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貧乏貴族ノードの冒険譚  作者: 黒川彰一(zip少輔)
第一章 貧乏貴族ノード
21/63

21 飛竜の巣

連続投稿。

本日は二話投稿します。続きは18:00を予定しています。


※汚い話が含まれるので、お食事中の方は次話も含めてお気をつけ下さい。


「聞きたいことがあるんだが」

「あん? なんだ小僧ボウズか、何だ?」


 冒険者ギルドの酒場にて、ノードは熟練の冒険者たちに情報収集を開始していた。代価は何時もの(エール)である。


「この前飛竜に出会ってな、対策なんかを知りたいのだが」

「ほう、そりゃ災難だったな。いいか、あいつらは……」


「貴方の武勇伝について聞かせて欲しいのだが」

「ふふん、まあ仕方がないな。何れがいい? そうか飛竜か! あれはだな……」


「雪山の魔物について教えてくれないか」

「あん? そうだな、そろそろ雪巨人スノーゴーレムが現れる頃だな。」


「この前、飛竜に襲われたと聞いたが、どうやって逃げたんだ?」

「あ、そりゃあ、お前決まってるだろうよ……」


 酒精アルコールに口の回りが良くなった彼ら冒険者よっぱらいたちは、ノードの求める情報を次々と提供してくれる。

 その対象は多岐に渡る。

 赤銅級冒険者ブロンズ黒鉄級冒険者アイアン白銀級冒険者シルバー。飛竜との交戦や戦闘だけではなく、どうやって生き延びたか、若しくは出し抜いたか。様々な観点から対象についての情報を得る。


 飛竜の弱点は何処か。

 飛竜の生態はどうか。

 飛竜の行動規則、習性は何か。

 仕草、場所、餌、五感、天敵、好悪、繁殖、危険、安全、弱点──。


「ふむ……」


 パタリ、と情報が書き込まれた革の手帳(ぼうけんのしょ)を閉じる。

 そこに記された先人から受け継いだ知識、経験という名の情報たち。

 ノードは暫しの間、瞑目した。

 頭の中に廻る考えを、冷静に整理し計算シミュレートする。


 既に時刻は夜半に近づき、宴会も終わりを告げ、酒場は閑静さを取り戻し始めていた。

 まだいる冒険者たちも、三々五々にそれぞれの宿へと向かい、酒場を後にする。

 酒場は給仕たちがせっせと後片付けに忙しく動き回り、食器を片付け洗う音が広間ホールにも木霊していた。


「……やるか」


 人気の無くなった酒場の灯りに照らされながら、ノードはポツリと一人呟いた。

 その決意の言葉は誰の耳にも聞き届けられることなく、夜の酒場に消えていった。


§


 カツン、岩肌に突き刺さった鉄の嘴先が鋭い音をたてる。

 岩肌の僅かな窪みに引っ掛かったその先端は、ノードの体重を一身に引き受けていた。

 カツン、今度は逆側の腕に吊るした鶴嘴ピッケルで、又もや岩肌の窪みを探して引っ掛ける。


 ピッケルに体重を預け、少しずつ絶壁を登り詰める。

 カツン、もう一度……。

 ノードが左の鶴嘴ピッケルを、再び僅かな窪みに引っ掛け、体重を預けた。瞬間、先端部分が岩を砕いて鶴嘴ピッケルが宙を泳ぐ。

 突然の事態に慌てて右手側だけで全体重を保持、崖から落ちないようにする。

 見えない罅が入っていたか、あるいはそこだけ脆かったのか。

 ガラガラと壁面を音を立てて転がり落ちる石櫟を、ノードは右手一本で崖にぶら下がりながら見つめた。

 落下の音は直ぐに遠ざかり、そして暫くして崖に吹き付ける山風に掻き消された。

「────ふぅ」

 ジットリとした冷や汗が鎧の背中部分、暖熱用の毛皮に染み込むのを感じながら、ノードは深い溜め息をつく。

 今のは危なかった、と。

 崖下へと消えた岩石は、その果てである雪原へと落着して、大きな孔を雪の上へ空けただろう。もし先程ノードが体勢を建て直せなければ、そのまま一緒に落ちて潰れている。いくら雪が柔らかいと云えど、吸収する衝撃には限りがある。

 ノードは白く吐き出される呼吸を何度か繰り返した後、再び両腕に力を込め、鶴嘴ピッケルを断崖へと突き立て、登り始めた。

 

 登り始めてから何れくらいの時間が経っただろうか。

 漸くのことで崖の中腹、開けた身体を休める場所へと辿り着いた。

 這うようにしてノードは身体をその場所へと引き摺り上げた。

 全身──特に両腕が酷く疲れている。

 ノードは小一時間振りに腰を雪の上に降ろした。

 荒い呼吸を整える。山頂付近では、低地よりも空気が薄い。息を吸おうと深呼吸を繰り返すよりも、呼吸を整える方が効果が高いことをノードは知っていた。

 

 身体の制御に意識を集中させたノードは、そこで自分の身体が思ったよりも冷えていることに気が付く。

 崖のように切り立った山肌には、容赦なく上空からの極寒の冷気が吹き付ける。

 いくら雪山での対策を施した暖熱を考慮した冬季用の装備とはいえ、体温が奪われるのは必至だった。


 ノードは背嚢に入れた荷物の中から、栄養補給のために食糧を取り出す。

 小鍋を小型の携帯竈コンロにセットし、雪を溶かす。

 節約の為に薪を使いたいが、崖の中腹には木は生えていないので、持ち込んだ魔石を燃料に火を熾した。

 雪山では雪はいくらでも入手できるが、液体のままの水は貴重品だ。雪や氷は体温で溶かそうとすると、著しく体力を消耗する。ゆえに雪山での活動には、魔石を用いた携帯竈コンロは必需品だった。

 コポコポと、小鍋の中で溶かした雪が水となりそしてお湯が沸く。白く勢い良く湯気をたてる鍋には茶葉を投入済みだ。

 小袋の中に茶葉が入った茶袋を、二度三度泳がせれば、暖かな茶が入った。

 携帯食糧として持ち込んだ乾パンを、お茶にふやかして腹に納める。熱量カロリーを考えて甘い煮蜜ジャムが入っており、舌を刺激する甘さが脳にまで届く。

 茶も冷めない間にゴクリと飲み干すと、口、食道と通ったそれは胃の中へと落とし込まれる。じわり、と身体の中心から暖まり、全身の疲労が和らいだ気がした。


 あっと言う間に栄養補給を済ませたノードは、消化のために暫しの休憩に入った。

 疲労回復も兼ね、寛いだ姿勢で景色を眺める。


 遠く広がる山嶺は雪化粧をまとっている。

 風が吹き、雪を舞い上げ、山の空に雪の華を咲かせている。

 雪原には氷の精霊たちが踊り、雪巨人スノーゴーレムが彷徨している。


 崖の中腹から眺める雪山の景色は、余りにも美しかった。

 出来れば何時までも眺めていたい程の自然の芸術であったが、生憎とノードにはやらなければならないことがあった。

 荷物を身体に固定し直したノードは、再び両腕に鶴嘴ピッケルを携え、冬の山を登り始めた。


 暫くして、とうとう目当ての場所まで辿り着いたノードは、そこで作業を始めた。

 背嚢の中から鉄杭を取り出し、岩肌に打ち付け固定したり、あるいは縄を登ってきた断崖に垂らして行き来をしやすくしたり、他にも様々な道具を取り出した。

 すると今度は、軽くなった背嚢を背負い来た道──つまり崖を降り始めた。麓まで資材を集め、再び崖を登り、また降りる。

 その作業は何日にも及んだ。

 いや、その作業はここだけでは無かった。

 他の崖にも登り、同様に資材を運ぶ。

 それらの行動──工事をひっそりと、独力でノードは進めた。

 時には麓の野営地で、時には崖の上で、時には不眠不休で作業を推し進める。

 途方もない労力の後、ノードはようやく『下準備』が整ったと思った。

 

§


 酒場での情報収集の結果。

 ノードは計画──つまり『飛竜の卵を盗む』のが可能である、と判断した。

 勿論数々の困難が待ち受けていることが予想された。

 しかし、それらも加味した上でノードはやれると判断していた。


 まず手始めにノードは、飛竜のいる場所──巣のある場所について詳しく調査した。そして必要だと思われる物資その他諸々を購入。それらの購入金額はかなりの金額に上ったが、まさか飛竜相手に必要な道具を節制なめぷするわけにもいかず、ノードは大枚叩いてそれらの準備を整えた。


 飛竜は標高高い険しい山の頂上などに巣を作る。

 これは大空を飛び回れる飛竜には移動には不便ではなく、そして天敵からは狙われにくいからだと考えられる。

 天敵──竜である飛竜の天敵とは何か、答えは簡単で肉食の小型~中型の魔物である。

 成体ならばいざ知らず、いくら竜種とはいえ幼竜の間やそれこそ卵の間は敵わない。

 それゆえ天敵が近寄ることの無い場所に巣を構えるのである。


 その飛竜の巣はイルヴァ大陸の各地に存在するが、ノードはその中でも一番近い雪山を選ぶことにした。

 これは消去法に近い選択であった。

 他の巣があるとされる場所は遠すぎたり、強力な魔物が跳梁跋扈する秘境であったり、そして多くに共通することとして、周辺の環境などを全く知らない場所だったからだ。


 もっともこれは、以前に活動したことのある地域エリアといえば低級冒険者向けの依頼が出される場所であり、そんな場所に飛竜がいるわけ無いので当たり前なのだが。

 例外が、冬季に入り何度か出入りしている雪山地帯というわけだ。

 ここは冬は雪に閉ざされる極寒の大地であるが、冬が過ぎて春が訪れれば、山の麓は雪解け水によって緑が生い茂る豊かな土壌だ。

 その草木を食べる草食動物などを、この雪山地帯に居を構える飛竜は餌としているのだ。


 そしてその冬の環境が、ノードは味方になると考えた。

 飛竜の生態、その子育てに関しての情報であったが、その中には擁卵期の活動についての情報もあった。


 それによれば、飛竜は一日中卵を温め続けるだけではなく、一日のうち一度は狩猟に出かけるという。以前ノードが雪山で見かけた飛竜は、外へ狩猟をしに出掛けていたのだろう。

 つまり周辺に獲物が少ない雪山であれば、狩猟にかかる時間は比較的多くあるのではないかとノードは考えたのだ。

 当然、巣を空けている間は卵を盗み出すチャンスである。


 上手く行けば、飛竜と遭遇することなく、卵を盗み出せるかもしれない。

 そんなことを、王都に居たときのノードは考えていた。



§


 寒さが支配し、生命の気配が殊更に薄くなる冬の季節は、山の麓までもが雪の世界へと変貌する。

 春になれば緑豊かな大地が姿を見せて、様々な生命が萌ゆる場所でさえも、今は静寂の中で雪解けの季節を待つだけだ。


 その雪山、山頂付近。

 大きな洞穴の中にノードは居た。


 風が吹き込み、吹き込んだ雪の道が入り口奥まで続いている。

 崖登り(ロッククライミング)をして、飛竜の巣穴のその手前までノードはやって来たのである。


 雪山地帯に入ってから、飛竜の姿は何度も見かけた。

 その度にノードは見つからないように遣り過ごすため、行動の制限を受けたが、その経験から飛竜の狩猟の間隔が何となく把握出来ていた。

 そしてその経験によれば今は狩猟に出掛けている時間帯の筈だった。


 飛竜に見つからないように、雪山の各所に取り付けた迅速に移動するための縄を伝い、スルスルと手慣れた手付きで風洞の入り口へと移動する。

 目立たないよう偽装されたそれは、冬山の景色に溶け込んでいる。ノードのように場所について把握していなければ近くで見ないと発見出来ないだろう。


 洞穴の入り口から、壁際に手を沿わせるようにして、ノードは奥へ奥へと歩いていった。

 ソロリソロリと足音を立てないように忍び足で侵入すると、やがて風の音が遠くなった。


 雪の白化粧が施されていない洞穴の地面を慎重に歩く。

 音が反響しないよう、そして雪の無い洞窟内で滑らないよう細心の注意を払いながら、移動する。

 今回の依頼のために、音消しの改造が随所に施された鎧は、その効果を発揮してノードの隠密を妨げなかった。


(…………いないか?)


 吹き込む風の音で明瞭には判別出来ないが、洞穴内部からは大きな音──飛竜の足音や鳴き声などは聞こえない。

 時折耳を傍立てるようにして内部の情報を探りながらも、ノードは奥へ奥へと進む。


(……意外と明るいな)


 やがて、ノードは大きな空間に出た。


 洞穴の中だというのに意外と明るいその場所には、よく見ると天蓋の一部に穴が開いていた。そこから陽の光が僅かに射し込んでいるらしい。とはいえ穴はそれほど大きくなく、風の関係もあり内部に雪は降り積もってはいない。

 さらに、洞穴内部は意外にも暖かかった。

 風の吹き込まない洞穴奥は、雪竈かまくらのようになっているのだろう。

 内部の熱を逃がさない構造となっているようだ。


 そして、ノードはその洞穴内部をそっと覗き込む。

 明るい、といってもあくまでまっ暗闇ではないというだけだ。

 洞穴の大部分は影に覆われ、見通しは悪い。


 それでも、洞穴──巣の中に、飛竜の姿は見えないことは確認できた。


(──っ良し!!)


 ノードは内心快哉を叫んだ。

 入念な下準備が功を奏しているのだと。

 飛竜がいなければ、あとは卵を盗むだけである。


(よし今のうちに……卵は何処だ……?)


 洞穴の中は、光は射し込んでいるが薄暗い。

 一見して卵のある場所を見つけることは出来ず、ノードは巣の中を探索した。

 卵の在りかをノードは探す。

 餌の喰い残し、散らばった骨、洞穴壁面から崩れた瓦礫。

 だが、中々卵は見つからない。


(くそっ……早くしないと……ん、何だ?)


 その最中、ノードは床に落ちていたある物に気を取られた。

 それは薄闇の中でも目立って白く、雪かと思ったほどだ。

 

(雪? いや、これは……剣か? 何故ここに、ってうわっ!?)


 何だろうか、正体を見極めるべく目を細ませ、顔を近付けようとしたノードは、それが冒険者が扱う剣の鋼の輝きだと気が付いたと同時に、何かに足を取られて転けた。

 グチャッ

 そんな音が僅かに主のいない洞穴に響く。


(いつつ……何だ? 濡れてる……?)


 ズルリ、と滑ったノードは尻餅を着くように洞穴の床へと腰を打ち付ける格好になった。だが地面が柔らかく衝撃は強くなかった。

 支えるように地面についた掌からは泥のような感触がした。

 一体何が起きたのかと、手に付着したものを確かめようとノードは顔に近づけた。


 !!!


 ノードは直ぐにその正体に気がついた。同時に何故剣が落ちていたのかの理由にもだ。


(く、臭い……! これは飛竜の糞か!!)


 洞穴の外に比べれば暖かい洞穴内部ではあるが、季節に相応しく気温は低い。それゆえ臭気が余り立たなかったのだろう。

 また喰い残しなどが腐敗した匂いに紛れていたのもあるかもしれない。


 ノードが今いる場所は、一言で言えば飛竜の肥溜め(トイレ)なのだろう。段々と暗闇に慣れてきたノードの視界は、何となく周囲が茶色がかっていることにも気が付いた。

 

 ノードは何とも言えない気持ちで地面から立ち上がった。

 感触から言って、ノードの全身は糞に塗れているだろう。

 ノードとて冒険者として泥や血に塗れる汚い思いはしたことはあったが、糞便に塗れた経験は初めてであった。

 剣は、おそらくだが飛竜に挑んだ(或いは襲われた)冒険者のものだろう。消化されずに排泄されたのだ。この分であれば、ノードが倒れ込んだ糞溜まり──ノードの背丈ほどには積み重なっている──の中には、ギルドカードなども有るのかもしれない。

 力尽きて倒れ付した冒険者のギルドカードを回収するのは、冒険者としての流儀の一つであったが、流石のノードにも現状で糞に手を突っ込み、漁る気は起きなかった。


(……早く卵を見つけて帰ろう)


 すっかり意気消沈したノードだが、直ぐに自分のすべきことを思いだした。そう、飛竜の卵である。


(どこだどこだ……! あれか!)


 探索を続けると、漸くのことで卵を発見する。

 木の皮だろうか、解した繊維状の素材が鳥の巣のように集められ、そこに丸っこい卵が五つほど集められている。

 飛竜の卵の殻は濃い色をしており、影に溶け込んで見付けづらくなっていた。成人男性の頭部よりも大きいそれは、両手で抱えなければ保持出来ないであろう重量を秘めていることが見とれる。


(やっと見つけたか。なら早くコイツを……!)


 不意に、卵に近づこうとしたノードの耳に、不吉を知らせる音が届いた。ノードは凍ったように身体の動きを止めた。

 勘違いか──ではない!

 ズシン、微かな振動を伴うその音の正体は──。


(──飛竜!!)


 洞穴の主の帰還を知らせるものだった。


§


(どうするどうするどうする──!?)


 探索に時間をかけすぎたか、それとも帰還が早すぎるのか。はたまた運が悪かったのか。

 理由はどうあれノードが絶体絶命の危機ピンチに陥ったのは間違いがない。

 洞穴は出入口が一つしかない。

 天蓋には穴があり、成人が通れるほどの大きさはあるが、到底登れるような高さではない。それ以前にそんな時間的猶予があるとも思えなかった。

 先程ノードが捕らえた音と振動は、洞穴入り口に飛竜が降り立った音だろう。

 洞穴の道は然程長くはない。直ぐに巣の中に飛竜が戻ってくる。


 出入口に向かう──否!

 立ち向かって戦う──否、否!!

 全てを諦める──絶対、否!!!!


 今まで直面した全ての中でも超特大。かつて無いほどの生命の危機に瀕していることを理解したノードの頭脳は、僅かな時間で数々の方針プランを立てては却下。導き出された答えは──


(──隠れるしかない!!)


 隠蔽ステルス──その行動を選択したノードに待つ次の問題は『何処に』であった。

 森林ならば草木の影に。岩山ならば岩影に。海岸であっても流木などに隠れられる。

 しかしここは生憎飛竜の巣であった。

 隠れられる場所など──


(──彼処あそこだ!!)


 ノードは、思い付いた次の瞬間にその行動を選択した。

 迷い無く、躊躇無く。迅速に、飛び込んだ。


 ブチュリ。


 洞穴の中に、濡れたような音が僅かに響いた。


§


「──?」


 洞穴では僅かに聞こえる風の音だけが主を出迎えた。

 数筋の光が射し込む他には何も無い薄暗い空間。

 地上には数多いる有象無象も、この天外領域までは侵入出来ない。そう、大空を自由に飛び舞う翼を持つ自分ひりゅうたち以外には。

 しかし、それでも何か違和感を感じ取った飛竜は、違和感の正体を感じ取ろうと二度三度首を振り、洞穴の中の様子を観察した。

 スンスン、飛竜の竜鱗に覆われた鼻腔が、匂いを嗅ぎ取ろうと膨らむ。

 それでも違和感の正体は分からない。

 もう一度だけ、ぐるりと首を回して洞穴内部を見渡す。


 今度は違和感は感じなかった。


 飛竜は吸い込んだ息を吐き出すと、気を取り直して洞窟の奥へと進んだ。


──勘違いか、或いはまたあのキラキラ煩い氷の精が悪戯に忍び込んだか。


 冬の間は極寒に閉ざされ、飛竜以外には辿り着けない高所にあるこの洞穴には、卵を狙う不届き物は近づくことが出来ない。

 そのため飛竜は己の卵を孵し育てる巣としてこの雪山の洞穴を選んでいた。

 しかし、例外として稀にではあるが巣の中に入り込む者がいた。それが冒険者ニンゲンと氷の精だった。

 忌々しいことに愛する我が子(タマゴ)を盗もうとするその愚か者を、飛竜は例外無く八つ裂きにして喰い殺すことにしていた。

 しかし洞窟の内部には冒険者ニンゲンの匂いは存在していなかった。例え隠れていようとも、鋭敏な飛竜の嗅覚は汗などの匂いを嗅ぎ付ける。その嗅覚は、巣の中には自分の匂いしかないと告げていた。

 

 氷の精は、冬の間に寒いところならば何処にでも現れる。

 それはこの雪山の頂上付近にある、断崖絶壁に位置する洞穴も例外ではない。

 魔力の塊であり、全く喰い応えのないその魔法生物を、飛竜は何度か巣の中で見かけた。

 

 悪戯ちょっかいをかけてくるその存在が洞穴内部に侵入することに、飛竜は内心苛立っていたがどうにもならなかった。

 この洞穴に住み着いてしばらく経ってからは、奴等はこの洞穴に響く風のような自然現象だと思い込むことにした。

 卵が孵ったあとの幼竜こどもたちなどは、むしろあのキラキラが気になるらしく喜んでいるようだったが。


 かつて育てた我が子のことを思い出し、飛竜は僅かに眦を緩ませた。

 彼らは既に大きくなり巣立った後であるが、今温めているこどもも同じように立派に育て上げなければならない。

 ならば今やるべきことはただ一つだ。

 そう飛竜は考え、狩ってきた獲物をガツガツと啄み始めた。


§


 その様子を、ノードは隠れられる場所──飛竜の糞の山の中から音として聴いていた。

 上手いこと外套を利用し糞の中に潜り込んでも呼吸は出来るように隙間を上手く作れた。

 卵のある場所からは遠い飛竜の糞溜まり(トイレ)は薄暗く、視界でもそうそう見付かることはない。

 ノードの匂いに関しても、全身に纏った飛竜の薫り(悪臭)により、掻き消されているようだった。

 飛竜が獲物をガツガツと食べ始めたときなど、ノードはホッと溜め息をついたくらいだ。


(しかし……)


 ノードはなんとか九死に一生を得たことで、落ち着き冷静になった頭で考えた。


(ひょっとして、ずっとこのままなのか……)


 ノードは充満する悪臭に吐きそうになるのを必死に耐えていた。

 洞窟の中には、未だ飛竜が活動する音が響き渡っていた。

汚物(う○こ)級冒険者ノード君爆誕!


エルザ離脱させたのは関係ないのですが、エルザよ、徒党パーティー離脱してホンと良かったな……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 死ぬより汚物まみれの方がいい。 冒険者の道を選んで良かった。 [一言] 飛竜が眠って不意打ちの一撃を入れられても多分勝てないんだろうな。
[良い点] ノードは小一時間振りに腰を雪の上に降ろした。  荒い呼吸を整える。山頂付近、低地よりも薄くなった場所では空気が薄い。息を吸おうと深呼吸を繰り返すよりも、呼吸を整える方が効果が高いことをノ…
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