17 お使い完了
久しぶりに書くと、本当に分からなくなるんだが。どうにかしてクレメンス卿。
「いやー、助かったよ。ありがとう」
「いえ、大した手間ではありませんでしたから」
お気になさらず、とノードが話す相手は例によって飛竜研究所の先生だ。
エリシオ宅での話が終わった後、まだ時間に余裕があったのでノードは先生の研究室を訪れていた。
用件は、先生から頼まれた“お使い”の品を渡すことである。
魔導院でレイソン導師から預かった品物──白い布に包まれたそれを手渡すと、先生は受け取ったそれを机の引き出しに仕舞った。
それが何であるのか、ノードは好奇心を刺激されたが、藪を突いて大蛇が出てくることも考えられるので、「それは何ですか」という言葉は喉元で抑えた。
お使いと言えども任務である。ただ言われたことだけを遂行し、職責を越えた領分には首を突っ込まないことも必要だとノードは考えた。
代わりに、口から出たのは、レイソン導師からの言伝だった。
「あー、そのレイソン導師が『次からは自分で来い』と仰っていました」
「あはは……私の代わりに怒られてしまったか、申し訳ない」
「お知り合いなのですか?」
たしか、レイソン導師は先生のことを『エリック』と呼んでいた。
ノードは先生の家名しか知らなかったが、おそらくそれは名前であると思われた。手紙を一読してすぐに頼みごとが叶った辺り、かなり親しい存在であるようだった。
「レイソン導師は私が魔導院に居たときの師匠でね。まあ、親しい仲と言えばそうなるかな」
「え、ということは、先生は魔術──失礼、魔導師だったのですか?」
「ああ、気にしなくていいよ。確かに私は導師号を持ってはいるけれど、魔導院に嫌気がさして飛び出した口でね。それで、恩師に後ろ足で砂をかけたようなものだから、ちょっと顔を会わせづらいのさ」
そう言って、先生は肩を竦めた。
「嫌気?」
「ああ、そうさ」
ノードは口を思わず手のひらで押さえたが、時既に遅し。つい、口を突いて出た呟きは、先生の耳へと届いたらしい。
とはいえ、先生は余り気にしていないようで、椅子に腰掛けながら話を続ける。
「ノード君も行ったから分かるかも知れないが、彼処は物凄く閉鎖的でね。基本的に、魔法使い以外には排他的だ」
そう言えば、ノードは魔導院ですれ違った魔法使いから、じろじろと無遠慮な視線を感じたのを思い出した。余り好意的なものではなかったことを覚えている。あれは、場違いな奴が何をしに来た、とでも考えていたのだろうか。
同時に、ノードはエリシオのことも思い浮かべたが、あれは平民出身な上に、色々と規格外であるようなので、例外だろう。
「排他的ですか……確かにそんな感じがありましたね」
「それだけじゃなくてね」
先生が語る所によれば、魔導院は研究機関でこそあるものの、その実態は権力闘争に明け暮れる伏魔殿なのだという。
貴族の後ろ楯が無ければ予算一つ貰うことも出来ず、満足に研究も出来ない。仕方無く何処かの後ろ楯を得れば、それは即ち派閥争いに巻き込まれることになる。
優秀であるよりも、ゴマすりの得意な人間が評価される場所である、と先生は厳しい口調で古巣を批判した。
「レイソン導師はその中では、まともな方だった。中立派というやつさ」
「あの、先生少しいいですか」
「うん? 何だい」
「知り合いの魔術師の話なのですが」
ノードは、エリシオのことを先生に話した。
レイソン導師を含めた、魔導院のお歴々に弟子入りを断られたこと、現在その対策として分かりやすく実績を示すための魔道具を作成していることなどだ。
目論見が上手くいくのかどうか。実際に魔導院に在籍していたという先生ならば、ある程度予測できるのではないかと思ってのことだった。
そして、話を聞き終えた先生の口から告げられた回答は、
「まあ、無理だろうね」
にべも無い、酷薄なものだった。
「……何故でしょうか」
「先程、レイソン導師が中立だと言ったけど、それは何もせずにその立ち位置を確保できているわけじゃない。導師は地方の大領主の出身だ。実家の強力な後ろ楯を元々持っているからこそ、なんとか自由に振る舞うことが出来た。私もそうさ」
それだって、実家との柵は切っても切れる物じゃない。とは先生の弁である。
翻って、エリシオはどうか。
その才能は誰から見ても、一級品には間違いがないが、エリシオには後ろ楯が存在しない。
若くして首席というのは素晴らしいが、なればこそ自分の派閥に役立って貰うというのが、魔導院の権力者たちの論理である。
そして自分の派閥に与しないものは、どれだけ才能があっても、それは潜在的な敵対勢力でしかないのだ。むしろ、才能があればあるほど厄介な存在である。
エリシオは、控えめに言ってもそういった政治に敏感な人種とは思えない。どちらかと言えば、天才特有の『わが道をいく』性質の人間だ。
ノードはエリシオの持つ、のほほんとした性格が嫌いではないが、今回に限っては、それは致命的だった。
魔術学院の学友にも、特別に仲が良い者がいるわけではない、とノードはエリシオから聞かされていた。
それはつまり、魔術学院に在籍している間に、将来必要になる繋がりの構築を怠ってきたということでもあった。
貴族との関係──後ろ楯を持っていないエリシオは、派閥争いの手札にならないどころか、足手纏いになる可能性すらあるのだ。導師に弟子入りを受け入れて貰えない理由は、そこにあるようだ。
「でも、実績を示せば──」
「それもどうだろうね」
予想以上に厳しい予想が返ってきたことで、ノードは希望はないのかと、可能性を探る。
起死回生の一手である、魔道具作成について口にするも、それすらも、先生は否定気味だった。
「こういっちゃ何だけどね、ノード君」
自惚れでなければ、先生はノードのことをかなり気に入ってくれている。
その為か、先生はノードのことを気遣うように優しく、だがはっきりとした口調で、事実を突き付けてきた。
「導師号を取得する魔術師ってのは、みんな一度は天才と呼ばれた人間なんだよ。その子も素晴らしい才能を持っていると思うけどね、珍しくはあるが、過去にはいない訳じゃない」
他ならぬ私が導師号を取ったのが、18だったよ。と先生は告げて、会話を終わらせた。
──私、ノードさんと仲良くなれてとても嬉しいんです!
用事が済んだことで、研究室を後にしたノードの頭の中には、同年代の知り合いが出来て喜ぶエリシオの笑顔と、そのときの台詞が浮かんで離れなかった。
もし、魔道具を作成しても弟子入りが叶わないのであれば、そのとき何をしてやれるのだろうか。
見上げれば、いつの間にか空を流れてきた暗い雲が王都を覆っている。
秋の天気は崩れやすい。
ノードは本格的に雨が降り出す前に、家に帰ろうと馬車を走らせた。
荷台からは、空気の湿り気の変化を鋭敏に感じ取ったニュートが、きゅるる、と小さく鳴いた。
§
「ふう、酷い目にあった」
「きゅるー」
「お帰りなさいませ、ノード様」
結局、フェリス家の屋敷にたどり着くまでに天気は崩れ、驟雨となって馬車を襲った。
一気に視界が悪くなり、ざあざあと幌に叩き付ける重い雨粒は、御者台に座るノードに容赦なく降り注いだ。
御者が濡れないよう、馬車の幌は張り出すように取り付けられているが、生憎と向かい風で何の役にも立たず、ノードはあっという間に濡れ鼠と化していた。
ニュートは荷台に居たので濡れていなかったのだが、馬車がフェリス家に着いた後は、ノードが止める暇もなく荷台から飛び出してしまい、庭先を気持ち良さそうに飛び回ってこちらもずぶ濡れである。
邸宅の玄関口で出迎えてくれた家令のアレクに、乾いた布を要求し、持ってきてもらう迄の間に鎧を脱ぐ。
下履きと下衣だけの姿になったノードだが、それすらもぐっしょりと濡れてしまっていた。
「おや、まあ何という格好で……」
「今日ばかりは勘弁してくれ、アレク。それよりもこのままだと風邪を引きそうだ」
「仕方ありませんな。では早めですが、湯を張りましょう」
「ありがとう」
戻ってきたアレクから乾いた布を二枚貰い、全身を軽く拭うと、次に将軍蜘蛛の鎧に付いた水滴を拭き取っていく。
本格的な手入れは自室でするとしても、屋敷内を汚すのも何なので、入り口である程度の水気を先に取っておきたかった。
「ほら、ニュート。こっちこい」
「きゅ?」
ニュートもまた、深緑の鱗に滴を浮かべている。
人間の髪や犬猫の毛皮と違い、鱗は水分を弾くので、あまり気にしていないようだが、ニュートの身体はまるで全身から汗をかいたかのようであった。
「きゅー……」
もう一枚新しい布で、ゴシゴシと軽く力を込めて鱗を拭っていく。
頭から鼻先、そして喉元。首、背中から尻尾へと移る。
ニュートは気持ち良さそうに鳴いて眼を閉じているので、眼を傷付ける心配はない。
背中側の緑色の鱗を拭き終わると、次は翼だ。
「ほら、広げて」
「きゅっ」
バサリ、と音を立ててニュートが翼を広げると、勢いで滴が跳んだ。
飛竜の翼は、四本の肢とは別に背中側から生えている。
人で言うのなら肩甲骨の位置に相当する場所にあるそれを、優しい手付きで拭いた。
飛竜の大きな翼は、二つの部位に分けられる。
翼を動かす骨格と筋肉に覆われた骨組みの部位と、翼を広げたときに風を捕まえる翼膜の部位だ。
骨組みの部位は、太い骨に筋肉がついており頑丈だが、翼膜は薄い鱗に覆われているだけの、比較的柔らかい箇所であるため、繊細に扱う必要がある。
二対の翼を拭き終われば、次は腹側だ。
白い竜皮は、つるつるとして硬い鱗に対して、少し柔らかい。
身体はかなり大きくなったニュートだが、未だにお腹はぽっこりと膨れているようにも見える。
ノードが悪戯心を発揮して、少し擽るように腹を撫でると、ニュートはくすぐったそうにしていた。
「これでよし」
「きゅー♪」
拭き終わり、気持ち良さそうに鳴き声を上げるニュートを連れだって屋敷の中を歩く。屋敷内にも雨粒が庇を叩く音が響いていた。
自室で、雨音を聞きながら鎧を手入れしていると、アレクが部屋にやって来た。
「湯が沸くまで今しばらくかかりますので、その間にこちらを」
「助かるよ」
アレクが持ってきてくれたのは、湯気を立てる淹れたての茶だった。フェリス家の庭の一角。菜園で育てた、薬草茶だ。
エリシオ宅でご馳走になった、紅玉色の物とも違う、黄金色の薬草茶を飲むと、腹の中から温まる心地がした。
茶杯を飲み干し、ほっと一息つく。
ノードは湯が沸くまでの間、ニュートの頭を撫でながら、暫し雨の音を楽しむことにした。
§
ついでとばかりに、弟妹と一緒に入ることを命じられたノードは、弟のエレンと妹のアイリス、ヘレナの計三人の面倒を見ながら、湯に浸かり体を温めた。
弟妹の体を拭いてやり、風呂から出たノードが部屋に戻ると、そこには一通の封筒が置かれていた。
誰からだろう、と思い裏返すと、差出人はオブリエール家当主、ヨハンとなっている。
引き出しからペーパーナイフを取り出して、封を切り、蝋燭に灯をともして手元を照らして読んだ。
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親愛なる我が弟、ノードへ
お前がアルバ領を訪れてから、早くも一月以上が経った。
アルバの村も秋が深まり、収穫は最盛期を迎えている。
それに併せ、冬に向けての備えや、冬小麦も撒き始めた。
今年は冷夏で過ごしやすかった分、作物の生育が悪く、収穫が落ち込むことになりそうだ。
幸い、お前が将軍蜘蛛を退治してくれたお陰で、森にも出入りすることが出来るため、山菜や狩猟で採れた肉などを合わせれば、冬は越せそうだ。
森の中で、大地の精霊が宿った黒土も無事手に入ったから、これで安心して来年に向けて作付けが出来る。
(中略)
というわけで、こちらも元気でやっているから、フェリス家の家族もみな元気で過ごしてくれ。
義妹たちは、蜘蛛を倒したお前にまた会いたいと口にしてるよ。
いつでも歓迎するから、またアルバ領を訪れてくれ。
お前の兄、ヨハンより
追伸
東方山岳に飛竜が巣を作ったようだ。
今のところ人里に被害はないが、冒険者が動かなければ軍部に討伐命令がかかるかもしれないな。
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ヨハンからの手紙を読み終えたノードは、扉から聞こえたノックの音に顔を上げた。
「ノード様、お食事が出来上がりました」
「分かった、今行く」
手紙はかなり長く、オブリエール家やアルバ領の近況が書かれていた。
追伸含め、特に変わりがない日常を送っているようで、何よりだった。
気がつけば、窓の外はすっかり暗くなっていたので、かなりの時間手紙を読んでいたようだ。
ノードは蝋燭の灯を消して、ニュートに声をかけると、食堂へと向かった。
いつの間にか雨は止んでいたようで、屋根を叩く滴の代わりに、庭の虫が奏でる声が、秋の夜長のフェリス家の中に響いていた。
キセキぇ……結構期待してたんだがな。
これはフィエールマン先生がステイヤーの体力を活かして勝つしかないっすよ。
というわけで、ようやくお使い完了であります。
長いな、おい。
手紙書いてみましたが、不評なら
~ということが書いてあった。
に直します。(確約はしない)
作者の住んでるところでは、そろそろ涼しくなってきてます。読者の皆さんも季節の変わり目にはお気をつけ下さい。
お身体に触りますよ……。(これがやりたかっただけ)




