5 討伐の成果
ブクマ!
なんと嬉しいことだ。
他の作者が、あんなに喜んでいた理由が作者になって心の底から理解できた。
ノードが石板級冒険者に昇格してから、はや二週間が経った。
この間、ノードは兄からレンタルした鎧を用いて迷宮での討伐任務を受け続けていた。
来る日も来る日も、ただひたすらに迷宮に通い、ゴブリンやジャイアントバットといった魔物を狩り続けるのは、一種の作業染みており、同じことを延々と繰り返すのは、肉体的よりも、精神的に疲労が溜まる。
しかし、ノードはそんな疲労など微塵も感じさせずに討伐を続けた。
朝早くにギルドの依頼を奪い合い、受注手続きを済ませたら、その足で依頼書で指定された迷宮へと向かう。夕方日が落ちる前まで魔石を集めたら、迷宮側の換金所で魔石を売却し、(王国が管理している迷宮では、魔石の外部の持ち出しは法で禁じられている)日が落ちる前に王都に帰還。
これがこの二週間、すっかり日常になったノードであったが、残念ながらこの日々も今日で終わりだった。
理由は鎧の所有者である兄のアルビレオが、休暇を終えるからだ。
いくら脅威が低い魔物ばかりを相手にするといっても、普通ならばその魔物ですら、昇格したての石板級冒険者には強敵なのだ。
魔物の攻撃力が低いことを利用した、(借り物とはいえ)鎧による対抗戦術が使えるからこその成果であり、当然その肝心要の鎧が借りられなくなるのであれば、効率は著しく落ちる。
それ故、ノードは最後の刈り入れとばかりに、これまでになくハイペースで魔物の討伐を続けた。
§
刃溢れした短剣の一撃を、半身をずらして回避する。
と同時に、ゴブリンの突進の力を利用するように軽く長剣を振れば、さして力を込めずともゴブリンの首を跳ねることができた。
首を失ったゴブリンの体を回し蹴りの要領で蹴り飛ばせば、反対側から襲おうと試みた別のゴブリンに死体が激突する。
「……ギッ!?」
消える前の死体が体に激突し、体勢を崩したゴブリンに、一歩踏み込み剣一閃。袈裟懸けに切り裂かれ、そのゴブリンも一撃で絶命した。
「ギギィッ……」
複数で囲んだのにも関わらず、一対一となってしまった最後のゴブリンが、焦り逡巡したような動きを見せた。
大方逃げようかどうしようか、という所だろう。
しかし、その隙を見逃すノードではない。
ゴブリンが見せた一瞬の躇いはノードの振るう剣への反応を遅らせ、そのまま最後の一体である彼も首を跳ねられ絶命した。
戦闘終了後、ノードは油断なく周囲の気配も探りながら、死体の消えた後に残された魔石を回収した。
それにしても、とノードは腰に結わえた袋に魔石を放り込みながら思う。
ここ二週間の討伐では、最初は度々、奇襲や死角にいた魔物の攻撃を鎧に受けたりしたものだった。また、変に力が入って剣筋がずれたり、無理のある体勢から放って間合いを見誤って空振り、当たっても斬撃が浅い、などという事態もあった。
しかしそれがどうだ。
慣れない鎧を身に纏って戦い続けることで、鎧着用時の立ち回りにも慣れ、兜で狭められた視界でも奇襲や不意討ちなどを避けられるようになった。
特に複数の敵を同時に相手取る経験は無く、苦戦も強いられていたが、最初のように鎧に助けられるということも無くなった。
今では完全に動きを見切ることが出来、一撃も喰らわずに戦闘を終わらせることも容易になった。
剣筋も安定し、ゴブリンならば仕留め損なうことはない。
そして──
ヒュッ
腰に下げた鞘から、予備動作無しで剣を抜く。
剣が風を切る音を立て、
ポトリ、と二つに別たれたジャイアントバットの死体が地に落ち、その場に小さな魔石を残して消えた。
(身体が軽い。キレが良くなったというのだろうか。それに心なしか五感が冴えている気がする)
今いる迷宮は王国の手が入ってある程度管理されているとはいえ、迷宮は迷宮だ。
ダンジョンの名の通り、洞窟の中は薄暗く、見通しが悪い。
にも拘らず、ノードには何時もより迷宮の中がはっきりと見えた。勿論薄暗いのだが、洞窟の岩肌や地面の触感などが、より鮮明に見えた。
──強度上昇
その言葉がノードの脳裏には浮かんだ。
戦闘の経験を積むと、以前の自分よりも一段階強くなったと実感するときが訪れる。それを強度上昇と呼ぶが、それが自分にも来たのだ。
ノードが石板級冒険者に昇格して、この方ずっとこの魔石採取の討伐依頼を受けていたのは、勿論鎧を借りているという優位を活かして金策を行う狙いもあったが、それだけではない。
実は、天然の迷宮と違い、ノードが今討伐をしているような人工の迷宮は実入りは決して良くない。
と言うのも、魔石自体は需要があるため、そこそこの値段で売値が付くのだが、此処のような人工の迷宮では、管理者がその魔石を専売するために、安い値段で買い取るからだ。そしてその管理者とは当然国であるため、逆らったり、密売することは固く禁じられている。
また、実は迷宮討伐の依頼は、市場に魔石を供給することに繋がるとはいえ、基本的に王家の収入であるため、冒険者ギルドにとっては仕事としてのメリットが薄い。
それ故に、迷宮の討伐依頼は、冒険者が昇格するために必要な『貢献度』が付与されないのだ。(人工迷宮での討伐は、その迷宮での魔物が苦も無く倒せるなら、外での冒険に比べて危険が少なく手堅く稼げるため、人気の依頼である)
冒険者にとっては、上位冒険者への昇格はメリット(より旨味のある依頼を受けられるようになる)が大きいため、冒険者を引退することを視野にいれた安定派の冒険者(危険を冒さないので生活者と揶揄されることもある)以外は、基本的に『貢献度』が付くギルドの依頼を受けた方が得だ。
しかも迷宮内の依頼が魔石の売却代金だけが報酬なのに対し、外部での魔物討伐は達成報酬が出る。
魔物の種類次第では、その遺骸から採取できる有効な部位が入手できることもあり、その売却代金も含めれば、迷宮での討伐依頼よりも大きく稼げる可能性があるのだ。
ノードもその事は知っていた。
それにもかかわらず、何故敢えて迷宮での討伐をノードは選んだのか。
それには勿論、鎧効果により魔石を多く集められる目算があった。しかしそれ以上に、ノードは安全に戦闘に慣れることを優先したのだ。
フェリス騎士爵家では、男児は幼少から剣の術を叩き込まれる。ノードも当然例外ではなく、当主である父や兄二人、更には従者にも手解きを受けて来た。
ノードは剣の才能があるらしく、剣術の腕はめきめきと上達し、軍学校に通いこそしていないものの、下手な軍人並みの腕前は既にあると誉められたことがある。
だが、彼が師事した剣の先達──特に実戦に出たことのある父や従者は常にこう言い含めた。
剣の腕は戦の腕とは似て非なるものだ、と。素振りや稽古で鍛えられる剣の腕というものは、実戦で積んだ経験があって初めて活かされる。それを忘れれば、一人は斬れても次に斬られるのは自分となる。
その言葉を常に聞かされ育ったノードは、比較的安全に実戦経験を積むため、鎧を借りた上で敢えて迷宮の討伐依頼を受けたのだった。
そしてその目論みは功を奏した。
ノードは初陣で命を失わず、実戦での経験を積むことで一回り強くなった。
さらに鎧のお陰で怪我も負うこと無く、治療代が掛からなかったことで金銭を貯めることが出来た。(鎧のレンタル代を差し引くと僅かだが)
そのお陰で、ここ二週間の討伐依頼での収入は、石板級冒険者に昇格したばかりにしては、それなりの金額に上っていた。
そしてその金額は、ノードが当面目標としていた金額に達していたのである。
ノード君の初レベルアップ。
個人的にはレベルで上げて物理で殴るタイプのプレイが好きです。