14 エリシオ
会話文多め。なんか暴走気味だ。
コントロールできない。
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一部加筆
最後のセリフを少し変更
ノードはレイソン導師から荷物を受け取った後、そのままエリシオの部屋を訪れていた。
魔導院の建物を出て、少し歩く。途中、魔導院の敷地内にある別の石造りの建物をエリシオが指差して、「あそこで私は学んでるんですよ」と教えてくれた。
そして、そのまま魔導院の中にある、石造りの塔にやって来た。
内部は、中央が吹き抜けになるよう螺旋階段が最上階まで続いていて、階段の壁側に扉が付いている。ここは寮らしい。
そしてしばらく螺旋階段を上に登ったところでエリシオは懐から鍵を取り出した。
真鍮製の細長い鍵で、金色に光るその鍵を扉のノブの下の鍵穴に差し込むと、ガチャリと鍵を開けた。
「ここです。散らかってますが、どうぞ入ってください」
「お邪魔します」
エリシオはそういうが、部屋の中は綺麗に片付いていた。
壁際には本棚が据え付けられ、その中には魔術関連らしき本の背表紙が、所狭しと並んでいる。
窓際には二人掛けの小さな机があり、そこには何冊か本が出したままになっている。窓から射し込む夕陽が、室内を朱色に染めていた。
出入口から右手に進むと、木製の扉が見える。
ノードよりも先に部屋の中に入ったエリシオが夕陽に染まる部屋の中で振り返る。
「ノードさん、ちょっとここで待っていて貰えますか」
「ああ、分かった」
そういうと、エリシオは奥へと続く扉を少しだけ開けると、その中に身を滑り込ませるようにして入っていった。
今いる部屋は食事を取ったりする部屋なのか、食器なども見かける。だが、寝る場所では無いようなので、その扉の先が寝室なのだろう。
ひょっとしたら、散らかっているのはそちらの部屋なのかもしれない。
待っている間、手持ち無沙汰になったノードは部屋の中を観察することにした。
先生やレイソン導師の部屋の中のような、雑多な感じではなく、むしろ清潔感のある部屋だ。きちんと掃除がされているのか、窓から射し込む夕陽には、殆ど埃が舞っていないのが分かった。
壁際の本棚の本も背が高い順に並んでおり、持ち主が几帳面な性格なのだと無言で知らしめている。
香草か何かを炊いているのか、部屋の中は良い香りがした。
(魔術師って感じが全然ないな)
魔法の痕跡と言えば、机の上と本棚にある本の題名くらいなものだ。
ノードは机の上にある本を手に取ってみた。
『世界の魔法金属とその性質』と豪華な装丁には書かれている。
著者は聞いたこともない人物だったが、名前から高位の貴族だと分かった。
「──ん?」
そこで、ノードはあることに気が付いた。
机の上に転がっている本は、もう何冊かあるが、それらは二種類あった。
装丁が豪華なものと、そうでないものだ。
装丁が豪華ではない本──至ってシンプルな革が張られただけの表紙──には、流暢な文字がインクで書かれており、そのうちの一冊は、やはり『世界の魔法金属とその性質』だ。
「お待たせしました!」
「ああ、いや。すまない、勝手に見させて貰っていた」
そう断りながら、ノードは慎重な手付きで本を机の上に置いた。
「え? ああ、それですか。構いませんよ」
「これは写本か?」
「そうです。お金が無いので買えなくて……借りたのを自分で複製するんですよ」
エリシオは少しだけ恥じるようにそう言った。
夕焼けに染まる部屋では分かりにくいが、頬や耳も赤くなっていることだろう。
本は、高価だ。
ノードが使っている、白紙の手帳のような物でも安くは無い。
誰かの知識が記述された本となればかなりの価格である。
ましてやそれがお伽噺の類いではなく、魔法の専門書ともなれば、その稀少性も相まって平民出身だというエリシオには到底手が出せない値段となるだろう。
「それでですね、ノードさん」
「うん?」
「宜しかったらこれを受け取ってください」
「これは?」
そう言って、エリシオからノードへと差し出されたのは、一振りの短剣だった。かなりの肉厚の刃であるが、それは金属で出来ているようには見えない。
「それは私が作った魔道具でして、炎の魔法が籠められています」
「ほう!」
「刃の部分が魔石になっていまして、使う度に小さくなります」
残り数回ですね、とエリシオが言葉を続ける。
「以前助けて貰ったお礼として何ですが、生憎これくらいしか上げられるものがなくて……」
「いや、だがこんな高価なものを」
「大丈夫です! それは試作品に作ったものですから。あ、でもちゃんと使えますからね」
魔道具──と呼ばれるものは世の中に数多くあれど、それは押し並べて高価なものである。
そしてそれが魔法を閉じ込めた武具の類いともなれば、銀貨で何十枚の価値があるのか、ノードには見当もつかない。
「気をつけて欲しいのは、試作品で耐久性も低いので、何回かしか使えません」
「……分かった。有り難く受け取らせて貰おう」
感謝の気持ちですから、とノードの手に押し付けようとするエリシオに根負けして、ノードは魔道具──炎の魔剣を貰い受けることにした。
炎の魔剣の刃は、赤い水晶のような見た目をしている。
持ち手は普通の短剣のようであったが、非金属製の刃は鈍く、紙すら満足には切れないだろう。短剣としての実用は皆無で、あくまでも魔道具らしい。
「それで、これはどう使う」
「柄をしっかりと握って『焔よ』と叫んでください」
「なるほど……イグ「わーっ!! 駄目ですここが燃えちゃいます」……す、済まん」
「これには【火球】の魔術を込めていますから、扱いには気を付けてくださいね」
「その【火球】の魔術には、どれくらいの威力がある」
「え、そうですね……」
危うく、エリシオの部屋の中で発動させる所だったノードは、手に持った炎の魔剣を懐に仕舞い込んだ。
エリシオの話によると【火球】の魔術は、ノードの胴体ほどの大きさの火球を作り出し、直撃すると爆炎となって対象を包み込む魔術だそうだ。
その口から語られる威力から察するに、ノードが戦う水晶級の魔物であれば、一撃で大半の生命力を奪える威力を持つ魔法のようだった。
発動条件に握ることが必要であるらしいので、あとで盾にでも仕込む所をつくってみよう、とノードは考えた。
「貴重なものを有り難う」
「いえ、そんなこちらこそ助けて貰いましたから……」
「だが、これでは明らかに釣り合ってない。貰いすぎだ」
謙遜するエリシオだったが、ノードの貰った炎の魔剣は明らかに高価すぎる謝礼だった。
固辞し続けるのも失礼なので素直に貰っておいたノードだが、ノードからしてみれば、破落戸を少しばかり痛め付けただけに過ぎない。にも関わらずこれほど価値の高い物を貰っていては、詐欺も同然であった。
「私も……いや、俺も裕福ではないから、金銭を支払う余裕は無いが、代わりにエリシオが困っていることがあったら、何でも助けになろう」
「困っていることですか。あ……それなら、」
「何かあるか?」
エリシオは当初、ノードの申し出を断ろうとしていたが、何かを思い出したようである。
ノードはすかさず畳み掛けるようにして、エリシオへとその悩みを聞いた。
エリシオは、少しばかり言い悩んでいたが、観念したようにその悩みを吐き出した。
「その……不躾ですが、相談したい悩みがありまして」
「何でも言ってくれ」
「では……」
そうして、エリシオは自分の悩みを語り始めた。
「先ほど、魔導院で師事する先生を探して断られているのはお話しましたよね」
「ああ」
「その魔導師の先生を探している、というのもそうなんですが、これはまだ半年ほど猶予があるので大丈夫なんです」
エリシオが話すところによると、魔術学院は三年制でその間に魔術を学び、そして卒業する。だが、魔術学院から魔導院、ひいては魔導師への道を志す場合は、導師号をもった魔導師の元で指導を受け、そして魔導院の試験に合格しなければならない。
それは険しい道で、現在何の後ろ楯もないエリシオは、繋がりによる魔導師に弟子入りが叶わないでいた。
魔導院の試験は、春の雪解けを待ってからとなるので、まだ半年程度の猶予があるのだが……
と、そこまで話を聞いたノードは、手を掲げて一度エリシオの話を中断する。
「済まん。話の腰を折って悪いが、少し質問いいか?」
「ええ、いいですよ。どうぞ」
「エリシオは何歳なんだ?」
「? 私ですか、来年の春で十五になります」
つまり現在十四歳──ということは、計算するとエリシオは十二歳で魔術学院に入学したことになる。
「それって普通なのか?」
「そう……ですね、魔術学院の方は皆さん、ノードさんと同じくらいに入ってこられます。二十歳を過ぎた方も珍しくはないですね」
「エリシオの成績は、どれくらいなんだ?」
「僭越ながら、首席を取らせていただいています」
あっけらかん、とエリシオは言うが、その内容はエリシオが天才であるという証明であった。
“王国”の名を冠する以上、王立魔術学院というのは、王国でも最高峰の魔道の学舎である。
当然、そこに入学する者も、多大なる自負を持っているに違いない。ところが、そこには自分よりも遥かに若年の人間が同じように入ってきて、そして自分よりも優秀な成績を上げている。
才能の差というのは、あまりにも残酷だ。
以前、エリシオは嫌がらせをしてくる人間が魔術学院の中にいる、と言っていたが、その人物の動機は、十中八九は嫉妬だろう。勿論、ノードにその行動を肯定する気など毛頭ないが、気持ちを想像することだけは出来た。
「済まない、続けてくれ」
「? 分かりました。それでですね、導師の方々に弟子入りを許して貰うためには、分かりやすい“実績”を見せれば、平民の私でも受け入れて貰い易いのではないかと思うんですよ」
「なるほどな、実力があり、将来性があるところを売り込む訳か」
「ええ、ご理解いただけて何よりです」
ノードが鉄竜騎士団に入団出来たのは、ニュートが懐いた──つまり飛竜を手懐ける方法を見つけたという事実を評価されたからだ。これは偶然の産物のようなものだったが、エリシオがやろうとしているのはそれに近い。
有無を言わせぬ実績──それも魔導院の導師たちが認めるほどの物を眼前に見せつけ、エリシオをその門下にいれるだけの価値があると分かりやすく示そうというのだ。
「それで私は、魔道具の作成が得意ですから、魔道具を作成して自分を売り込もうかと思っておりまして」
「魔道具というと、これか?」
「ええ、実はノードさんに差し上げたその炎の魔剣は、実験として、試しに作った物なんです」
「そんなものを貰っていいのか? やはり返した方が……」
「いえいえ、貰っておいて下さい! その試作品で、改良すべき点を見付けられましたから、今は、それを盛り込んだ新たな魔道具を造ろうとしています」
懐から、炎の魔剣を取り出そうとしたノードを、エリシオがわたわたと手を左右に振って制止する。
その動きを見て、ノードは取り出しかけた魔剣を再び元に戻した。
エリシオは話を続ける。
「ただ、その為の材料が手に入らなくて……」
「材料というと?」
「精霊結晶です」
「あれか……」
ノードはエリシオが口にした物が何であるかを知っていた。
精霊結晶というのは、氷の精霊や炎の精霊などの力が宿った特殊な魔石である。
以前ノードが雪山で採掘してきた氷精石などもそれにあたるが、あれは魔力結晶という物で、精霊結晶からは一段劣る物であった。
それよりもより強力な魔法の力が宿るのが、俗に精霊の血と呼ばれる特殊な魔石──精霊結晶だった。
入手方法は至って簡単で、精霊を倒せばよい。
自然界で見かける精霊は強力な魔力を持っており、その身体には中心となる核が存在している。それが精霊結晶であり、精霊は倒されるとその精霊結晶を残して煙のように消え去るという性質があった。
問題は、である。
「あれは相当高いだろう」
「そうなんですよね……」
精霊はその種類によって性格が異なるが、共通して悪戯好きではあるものの、敵対的ではない。
しかし、こちらから攻撃するなどして、一度敵意を持たれてしまうと、精霊は自身が秘めた魔力を唸らせて、その敵対者に暴虐を振るう。
その破壊の力は凄まじく、眠れる竜と精霊は起こすな、という格言からもどれ程の規模かが分かる。
入手難易度の高さから、冒険者ギルドに出される依頼では、白銀級冒険者向けの依頼だと言われている。
「済まないが、流石に精霊結晶は……」
「ああ、いえいえ勿論それを要求するわけではありませんよ!」
ノードとて、エリシオに協力してやりたい気持ちはあったが、とてもではないが精霊結晶には手が出ない。金銭での購入は勿論だが、直接取りに行くにしても命が幾つあっても足りない。
そんなノードにエリシオは、そうじゃありませんと首を振って否定した。
「精霊結晶が手に入らないのは分かっていました。なので、ノードさんに差し上げた試作品を作って、より品位の低い魔石でもより高い効果を引き出せないか実験していたんです」
「成功したのか?」
「ええ、お陰様で、何とか魔力結晶があれば出力を確保できる目処が立ちました」
魔力結晶というのは、別名を“精霊の涙”と呼んだ。
これは、自然界の魔力が魔力溜まりに結晶化したもので、いわば天然の魔石だった。
氷の魔力結晶である氷精石ならば、厳冬期の冬山などで採取することが出来るため、精霊結晶に比べれば格段に入手難易度が下がる。
「つまりは、その魔力結晶が欲しいと?」
「はい、以前ノードさんは冒険者をされていたと仰っていたので、その伝手で入手出来ないだろうか、と」
確か、エリシオを助けた後に大通りまでの途中、そんなことを話した覚えがあった。
「どの魔力結晶が欲しいんだ」
「複数の魔力結晶を組み合わせるものでして、一つを除いて全て集まっています。ただ、その残りの一つが炎精石なんですが……」
「炎か……」
さて、どうするかなとノードは内心で思い悩んだ。
氷の魔力結晶である氷精石であれば、話は早かった。
以前もノードはそれを採取したことがあるため、入手方法は確立されているのも同然だからだ。
氷精石の入手は、季節こそ冬季に限定されるが、あと二月もすればそれは訪れる。春までの入手は容易だった。
しかし、エリシオが求めているのは炎精石──つまり炎の精霊の魔力結晶だった。
こちらの場合は、少し事情が異なる。
理由は、ハミル王国の地理的な要因にあった。
ハミル王国は、王都を中心として東西南北に伸びた広い領土を有している。
その領内には平野部以外にも様々な地形が存在しており、それらには魔力溜まりも多く存在しているため、人工迷宮や魔力結晶を入手可能な場所は多かった。
だが、そんなハミル王国にも存在しない地形が一つだけあった。
それは火山だ。
ただの魔石と違い、精霊の力を秘めた魔力結晶は、魔力溜まりであるというだけで無く、併せて精霊の力が強まる場所でしか採取することが出来ない。
氷の精霊の“涙“であれば、厳冬期の冬山などの極寒の地。
水の精霊の“涙“であれば、湖や海など。
雷の精霊の“涙“であれば、雷が落ちる場所に産まれると言われている。
そして炎の精霊の“涙“もまた、その力が強まる場所で採取出来るのだが、ノードが知っているその場所とは、火山くらいなものであった。
ノードは頭の中で地図を思い浮かべた。
ノードが知る地図では、ハミル王国から遥か遠く、国境を越えた場所にしか、火山は存在しなかった。
「そうなると、下手をしたら往復だけで一月二月はかかるな……」
「ええ、ですから依頼料も高額なものになりまして……」
ノードの現在の移動手段は、冒険者ギルドが用意する乗り合いの馬車ではなく、騎士団から借り受けた軍用の馬車だ。
長距離の移動にも耐えうる曳馬も併せて使わせて貰っているので、その移動速度はそこそこ早い。
しかしそれでも、他国まで出向くとなると、時間が掛かりすぎる。
一週間程度であれば、鉄竜騎士団を休む手段に心当たりがあったが、流石に夏季に与えられたのと同じぐらい長期の休暇を得られるとは、ノードには思えなかった。
そして、遠方まで出向くことが見込まれる依頼などは、どうしても依頼料が高くなる傾向にある。
エリシオも冒険者への依頼を考えて、参考までに試算して貰ったというのだが、平民出身であるエリシオには、とても出せない金額になってしまったそうだ。
「火山地帯まで、となると俺が直接行くのには遠すぎるな」
「そうですか……まあ、もし出向いて貰ったとしても、とても十分な額の報酬はお支払い出来ないんですけどね」
僅かな報酬以外には精々、お渡しした魔道具と同じ様な物を作って差し上げるくらいしか、出来ませんから。
そう続けたエリシオの言葉に、ノードは一度相槌を打ちそうになり、そして今聞いた言葉をもう一度聞き直した。
「今、何と言った?」
「はい、ですから『魔道具を作って差し上げることしか出来ませんから』と」
「……素材は無いのでは?」
「一応そうなんですけど、余分に取ってきて貰う予定ですから……ノードさんに差し上げた物程度であれば、いくらでも作れますよ」
自分の実力を客観視出来ない、ということは、ここまでの価値観のズレを産み出すのか。ノードは唖然としてエリシオの言葉を頭の中で反芻した。
「あー、つまりエリシオは、魔力結晶があれば、この魔剣程度なら量産出来ると?」
「いえ、」
そこでエリシオはふるふる、と首を振った。
窓から射し込む夕陽と同じ朱色の髪が、左右に揺れた。
「それは魔力結晶を核に使用しましたが、大部分は普通の魔石から作った物ですので、もっと強力な物が出来ますよ」
エリシオちゃん(多分)、超天才設定生える。
長くなったのでここで一度投稿。
次話は書いてるけど、場合によっては一部はこっちに結合するかも。
会話文多いと筆が滑りまくる一方で、コントロールが利かなくなってる気がするなあ。
もっと描写を増やしたいのに、会話に逃げてしまう。