3 初めての依頼受注
三話目更新。
ノードは帳場で貰った木片のギルドカードを首に下げ(紐は自分で通した)、冒険者ギルドの職員受付嬢に教えられた『依頼書』がある場所に移動した。
冒険者ギルドでの依頼は入り口を入って直ぐ、左手方向の酒場に張り出されている。
厳密には冒険者ギルド内の左手奥、椅子とテーブルが設置された場所が酒場なので、入り口と酒場の中間の空間が、冒険者たちが依頼を探す空間となっているらしかった。
ノードはその空間、つまり依頼の張り出されている場所に向かった。
依頼書は壁一面に貼り付けられているようだった。
壁には大きな木栓の板がいくつも設置されており、そこには沢山の依頼書が貼り付けられていた。
依頼書が貼り付けられた板──依頼掲示板には、それぞれ『水晶』やら『黒鉄』などの文字が紋様と共に刻印がされていた。
ノードはそれらを見て、冒険者の階位について思い出した。
冒険者は、その強さや貢献度によって、ギルドから認定される階位が上昇していく。上位の階位であればあるほど、受けられる依頼の報酬は上がっていく。
冒険者の地位を示す階位は、一部を除き、それぞれの階級のギルドカードの素材に肖った名前が通り名となっており、それぞれ上から順に、
第十階位 聖宝級冒険者
第九階位 聖金級冒険者
第八階位 聖銀級冒険者
第七階位 黄金級冒険者
第六階位 白銀級冒険者
第五階位 黒鉄級冒険者
第四階位 赤銅級冒険者
第三階位 水晶級冒険者
第二階位 玉石級冒険者
第一階位 石板級冒険者
例外
無階位 木片級冒険者
となっている。
ノードは現在、木片級冒険者だ。呼び名の法則通りなら《ウッド》と呼ばれるのだろうが、実際は新人の通り名が浸透し過ぎているようで、まず間違いなくニュービーと呼ばれる。
階位は上昇する毎に一定額の支度金などを貰えるため、受注する仕事の報酬が増えるということ以外にも、階位を上げる旨味が用意されている。
また、ミスリル級以上の階位に昇格するには、その冒険者が破格の功績を上げた、と冒険者ギルドに認定される必要がある。その認定は冒険者ギルドの最高幹部同士の会議を通して妥当かどうか判断され、無事に最高幹部──ギルド評議員に認められてはじめて、階位の上昇が可能となるらしい。
その昇格が認められた場合には、支度金の代わりにそれぞれの階級の素材が与えられると聞く。つまり聖銀級ならミスリルの素材が。聖金級ならオリハルコンの素材が手に入るのだ。
莫大な財を持つ上級貴族すら、おいそれと手に入らない伝説の素材を自分の武具に使う──武人冥利に尽きるだろうな、と考えたところでノードは頭を振って思考を現実に戻した。
手に入らない伝説の武具よりも、今日食べる飯の種である。
ましてやノードは最底辺の冒険者だ。
一日でも早く次の階級──第一位階 石板級冒険者へと階位を進め、少しでも多く稼がねばならない。
ノードは再び掲示板へと視線をやった。
木片級冒険者でも受けられる依頼は、最下級の、それこそ誰でも受けられるような依頼だけである。
その依頼書は、依頼掲示板が並ぶ壁の一番奥──つまり冒険者ギルドの角っこにあった。自由掲示板と書かれた掲示板が壁際に張られている。
その自由掲示板で受けられる依頼は、報酬こそ少ないものの、万が一失敗しても違約金が発生しないため、新人である木片級冒険者にはぴったりの仕事なのだ。
その自由掲示板に貼り出された依頼は、どれも『街の排水溝のドブ浚い』や『建設現場での瓦礫撤去』、『王都の清掃作業』などといった、戦闘や冒険とは全く関係がない内容の依頼ばかりだった。
比較的冒険者っぽいのは『薬草を集めてくれ!』という任務だ。これは年間を通して張られている『常設依頼』と呼ばれる依頼だ。需要が常にあるので、どれだけ沢山の受注者がいても原則取り下げられることがない。ちなみに『○○の清掃作業』系の依頼も常設依頼である。ただしそちらの依頼には同時に受注できる人数に上限が設定されており、本日の分はもう終わっていることがわかった。
また、実はこの自由掲示板の依頼は、冒険者カードを持っていなくても受けられる。ノードも昔から小遣い稼ぎに依頼を受けていた。
これが木片級冒険者が、あくまで新人であり、厳密には冒険者ではないと言われる所以だった。
ノードは、自由掲示板の依頼書を一通り見たあと、その中の『スライム捕獲依頼』を受注することにした。依頼の主は下水道の管理局となっていた。
依頼書には、『ジャイアントラットが異常繁殖して、下水道のスライムを食べてしまった。このままではゴミを食べるスライムが足りず、下水道が詰まってしまう。スライムを集めて持ってきてくれ!』という内容が書かれていた。
ギルドからの補足のメモ書きが付いていて、合計500匹まで受け付けるとのことで、さらに現在の達成数が書かれていた。
それによると既に半分ほどのスライムが集められているらしく、ノードは早く集めに行った方が良いと考えた。
ノードはそれに合わせて、薬草採取の依頼も受けた。
二つの依頼はどちらも単価は低かったが、数を集めれば、ちょっとしたご飯が食べられる金額にはなりそうだった。
帳場で冒険者ギルドの職員に手渡した依頼書には、依頼の請け負い人(受注者)であるノードの名前が『受注者』という欄の中に書き込まれていた。その名前とノードのギルドカードに刻まれた名前が同じであると職員が確認した後、ギルドの判子が依頼書に押された。
報酬を受けとる際には、この判子が押された依頼書も必要となるので、決して無くさないようにと注意を受けた。なんでも、ギルド側の台帳に記録されたものと依頼書に押された判子の紋様とが、一致しているかどうかで依頼報酬の横取りなどの不正を防ぐ仕組みらしい。
計二枚の依頼書を受け取ったノードは、それらを無くさないよう大事に仕舞い込んでから、ギルドの建物を後にした。
§
スライム捕獲にあたって、ノードは準備を整えた。
といっても大したものではない。
護身用に腰に差した長剣以外には、精々スライムが入る袋と薬草を纏める紐が必要なくらいである。
家に一度帰りそれらを用意して、ノードは王都の外へ向かった。
王都の城門の衛兵たちは、ひっきりなしに訪れる人々の検査に大忙しであった。人々の持ち物を確認したり、商人の馬車に積んである荷物が申告と同じか確認したり、或いは指名手配されている犯罪者ではないか人相などを見ている。
ノードにとって王都は生まれ故郷だ。貴族の子弟であるノードには王都の市民権があるし、その上ノードは王都の衛兵とも顔馴染みであった。なので、声をかけただけで衛兵は直ぐにノードを通してくれた。
冒険者ギルドで、わざわざ自由掲示板の依頼を受けさせるのは、貼り出された依頼の消化を目論んで、というよりも依頼を受ける際の手続きに馴れさせる慣熟訓練の意味合いが強いのだろうな。
そんなことを考えながら、ノードは城門からスライムのいる場所へと徒歩で移動した。
王都はその外周に川が流れており、王都ではその川の水を城門の中に引き込んでいる。王都の住人にとって川は生活用水でもあるのだ。
ノードは川の下流に来ていた。その川岸には、ノードの見覚えのある草が繁茂していた。人の掌を広げたように五方向へ伸びた葉だ。
その葉っぱを茎の付け根から持ち、手慣れた手付きで千切った。ツンと鼻に来る特徴的な匂いがした。薬草の匂いだ。
より正確には、幾つもある薬草と呼ばれる草の中の、最も低級なものだった。
この薬草より上位の薬草も種類としては『薬草』なのだが、それらを見たことのないノードにとっては専ら薬草と言えば、この掌のような形をした低級の薬草のことを指し示すのだった。
慣れた手付きで、薬草をプチプチと引きちぎり集めるノードの前に、プルプルと震える生き物が現れた。
水辺から這い出たのだろう、体を揺らしながらのそのそと移動するその生物は、半透明の液状のボディを薄い膜が包みこんでいた。中心部には色の濃い核の様なものが見える。スライムだ。
スライムは何処にでもいる生物で、主に枯れ葉や動物の死骸、ゴミなどを食べる。生きている小さな虫も食べるらしいが、ある程度以上の大きさをもつ動物には無害だった。
ノードはスライム捕獲の依頼を受けているため、スライムを捕まえた。素手で挟み込むようにして掴むと、スライムが逃げようと体をフヨフヨ震わせた。しかしノードの手からスライムが逃げ出すことは出来ず、そのままノードのもつ袋の中へと入れられた。
スライムはその身体が殆ど液体であるため、環境次第でその体色を変化させる。例えば下水道に棲むスライムは汚水を吸って薄汚い色をしているらしい。
今は川の水で透明になっているこのスライムも、下水道に投げ込まれて汚水に染まるのだろう。
そんなことをノードは考えながら、黙々と薬草を採取し、時々川辺から現れるスライムを袋の中へ詰めていった。
§
ノードは日が暮れる前に城壁内へと戻っていた。
王都は夜間は緊急の用件──例えば軍の伝令など──でもなければ、基本的に門を通れない。なので運が悪いと城壁の外側で野宿する羽目になる。
当然、王都の住民であるノードはその辺の事情についても重々承知しているのだ。
そして、受付時に教えてもらったスライムの納品先である水道局の建物でスライムを引き渡した後、空っぽになった袋を片手にギルドへと戻ってきた。
夕日が沈む前の、紅に染まる王都の石畳の道を歩いて冒険者ギルドへと向かう途中、自分と同じように依頼を終えたのであろう幾人もの冒険者らしき装いに身を包んだ者たちを見かけた。
冒険者ギルドの扉を潜ると、既にどの帳場にも長蛇の列が出来ていた。仕方ないのでノードもまた、帳場に並ぶ列の最後尾につけた。
酒場の方では、既に報告を終えたのであろう如何にも荒くれ者といった容貌の冒険者たちが酒を飲み始めている。
冒険の成功を祝い、酒杯を打ち付け仲間同士で乾杯する者。一人で料理に舌鼓を打つ者。自分が倒した魔物の恐ろしさ、そしてそれを撃破した自分の凄さを酒杯片手に喧伝する者。
帳場の列が前に進むにつれ、そんな冒険者の姿が酒場には次第に増えていき、合わせて酒場の喧騒も大きくなる。ノードが依頼の報告をカウンターで行う頃には、酒場は酔っぱらいたちがすっかり出来上がった宴会場と化していた。
「いつもこんな風なのか?」
ノードはこの時間帯の冒険者ギルドを訪れたことが無かったので、喧騒に驚いてそう尋ねた。二枚の依頼書と採取した薬草の束を窓口に提出すると、帳場内の冒険者ギルドの受付嬢は手続きをしながら、クスリ、と困った風でありながら、実に嬉しそうにこう答えた。
「ええ、いつもこうなんです。お気に召さなかったですか?」
冒険者なら馴れないといけませんよ、と続けた受付嬢の言葉を受けて、ノードは「いや、嫌いじゃない」と短く返した。
冒険者ギルドの喧騒から、ノードは彼の実家であるフェリス家にも似た雰囲気を感じとった。流石にここまで騒がしくはないが、彼の家も賑やかだ。
冒険者にとっては、ギルドが家なのかも知れないな。
そんなことを考えながら、ノードはカウンターで今日の報酬を受け取った。
それは普通の食事代になるくらいの、僅か数枚の小銅貨に過ぎなかったが、これがノードの冒険者としての、確かな第一歩だった。