プロローグ
二章はじめました。(冷やし中華感)
ブクマがいつの間にか100近くに……評価ポイント共に、感謝の念を込めて。
暗闇の中にノードはいた。
重苦しい雰囲気が周囲を支配し、上手く呼吸が出来ない。
何処だここは。
闇の中は見通しがきかない。
ノードは漠然とした不安を感じながら、闇の中を進む。
しかし、歩めども歩めども、ノードの感じる不安は解消されない。どころか、闇に対する怖れは一段と深くなっていく。
何かが背後から迫っている気がした。
姿の見えないナニかが、今にも闇の中から這い出そうで、ノードはたまらずに走り出した。
──ハア、ハア、ハア
闇の中を疾走するノードは滝のような汗を掻いていた。
だがその汗は走っているが為だけに流されているのではない。
何だ、何なんだここは!
走れども走れども、何処にも行くことが出来ない。
ノードの闇に対する不安はもはや恐怖へと変貌してしまっていた。
後ろを振り返るのが怖い。
恐ろしい怪物が、大口を開けて真後ろに迫っているのではないか。そのような感覚が頭の中を支配している。ほら、今も何か生暖かい空気がノードの背筋を撫でた気がする。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
ノードは恐怖から逃れるために一層脚の回転を早める。
心臓が早鐘を打ち、張り裂けそうになる。
それでも構わずにノードは走る。
──ここまでくれば!
どれくらいの間走ったのだろうか。
ノードは思いきって脚を止め、勢いよく後ろを振り返った。
果たして、目の前にはただ何もない闇が広がっていた。
「はは……」
何だ、何も居ないではないか。
ノードは滝のように流れ出る汗が滴る顎を、腕で拭った。
先程までの恐怖が嘘のように消え失せていた。
自分は一体、何から逃げていたのだろうか。
ノードは安心からか、足から力が抜ける。
「っとと……」
倒れないように、バランスを取ろうとすれば、たたらを踏むように二、三歩後退した。
その時、
ドンッ!
衝撃が体を襲った。
何だ?
正体を確かめようと、ノードが後ろを振り替えると、そこには。
深緑の鱗に包まれた、恐ろしい飛竜の頭があった。
「……あ、、は?、、に、にげ……!」
巌のような厚い鱗に、金色の眼。縦に鋭く裂かれた瞳孔はノードを捉えている。
突然の事態に、ノードの思考が停止する。
蛇に睨まれた蛙が如く体が硬直するが、されど生物の本能か冒険者としての経験からか、直ぐに逃げようと体が動きだす。しかし、
「GYAOOOOO!!!!!」
ノードを一瞬で噛み砕いてしまいそうな、凶悪な牙が生え揃った顎が開かれ、暴虐の咆哮が放たれた。
ビリビリ、と至近距離で放たれた轟音に体が竦んでしまい、動かない。
目の前に大きく開かれた口の、剣山のように生え揃った牙。滴る唾液。赤い口腔の奥は、闇へと続いていた。
──死
ノードはそう想像した。
消え去った筈の恐怖が、何倍にも膨れ上がり、そして……
「GUAAAAAA!!!!」
ノードの顔へと迫りくる飛竜の顎に、ノードはたまらず叫び声を上げた。
「うわああああああ!!!!」
§
「──あああああぁぁぁぁ! …………ぁあ?」
気が付けば、口から叫び声のような呻きが発せられていた。
何処だ、その考えが頭にはっきりと浮かぶ前に、答えは出た。
ノードの視界にはいつもの光景が広がっていた。
木目の模様まで覚えるくらい見慣れたフェリス家にある自室の天井だ。
「…………夢か……」
ポツリ、と呟いてから、ノードは胸に重さを感じた。
視線を天井から、壁紙、そして胸元へと降ろしていく。
すると、そこにはこんもりとした山のような膨らみがあった。
「………………」
ノードは無言で掛け毛布を捲った。
そこには、ノードの胸に乗っかり、クピー、クピーと鼻息を鳴らす、幼竜の姿があった。
さっきの悪夢はこいつのせいか。
ノードは既に内容を忘れかけている夢の中での出来事の原因を睨み付けた。
魘される筈である。人の胸元を勝手にベッドにして居座る幼竜は、既にノードの胴ほどの大きさがあった。
全身が鱗に覆われている飛竜は、空を飛ぶという性質を持ちつつも、鱗や甲殻そしてそれらを支える筋肉を持つために、重い。
既にノードの使用する鎧ほどの重さが、すやすやと眠る幼竜には秘められているのだ。
そんな重量物が胸の上に乗っかっていたら、夜中に悪夢を見てしまうのも納得である。
ノードは、スッと息を吸い込んだ。そう、飛竜の咆哮の前兆のように。
「──ニュート!!!」
部屋の中にノードの大声が響き渡る。
ニュートと呼ばれた幼竜は、すやすやと眠っていたお気に入りの寝所で響いた大声に、ビクッと体を震わせて眠りから醒めた。
半開きにした、緑鱗の下にある寝惚け眼が、ノードの怒り顔を捉えた。
幼竜は、自分の大好きな存在の顔が目の前にあることに喜び、そして自分が何処にいるのかを思い出した。
恐る恐る伺うように見上げたノードの口から、説教の声が放たれたのは言うまでもない。
窓から射し込む朝日は、深緑の鱗に反射して煌めいていた。
§
イルヴァ大陸東部に位置するハミル王国には、合わせて七つの騎士団が存在している。
ハミル王国の東西南北に配された、地方領主が主体となって構成される『地方騎士団』、これが四つ。
そしてハミル王国直轄の、王国最大規模を誇る『ハミル王国騎士団』と、王家が直接指揮権を握る、王家の護衛任務を主とする『近衛騎士団』の二つを合計して六つ。
そして、最後に残るのが、規模・歴史ともに最も小さく短いが、戦力はハミル王国で最強と謳われる『鉄竜騎士団』であり、これら全て合計して七つである。
これらの騎士団は、その数から『七大騎士団』と世間では呼ばれている。
そして、ノードはその中の『鉄竜騎士団』に所属していた。
鉄竜騎士団といえば、全てが飛竜を駆る竜騎士で構成されるハミル王国の精鋭中の精鋭集団である。
鉄竜騎士団に所属する以上、当然ノードもまた、竜騎士である──見習いだが。
何故『見習い』の三文字が付いているのか、そこには二つの理由があった。
一つ目は、他ならぬノードの技量、知識不足だ。
ハミル王国では、騎士になる者は、ほぼ必ずハミル王国が運営する、『軍学校』と呼ばれる施設に入学する。
軍学校では学生を寮に入れ、集団生活を学ばせることで集団としての連帯行動を叩き込み、そして戦闘技術や各種知識などを学ばせるのだ。
貴族の中には、跡取りとしてちやほやされて育った者も数多くいる。彼らを一人前の騎士として育て上げるためには、貴族家という狭い社会の中にいるよりも、王国の名の元で、同世代の人間だけを集めて徹底的に鍛え上げる方が良い、とされていた。
入学しない例外は、大領主の跡取りくらいなもので、彼らは自領の騎士団から選抜された歴戦の騎士が傅役となり、各種軍事知識などを貴種教育される。
しかし、それも近年では軍学校での横の繋がり──いわゆる、『同じ釜の飯を食った仲』による強い人脈のために、大貴族でも軍学校に入学させる場合が増えているという。
では、ノードはどうなのかと言えば、フェリス家の財政状況の著しい悪化(原因はなんと親の子沢山!)により、騎士となる道を諦め、軍学校へは入学せずに冒険者になった。
つまり騎士になるための教育は一切(フェリス家での手解きを除き)受けていないのである。
戦闘経験こそ、水晶級冒険者になるだけの冒険の数々で積んでいるものの、盗賊などを除けば魔物の相手が主である冒険者としての経験・知識と、『対人』が主である騎士の経験・知識は、本質が異なる。
それゆえに、とある事情により、鉄竜騎士団への入団が決まったノードには、早急に騎士としての必要知識、そして対人戦闘などの戦闘技能を習得することが求められた。
稀ではあるが、一般的に推奨される軍学校への入学時期よりも、遅れて入学する貴族の子弟というのは存在する。
大体の場合、彼らは跡取りである兄(ついでに言えばその“予備“も)が急死した後に、跡取りとして任ぜられた下の子弟や親戚などである。
なので、冒険者として活動していたとはいえ、僅か一年程度の遅れがあるだけのノードは、軍学校へ入学するという手も無いではなかった。
その選択肢が選ばれることがなく、わざわざ『見習い』竜騎士という立場でノードが鉄竜騎士団に直に所属しているのは、別の理由があった。
それが二つ目の理由である。
ノードは、ちらり、と朝の食事を食べながら、すぐ横の床に座る緑の生き物に視線を向けた。
それは、フェリス家の食堂、大机の下に敷かれた絨毯の上に置かれた給餌皿の中身──スライスされた大きな肉──に、ガツガツと音を立ててかぶりついていた。
その全身には、美しい光沢を備えた深緑の鱗が生え揃っていた。肉を押さえつけているその四肢には、鋭い槍の穂先のような爪が顔を覗かせ、冷たい肉へギッチリと食い込んでいる。
ノードの胴ほどある体長の、尾と同様に伸びた首の先端にある顔は、まだ子供特有のあどけなさが浮かんでいる。しかしその口には、既に肉をブチブチと噛み千切ることが出来るだけの、鋭い牙が鋸刃のように並んでいるのがわかる。
「きゅ?」
視線を感じたのか、一旦食べるのを止め、見上げた幼竜が首をかまげてノードを見詰める。その目はくりくりとしていて可愛げがあり、濡れた眼には爬虫類のような、或いは猫のような縦に裂けた瞳孔を秘めている。だが、その視線には全幅の信頼感こそ感じられど敵意は一切含まれてない。
ノードは、「何でもないよ、食べなさい」と仕草で表すと、緑の幼竜は理解したのか、再び肉と格闘を始めた。
ノードの目の前で旺盛な食欲を見せている、深緑の鱗をもつ幼竜こそが、ノードが見習い騎士となった二つ目の理由だった。
数か月前、ノードはとある事情のために、銀貨二百枚という大金を稼ぐ必要に駆られた。しかし、水晶級冒険者に昇格したばかりのノードには、その大金をまともな手段で稼ぐことは到底不可能と思われた。
それゆえに、ノードは一攫千金を狙い、飛竜の巣へと忍び込み卵を盗み出す計画を立てた。その狙いは様々な困難を経つつも達成された。
だが、肝心の卵を売り払う直前になって、卵から孵化したのがその緑の幼竜──ニュートだった。
卵が孵化してしまい、どうしたものかと立ち尽くすノードだったが、予め相談していた父親に事情を話すと、父親はある一人の壮年の男性を連れ立ってノードの元にやってきた。その男性こそが、ハミル王国最強の竜騎士たちの集まりである鉄竜騎士団の副団長ゴルドウィンであった。
ゴルドウィン副団長は卵から孵化した幼竜が、ノードに懐いているのを確かめ、ノードに対して鉄竜騎士団への入団を命じた。
これは、鉄竜騎士団が飛竜の数(=竜騎士の数)を増やそうとしていたのもあるが、それ以上に幼竜がノードに対してとても懐いていたことに興味を示したのが理由だと、入団後に、ノードはゴルドウィン副団長から教えられていた。
曰く、鉄竜騎士団の飛竜はすべて卵から人の手で孵した飛竜であるのだが、どうしても気性が荒く手懐けるのに多大な苦労を要していた。それは実は幼竜のときでも例外ではない。幼竜であれば力こそ弱いものの、その後身体が大きくなれば抵抗が強くなるのは必至である。それゆえに、鉄竜騎士団では強力な力──それこそ飛竜をも討伐し得る力──をもつ騎士が飛竜が若い頃から世話を担当し、時には餌を与え、時には教育し、時には力で捩じ伏せ、ようやく屈伏させることで飛竜との信頼関係を築くのだという。
それが、なぜかノードが孵化させた飛竜の雛は、まるで親に甘える子供のようにノードへと甘える様子を見せているではないか。
その話を、軍学校の同期である、ノードの父親であるアルバートから聞かされたゴルドウィン副団長は、フェリス家を訪れ、実際に己の眼で見た。
そして、ノードの話を聞き、これは是非とも鉄竜騎士団でその『手管』を研究すべきだ、と考えノードを鉄竜騎士団に入団させたのだと言う。
その後、王国の研究機関に所属する飛竜研究者立ち会いのもとに、ノードは飛竜の巣へと潜った一連の冒険、そしてその顛末をつまびらかに話した。その内容から、どうやら飛竜は卵の中にいる間から母竜の存在、そして“匂い“を認知しているのではないかと推論づけられた。
ノードとそれまでの飛竜飼育に携わった者の違い、それは母竜の“匂い“をもっていたかどうかであり、その後しばらくしてからノードが風呂で匂い──母竜の“糞“の残り──を落としても、幼竜は最初こそ戸惑いを見せたものの、直ぐに目の前の人物が母竜であると認識し直し、再び懐く様子を見せた。
その後も観察は続けられ、何度か風呂に入り、時には消臭作用のある薬草を用いてもなお、ノードに対して親愛の情を見せる幼竜の様子を確認した研究者たちは、こう結論付けた。
『幼竜は、人間であるノードを“親“だと認識している』
この研究報告は、当然王国上層部と鉄竜騎士団にも届けられた。
そしてノードが冒険で偶然得た『手管』は、鉄竜騎士団の在り方にも影響を及ぼすものであり、ひいては国の未来を左右するものとして、その後飛竜の育成も含めて鉄竜騎士団で観察を続けるよう、“上層部“から命令が出たのだという。
それが、ノードが軍学校にも入学せず、鉄竜騎士団に見習い竜騎士として所属している理由であった。
相変わらずプロットとか殆ど無いので、作者にも話の展開が予想できません。
また、以前程の投稿ペースも保証できませんが、それでもよければお付き合い下さい。
久しぶりだから文章の書き方わかんなくなった。