2 見習い竜騎士ノードの日常(下)
一日でプロローグ合わせて15000字ほど。九時間くらいぶっ続けでかいてました。下は11:00位に書き上がった……もうダメぽ
あと、何時もながら誤字訂正ニキめっちゃ助かってます。多分文章評価ポイントの何割かは訂正ニキのお陰だと思う。
「……ぜえ、はぁ……あ、…ありがとう、ございました」
息も絶え絶えに、真剣を使った乱取りを終えたノードが指導教官に感謝の言葉を告げる。
入団直後には息も絶え絶えに走るしかなかった地獄の“超“距離走も、雪解け前から春も終わりを告げようという今日まで、ほぼ毎日こなせば基礎体力や心肺機能が格段に向上する。今となっては鍛練場を延々と走らされるそれもノードには準備運動にしかならない。
それでもその後に行われる、指導教官の竜騎士との実践形式──というか実戦の稽古が終わる頃には、やはりノードは汚物を口から吐き散らしそうになるほどに、疲労困憊してしまっていた。
そも、竜騎士とはその飛竜の扱いの難しさから、力尽くで飛竜を従えることのできる存在だけが選ばれてきた。
ノードの功績──飛竜の孵化と親としての刷り込みの手管──により、その飼育方法には変化が訪れる可能性は高い。
しかし一方で、幼竜が成長してしまえば、これまでと変わらずに獰猛で反抗的な飛竜になる可能性は残っていた。
また、竜騎士が兵科として求められる戦果──それこそ大喰らいの飛竜を養う費用に足るだけのもの──は多大なるものがあり、時には大軍の中に少数で突撃することすらある竜騎士というのは、生半可な実力では務まらない。
それゆえに、ノードが身に着けなければならない実力、武芸の腕というのは、それこそ冒険者で例えれば、飛竜という魔物を通り越した怪物を討伐可能な、白銀級冒険者並の戦闘力を意味していた。
飛竜の巣へ単独で潜入して飛竜の卵を盗み出し、生存して帰ってくるというのは冒険者でなくとも偉業であり、それを成し遂げたノードのことは、鉄竜騎士団の団員──特に竜騎士たちには一定以上の評価と敬意をもって迎えられていた。
しかし、それはそれ、これはこれ。という奴である。
その新人の実力はというと、冒険者を基準にすれば水晶級冒険者程度。これはハミル王国の平均的な騎士の基準ですら下の方であり、当然最精鋭としての練度が要求される鉄竜騎士団においては落第である。
通常ならば、普通の騎士団に叩き返すのだが、残念ながらノードはその特殊性──飛竜を既に個人で所持していることと、その観察資料が鉄竜騎士団ひいてはハミル王国にとって重要であることから、鉄竜騎士団の所属しか有り得なかった。
故に、ノードに許されるのは生か死かというほどに過酷な鍛練を経て竜騎士並の水準に強くなることであり、そして潤沢な予算に支えられた福利厚生により、死は許されなかった。
つまりノードは、日に日にその実力をめきめきと上達させていったのである。
当初は担当教官の振るう剣、その軌跡すら掴めず、尻を蹴飛ばされ、殴られ、骨を折られ、切り裂かれ、打ちのめされ、全身のうちに痛みを感じなかったのは、脳や心臓といった急所と回復魔法をもってしても後遺症を遺してしまう場所だけという有り様であった。
しかし、ノードはその扱き(世間一般の感覚では『拷問』と表現されるとノードは確信している)を耐えた。不可視の剣撃の軌道を予測し、防ぎ、逃げ、受け、時には反撃してさらに反撃され、少しずつ。ほんの少しずつではあるが、体に受ける痛みは減っていった。
そして今では、致命的な損傷──は出来るだけ避けられるようになり、予定された訓練時間まで回復魔法無しで生き延びることに成功していた。(生傷だらけだが)
ノードの実力は、入団前から格段に向上していたのである。
鍛練場に命からがら、といった有り様で蹲るノードの姿は、敷地内の他の竜騎士にも目撃されており、その成長振りに目を見張った他の団員たちのより一層の奮励にも一役買っているのだが、周囲を見渡す余力の無いノードには、分からぬことであった。
珍しく、担当教官に「良くやった」と成長を誉められたノードは、滝のように汗が流れる顔に笑顔を浮かべた。
そしてそれは、直後に続いた「明日からはもっとレベルを上げるから」という教官の笑顔とともに発せられた言葉により、絶望のそれへと変貌した。
いいね? という容赦の無い教官の問いかけに、ノードは「…………はい」と答えるしかなかった。
この無間地獄のような鍛練にも、いつか終わりがくるのだろうか。ノードは汗が流れて霞む視界に、遠くから流れてくる雲の姿を見た。それは暗く灰色をしており、分厚く積み重なった雨雲だと分かった。
王都には雨が降ろうとしていた。
§
走り込み、乱取りと前半の訓練で実技が続けば、後半には座学が行われる。
座学は軍学校でも習う基礎的な課程を、入団してから“速成“で終了させた後、より高度な課程へと変化していた。
騎士団における騎士の役割とは、重装の鎧を身に纏い、磨き上げた戦技をもって敵目標を撃破する、騎士団の中核的な戦闘力──でもあるのだが、より重要なのは、大人数が集まった組織を有機的に結び付け、一つの生きた群集団として作用させるための『指揮官』としての役割だった。
特に中隊以上の指揮官ともなると、兵上がりの叩き上げは居らず、全員が騎士である。
集団の戦闘力は、兵の強さよりも指揮の腕前に因るところが大きい。
誰が言ったか『羊に率いられた魔狼の群れよりも、魔狼に率いられた羊の方が手強い』である。
現に、座学で行われるイルヴァ大陸における戦史には、弱兵と侮られていた筈の軍が優秀な指揮官に率いられ、強国の軍を撃ち破った例などが幾つも紹介されていた。
「兵と騎士で集められた戦闘集団を、羊の群れにするのか魔狼の群れにするのか、それは指揮官であるお前次第だ」
座学の初め、教官に静かに告げられたその言葉は、ノードの胸の奥深くにしっかりと届き、座学に対するノードの姿勢を、より一層真面目なものへ変化させていた。
そして現在、ノードは竜騎士としての観点からの指揮を学んでいる最中であった。
竜騎士として求められる知識は、多岐にわたる。
それこそ一般的な騎士の教養だけでなく、上空を飛行できるという他にはない特殊性から、斥候としての役割、敵地に斬り込んで強行偵察する役割、或いは敵地に潜入しての要人奪還、敵国の要地を強襲するなど、単に戦術的な価値を見出だす能力だけでなく、戦略的な観点からの戦場を見るということも学ばなければならない。
とはいえ、それらは一朝一夕に学べるわけではない。
ゆえに、ノードは先ずは下級指揮官、そして戦術レベルの判断を下すための中級指揮官として教育を受けていた。
担当教官は、壮年の終わりに差し掛かった男で、ノードの父親かそれよりも歳上といったぐらいの年齢であった。
竜騎士としての実戦経験も豊富らしく、実戦から学んだ貴重な戦訓を、惜しみ無くノードに教え込んでくれた。
ある日のことである。
広げた地図に勢力を示す駒を配置しながら、飛竜の戦術について講義していた教官に対し、ある疑問が沸いたノードはこう質問を繰り出した。
「はい、教官質問があります」
「うむ、質問を許す。何かね見習い」
ノードの質問は以下のものであった。
「はい、教官。教官を含めた先輩の竜騎士の方々は武芸に広く精通されておられるようですが、その中には弓術に長けた竜騎士の方もいるのではないでしょうか? であるならば、高所を取れる竜騎士ならば、弓の撃ち下ろしによる狙撃戦術が有効だと愚考するのですが……」
弓矢に限った話ではないが、それこそ投石や投槍も含め、射撃という手段において重要なのは位置関係である。それも高低は生命線といってよく、弓の撃ち合いで高所を取られてしまえば、勝てる可能性はグッと下がる。
これは、高所から撃てば地に落ちる力が矢に合わさり、より強くより遠くまで矢弾が届くからであり、低所からならばその逆である。
故に、地上の戦術指揮であれば、弓兵があるならば、山や丘上などの高所に陣取り、弓矢を用いて相手を一方的に減らすというのはごく一般的な兵法であった。さらに、その後の接近してからの突撃も、高所からだと駆け降りる際に勢いづくので撃ち破り易い──これを逆落としと呼ぶ。
その戦術を学んだノードは、何故山よりも高い場所に陣取れる飛竜から、一方的に射撃する戦術が無いのかを疑問に思って質問したのである。
況してや武芸百般を地でいくような竜騎士である。
弓矢の達人の腕をもつ団員など、そう珍しくは無いのではないか。そうノードは考えるのだが、不思議と鍛練場で弓矢の訓練を見たことがなかった。
教官はノードの発言を聞き終えると、その質問を咀嚼し飲み込むように頷いて、ノードの質問に対して余すことなく回答した。
「まず第一に、距離の問題がある。弓の達人と言えど、その射程は限りがある。山の上から麓に布陣する敵を狙い穿つだけでも至難の技であるのに、上空を飛ぶ飛竜ともなれば山よりも高くなる。さらに上空からは気流──風の影響も強くなるだろう。
そして第二の問題が、その高度だ。基本的に、矢というのは放った後、地に引かれるようにして落ちていく。これが放物線という曲線を描くのは既に知っているだろうが、弓の名人──それこそ百発百中なんて腕の奴らは、この“落ちる具合“を計算に入れて矢を放つ。さらにそれが動く目標であるなら、その動きも計算に入れてだ。その“落ちる“予測というのは、相手に対しての角度が直角に近付くほどに少なくなる。高いところを飛び回る飛竜の上では、対象との位置が高度も含め高速で変化し続ける。その複雑な計算をしながら、ただ一点を狙い撃つことができるかと言うと……まあ、難しいだろうな」
苦笑しながら「大雑把に放つだけなら出来るだろうがな」と告げる教官の言葉に、ノードは成る程、と納得して頷いた。確かにそうなると、並の達人では無理だろう。ノードはかつて冒険を共にしたこともある、アルミナという弓手の女冒険者のことを思い出していた。狩人だったという彼女も並大抵ではない腕前だったが、高速で飛び回る飛竜の上から狙い通りに穿てるならば、それは並の達人では到底及ばない次元の腕前だ。そんなことが出来る存在は、『魔弾の射手』とでも謳われるにちがいない。
そう考えたノードに、教官は「それにこれが一番重要なんだがな」と前置きをしてから第三の問題点を告げた。
「実際に乗ってみたら分かるが、翼が邪魔して撃てないんだよ、下方向には」
その言葉を受け、ノードは想像してみる。
視線の先は自分の隣、講義を受けている部屋の机の上、畳まれたノードの外套を寝床に、身体を丸めて眠る深緑の幼竜である。ノードの鍛練に付き合い(遊んでいただけ)、昼食を鱈腹食べて満足して眠るその身体は、成長すればそのまま規模を大きくした飛竜の身体となるだろう。
自分がその身体に跨がるとしたら何処であろうか。
じっとニュートの深緑の鱗を見つめて想像をした。
成る程、ノードは再び納得して頷いた。
飛竜の身体に跨がるのなら、求められるのは安定性である。例えば動き回る首や尾っぽ等に乗れば、不安定極まりないし飛竜も疲れてしまう。
自然と乗れる場所は狭まり、背部の中、人間で言えば肩甲骨の間位にあたる場所に跨がることになりそうだった。
そうなれば、飛行のために左右に大きく広がり、羽ばたかせるであろう翼は、射撃しようとすれば邪魔な事この上ない。無理に放とうと身を乗り出せば、乗り手が落ちるか矢で翼膜を撃ち抜くか、あるいは翼に顔を強打されるかの何れかであろう。
強いて手を上げれば、上に放ち曲射で当てるか、飛竜から落とされないよう身体を革帯など竜鞍に固定し、飛竜に指示して急降下、或いは逆さ吊りの状態から狙うしかないだろう。
そして、それは最早狙撃というよりは曲芸の領域だった。
「着眼点は悪く無い。良い質問だったな、ノード」
教官は普段から見習いだとかひよっこだとか、とかくノードの名前を口にしないのだが、その時だけは直接、ノードの名前を呼んでくれた。
その事が、成長を認められたようで堪らなく嬉しかったのを、ノードは今も覚えている。
§
腹一杯になって眠ったニュートが、昼寝から目覚めて欠伸をあげる。丁度それくらいが講義の終わりである。
その後は一日の活動と、ニュートとの触れ合いにおける、どんな細やかなことでも記入した飼育日記を兼ねた日報を記入し提出、教官の承認を得たら訓練終了である。
それに加えて、週に一度決まった日には、鉄竜騎士団の駐屯地ではなく、麓の王城付近にある研究所へニュートを連れて訪問するのがノードの見習い竜騎士としての仕事だった。
研究所では日報を読んだ研究者がニュートのことを観察する。場合によっては、訓練中やフェリス家での実際を観察しにやって来ることもある。
飛竜の専門家である研究者曰く、ノードの記録は非常に有益な資料であり、このまま上手くいけば、飛竜の飼育方法には革命的な発展が見られるだろう、とのことだった。
そいつはいい、ノードはそう思った。
鉄竜騎士団の拡充だとかには然程興味がなかったが、ノードとニュートが結果を示せば、それは功績として評価される。
そうすればやがて正式に竜騎士として任官できるし、何よりも高額な俸禄が保証されるのだ。
冒険者として活動し始めてから、早くも一年以上が経っていた。そこには様々な出会いや別れ、貴重でワクワクする経験があったが、重要なのはフェリス家のために金が稼げるかどうかだった。
姉のハンナは紆余曲折を経て結婚出来たが、弟妹たちはまだ幼い。妹である次女のリリアは14歳になり、王都の女学校に通いだした。じきにお茶会だ、社交界パーティーだと言って何かと入り用になるだろう。
まだまだフェリス家の借金は残っているし、その返済の為にもノードは稼がなければならない。
そう考えれば、卵から孵ったときは焦ったものの、この肩に乗る、最近一層重くなってきた幼竜──ニュートには感謝してもいいのかも知れない。
ノードはそう考え、西の空に沈みゆく夕焼けに染まる王都の街並みを眺めながら、肩に乗るニュートの鼻先を優しく撫でた。
深緑の色をもつ筈の鱗は夕陽に紅く照らされて、そしてひんやりとして冷たかった。
灰色の外套の帽子の中から、ノードと同じ景色を眩しそうに見ていたニュートはくすぐったそうにしてノードの手にじゃれついた。
ニュートの嬉しそうな鳴き声が、王都北東の山の中に響いた。
というのがノード君の日常っすね。週6勤務です。ぶらっく!
ちなみに鉄竜騎士団の騎士団旗は黒鉄をイメージした色合いです。ブラック!
射撃云々の流れには元ネタあります。分かる人いるかな……




