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貧乏貴族ノードの冒険譚  作者: 黒川彰一(zip少輔)
第二章 見習い竜騎士ノード

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16 再訪

60,000pt達成やったぜ。


 翌日、昼頃に、ノードは再びエリシオの元を訪れていた。

 魔導院の敷地内の石造りの塔の螺旋階段を登り、扉をノックする。

 返事はない。

 留守かと思い、出直そうと踵を返したところで、扉の中からドタドタと足音が聞こえた。


「はーい、今出ます……きゃあっ!」

「おい、大丈夫か?」


 扉の中からはエリシオの悲鳴。音から察するにどうやら転けたらしい。

 扉越しにノードは声を掛けた。


「いたた……ノードさんですか?」

「ああ、そうだ。昨日の件で来たんだが」

「すいません、今開けます」


 解錠の音がしてから、扉が開く。

 扉の向こうには、いつも通り魔術師の外套ローブを着たエリシオの姿があった。顔を打ち付けたのか、鼻が赤く涙目になっていた。


「なんだ、寝てたのか?」

「ええ、まあ昨日徹夜してしまいまして……」

「それは悪いことをしたな、出直そうか?」

「いえ、大丈夫です。それより、立ち話も何ですから上がって行きませんか?」


 エリシオの申し出にノードは甘えることにした。

 昨日ぶりのエリシオの家に入り扉を閉めると、昨日感じた通り、やはりいい匂いが鼻腔をくすぐる。

 ノードは匂いの元を探してみたが、部屋の中には見つから無い。ひょっとしたら、これはお香ではなく何らかの魔術なのだろうか。


「ん?」


 部屋を見渡すノードは、あることに気が付いた。

 奥に続く扉が開いている。

 おそらく、エリシオが慌てて出てきた時に閉め忘れたのだろう。

 凄腕の魔術師の自室とは、一体どのような物なのだろうか。ノードは好奇心を刺激されて部屋を覗きたい衝動に駆られた。


「直ぐにお茶を入れますから、どうぞ椅子に……ノードさん?」

「うん? ああ……」


 エリシオは壁際に設置された、一人用の小さな魔石竈でお湯を沸かそうとしているところだった。

 水を入れた薬缶を火に掛けようとしていたエリシオは、ノードに椅子に座るように勧めようとして、そして途中でノードが別の場所を見ていると気が付いた。


「何を見て……って、わあっ!?」

「うおっ!?」


 ノードの視線の先を追ったエリシオは、そこで奥へと続く扉が開けっ放しに成っていることに気が付き、そして大声を上げて扉に向かって駆け出した。

 薬缶を宙に放り投げ、慌てふためき走り出したエリシオに、ノードは驚いて避け、そして水の入った薬缶やかんを空中で慌てて受け止めた。

 少しだけ床に水が溢れる。ノードは受け止めた薬缶を竈に置いてからエリシオへと振り返った。


「あは……あはは……み、見ました?」

「見たというか、見えたというか……いや、すまん」

「ですよね……」

「そんなに嫌だったのか、これは申し訳ないことをした」

「い、いえ……隠していたのは私ですから」


 慌てて扉を閉めたエリシオは、大事な何かを守るように、その扉を背にしてノードに向き合い、尋ねた。

 その様子は尋常ではなく、ノードはやはり奥の部屋には魔術師として見られたく無いものがあったのだと悟り、素直に謝罪する。


「いや、だが自室を覗いたのは、無遠慮過ぎた。魔術師ならば、他人に見られたくない物も多いだろうに」

「え?」

「ん?」


 ノードの謝罪の言葉を聞き、エリシオが奇妙な声を上げた。

 どうかしたのだろうか。


「あー……その、ノードさん何見ました……?」

「何って……チラリと見えた程度だが、何か白い……そう布のような物が転がっていたな。何かの素材か?」

「……!? え、ええ、そうなんですよ!! 実は魔術に使う素材でして、その余り他人には見られたく無かったんです」

「本当に済まなかった、これからは気を付けるよ。見たものは忘れるから勘弁して欲しい」

「そ、そうしていただけると、こちらとしても助かります! ……はぁ」


 ひょっとしたら、エリシオの研究しているという導師に見せる魔道具に関係する素材なのかもしれない。

 その予想は正しかったようで、ノードが見た物を正直に話すと、エリシオは百面相をした後に、上擦った声でやはりそう述べた。

 急に走って興奮したのか、エリシオの顔は赤く紅潮していた。

 エリシオはへなへなと床にへたり込んだ後、少しして立ち上がり、今度こそ薬缶に火をかけた。


 ノードはというと、流石にこれ以上他人の家で不躾な行動をするわけにもいかないので、勧められるがままに窓際の椅子に座った。

 魔石竈特有の、煙を生じない炎が薬缶の底を炙っている。お湯が沸くまでは暫くかかる。その間、部屋には気まずい雰囲気が室内には漂っていた。

 ノードは居心地の悪さを感じた。魔石竈の前にいるエリシオも同様だろう。


 何とか、この気まずい雰囲気を払拭できないかと、ノードは視線をさ迷わせた。

 すると、机の目の前、本棚に並べられた背表紙が目に入った。


「たしか昨日も聞いたが、エリシオは本を写本しているんだったか」

「はい、本はおしなべて高価な物ですから。それに、実はお金稼ぎも兼ねていまして」

「お金?」

「ええ、実は魔術学院では、私のようなお金が無いものに対して、救済として仕事をくれたりするんです」

「それが写本?」

「写本はその仕事の一つですが、余分に作ってしまえば、自分の物にも出来るので好んでやっているんです」


 半分趣味ですね、とエリシオは朗らかに笑った。


「見てみてもいいか?」

「構いませんよ」


 ノードは本棚に納められエリシオの蔵書の背表紙を見ていく。

 その布地で施された最低限の装丁に書かれた文字には、やはり昨日見たような魔法に関する物が多い。適当に中を開いてパラパラと頁を捲ってみても、用語すら分からない物も数多くあった。

 だが、その本の中にもノードにも多少関わりがある本が存在した。


「これは……?」

「ああ、それですか」


 火にかけていた薬缶の湯が沸いて、お茶を入れ終えたエリシオが、二脚の茶杯カップを机に配膳しているところだった。

 ノードが手にとった書物をチラリ、と横目にみたエリシオは、その本が何であるか認識した。


「その本は仕事で受けたものでも、研究に関係するものでもないんですけどね。興味があって写本しました」


 ノードが手に取った本の題名には、『伝説の魔物たち』と書かれていた。


「ふむ……何々、『神狼フェンリル』『天空竜スカイドラゴン』『轟震熊ベヒモス』『王海嘯リヴァイアサン』『巨神精タイタン』……」

「そう言えば、ノードさんも冒険者なんですよね。やっぱりそういう魔物と戦うことに憧れて?」

「そうだな……」


 エリシオの言葉を聞いて、ノードは本から頭を上げた。


──自分が冒険者になった理由か。


 冒険者になったのは、やはりフェリス家のために、という意識が強かった。

 実際に、ノードが冒険者にならず軍学校へと進めば、妹のリリアは女学校へは通えなかっただろう。そしてアレクから頼まれた当面の資金の融通や、姉のハンナの結婚など、ノードがいなければ事態が悪くなっていたことは幾つもある。

 しかし──忙しない日々を送って考えてもみなかったが、ノードは冒険者の生活をかなり楽しんでいた気がする。


 幼い頃に母や姉に読み聞かされた、寝物語の数々。

 フェリス家の先祖の武勇伝や、国の歴史物語も好きだったが、同じくらいに冒険者たちの話も好きだった。

 そう考えれると、ジニアスやエルザと共に過ごした冒険者としての日々は、幼き自分がかつて夢見た、冒険譚そのものだったのかもしれない。

 ノードは、ほんの一年と少し前に送っていた冒険者としてのときのことを懐かしく感じた。


「ノードさん?」

「ん、ああ、そうだな。まあ、憧れがなかったとは言えないな。実際、冒険は結構楽しかったよ。ただ、」

 

 ノードは手に持った本を掲げるようにして、正直なところを話した。


「流石にこういうのとは、御免被る。伝説の魔物相手には幾つ命があっても足りないからな」


 そして「それに、これは架空の魔物だろ?」とノードは言葉を続けた。


「いえ、違いますよ。ノードさん」

「何?」


 しかし、エリシオは意外な反応を示した。

 何が違うんだ、とノードは聞き返す。


「その本に書かれている魔物は、伝説の存在と言われていますが、古書を紐解けば確認されているものも居ます」

「そうなのか?」

「ええ、前に魔術学院の書物庫で見たものでしたが……そう、これです」


 ちょっと貸してください、とエリシオはノードの手から本を受け取り、パラパラと頁を捲る。

 どこだったかな……と椅子に座って本に視線を落とすエリシオの白くたおやかな指先が、紙の上を辿っていく。

 ノードは待っている間、せっかくだからと入れて貰ったお茶を飲むことにした。

 湯気を立てる茶は丁度良い温度で、良い薫りがした。

 エリシオの髪色よりも少し濃い紅玉ルビー色の茶を、ノードは暫しの間愉しんだ。


「あっ! これです」

「どれどれ……」


 丁度、ノードが茶杯を受け皿(ソーサー)に戻したところで、カチャリと響いた僅かな音を掻き消すようにしてエリシオが声を上げた。

 エリシオが本を半回転させ、ノードの方に開かれた頁を差し出す。

 ノードが本を覗き込むと、そこにはこう書かれていた。


「「女帝蜘蛛アラクネ」」


 文字を読み上げた二人の声が重なって、石造りの部屋に響いた。


§


女帝蜘蛛アラクネ……どこかで聞いた気がするな」

「あ、多分それは繊維の名前じゃありませんか?」

「ああ、それだ、アラクネの糸だな。確か、東方大陸から輸入されてくると聞いたが」

「向こうでは“シルク“と呼ばれているみたいですね」


 ノードは“アラクネ“という言葉に聞き覚えがあった。

 何処で聞いたのかと思案するノードに、エリシオが答えを告げた。

 それだ、とノードは思わず膝を打つ。


 ノードも聞いたことのある、そのアラクネの糸(シルク)は、白や黄色がかった光沢のある糸で、高貴かつ妖艶な輝きのある質感をもっていた。そのため、夜会などでは華やかに着飾ることができることから婦人のドレスとして、また滑らかな質感からは、肌に身に付ける下衣シャツの素材として、大変な人気があった。

 海を挟んだ先にある東方大陸から、大型の交易キャラバン船で運ばれてくるアラクネの糸は、その運搬の費用コストから只でさえ高価なものとなる。

 それを高位貴族や大商人たちが奪いあうため、その値段はさらに高騰する傾向にあり、かつて大時化(しけ)で交易船の殆どが辿り着けなくなった時などは、『アラクネの糸は同量の銀貨と同じ価値を持つ』とまで言われた程であった。

 女性には垂涎の代物であるらしいが、残念ながらノードの家族である母親のマリアや姉のハンナはアラクネの糸のドレスなどは持っていなかった筈であった。


「アラクネの糸という呼び方は、初めてその“生糸シルク”を見た昔の貴族が、『まるでアラクネの糸のようだ』と、伝説の女帝蜘蛛の糸になぞらえて呼んだのが始まりだそうです」

「へえ、それは知らなかったな」

「遥か昔、それこそ聖宝級レジェンド冒険者が活躍していた頃の話らしいですけどね」


 ノードはエリシオの口から出た単語に、思わず苦笑した。

 聖宝級冒険者というのは、第九位階 聖金級冒険者オリハルコンの上、冒険者として最高峰である第十位階の座につく存在である。

 原点にして頂点と呼ばれるその聖玉級冒険者は、かつてイルヴァ大陸を統一していた古代の大帝国の者たちであったと伝わっている。

 当時、その古代帝国が崩壊し、イルヴァ大陸は混迷の極みにあった。イルヴァ大陸の各地には小国が乱立し、それらの国々は帝国の後継者を名乗り、大陸に覇を唱えようと戦争を繰り広げていた。

 民衆は戦禍から逃げ惑い、家を焼け出され、そして跳梁跋扈し始めた魔物に襲われ、命を落とした。

 その魔物を退治する筈の帝国軍はもう居らず、逆に民衆に被害を齎すばかり。

 イルヴァ大陸に暗黒の時代が到来していたのである。

 そんな中、その『始まりの冒険者』たちは力を合わせ、イルヴァ大陸を旅して魔物を退治していったという。


 やがて、彼等に続く者たちが現れた。

 その行動に共感した者、彼等に助けられた者、あるいは生きていくために魔物を狩ろうと決めた者。

 民衆の中から立ち上がった彼等は、同じく“冒険者”を名乗り、そして互いに助け合うために各所で冒険者の集会所というものを作った。


 そして、ハミル王国をはじめとした、今にもその名を残す国などが次第にその勢力圏を確固たるものにした頃には、冒険者たちの活躍もあり、イルヴァ大陸はある程度の落ち着きを見せていた。

 各地に出来た冒険者たちの集会所は発展をして、冒険者たちの組合──つまり冒険者ギルドが誕生した。

 今でも残る階位ランクの制度の原型はこの頃作られたものである。

 『聖宝級』という名前は、始まりの冒険者たちが皆、宝玉を身に付けていたという逸話から引用されたものである。

 そして冒険者ギルドの歴史で、今までにその第十位階に就いたのは、その名前の元となった伝説の冒険者たちのみであった。

 もう何百年以上も前のことであった。


「あ、嘘だと思ってるでしょ」

「エリシオが冗談を言ってるわけじゃないのは分かるが、でも流石になあ」

「でもこれ、魔導院の書庫の奥にあった古い文献に書かれてた内容ですから、信憑性はあると思いますよ」

「何でそんな物を見つけたんだ?」


 エリシオが言うには、例によって、学生向けの仕事アルバイトで書庫整理をしたときに見つけたのだという。

「それでですね」と前置きをしてから、エリシオは言葉を続けた。


「その文献に書いてあったこと何ですが、どうやらその当時には女帝蜘蛛は本当にいたみたいなんです」

「みたい、とは?」

「その文献自体は結構ぼろぼろで、解読できたのは一部分だったんですが、そこには女帝蜘蛛の特徴や、外見、そしてその素材であるアラクネの糸について書いてありました。えーと、これがその写しですね」

「ほお……」


 エリシオが写本とは別に、本棚から冊子を取り出した。そこには、確かにその女帝蜘蛛の特徴が書かれていた。

 ノードは冊子の内容──文献の写しと、『伝説の魔物たち』の本の中身を見比べた。

 確かに、特徴が一致している。


「てことは何か? こんな──化け物がイルヴァ大陸にはウヨウヨしてるってのか」

「いや、どうでしょう。結局何百年も目撃例がないからこその伝説な訳ですし……案外、始まりの冒険者たちが狩り尽くした可能性がありますよ」

「それならいいんだがな」


 ノードは改めて本の頁を見る。

 女帝蜘蛛の頁には、『女帝は激しい戦乱の時に生まれ出る』と古めかしい言葉で書かれていた。

 十数年前にもハミル王国は戦をした。

 そのずっと前にも戦があった。

 いずれも大規模な戦闘だったが、女帝蜘蛛が現れたとは、ノードは寡聞にして知らなかった。

 ということは、やはりエリシオのいう通りなのだろう。


「おっと、つい話し込んでしまったな。本題を忘れるところだったよ」

「あっ! そうでしたね……すいません、熱くなっちゃって」

「いや、面白い話だったよ。それで、昨日ジニアスという冒険者と会って、話を詰めてきたんが……」

「なるほど……わかりました。それで……」


 ノードは本来の用事であった、昨晩のジニアスとのやり取りの顛末に話題を移した。

 話が終わる頃には、エリシオが入れてくれた紅茶の残りは、すっかり冷めてしまっていた。

難産は続くよどこまでも。

なんかキャラしか動かせない病にかかった気がする。

あと、説明大杉病。


文体も崩れてる気がするなー。よくわからんが。

適用するかは確約出来ませんが、「なんかおかしくなってるぞ」と思ったら、ご指摘願えると幸いです。


信じられるか? 俺、エリシオは2話でさらっと終わる予定だったんだぜ。


あと、誤字訂正ニキたちマジで感謝です。サンクス!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリーがおもしろい。 しっかり冒険譚なところ。 [気になる点] 誤字報告です 二章16話の下の方  いずれも大規模な戦闘だったが、女帝蜘蛛が現れたとは、ノードは寡聞にして聞かなかった…
[一言] エリシオは2話でさらっと終わらせるべきだったんじゃないですか?
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