表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧乏貴族ノードの冒険譚  作者: 黒川彰一(zip少輔)
第一章 貧乏貴族ノード
22/63

22 逃避行

本日二話目です。

※お食事中の方は引き続きご注意ください。


 その後、飛竜は巣の中で存分に獲物を食べた後、卵を温め始めたようだった。

 糞の山から視界(と通気穴)を確保した僅かな隙間からその様子をノードはじっと見つめていた。

 王都の飛竜の研究者ならば泣いて喜ぶその様子も、ノードには生きるための観察であった。


 相変わらず危険な状態にいることには間違いは無いが、同時にもっとも卵を狙いやすい場所に潜入したとも言える。

 耐え難い悪臭を除けば、むしろ機会を窺う最高の場所とも言えるかも知れなかった。


 その潜伏場所から観察する飛竜の間近の様子は、決して楽しい暇潰しとはならない。

 音一つ立てられない状況である、というのもあるが単純に動きが少ないからだ。

 卵を温めている飛竜は、時折身動(みじろ)ぎする以外には殆ど動かない。


(暇だな……)


 糞山の中でやれることなどない。

 臭さの余り麻痺し始めた鼻から伝わる悪臭にひたすらノードは耐えた。


(…………!)


 もぞり、身動ぎとは違い大きくドラゴンが動いた。

 何だ?

 そう考えたノードは次の瞬間凍りつく。

 起き上がったドラゴンがノードの方へと近づいて来るではないか。

 ズシン、ズシン、

 一歩歩く毎に凄まじい振動がノードのいる場所にも伝わる。

 何だ!? バレたのか?

 ドッと全身から汗が吹き出る心地がした。

 体温が上がり、そして顔から血の気が引く。


(一か八か戦うか……無謀だ……クソッ嘘だろ!?)


 腰には剣がある。しかしそれを抜いたところで飛竜を倒せるとも思えなかった。

 何が起きた。ひょっとして目があったのか。

 ノードは震えた。それが飛竜の歩く振動なのか、恐怖によるものなのかすらノードにもわからなかった。


 だんだんと飛竜の姿が近づいてくる。

 薄暗闇の中でも鱗の一枚一枚が分かるほどに間近に接近し、


(もう駄目か……姉さん、済まない。父上、母上……!)


 ノードが信仰する神に祈り、そして諦め、姉のハンナ。次いで父、母、他の家族と順に名前を心の中に思い浮かべる。

 ノードの視界に最大まで飛竜が近づく。噛み砕くのか、あるいは押し潰すのか、己の最後をノードが思い浮かべて絶望に染まった次の瞬間。


(…………?)


 クルリ、と飛竜が方向を変える。

 何が起きた。どうした。

 ノードの頭に疑問符が浮かび上がる。


 そしてそれは、


 ボトボト、という音とのし掛かる衝撃で、ノードに何が起きたかを知らしめた。


(は、排泄トイレか……)


 脱力するノード。

 糞塗れになり、その上からさらに新鮮な糞を振りかけられる等屈辱の極みだったが、今のノードにはそんな怒りは微塵も無かった。

 助かった、という気持ちで全身が支配されていた。


§


 それ以降は飛竜には動きらしい動きは無かった。

 ただ身体を丸め、卵を大事そうに抱えた飛竜はその体温で我が子を温め続けた。

 時折身動ぎしたり尾を動かすものの、基本的な姿勢はずっと変わらなかった。


 そして何れくらいの時間が経っただろうか。


 ノードは再び飛竜が大きく動き出したのを察知した。

 排泄物の山から僅かに空いた空間から、飛竜の様子を観察する。

 やがて飛竜は振動を洞穴内に響かせながら、何処かへ向かっていく。

 自分のいる場所からは直ぐに見えなくなったが、音が少しずつ遠ざかることにノードは気が付いた。


(──狩りに行くのか!)


 時計がなく、明かりも殆ど存在しない洞穴内部では時間の感覚に乏しい。

 それでも、ノードは体内の感覚から一日かそれに近い時間が経ったのだと気が付いた。

 飛竜の足音はだんだんと遠ざかり、そして……


 バサバサ、という羽ばたく音が僅かにノードの耳まで届いた。


(これが最後のチャンスだ!!)


 飛竜の飛行速度は速い。

 ノードはこれまでの事前情報に加え、雪山での活動そしてこの一連の危機的状況の経験から、猶予は一時間も無いだろうと見ていた。

 麓を越えた獲物が存在している地域──森か平野かあるいは別か。とにかくそこから戻ってくるまでが勝負だ。

 飛竜は賢い。

 匂いこそ糞によって偽装されるだろうが、卵の数が足りないことには直ぐに気が付く筈だ。

 そうなれば下手人探し──飛竜が雪山を荒れ狂って探し回るのは目に見えている。

 万が一にも飛竜が戻ってこないよう、ノードは慎重にそして迅速に撤収の準備に取り掛かった。


 糞の山から這い出たノードは、グチャグチャに汚れた身体に、腰に結わい付けている道具箱アイテムボックスから取り出した装備を身に付ける。

 それは見た目は赤子を抱える背負い(おんぶ)紐に似ていた。

 事前に用意してきた、卵を保持する道具である。

 素早い作業で卵の一つを確りと結びつけると、それをノードは鎧の上から身に付ける。

 ズシリ、と見た目よりも重い卵の重量がのし掛かる。


(お、重い……鉄か何かで出来てるのか!?)


 卵というよりは、むしろ以前採取した氷精石などの鉱石などの方が比較的近い。そんな重量物をぶら下げながら、ノードは飛竜の巣を後にした。


§


 巣に近づくと、再び風の音が強くなる。

 滑って卵を割らないように、慎重かつ急いで洞穴の外へと出たノードを迎えたのは、強く吹き付ける雪風だった。


「吹雪とは!」


 雪山の天気は完全に崩れていた。

 空は暗く重い雪雲が覆っており、流れの速いそれは視界の果てまで続いている。

 吹雪は止みそうには無いが、モタモタしている時間はなかった。

 これが普通の依頼であれば、天候が回復するまで洞穴で待機するところだが、そんなことをしていれば直ぐに飛竜が帰還してしまう。その時に巣の中にいる所を発見されてしまえば、ノードの運命など論ずるまでもない。

 また、糞便の中に戻るのも選択肢として無かった。

 それは感情的な問題ではなく、体力制限的な問題だった。


 不幸中の幸いで、ノードは難を逃れることに成功したが、おそらく一日近くが経過している。

 その間ノードは、ろくに休息を取ることも出来なかった。

 悪臭の中、身動ぎすら出来ない姿勢のまま待機し、飛竜と同じ空間にいる。肉体的にも精神的にも疲弊しており、加えて食事も摂れていない。


 これが温暖な季節ならば未だしも、極寒の冬の雪山となれば、今のうちに食糧のある休息の出来る場所まで移動しなければ、天候が回復しても下山途中で倒れてしまう可能性は高かった。


 ノードは直ちに行動した。

 幸い、卵を抱えていても装備のお陰で両手両足を動かすことが出来る。

 ノードは汚れた手を手早く雪で洗った後、事前に用意しておいた偽装したロープを掴むと、勢いよく崖下目掛けて山肌を蹴り降りた。


 卵の重量が合わさった体重を支えながら、風に揺れるロープを使い素早く崖を駆け下りる。

 崖を蹴るようにしながら、ロープを少しずつ滑らせ下りる。

 崖を直接掴んで降りるのに比べれば格段に速いその動きも、悪条件が重なればもどかしいほどにゆったりと成らざるを得なかった。


 ようやっとのことで崖の途中、中腹までたどり着いたノードは、そこに隠しておいた背嚢を掴むと崖下へと投げ捨てる。

 中には食糧などが入っており、今後必要になるが、予想以上の重量をみせる卵に加えて、荷物入りの背嚢まで抱えて降りるのは無理だと判断しての行動だった。


 再び崖をロープを使い降下するノード。

 途中風が弱まり、降下の速度を早めることに成功する。

 しかし、それでも崖下に降りる頃には累計ではかなり時間を使っていた。


 近くに埋もれていた背嚢をひっ掴むと、ノードは吹雪の中荷物の中身を取り出した。

 雪靴カンジキだ。

 それを凍りついた飛竜の糞が付着する足へと装備すると、ノードは重量のある卵を抱えながら、背嚢をひっ掴んで敢然と再び強く吹雪だした雪山の道を歩き出した。


§


(くそ……雪靴カンジキを履いていても足が雪にとられる!)


 既に、かなりの時間が経過しているだろうことを、ノードの体内時計は告げていた。

 事前の準備が無ければ、今でも崖にしがみついていただろうが、然りとて事前の想定よりも進捗ペースが遅いことには変わらない。

 このままでは飛竜に発見されることは避けられないだろう、ノードはそう危惧した。


(災難続きだな……何か手は無いか?)


 吹雪によって、飛竜の狩猟が手間取ったり帰還が遅くなることは考えられる。

 しかし、それはあくまでも希望的観測であり、実際はむしろ早く帰ってくることだって有り得る。

 飛竜が事態(侵入者)に気が付くまで残された時間は少ない。

 その間にどうするかを考えなければならない。


 最良は麓までたどり着いてしまうことだ。麓には偽装した野営地もあるから、持ち込んでおいた物資を使って体力を回復させればよい。

 その後は飛竜に見付かりにくい時間を見計らい、迎えの馬車との合流点まで移動すればよい。

 問題はどうやって麓まで移動するかだ。重い雪に足をとられ、背嚢に準備しておいた歩行棒ステッキを使ってもノロノロとした歩みにしかならない。

 徒歩では丸一日使ってもたどり着け無いだろう。


 次点は何処かで休息を採ることだ。

 幸いにも背嚢の中には道具を用意している。

 雪を掘り、雪洞を作れば風の影響は最小限だ。食糧もあるから、休息が取れる。

 この案の問題は、移動が出来ない、ということだ。

 吹雪がいずれ止めば移動もしやすくなるが、同時に飛竜からも発見されやすくなるだろう。

 それを回避するには飛竜が卵を諦めるまで待つ必要があるが、どれくらいの間に飛竜が探し回るか分からない、ということだ。


 現在地は飛竜の巣から余り離れることが出来ていない。

 麓ならば未だしも、我が子を探す飛竜は、巣の周辺くらいは飛び回るのではないだろうか。

 

 仮にだが、もし一週間の間飛竜が卵を探し回るなら、その時点でノードの帰還は絶望的になる。

 背嚢の中の食糧はもって三日だからだ。

 周囲が雪に閉ざされた場所では狩猟による食糧調達など望めない。


(せめてもっと先まで移動してからなら可能性は高まるか……いや、同じことだ!)


 その移動手段が問題なのである。

 せめて飛竜の行動を読めれば、とノードは考えたが、生憎その情報は革の手帳(ぼうけんのしょ)には記載されていなかった。

 王都の冒険者の中に、卵泥棒を成功させた者が居なかったのだ。

 王都で飛竜の卵を手に入れた経験のある冒険者は、皆白銀級冒険者(シルバー)以上だった。彼らは「飛竜をぶっ殺してから持って帰ったから分からない」という最優秀な解答をノードにくれた。

 それが出来れば苦労はしなかった。


(くっそー! アイツら何杯も酒杯エールを要求したくせに……! いや、価値ある情報だったけど)


 実際、彼等の持つ冒険者としての経験談は非常に為になり、そして面白い物が多かった。問題は実力差が有りすぎてノードにはその手段で実現することが不可能だということである。


 そうこうしている間にも刻々と時間は過ぎている。

 恐らく既に四半刻は過ぎているはずだ。残り半分も無いだろう。その間に行動方針を考えなければならない。


 問題は移動なのだ。

 どのみち飛竜の巣からは離れる必要がある。

 麓で時間を過ごすか、出来るだけ移動して雪洞避難ビバークするか、どちらか。

 巣からは離れるほど発見される可能性は下がるから、移動のための方法が必要になる。


(移動……移動……移動……そうだ!)


 吹雪の中、引き摺るように雪の中を行軍するノードは、頭の中の記憶を引っ張り出していた。

 この吹雪の中で手帳の中身を確認する余裕はない。

 その中で、かつて聞いた知識の中に思い当たるものがあった。


滑雪スキー


 そう呼ばれるものだ。

 北方の国で使われるというその技術は、ノードが今利用する雪靴カンジキのように細長い板を取り付けるのだという。

 雪靴カンジキと同じで足が雪に沈まないようにするのは勿論、板が雪の上を滑るので、斜面を高速で移動できるという。


 ハミル王国は北部は雪に閉ざされる。

 それゆえそういった道具の研究は、北方の騎士団がしているらしく、その流れなのだろう。父と兄がフェリス家で話しているのを聞いたことがあった。


(これだ……! そうだこの方法なら移動できる!)


 ようはそりみたいなものだ。

 これならば下り斜面である帰路は滑り降りて大幅に時間を短縮出来る。

 幸い雪靴カンジキがあるから、板を靴に取り付けることは容易だろう。


(よし、そうとなれば滑雪スキー板を作らなければ、板の材料を……材料を……)


 ノードは良い考えだと思ったそれは、直ぐに別の問題へと直面した。

 材料が無かったのである。

 辺り一面雪に覆われている。枯れ木すら見当たらない。

 こんな状況でどうやって板を作れるというのだろうか。

 ノードは一瞬ではあるが希望を持てたがために、落差で絶望をも一瞬にして味わった。


 こんな簡単な問題にも気付かないとは。

 ノードは自嘲した。

 普段ならば簡単に気付いただろうに、余程己は疲れているのだろう。

 何せ丸一日は飛竜の巣の中である。それ以前も崖を上ったり、縄をかけたりと作業ばかりだ。

 それに加えて体温も下がっていることも関係しているだろう。


 食事も休息も取っていない。さらにはこの吹雪だ。

 吹き付ける風は極寒で、瞬く間に対象の熱を奪い、凍り付かせる。

 それはノードが身に纏う装備も例外ではなく、


(さっきから歩きにくいと思ったら、飛竜の糞便が凍りついてやがる)


 飛竜の巣で潜りこんだ時に全身にまみれた飛竜の糞が凍っていた。鎧を動かす度に付着した氷の糞が風に飛び散る。


(うお、外套とか完全に凍ってる、もうこりゃ板だな)


 特に一番糞尿と触れただろう、ノードの身を飛竜の糞から(ある程度)守っていた外套は、一日の間に水分を含んでいたのかカチコチに凍りついて柔らかさを失っていた。

 まるでのように固くなり、その性質を変えていた。


(…………!)


 再び、ノードの頭に素晴らしい天啓アイデアが降りてきた。



§



 ガタゴトと揺れる馬車の中にノードはいた。


 飛竜の巣からの脱出後、逃避行を続けるノードは、急いで魔石竃コンロで湯を沸かした。

 その湯で一度外套を解凍し、真っ二つに裂き、たっぷりと水分を含ませた。形を整えられたそれが極寒の吹雪に晒されると、あっという間に凍りついた。

 そうなるとあとは早かった。

 雪靴カンジキを使って即席の滑雪スキー板を取り付けたノードは、卵を抱えて斜面を滑走した。

 運も味方したか、吹雪も直後に弱まり、視界が多少良好になる。


 登りの道で長い時間をかけて苦労した雪山の斜面は、滑り落ちればあっという間だった。

 この滑雪スキーというのは凄いもので、ノードは歩行棒ステッキなどを利用して、自在に曲がることも出来た。

 山の壁面に激突しないよう、いざとなれば卵を守るように抱えて、剣を使って制動ブレーキを掛けようと思っていたノードだが、その心配はいらなかった。

 ノードは直ぐに体重移動で動きを制御するようになり、はじめは平地での歩行程度だった速度は、走るよりも速くなる。


 丁度、ノードが山の麓まで滑り降りた時に、雪山中に飛竜の怒声が響き渡った。

 その激しさといったら、雪山が崩れ落ちる程であり、轟音と共に流れ落ちる雪の濁流は、氷の精や雪巨人スノーゴーレムをも呑み込んで麓の森にまでたどり着き、木々を粉砕していった。


 野営地は離れたところにあり、ノードは既にそこまでたどり着いていたから無事だったが、あのまま雪山を徒歩で移動したり、雪中避難ビバークしていたら惨事になっていたところだった。

 その後、飛竜は一週間ものあいだ卵を盗んだ下手人を探し求めていた。

 常に飛び回るわけではないが、明らかに狩猟以外を目的に雪山を飛び回っていた。

 ノードは野営地で暖かい食事と休みをとったが、流石に風呂には入ることが出来ず、簡易的に身体と鎧とを拭き取ることしか出来ない。

 それでも匂いは大分マシになった。(とノードは思う)


 そしてその後、卵を諦めたのか、普段通りの行動になった飛竜を尻目にノードは雪山地帯を後にした。

 近くの町で金を払い、王都行きの馬車に乗り込むとノードはようやくのことで王都への帰路についた。

 馬車は多く金額を支払うことで貸し切り(チャーター)することが出来た。ノードは無駄な出費は嫌っていたが、卵をいち早く持ち帰る以上致し方のないことだった。


 ノードは馬車に揺れながら、大事に抱える飛竜の卵を見る。

 この卵を入手するために、何だかんだ一月以上の時間をかけていた。

 厳冬期の雪山は厳しく、命の危険もあれば想定外の事態もあり、そしてそれを乗り越えることでノードは自分自身がより一段と成長したように思った。


 今回の飛竜の卵を採取するために、情報を聞き出し、様々な道具を用意し、そして使った。

 出費もかなりの額になったが、十分すぎるリターンを得た。


 ノードは改めて卵を観察した。

 飛竜の巣内部では、薄暗くそして吹雪の下ではよく見えなかったその外見は、黒というよりは灰色に近い。

 暗灰色といったところか。

 表面はつるつるしているが、滑りやすいということはない。

 しかしかなり重いため、ノードは揺れに対する工夫としてそのままおんぶ紐の装備を利用することにした。


「やれやれ、しかしおまえには苦労したよ」


 ノードは飛竜の巣から逃げ出してからのここ最近の暮らしを思い出す。

 無事に飛竜の捜索を撒くことに成功したノードだが、野営地での生活は物資こそしっかりしていたものの、あるミスによりノードは自ら快適な野営生活を失ってしまった。

 それは飛竜の卵をどう保管するかである。ノードは盗みだすことは計画としてしっかり物資から作戦まで準備しておいたが、重い卵をどう保管するかは考えていなかったのである。

 珍しく準備に失敗したノードは、地べたに卵を置く訳にも行かず、何だかんだでずっとおんぶ紐を使い固定することにした。

 他の動物や魔物などが卵を狙う可能性が残っていたため、結局ノードはずっと身体に抱える羽目になったのである。

 寝返りや転けて卵を潰さないか心配でノードは細心の注意を払いながら過ごした。

 そして飛竜が諦めたのを確認すると、近くの町まで移動した。当然卵を抱えながら。

 町で馬車に乗り、こうして王都へ向かう途中も、飛竜の卵を抱えたままだ。


 だがその苦労ももうすぐ終わる。

 王都へ帰還したら、この飛竜の卵を鉄竜騎士団へと売り飛ばすのだ。その代価を受け取り、フェリス家は借金を返済する。

 それでも全額にはならないのが恐ろしい。

 ノードはある意味で飛竜以上に恐ろしい『利子』という魔物に恐怖を抱いた。


「この重さもお別れだと思うと少々名残惜し……!?」


 冗談半分にそう呟き、卵の表面に視線を落とす。

 そこでノードは思わず目を疑った。


「罅が……!?」


 何処かで落としたか。或いはなにかぶつけたか。

 飛竜の卵は高額だが、それは当然正常なものに限る。

 腐ったりすれば価値はないし、ちゃんと生きた卵だとしても罅があればそれを理由に値引きされるかもしれない。


 ノードにとって目の前の卵は最後の希望なのだ。

 いや、飛竜の巣に行けばまだ四つほど残ってはいたが、流石のノードも怒り狂う飛竜の巣へと再び潜入する気は起きなかった。


「くそ、何かで補強出来ないか!?」


 せめて卵の被害を軽減しようとノードは考える。しかし持ち込んだ荷物と言えば、あとは背嚢くらいなものだ。

 その中に使えそうなものはノードの記憶の限りなかった。


「あと少しで王都なのに……!?」


 再びの驚愕がノードを襲う。

 僅かに、暗灰色に染まった卵の表面に入った罅。

 それは卵を抱えるノードの目の前で更に広がっていくではないか。

 何が起きてる。

 考える間にも罅は大きくなり、やがて亀裂に化した。

 それが何を意味するのかようやっとのことで再起動を遂げたノードの頭脳が正解を導き出すと同時に、


 ソレ(・・)は産声を上げた。


「きゅぅ~」


 皺くちゃの鱗も生え揃っていないそれは、頭に卵の殻を乗せたまま、眩しそうにして瞼を開いた。

 その瞳にはまず初めにノードの驚愕した表情を捉え──そして吸い込んだ息に、卵の中にいたときから知っていた『匂い』を嗅ぎとって、安心したように飛竜の雛(・・・・)はノードの胸元へと頬を摩り寄せた。

飛竜の巣から帰還ですね。

今回は割りと難産でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ドラゴンナイトいぇーい? これは臭いが似てる家族ならとかそういう? いやでもまだ主人公からママの糞便の臭いがしてるとしたら……うーんこれはわかりませんね。
[気になる点] インプリンティング済み飛竜の雛は売れるのだろうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ