6 長期休暇(下)
うぉん!
俺はまるでブクマとポイントを燃料に動く人間火力式執筆装置だ!
バリバリー(原稿用紙を破く音)
一杯ブクマとポイント入ってて嬉しいです!
「指名依頼?」
「はい、ノードさん宛に指名依頼が出ています」
場所は冒険者ギルドの建物内部。何時ものようにノードは、ニュートの訓練がてら、何か依頼を請けようとしていた。
朝早く冒険者ギルドの扉を潜り、ごった返す冒険者たちの人波の合間を縫って依頼掲示板の方へ近付こうとしていたときのことである。
「ノードさん! ちょっと此方に来てください!」
自分の名前が呼ばれ、声の方に振り向けば、帳場内のギルド職員の一人が、ノードに向けて手を振っていた。
何かあったのだろうかと、ノードは進路を帳場へと変更した。
朝のギルドは新規依頼の貼り出しを待つ冒険者たちで殺気立っているが、貼り出されるまでは、むしろ帳場の近くには人がいない。
ノードは待たされることなく帳場に近づくと、ギルド職員に何用かを尋ねた。
そして冒頭の台詞が返ってきた訳である。
指名依頼。
これは実力のある冒険者に依頼を受けてくれと、依頼主が直々に指名する形の依頼である。
大抵は高名な冒険者や、特殊技能などをもち特定分野の依頼を請ける『専業』と呼ばれる冒険者などが指名される。
利点としてはいくつかあるが、最も大きい利点は繋がりが出来るということだ。
貴族や商人、あるいは別のギルドなどの依頼を請けることで出来る彼らとの繋がりは、有形無形の助けになることが多い。例えば別のギルドに伝手が出来れば、商人ギルドならば貴重な素材や道具等を仕入れて貰ったり、あるいは逆に高値で買い取って貰うことも出来るだろう。また、錬金術ギルドとの繋がりがあれば貴重な魔法薬を優先して販売して貰えるだろうし、魔術師ギルドとの繋がりであれば巻物などの魔道具や付与魔術などの魔法技術を購入出来る筈だ。
低級の魔法薬や魔道具ならばともかく、それ以上の品質の物は、一般市場には出回らない。需要と供給の天秤が大きく片方に傾いているためだ。
購入するというだけで、金銭だけでなく繋がりが必要だった。
貴族との繋がりはもっとも分かりやすい。
冒険者とて何時までも現役で居られるわけではない。身体が年齢と共に衰え、第一線から退く日は確実にやって来る。
引退後の身の振り方をどうするか、それは冒険者にとっていつかは考えなければならない命題であった。
どこかに家を買おうとしても、許可がいる。店を開こうとしても、ギルドに加入する必要がある。
冒険者は殆どの場合が平民であり、また多くは何らかの事情を抱えて故郷を飛び出した者たちだ。故郷に実家があり、そこに身を寄せることすら難しいのである。
だが貴族との繋がりがあれば、それらの問題はいとも簡単に解決する。
ときには直接貴族の私兵にならないかと、『引き抜き』を受けることも有るくらいである。その場合、ノードの実家であるフェリス家のような、王に直接仕える『直臣』ではなく、その直臣に仕える『陪臣』や陪臣に仕える『陪陪臣』としての身分が殆どだが、それは平民出身の冒険者から見れば破格の待遇であり、立身出世に他ならなかった。
翻って不利な点といえば、依頼の内容が困難であると予想されるくらいなものだ。しかし当然だが、その上で『この冒険者ならば達成してくれる!』という期待を込めて指名されているのであり、それは実質的には大した問題にはならない。(たまに無茶振りみたいな内容の指名依頼もあったりはする)
そんな旨味の強い指名依頼だったが、ノードにはさっぱり指名される心当たりが無かった。
依頼を請けた冒険者の名前は、冒険者ギルドだけでなく依頼者にも知らされる。よって同じ依頼者の依頼を受け続けていると、「どうせなら何時も受けてくれる冒険者に依頼するか」となることで指名依頼が入ることもあるのだが、ノードは主に金銭を目的に依頼を選んでいたため、そんな信頼関係は築かれて居ない筈である。
強いて言えば、昨年は錬金術ギルドから出された薬草採取の依頼をそこそこ請けていたが、今さらノードを指名するというのはいささか奇妙な展開である。
「依頼者は誰ですか?」
ノードはギルド職員に尋ねた。
場合によっては、これはノードを嵌めようとしている何者かの悪意という可能性もある。
そう警戒して、依頼主の名前を聞いたノードだったが、ギルド職員の口から告げられた名前には聞き覚えがあった。
念のために依頼書に書かれた文字も見たが、綴りも同じだ。間違いないだろう。
依頼主の名前は『ヨハン・ド=オブリエール・フォン=アルバ』
親戚のオブリエール家に婿入りした、ノードの実兄からの依頼であった。
依頼書には付属して手紙も添えられていた。
ギルド職員から差し出された封書の中には便箋が二枚入っており、片方はノード宛で、もう片方はフェリス家宛であった。
ノードに宛てられた方の便箋には、次兄のヨハンの筆跡で文字が綴られていた。内容は要約すれば、『領地に魔物が出た。最近顔も会わせてないし、顔見せついでにウチの領地までやってきて退治してくれ。格安で』というものであった。
ノードは手紙を読み終えると、何とも言えない表情で手紙を封書の中にしまった。もう一通に何が書かれているかは分からないが、そちらはフェリス家が宛名となっているので、当主でも後継者でもないノードが勝手に見るのは憚られた。
「お受けになりますか? その……報酬はよくないですけど」
「……取り敢えず保留でお願いします」
提示されている金額は、かなり安い。
水晶級冒険者宛の依頼としてはギリギリの額であり、普段のノードならば無視するような額だった。
それこそ街中で請けられる水晶級冒険者向けの依頼を、必要であろう日数請けた方がまだ稼げるくらいであった。
しかし、残念ながら当の依頼を出したのはノードの兄であるヨハンだ。
ヨハンが婿入りしたオブリエール家は、フェリス家の親戚だ。
残念ながら女児しか産まれなかったために、跡取りとして縁戚のフェリス家から婿養子を取ったのだ。
つまり彼はノードの兄であると同時に、オブリエール家の当主であった。
いくら兄弟とはいえ、別個の貴族の家に対して無礼は許されない。さらにそれが、フェリス家に長年金銭的な援助をしてくれていた(しかもその借金はいまだ返せていない)ことも考えると、報酬が安かろうがノードに断る術は無いのであった。
果たして、フェリス家に帰宅してから当主である父親のアルバートに差し出した便箋の中には、やはりノードを寄越して欲しいという内容が書かれていた。
それは借金という力関係が存在する以上、いかに礼節を保った丁寧な文章で『お願い』の体で書かれていようとも、拒否することは許されない命令と同義なのであった。
§
その後ノードは、家族からヨハン宛の手紙を配達人代わりに預かり、研究所の先生のもとに報告に行き、全て準備が整い依頼を請けて王都を出立した。
勿論、移動手段は騎士団から借り受けた馬車であり、荷台にはニュートが乗っている。
そのニュートはというと、王都を出立してからしばらくは馬車の中でじっとしていたものの、すぐに飽きて馬車の外を飛んでいた。
ニュートの身体は長期休暇の間だけでも目に見えて大きく成長していた。その成長は翼にもおよび、付け根は太く羽ばたかせるための筋肉が付きはじめ、翼自体の大きさも縦に横にと伸びていた。
その為、身体が出来上がっておらず人を乗せて飛ぶことは出来ずとも、ニュート単独ならばかなり長時間に渡って飛ぶことが出来るようになっていた。
依頼に向かう道中は、大抵暇であるのでニュートは上空を飛び回って暇を潰していることが多い。
──バサバサッ
飛行型の魔物に襲われたり、あるいは冒険者に敵と勘違いされて襲われる可能性もあるため、ノードはニュートが飛び回る条件に制限を設けていた。
周囲に敵がいる場合はノードに知らせて低空まで降りてくること、そして人間が近くにいるのが分かれば馬車の中に入ることを躾ていたのであった。
翼を羽ばたかせる音を立て、ニュートが荷台に降り立つ。
幌付きの馬車の荷台後方には、幌の天井から天幕を垂らしているので、中が見えないようになっている。
ニュートはその天幕の間から荷台の中に入ってきた。ということはしばらくすれば人が来るということだ。
予想通り馬車がやって来た。
ノードの進行方向から、来た道に向かって近づいてくる。
御者台には毛皮の服を着た中年の男性が座っており、荷台には商品だろう荷物が満載されていた。
大量の荷物のせいか馬車の速度はゆっくりで、馬車の脇を固めるように冒険者たちが徒歩で移動していた。
槍や剣、縋といった武器を持った冒険者たちは、いささか気楽な雰囲気を持って警戒に当たっている。
装いから察するに、殆どが玉石級冒険者で水晶級冒険者が一部に交ざっている構成のようだ。
今ノードが馬車で通っている街道は、主要街道からは外れるものの、比較的安全だと知られている。強力な魔物と遭遇する確率は低かった。
主要街道に比べれば、狭く質も劣るものの、石畳が敷かれているのがその証拠だった。
向かいの馬車は重い荷を抱えている。であれば向きをずらすのも大変だろうと、ノードの方から馬車を道の端に寄せた。
そのノードの気遣いが分かったのだろう、すれ違うときには御者の男は頭に被った帽子を脱いで胸に当て、深いお辞儀をした。
商人式の礼を受けたノードも、返礼に頭を下げる。
護衛をしている冒険者は、すれ違うノードの乗る馬車がやたら頑丈な作り(軍用なので当然である)をしているので、少し興味を持ったようだが、護衛をしている以上何もしてこなかった。
馬車同士が完全にすれ違い、やがて商人の馬車の音が遠くなった辺りで、ぬっ、とニュートが荷台から御者台のノードへ首を伸ばして来た。
「もう遊んでいい?」と尋ねているのだろう。
「きゅぃ?」
「残念だがダメだ。まだ後ろにいる弓手が警戒してるよ」
「きゅぅ~ん」
そんなー、とでも言いたげな悲しい顔をしたニュートが、気落ちした声を漏らす。
御者台は一段高くなっているため、外から馬車の床までは覗きにくい。なので先ほどすれ違うまで、ニュートはノードの躾通りに床にべったりと潰れるように伏せて隠れていたのだ。
ただ黙って鳴き声も上げず、じっとしているのは相当に退屈だったのだろう。
「仕方がないな、ホラ」
「! きゅ~♪」
ノードの横に伸ばしたニュートの首をノードは片手で撫で回す。
それに気を良くしたニュートは、先ほどまでに感じていた退屈も吹き飛んで、喜悦の情で顔を輝かせてノードの掌の感触を楽しんだ。
再び街道の真ん中当たりに進路を戻していた馬車は、ノードが手綱を操らなくとも問題なく進む。石畳で舗装された田舎の街道は、どこまでも真っ直ぐに続いているからだ。
天幕が揺れる。
抜けるような青空の下、晩夏の風がどこからかともなく吹きつけて、馬車の中を夏草の匂いとともに通り抜けていった。
§
ノードを呼びつけた、次兄の名前はヨハン。
まだフェリス家にいたときの名前は『ヨハン・ド・フェリス』であり、オブリエール家に婿養子に入った今現在の名を『ヨハン・ド=オブリエール・フォン=アルバ』と言った。
ハミル王国では、名前は『名・姓』の順に名乗る。
平民は姓を持たないので、家名の代わりに出身地を名乗った。
貴族の一員であれば家名を姓として名乗るが、さらにそこに付け加えられる名があった。
例えば騎士に任じられた場合、騎士を表す『ド』の称号がある。
騎士であれば『名・ド=姓(家名)』となるわけだ。
具体例を出せば、まだ見習いのためノードは現在『ノード・フェリス』。つまりフェリス家の息子のノードという意味の名前だが、これが正式な騎士になり貴族に任じられると、『ノード・ド=フェリス』となる。『フェリス家の騎士、ノード』という意味だ。
家名に関しては、王国法では貴族になれば自分の家が興せるので、家名を自由につけても良いのだが、大体の貴族は元の家の名前を名乗る。
理由は単純で、自分の繋がりを明示するためだ。
つまり、全く別の家名をつけてしまうと「え? 誰?」となるが、元の家名であれば「ああ、フェリス家の縁者ね」と分かりやすいからだ。その為、近い親戚でも無いのに他の貴族の家名を名乗るのはご法度である。
新しい名前を名乗る際には『紋章院』という国の役所に届ける必要があり、そこで審査を経て新たな家名と認証されるのだが、届け出た名前が他の家名と被っていれば、必ずそこで却下されるようになっている。
なのでハミル王国では慣例として、領地を与えられて領地貴族になった場合と大手柄を立てた場合にのみ、新しい家名を設立する、ということになっていた。
そして『ヨハン・ド=オブリエール・フォン=アルバ』の後半部分の『フォン=アルバ』であるが、これは『フォン』が領地を持つ貴族の当主の称号であり、続く『アルバ』の部分はその領地の名前である。
つまりこれは『アルバ領主のオブリエール家の騎士ヨハン』となるのである。
即ち、次兄のヨハンが婿入りした家はオブリエールという名の貴族家であり、その領地の名はアルバといった。
アルバは地名であり、その一帯を治めるオブリエール家は、地名をそのまま村の名前にしていた。
そのアルバ村は、王国の北東方面に位置していた。
かつてノードが訪れた東の山岳地帯、その北側に位置しており、そのアルバ村からさらに北に向かうと、そこには大山脈が広がっている。その大山脈はハミル王国の西端を越えてさらに西へと真っ直ぐ伸びていて、北方の大雪原とハミル王国とを分断している北の要害だ。
そんな山間に位置するアルバ村は、決して豊かとは言えない土地柄だ。
南方の温暖な気候ではなく、北方に位置するアルバの土地では、主に麦や野菜がとれる他は、北東部から広がる森林地帯の産物があるくらいだ。
その産物も、木材と薬草といったパッとしないものであった。
有り体に言ってしまえば、何処にでもある貧しい村なのだった。
というわけで長期休暇、完! しません。
もちっとだけ続くんじゃよ……
次回からサブタイトルは変わりますけどね。
夕方の投稿時間は6時か7時か……とりあえず7時にしておく!(在庫があればね)