24 蜘蛛の女王
ひゃっはー! 連日投稿だー! その代わり文字数少な目3,500文字。いや、連載当初からすれば多いんだけどね、これでも。
恐怖を克服したノードは、改めて崖から顔を覗かせて、眼前に広がる光景を見つめた。
百体を超える蜘蛛の群れと、その蜘蛛たちが闊歩する蜘蛛の糸で出来た宮殿とでも呼ぶべき巨大な巣。巣の中に食料として捕らえられた、森の大型動物たち。
そして──そこに鎮座する、小山ほどの大きさをもつ巨大な蜘蛛の姿。
森の異変が、全て目の前にいる蜘蛛たちによって引き起こされているのは明白だった。
しかし、
(こいつらは一体……何だ?)
そんな根源的な疑問が、胸の内から湧き出てくる。
ノードが知る限り、騎士蜘蛛や将軍蜘蛛といった魔物は、単体で狩りをして暮らす魔物だった。森の木や洞窟などに糸を張って巣を作り、罠などで捕らえた獲物をその巣──食料庫へと保存しておく習性を持つ。繁殖時期になると、雄が雌を求めて求愛し、産卵して繁殖する。そんな生態であった筈だった。
だが、目の前に広がるほぼ全ての情報が、ノードの持っている魔物に関する知識から逸脱していた。
巣の形状、蜘蛛の数、巨蜘蛛の存在、そして目の前で行われる、供物を捧げるような行動──全てが未知の存在だった。
ノードは懐から、黒革の装丁が施された愛用の手帳を取り出した。
冒険者時代から使っているものと同じ手帳で、ノードが今までに見聞きした知識・経験などの情報が纏めて綴られている。
その手帳をめくり、ある頁で手を止める。それは、以前に戦った騎士蜘蛛と将軍蜘蛛の詳細な情報を書き連ねた頁だった。
そこに書かれた特徴と、眼前の蜘蛛たちを見比べてみる。
(良く見ると、こいつら体色まで少し変だな……)
月明かりで照らされた蜘蛛たちの身体の色は、少し分かり難いが、通常の個体とも異なるようだった。
銀の月から降りそそぐ光に照らされたその胴部の色は、ノードが以前戦った騎士蜘蛛や将軍蜘蛛たちとは違い、全体的に暗い。通常の個体では、所々に白い体毛が生えていたのだが、それがなく、全てが黒く染まっていた。
肢の付き方や、特徴的な瞳などは騎士蜘蛛たちのままであるので、まるっきり別の魔物というわけでは無いようだったが……だからこそ、その正体が掴めない。
と、そのとき。ノードの視界の中で、再び巨蜘蛛が動いた。
のっそりとした動きで、大きな、それこそ大木ほどもあるであろう前肢を動かして、眼前に騎士蜘蛛や将軍蜘蛛たちによって積み上げられた生き餌を掴み、そして口へと運ぶ。
蜘蛛の糸に包まれたままの生き餌たちは、巨蜘蛛の鋭く大きな顎によって噛み砕かれ、胃袋の中へと流し込まれていた。
(あの巨蜘蛛は食事中という訳だ……他の蜘蛛たちは、あの巨蜘蛛に給餌してるのか)
時折、運ばれた餌を食べる以外には、その巨大な蜘蛛は微動だにしていない。口に入れる生き餌は、せっせと他の蜘蛛が運んでいる。この分だと、あの巨蜘蛛は狩猟も自ら行うことはないのかもしれない。
自分で動くこともなく、ただ泰然と蜘蛛の糸で出来た宮殿に鎮座して、配下の蜘蛛が行動する。
(この巨蜘蛛が、この蜘蛛の群れを統率しているのか……まるで王だな)
何となく、頭に浮かんだその言葉。
少しでも多くの情報を持ち帰ろうと、眼前の光景を黒革の手帳に書き留めていたノードは、巨大な蜘蛛を描いてそこに『王』という単語を書き込んだ。
(……何か引っ掛かるな。何だ、この感覚は)
既視感があった。
一体何に、感じているのだろう。ノードは自分の状況も忘れてつい考え込んだ。
騎士蜘蛛や将軍蜘蛛の姿だろうか。既視感があって当然だ。戦ったことすらあるのだから。だがそうではないようだった。では、今見ているこの光景だろうか……それも違う。そこに既視感は無かった。あるのは驚きだった。では一体何に対して……?
ノードは加速する思考の中で、その正体を追い求める。それが、とても重要なことであると、直感で分かった。
既視感の源は何か──それは。
ノードは、すっ、と黒革の手帳に視線を落とした。
そして、そこに自分で描いた巨蜘蛛の絵に眼を止めた。
(そうだ。既視感はこの絵にあるんだ。この絵を、俺は以前に見たことがある)
一体どこで──
ノードは記憶を探った。冒険者時代から、竜騎士見習いになるまでのこと。それ以前、それ以降。依頼、冒険。訓練、戦闘。仲間、魔物。騎士団、家族。同僚、友人──!
(……そうだ、あれはエリシオの部屋で)
引っ掛かった単語を、口の中でそっと呟く。
その名前は、ノードの記憶から、さらにとある単語を思い起こさせる。本、確か題名は……『伝説の魔物』だった。そこに書かれていた、かつて実在したという怪物。それは巨蜘蛛でも、王蜘蛛でもなく。
「……女帝蜘蛛」
ポツリと呟くように呼ばれたその名前は、夜風に紛れることなく、やけにはっきりとノードの耳に届いた。
まるでその名前に反応するかのように、巨大な蜘蛛の前肢は大きく動きだし、再び、眼前に積み上げられた憐れな獲物たちを無慈悲にその顎へと誘った。
§
(……なんてことだ)
森の異変を引き起こした原因が、一体何であるのか。その正体に辿り着いたノードだったが、その顔色は晴れなかった。
──最悪
今の心境を一言で表せば、その二文字に尽きた。
巨大な蜘蛛の姿を認識したとき、ノードは一瞬で恐怖に呑み込まれた。
死を覚悟したとも言える。
ノードはかつて飛竜の棲む山に単身乗り込み、後にニュートが産まれる飛竜の卵を採取したことがある。
そしてそのとき、ノードは間近に飛竜の姿を見た。
今でもその時の恐怖を覚えている。飛竜の巣穴の中で、逃げ道の無い状況で飛竜が帰ってきてしまい、ノードは慌てて糞山の中に飛び込んだ。
その糞山の中から、至近距離で飛竜の顔を拝む羽目になったときは、なるほど、これが絶望という物かと思ったものである。
絶対的な強者によってもたらされる──死の予感。
悪臭の中で、それが全く気にならない程の圧倒的な恐怖を味わった経験が、ノードにはあった。
そして、一年前よりも、ノードは格段に強くなっていた。
冒険者ギルドの位階こそ、まだ水晶級冒険者のままだが、実力はそれを遥かに上回り、水晶級を遥かに超えて、赤銅級冒険者の域にまで届いている。
とはいえ、ノードが単体で飛竜に勝つことなど有り得はしない。いくら強くなったと言っても、所詮は赤銅級冒険者に相当するというだけだ。白銀級冒険者が相手をする飛竜という化け物に対峙すれば、無惨に引き裂かれるか、あるいは噛み砕かれるか。はたまた押し潰されるかは分からないが、確実に死が待っているだろう。
しかしそんなノードでも理解できることが一つあった。
──女帝蜘蛛は飛竜よりも強い。
両者をその目に見たことがあるノードだからこそ、判断出来ることであった。そしてそれは、アルバ村が非常に危険な状況に置かれていることを示している。
ノードは、エリシオの部屋で読んだ女帝蜘蛛に関する伝承を、朧気ながら思い出していた。
『世乱れ、戦激しき時、女帝降臨せり。山焼かれ、草枯れしとき軍勢参上せし。人々よ、決して相争うことなかれ。安寧を忘れて大戦引き起こせば、再び魔物の軍勢に国が荒らされようぞ』
たしかそれは、伝説の魔物の本ではなく、エリシオが見付けたという古い文献に書かれていたものだ。文献自体は、古代帝国語で書かれていたためにノードには読めなかったが、エリシオによってなされていた現代語訳の一文だった。
アルバの森で戦が起きたという話は聞かない。しかし、何かが原因で女帝蜘蛛が再びイルヴァ大陸へと蘇ったのは現実に違いなかった。そして、その軍勢も。
──軍勢。
ノードはぞくり、と鳥肌が背中に粟立つのを感じた。
そうだ。目の前の、女帝蜘蛛に仕える蜘蛛の軍勢たち。奴らは今何をしているのか。
──給餌だ。
彼らが仕える女帝蜘蛛に対して、捕まえた生き餌を差し出している。それを、旺盛な食欲で女帝蜘蛛は次から次へと食べ続けている。
それはどこから集められたのか。
──アルバの森からだ。
アルバの森の至る場所から、女帝蜘蛛の軍勢は餌を集めたのだろう。そう、森から生き物の気配か消え失せるほどに。ひょっとしたら、既にアルバの森で、生きているのはノードとニュート以外存在していないのではないだろうか。そう思わせるほどの生き餌が、蜘蛛の宮殿には山と積まれていた。
では、その餌が尽きる──否、そうなる前に蜘蛛たちは何をするのだろうか。
──餌を集めるのだ。アルバの森から居なくなれば、その外側にまで出向いてまで!
そこにあるのは……言うまでもなく、アルバ村だった。
というわけで、昨日に引き続き更新でした。
筆が乗っているのか乗っていないのか、作者にもよくわからん。
そして、前話に引き続きお知らせ(同じ内容)です。
貧乏貴族ノードの冒険譚1巻が、2月15日(土)発売です。
詳細は活動報告をどうぞ!
それと、よく考えるとアピールしてなかったんで追加ですが、一巻の特典ssは全てエルザに関する話です! エルザ好きは必見?
また、巻末の短編には、ほんのちょろっとではありますが、エルザの出自なんかにも触れてる部分があります!
以上、アピール終了! 閉廷! 解散!
では次話で会いましょう。




