、ゴロゴロと地面を転がる。
ノードは背後を振り返り、森の奥を見た。
「シャアアア、ギギ、ギシュ、ギシャアアッ!!」
蜘蛛の群れの後方。そこに、他の蜘蛛とは明らかに違う個体が存在していた。
その個体は、女帝蜘蛛ほどではないが、蜘蛛の群れから頭一つ突き抜けた巨大な身体を持っていた。さらに、暗褐色に染まった蜘蛛の身体には、将軍蜘蛛よりもさらに多くの赤い瞳が存在している。
ノードが先ほど数えた限り、その瞳の数は二十にも及んだ。
将軍蜘蛛どころではない。さらに上位の個体。
最大個体をも超える、さらに上……超越個体とでも言えばいいのか。
明らかに、その超越個体の蜘蛛が現れてから、群れが動きを変えた。何も考えず、本能のままに追い掛けてきた蜘蛛たちが、まるで、指揮されたかのように、有機的な連携を見せてきたのだ。
(間違いなく、あの蜘蛛が命令を出している。騎士や将軍を指揮する存在……元帥蜘蛛とでも言うべきか)
その元帥蜘蛛は、非常に高い知能までもを兼ね備えているようだった。
此方の反応を観察している節があり、あれこれと手を打っては、ノードがされたくないことが何であるのかを、学習しているようだった。
たかが、蜘蛛だと、戦闘力や数の脅威はともかくとして、所詮は魔物に過ぎない。そう侮っていたノードは、気が付いたときには窮地に追い込まれていた。
(こいつは、アルバ村の存在に気が付いている)
最初は、散発的な行動だった。
ノードの存在を無視するように、後方へと蜘蛛が移動したのだ。
ノードはそれを、後方から回り込むつもりかと警戒したが、そうではないようだった。方角もてんでバラバラであり、一体何のつもりか分からなかった。ただ、偶然でもアルバ村に向かわれると不味いと思い、アルバ村の方角へと向かう個体だけ、対処していった。
そして、あるときハッ、と己の過ちに気が付いた。
いつの間にか、ノードを無視して突き進む蜘蛛の動きが、アルバ村の方角だけになっていたのである。
動きから、ノードの目的が何であるかを、元帥蜘蛛は観察していたのだ。そして、その方角に何か──人間であるノードが必死に時間稼ぎをするだけのモノがあると、理解した。
人間の巣だと、元帥蜘蛛には判ったのだろう。
アルバ村の方角へと向かう蜘蛛の別動隊の頻度が、目に見えて増えた。
不幸中の幸いは、正確な方角を特定する前に、元帥蜘蛛の意図に気付けたことだろうか。
苦渋の決断ではあるが、アルバ村ではない方角に向かう蜘蛛にも対処することで、それ以上の正確な方角の特定を防いだ。
さらに、元帥蜘蛛の知能は、他の騎士蜘蛛や将軍蜘蛛よりも大分高いらしく、そのため、知能が隔絶した元帥蜘蛛の命令を、騎士蜘蛛や将軍蜘蛛が理解しきれずに、混乱しているような様子も見受けられた。
ノードはそこに活路を見出だした。
敢えて反撃することで、騎士蜘蛛や将軍蜘蛛たちの間近に、ノードの身体を晒すのである。
そうすることで、元帥蜘蛛ほどの知能を持たない騎士蜘蛛たちは、目の前にいる獲物を捕らえたい本能を優先させる。
この企図は、狙い通りの効果をもたらした。
元帥蜘蛛の指揮は機能不全を起こして、蜘蛛たちの軍勢は、再びノードを追い回すようになったのだ。
それでも時折、比較的知能が高いであろう個体が、元帥蜘蛛の命令を受けて後方へ浸透しようとする。
これ迄は何とか、手持ちの武器──投擲用のナイフなど──を用いて対処してきたが、遠距離用の武器は尽きた。
後は愛用の翆玉鋼の剣と盾、そして切り札の魔剣が一振り残っているだけである。
(炎の魔剣は……あいつを仕留めるために、取っておくしかない)
元帥蜘蛛は知能だけでなく、その戦闘力も高いことが肌で感じられた。
見ているだけで感じる威圧感は、女帝蜘蛛ほどでは無いにしろ、間違いなくノードよりも強い。黒鉄級相当の強さがあることは、確実だった。
(そろそろ、覚悟を決めなきゃな……)
ノードの心に、すっと氷柱のような冷たいものが差し込まれた。
今はまだ蜘蛛たちを撹乱出来ているが、それは何時までも続く物ではない。体力は無限ではないのだ。
だがノードが倒れてしまえば、蜘蛛の群れは混乱から回復し、再び元帥蜘蛛の指揮によって、統率された軍勢として真っ直ぐにアルバ村へと向かうだろう。
だが、元帥蜘蛛という頭を失ってしまえば、蜘蛛の軍勢は元の烏合の衆と化してくれるかもしれない。
少しでも、アルバ村の避難時間を稼ぐためには、元帥蜘蛛は何としても討ち取る必要があった。
そのために、ノードの命を引き換えにしたとしても。
というわけで、2月15日(土)に発売されました『貧乏貴族ノードの冒険譚』最新話でした。
書籍の詳細は、活動報告をご覧ください。
有難いことに、コメントでは購入報告などもいただいております。ありがてぇ、ありがてぇ( ;∀;)
「やっぱ爆死だったか」とか言われないように、応援していただけると幸いです。
で、最新話でしたが……うーん、少し冗長な気がする。次回は……予定は火曜日。遅れたら水曜日朝かな。ではchao!




