10 終わらない夏(下)
寝てたから執筆が遅れて夜の投稿遅くなった。なんか書きにくかったな……何でだろ?
累計10000pt越え! やったー!
さんきゅーなす!!
その後、将軍蜘蛛と騎士蜘蛛の二体分の素材を回収したノードは、その大荷物を何とか担ぎながら、付近にある野営に適した場所で一晩を過ごした。
晩飯には巣に囚われていた蜘蛛の獲物を拝借させて貰った。
昨日の晩飯に比べても、負けず劣らずの豪華な食事を食べたノードとニュートは、最低限の警戒心を残しつつ、しっかりと睡眠をとった。
翌日からは、森の探索を再開した。
二体いた以上、三体目以降が森にいないとも限らないからだ。
三日間、たっぷりと時間をかけて調べてみたが、蜘蛛の痕跡はそれ以上見当たらなかった。この探索では、空を飛べるニュートが大いに活躍してくれた。
アルバの森にいた騎士蜘蛛は、どうやらこの二体のみだったようで、ノードとしてはこれ以上の戦闘をせずに済み、一安心であった。
そして大荷物を抱え、森の入り口へと帰還したのは、森に入ってから都合七日が過ぎた昼前のことだった。これは帰り道では大量の素材を担いでいたため、行きよりも歩みの速度が遅くなったことが原因である。
森の入り口には、あの中年の狩人とノードが村にやって来たときに応対してくれた中年の男がいて、帰還したノードとニュートを見て慌てた様子で駆け寄ってきた。
何でも彼らは、帰りの遅いノードたちのことを心配して、三日目あたりから毎日様子を見に来てくれていたのだそうだ。
中年の男は、ノードの持つ大量の荷物をみて、村にまで行って馬車を回してくると申し出た。
森の奥から歩いて帰ってきたノードである。その気になれば村までの距離など大したことではないが、せっかくの申し出であったのでお願いすることにした。
ノードは荷物を地に下ろし、馬車がやってくるまでの間をアルバの森から見える景色をみて、暇を潰した。
ノードは生まれも育ちも王都であり、田舎というものを殆ど知らなかった。冒険者になってからは依頼に出かけ、様々な経験を積んだが、金銭を優先して依頼を受けていたからか、あまりこういう田舎の人里に寄ることはなかった。
馬車を止められるだけの寂れた宿場町に行った経験や、無人の森や山で野営した経験はあっても、田舎の村となると、逆に関わりが無かった。精々移動するときに遠目に見かけるくらいである。
一年以上も活動経験がある冒険者であるのに奇妙な話だったが、これはノードがいかに偏った依頼──特に高額報酬が提示された危険な場所での依頼を好んで受けていたかの証左であった。
ノードが行ったことのある森や山は、人の手が入っていない天然の森山であり、外縁部とは言え人の手が入った里森と、その周辺の風景など、まじまじと見たことが無かったのである。
田舎の村から出される依頼などは、ゴブリン退治などの簡単な依頼ぐらいなもので、安い依頼料しか払われないそれは、近場の冒険者ギルドに依頼されて、そこで解決をみる。それも王都の冒険者ギルドに属するノードには、あまり縁が無い。
しばしの間、ノードは田舎の風景というものを見て楽しんだ。
馬車の荷台に蜘蛛の素材を積載し、ノードがアルバ村へと帰ってくると、入り口にはヨハンが待っていた。
どうやらノードの帰還を知らされ、屋敷から村の入り口までやって来たようだ。傍らに馬引きが馬の手綱を持っているので、乗ってきたのだろう。
「ノード、心配したぞ!」
「ただいま戻りました、兄上」
馬車から下車したノードが、ヨハンに挨拶をする。
依頼の達成を伝え、持ち帰った素材を見せると、その量にヨハンは驚いていた。
「疲れただろう、今日は泊まっていけ」
「いえ、それは……いや、やはりお願いします」
ノードの鎧の損傷具合と、素材の量から死闘だったことを見てとったのだろう、ヨハンが逗留を勧めてくる。
ノードはそれを固辞しようとしたが、結局受け入れた。
森での野営では、本格的な休養にはならないためだ。
その日の晩は、再びのオブリエール家での食卓に招かれ、初日よりも一層豪華な食事に舌鼓を打った。
酒の肴が、森での将軍蜘蛛との戦いであったことは言うまでもない。
翌日、もっと長く滞在するように、オブリエール家の面々は引き留めてくれたが、今度こそノードは固辞した。
理由は簡単で、休暇の残り日数の問題だ。
予想よりも討伐後の捜索で時間を使ってしまっていたため、帰路の道程を計算に入れると、日数の余裕が無かったのだ。
そうであるならば仕方がない、と残念がってくれたオブリエール家からのお土産(領内で取れた日持ちする作物やワインなど)とフェリス家の人間に当てた手紙を預り、今度こそノードはアルバ領を後にした。
その際、「どうせだから近くの町まで連れていってくれ」とヨハンから村のお使いの任務を受けた青年を、一人輸送させられることになった。
立っているものは親でも使え。況してやそれが弟ならば。
そんな言葉が頭に浮かんだノードであった。
§
ノードが王都へと戻ってきたのは、結局、長期休暇の最終日、前日のことだった。
フェリス家に帰り、お土産と手紙を渡すと挨拶もそぞろに冒険者ギルドに出向く。依頼の達成報告を完了させ、本来ならば合わせて素材の売却を行うのだが、それは見合わせ、次の目的地に向かう。
「おう……ってお前か、随分と久し振りじゃねーか」
「相変わらずだな、ここは。まあいい、見てくれ」
馴染みの店の扉を開けると、来客を知らせる鈴の音とともに帳場にいた店主の親父の、無愛想な挨拶が投げ掛けられた。
もはやこの店における風物詩だな、と接客態度に文句をつけることさえ諦めて、いつも以上に物が溢れかえっている店内で、ノードは黙って店主の親父に自分の防具を見せた。
「おお、随分と手酷くやられてやがるな……無事なのは魚竜の甲鱗部分だけか」
鎧の損傷具合を確かめながら、何と戦ったんだ? と聞いてくる店主の親父に対し、ノードは短く「将軍蜘蛛」と告げた。
「良く生きてやがったな! お前さんは確かまだ水晶級冒険者だったろ?」
「まあ、色々あってな。俺も成長してるのさ」
「ふん、生きて帰って来たことは褒めてやるよ。で? 倒したってことは素材が有るんだろう?」
「表に馬車が停めてある」
将軍蜘蛛の強さは赤銅級であり、水晶級冒険者の鎧として問題ない鱗鎧でも、流石に荷が勝ちすぎる。
実際に、並の水晶級冒険者であれば、武運拙く討ち死にだっただろう。まあ、ひょっとしたら蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされて保存食として多少は生き長らえたかもしれないが、そこからの脱出は絶望的だ。
ノードは自分がそうならなかったことを、内心で神様に感謝することにした。
ノードが店主の親父に将軍蜘蛛の素材の在りかを伝えると、店主の親父はそのままノード共々店の外の馬車の荷台まで移動した。
「ほぉ~こりゃ多いな」
「騎士蜘蛛の分もある。足りるか?」
「ひの、ふの、みの、…………あー、多分問題ねえな」
馬車の荷台の中に入り込み、山と積まれた魔物の素材の具合を見ている店主の親父に、ノードが聞いた。
言葉は足りなかったが、それで店主の親父には問題無く伝わった。
ノードが店主の親父に頼んだのは、つまりは新しい鎧の作成だった。
将軍蜘蛛との死闘で、ノードの鱗鎧は、大きく損傷していた。
鎧は基本的に素材があれば修理は可能であり、その鱗鎧の修復用の素材も、まだ在庫が残ってはいる。
しかし、ノードは自分の実力に対して鱗鎧の性能に不足を感じ始めていた。
そこで、それならばいっそのこと、ひとつ上の性能の鎧を造ってしまおうと企んだのだ。
お誂え向きに、丁度手元には赤銅級の魔物である将軍蜘蛛の素材があった。故に、その素材は売らずに鎧にしてしまおうという話であった。
「どれくらいでできる?」
「そうだなあ、金は……こんくらいで、期間は悪いが一月はかかるな」
「それで頼む」
ぶっきらぼうな態度が目立つが、この髭面で禿頭の中年男性は、驚くことに商人である。店主の親父はパチパチと手慣れた手付きで算盤を弾き、製作費用を見積り提示する。
その数字を確認したノードは値段に納得し、製作を依頼した。
仕事が立て込んでいるんだ、とそう話す店主の親父の言葉を聞いて、ノードは店内にやけに荷物が多かったと思い出した。
そして、直ぐにその理由に思い当たる。東方騎士団の武具だ。
大規模演習の関係で東方騎士団を構成する各地の領主たちが、一斉に武具の発注や修理を依頼したのだろう。
それで各地の製造能力を超えた分の依頼が王都の店にも回ってきたのだ。
そんな状況でも、新しい鎧を一月で仕上げてくれるというのだから、ノードの依頼は優先的に対応して貰っているということだ。こういった対応が、この店が何だかんだで潰れること無く、王都に看板を構え続けていられる理由なのだと、ノードは思い知った。
その後、予備も含めた必要な分だけの素材を、店主の親父と共に店の中に運び込んだ後、ノードは剣の研ぎも依頼した。
急ぎであると告げると、明日には引き渡せると快諾してくれたので、ノードとしては大いに助かった。
その後、武具店を後にしたノードは、残りの素材をギルドで売り払った。
将軍蜘蛛の素材は鎧の使用分目減りしていたが、それでも騎士蜘蛛の素材の売却代金とあわせると、かなりの額に上った。その金額は事前の予想よりも何割か多く、疑問に思ったノードは帳場で担当してくれたギルド職員に尋ねた。
すると、
「騎士団の方で大規模な演習があったでしょう? そのせいでというか、お陰というか、色んな素材の相場が高騰してるんですよ」
との答えが返ってきた。
(やれやれ、ここでも演習の皺寄せがやって来ていたとは)
ノードは自分が将軍蜘蛛と戦う羽目になった遠因となった、騎士団の大規模演習のことを思い出し、この分だと食料品なんかにも影響が出てそうだな、と考えながら帳場で清算金を受け取った。何枚もの銀貨を含んだそれを革袋に詰めていくと、革袋はずっしりと重さをノードの手のひらに与えた。
兄であるヨハンから、依頼を安く請け負わされたことを差し引いても、今回の冒険が実り多いものに終わったな。そう思えたノードであった。
§
再度冒険者ギルドに赴き用事を完全に済ませたノードは、次に王立研究所のいつもの部屋、先生の研究室を訪れていた。長期休暇、最後の報告である。
これまでで最も長く王都から離れていたため、報告の内容も長く、多岐に渡った。
「へぇ、将軍蜘蛛と戦ったのか……肉も食べさせてるね」
「ええ、喜んで食べていましたよ」
ノードは先生に対して、ニュートの様子を報告していた。
いつも通りの格好──つまり白衣を着てメガネをかけた先生は、机の上に置かれた冊子を捲りながらノードと会話をする。
その冊子は、ニュートの観察日記だ。
何の魔物と戦ったのか、毎回の食事にはどのようなものを与えていたか、特殊な行動は見られたか等。長期休暇の間、ニュートを外に連れ出し狩猟経験を積ませたことで、どんな変化が起きたかをノードが記録したものである。
今回討伐した将軍蜘蛛と騎士蜘蛛の肉も、ニュートに与えてみたところ、最初はくんくんと匂いを嗅いでいるだけだったが、一口食べるともっともっと、とせがむ勢いで食べていた。
ノードは当初、蜘蛛の肉を食べる気にはならなかったのだが、あまりにニュートが美味そうに食べるので、試しに食べてみた。
流石に火をきっちり通してから食べた蜘蛛の肉は、以前港で食べたことのある、蟹の肉に良く似た味がした。
蜘蛛の可食部位は、少ない。
ノードが甲殻や糸袋などの素材を回収したあと、残った食べられそうな部位は肢に詰まった肉だけであった。
その肉を、ノードとニュートは奪い合うようにして黙々と食べていたのだが、それは本筋には関係がないことである。
「にしても良くやってくれたよ!」
先生は読み終えた観察日記を棚にしまうと、ノードに対して機嫌良さそうにそういった。
「この二ヶ月の観察記録はとても興味深いものだった。飛竜の生態に関する新たな考察にも繋がったよ。多分、これは私の研究だけでなく、鉄竜騎士団の在り方すらも変えるかもしれない!」
興奮したように話す先生の声量は大きく、研究室の床に寝ていたニュートが何事かと顔を上げた。そして「ああ、またこの人間か」と直ぐに興味を失い、また前肢を枕に突っ伏した。
「何かあげられるものがあれば良かったんだが……」
先生はそう言いながら、周囲を見渡すが、周りには研究に関する資料と道具が有るばかりだ。
ノードとしてもそんな使い途に困るものを貰っても仕方がないので、「そんな結構ですよ」と遠慮しておく。
すると、
「そうかい? まあ、何か困ったことがあれば言ってくれ。こう見えてもそれなりに色んな人間と“繋がり”があるからね。助けになれるだろう」
と先生はノードに言った。
確か先生は結構な高位貴族の縁者だったな、そう思いながら、ノードは研究室を辞去した。
ノードとしては、先生からの命令を受けたときに、最初こそどうなるかと思ったが、正式な仕事と言う形で命令されたため、騎士団の馬車を無料で借り受けられた。そのため馬車代が浮いてむしろ助かったくらいである。
どうせなら特別報酬が良かったが、贅沢は言うまい。
ノードはそんなことを考えながら、既に夕刻にさしかかる王都の道を、引き続き使わせて貰えることになった馬車で家路へ急いだ。
§
「どうせならもっとウチに居てくれたらよかったのに……」
フェリス家の二階にあるノードの部屋の中で、妹のアイリスがそうぼやいた。
カールのかかった金髪をそのまま真っ直ぐに下ろした妹は、ニュートとお揃いの緑色の寝間着を着ている。
彼女は現在、ノードの寝台に転がりながら、床にいるニュートの深緑色の鱗を撫でている。
「ねー?」とアイリスが小首を傾げながら、ニュートに向かって呟くと、ニュートは「きゅー?」とアイリスの動きを真似るようにして、小さく鳴く。
「仕方がないじゃないか、仕事なんだから」
「だって……」
ノードは長期休暇を利用して、金を稼ごうとしたのもあったが、それ以上にニュートに狩猟訓練を施し資料を記録するという任務を受けていた事情があった。これは正式な命令であり、見習いとはいえ鉄竜騎士団に所属するノードには断りようのない仕事だった。
そのことは六歳になったばかりのアイリスには、言葉としては理解出来ても、感情の面で受けいれられなかったのだろう。
「もっとニュートと遊びたかった!!」
ボフ、とノードの部屋に持ってきた自分の枕に頭を埋めて、じたばたと足を泳がせ駄々を捏ねる。
この愛らしい容姿をもつ妹は、ニュートという名前の飛竜の子供にご執心だった。
長期休暇の間、殆どノードが冒険に出掛けてしまい、ニュートと遊べなかったのを恨んでいるのだろう。
「それは悪かった。でも、明日は予定は何にもないから、しっかりニュートと遊べるよ」
「むー……」
「きゅー?」
それで勘弁してくれ、そう話すノードに対して、寝台の上に座るように立ち上がったアイリスはまだ膨れ面である。遊べる嬉しさと、まだ納得がいかないという感情が心の中でせめぎあっているらしい。
「はいはい、じゃあもう寝るよ。明かり消すねー」
「えー! まだ眠くない……」
「夜更かししたら明日ニュートと遊べなくなると思うけどねぇ」
「……わかったわ」
ここまできたら、後は容易い。
さっさと寝ようと蝋燭の火を消す。
妹のアイリスは抗議してくるが、ノードが説得するとあっさりとそれを受け入れた。彼女が大好きなニュートを言い訳にしてしまえば、大抵の説得がアイリスに通じることを、ノードはこの半年余りの期間に発見していた。
ノードは部屋の蝋燭を消すと、大人しくなったアイリスがいる自分の寝台に入る。
ノードが窓側でアイリスが部屋の入り口側。
既に定位置と化した寝る場所につくと、風を取り込むために開けた、窓から射し込む月の明かりが部屋の中を僅かに照らした。
アイリスはニュートと何やら小声でお喋りをしていたが、それも次第に途切れ途切れになり、そしてすやすやと安らかな寝息が聞こえ始めた。
ノードはアイリスが風邪をひかないように、掛布をそっと妹の肩までかけてやった。
ニュートがフェリス家にやって来てからというものの、ニュートがノードの部屋で眠るために、アイリスは毎晩ノードの寝台で眠るようになった。
春先はともかく、夏の間も同じ寝台で寝ようとするものだから、たまに家に帰ってきたときはノードとしては暑くて堪らなかったが、今日はそうは感じなかった。
ノードは妹が眠りについたことを確認したことで、やっと眠れるとゆっくりと瞼を閉じた。
夜の帳の降りた部屋の中に、アイリスとニュートの寝息が微かに響く。ノードはその音を聞きながらやがて眠りに落ちた。
秋の気配を色濃く感じる晩夏の風が、窓の幕衣を揺らした。
というわけで依頼終了後の日常回ですね。
戦闘とか期待してた人はごめんなさい。
長期休暇の話なんで、この一連の話は8月中に完結したいと思ってたので、ギリギリ投稿が間に合って良かったです。
まあ、明日も日曜日なんですけどね。この場合中高生って明日も休み?? 作者はおっさんなのでもう覚えてないです。
夏休みの終わり感を書いたつもりなんですけど、上手く伝わったかな? まあ、伝わらなくてもいいか……
夏休みのしゅくだい。
自由研究『ひりゅうのかんさつ日記』
1年D組 のーど・ふぇりす
という話でした。
先生から、なんかアイテムでも渡そうかと思ったんですけどね。巻物とか。
結局、繋がりとなりました。使うかは未定。
ニュートの狩猟訓練は、ネトゲとかである連続クエストを意識してやった話でした。
ノード「おう、そんなのはいいから銀貨を寄越すんだよあくしろ」
九月からは投稿のペースは落ちる筈です。気長に待ってください。
ほなまた……




