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貧乏貴族ノードの冒険譚  作者: 黒川彰一(zip少輔)
第二章 見習い竜騎士ノード
43/63

19 晩秋のアルバ村

お待たせしました……4000字ほどです。遅れて済まない。

80,000pt、ブクマ30,000件ありがとうございます。


 王国には、深い秋が到来していた。

 街道から遠く、向こうに見える森山は、夕日のように鮮やかな紅葉に染まり、黄金色の麦畑は殆どが刈り取られ、黒々とした土肌を露にして所々に麦藁が干されている。

 蜻蛉や渡り鳥が高くなった空の下を自由に飛び回り、旅の途中、ニュートは初めて見るそれらを存分に追いかけ回していた。

 

 王国の中では北方に位置するアルバ領は、他よりも一足早く秋冬が訪れる。そのため、道中ではちらほらと見かけた晩麦おくても全て刈り取られており、村の外れに広がる農地には、冬の作物と牧草だけが残っていた。


「そこの馬車! 止まれ……って、貴方は」

「ノード・フェリスだ。オブリエール卿に会いに来た」

「こ、これは失礼をいたしました……どうぞ、お通りください」


 村の入り口では、以前来たときのことを覚えていたらしく、自警団の青年たちがノードの顔を見て、直ぐに村の中へと通してくれた。領主であるヨハンのもとへ、ノードの来訪を告げに青年団の一人が走っていく。

 その様子を見て、ノードは歓待の準備もあるだろうからと、敢えてゆっくりと村の中を移動した。


 ヨハンからの手紙では、不作であるというようなことが書かれていたが、アルバ村の様子からは、そんな風には見えなかった。

 通りを歩く住人たちの表情は明るく、それどころか、むしろ浮わついているようにも見えた。

 村の広場では、何かを作っているらしく、大工らしき男が槌を振るう音が聞こえる。

 時折、ノードが領主の弟であることを覚えているらしい村人に頭を下げられながら、ノードは馬車を領主屋敷へと向かわせた。


 時間をかけてから、オブリエールの屋敷に到着すると、ノードの来訪を知った面々から手厚い歓迎を受けた。


「よく来たな、ノード」

「兄上もお変わりなく、何よりです」

「お疲れでしょう、ゆっくりと滞在してくださいな」

「お心遣いありがとうございます、義姉上」


 領主夫妻であるヨハンとその夫人との挨拶を皮切りに、先代夫妻、家族と次々に挨拶を交わす。

 以前来たときは、おっかなびっくりといった様子だったオブリエール夫人の妹たちも、二度目の来訪となるノードには慣れたのか、元気一杯に挨拶をしてくれる。


「ノードお兄さま! またきてくださってうれしいです!」

「本当かい? 私も会えてとても嬉しいよ」

「ニュートも、ひさしぶりね」

「きゅう」


 彼女たちはニュートとも仲良くなっていたらしく、話し掛けながら鱗を撫でていた。ニュートも満更ではないのか、なされるがまま嬉しそうに目を細めている。

 挨拶が済んだ後、王都の手土産とフェリス家からの手紙の束を渡したノードに、ヨハンがにこやかに話し掛けた。やけに上機嫌だ。


「それにしても良いときに来たな、ノード」

「良いとき、といいますと?」

「もうすぐ精霊祭をやるんだ。王都に比べれば大した規模じゃないが、それでも一年を通して最も大きな催しだ」


 イルヴァ大陸には、精霊祭という風習がある。

 それぞれの季節を司る精霊たち──春を司る風の精霊、夏を司る炎の精霊、秋を司る大地の精霊、冬を司る氷の精霊──に、供物と祈り、そして感謝を捧げるお祭りだ。

 王都でも、各季節毎に祭りが催され、特に春の訪れを祝う風の精霊祭などでは、下街や商人通りなどは大賑わいをみせる。

 アルバ村は農村であるので、収穫祭も兼ねた大地の精霊祭が、一年を通して最も派手に執り行なわれるのだという。


「いつ行われるのですか」

「二週後さ。それまでは滞在出来るんだろう」

「はい、休暇をいただけましたから」


 ノードは村人の表情が明るかった理由を知った。

 娯楽の少ない農村では、祭りは大騒ぎできるよい機会である。

 不作とはいえ──いやむしろだからこそ、来年の豊穣を祈願して、大々的に行われるはずだった。アルバ領の面々は皆、さぞ楽しみにしているに違いなかった。


「義妹たちもお前が来てくれて喜んでくれているし、是非ゆっくりとしていってくれ」

「お言葉に甘えさせていただきます」

「もうじき食事の時間だから、話はその時にしよう」


 こうしてノードは、再び訪れたアルバ村で歓迎され、その初日を楽しく過ごしたのであった。


§


 翌日以降、ノードはアルバ村を拠点として冒険者の活動を開始した。

 アルバ村から最寄りの町には、小規模ながらも冒険者ギルドの支部があり、そこで依頼を受けることにしたのだ。

 辺境の町にあるギルドに出される依頼は、いずれも難易度が低く、大した内容では無い。水晶級クリスタルの範疇を大きく超えて、赤銅級ブロンズの冒険者として見ても一線で通用する実力を身に付けているノードにとっては、正直に言えば、辺境での依頼は役不足といってもよい。

 しかし、本来の目的である斥候の訓練としては十分であったし、何よりも、最近王都でじっとしていることが多かったニュートの運動としては最適といっても良かった。

 依頼を受け、それを達成するとアルバ村に戻ってくる。

 そんな風に過ごしていたある日のことである。


「おーい、どこだ」

「どうしたノード、何か探してるのか」

「これは兄上」


 オブリエール家の屋敷をノードは声を出しながら歩き回った。

 それに反応して、兄のヨハンが何事かと話しかけてくる。


「いえ、実は朝起きたらニュートが居なくなっておりまして。何処にいったものかと……」

「ニュートというと、あの深緑色の飛竜だな?」

「ええ、そうです」

「それなら先ほど、庭に居たのを見たぞ」


 その言葉を受け、ノードはニュートを探しに、屋敷の裏手にある庭へと移動した。


「うむ? 居ないな……先ほどはここでエミリアと遊んでいたのだが」

「そうですか……何処にいるんだニュートのやつ」


 一緒に着いてきたヨハンと共に、ノードは庭を見渡すも、そこには誰もいない。

 敷き詰められた芝生の向こう側に、紅葉に染まった木々が何本か立っているだけだ。

 ノードは呼び掛けたら出てくるかもしれないと、今一度大きく声を上げてニュートを呼んだ。


「おーい、ニュート。どこだー!?」

「ここよー」

「きゅー!」

「「うん?」」


 ノードの呼び掛けに、オブリエール夫人の妹である、エミリアの声が返ってきた。しかし、周囲を見渡しても誰もいない。

 まさか。半分疑問に思いながら、ノードとヨハンが上へと振り向いた。そこには、


「「エミリア!?」」


 ニュートの背中に股がって、オブリエール家の屋根よりも高い場所を飛んでいるエミリアの姿があった。


「エ、エミリア! 危ないから降りて来なさい!」

「えー、大丈夫よ。ね、ニュート?」

「きゅう!」


 泡を食ったように慌てふためくヨハンが呼び掛けるも、エミリアは一向に介さない。

 ニュートもニュートで、上空を羽ばたきながら、エミリアのこえに反応して任せろとばかりに鳴き声をあげる。


「お、おいノード。何とか降ろさないと不味いぞ」

「そうですね、こら、ニュート! 降りてこい」

「もうちょっといさせてー」

「きゅう」

「ダメだ、ニュート早く降りてこい」

「……きゅー」


 背に乗るエミリアが、まだ降りたくないと抵抗していたものの、ノードがきつく命令をだすと、ニュートは諦めて次第に高度を下げていった。

 バサバサと羽ばたく音が大きくなり、そして段々と地面へと近づく。

 安全だろうと思われる高さまで降りてきたところで、ヨハンがエミリアに駆け寄った。


「大丈夫か、エミリア」

「もう、お義兄さまったら、心配性なんだから」

「心配するとも。可愛い義妹なんだから」

「ふーん、だ」


 エミリアは、オブリエール夫人の妹で、下から二番目の四女にあたる。年齢としては、ノードの妹であるアイリスと同じくらいだ。

 オブリエール夫人と同じ薄茶色の髪の毛を肩まで伸ばしているが、年齢だけでなく雰囲気もアイリスに似ている。

 あの年頃の女の子は、飛竜に惹かれる性質でもあるのだろうか、ノードは無理やり地上に下ろされて機嫌を悪くしたエミリアを見て、疑問に思った。


「しかし驚いたな。もう人を乗せて飛べるのか」


 ヨハンが傍らのニュートを見て、そしてノードに向けて言った。

 深緑の鱗に包まれたニュートの体は、生まれてからは格段に大きくなっている。未だに成長期なのか、日に日に成長している気がするニュートは、既にノードと同じくらいの重さになっていた。

 ニュートが後ろ足で立つと、丁度頭部がノードの頭と同じくらいの位置にきて、尻尾を入れれば体長は更に長くなる。

 生後十ヶ月そこらであるこの飛竜は、もう幼竜とは到底呼べないくらいには成長していた。

 とはいえ、それは人間基準でしかなく、成体の飛竜の大きさからすれば、まだまだ子供のままだ。

 鉄竜騎士団の他の飛竜の大きさ──鎧を着た竜騎士を乗せて飛べるようになるサイズ──に達するには、今の更に二倍は必要だ。


「まさか、エミリアちゃんが小さいから飛べたのでしょう」

「むぅ! わたし小さくないもん」

「おや、これは失礼」


 不用意な発言が小さな淑女を傷つけたらしく、ノードは素直に謝罪した。その上で、


「だけどエミリアちゃん、ニュートに乗るのは危険だから、もう飛んじゃ駄目だ」

「えー、そんなあ」

「そうだぞエミリア。万が一怪我をしたら、カティアがとても悲しむ」

「お姉さまが……うん、わかった」

「よし、じゃあ一度家の中に入ろう」


 ニュートに乗って空を飛ばないようにエミリアを説得すると、彼女は最終的にそれを受け入れた。

 オブリエール夫人であるカティアの名前を出したのが決め手らしい。

 ヨハンはエミリアを抱えたまま、屋敷の中へと歩いていった。

 その後ろ姿が屋敷の中に消えるまで見送った後、ノードはふと傍らの飛竜のこどもを見た。


「きゅ?」

「…………ふむ」


 ノードは顎を撫でながら思案した。

 腕の中にすっぽりと入り込む程度の大きさだったニュートは、既に馬車の荷台でもないと隠れられないほどに大きくなっている。このまま成長すると、やがてフェリス家も窮屈になるため、いつかは鉄竜騎士団の竜舎に住む必要が出てくるだろう。

 しかし、それはまだ先のことだ。


 どうかしたのか、と首を傾げるニュート。

 ノードはそのニュートの姿を見て、念のために、ヨハンの言ったことを確かめてみることにした。

 結果から言えば、ノードが跨がると、ニュートは顔が真っ赤になるのでは、というほど羽ばたかせても、宙に浮かび上がることは出来なかった。

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[良い点] 頑張っても浮き上がれないの可愛すぎじゃろ。
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