19 水晶級冒険者《クリスタル》
「そっちいったわ!!」
「任せろ!」
山中にエルザの声が響いた。
と、同時に。それまでエルザが相手取っていた魔物の狙いがノードへと変化し、その巨体がノードへ肉薄する。
見た目は熊そのものだ。
全身を深い剛毛が覆い、その毛皮の下には暴力的な筋肉の塊を秘めている。
しかしその双眸は血に染まったように紅い色をしている。
『暴大熊』の特徴だった。
暴大熊は普段は温厚な性質を見せるが、何かの切っ掛けがあるとその目を怒りに紅く染まらせ、周囲を暴れ回る生態を持っている。
目の前の暴大熊は、理由は知らないが眼を真っ赤に染め上げ暴れ回り、そしてその退治を冒険者ギルドに依頼された個体だった。
──バキバキッ!
暴大熊の振り回すような豪腕の一撃を、盾を使った防御術の一種──攻勢防御で受け流す。
盾表面が暴大熊の前腕に接触すると、まるでその盾の表面、流麗な鱗の上を滑ったかのように、暴大熊の力の向きは横へと逸れる。
見当違いの向きに放たれた暴虐の一撃は、ノードの胴程もある枯木を容易く粉砕した。
攻撃の後には隙が出来る。それが怒りに支配された魔物の大振りであれば尚更だ。
ノードは盾で受け流すと同時に暴大熊へと剣を振るった。
ヒュイン、と鋭く風を切り裂く音と共に、暴大熊の体に一筋の線が走る。
暴大熊は怒りに支配されると体毛が針金のような硬さを持つ。その強靭な毛皮の抵抗を、ノードの振るった刃は物ともせずに切り裂いた。
翆に輝く刃を持つ翆玉鋼の剣身だ。
海底深くから宝蛸の手によりもたらされたその鋼は、ノードの愛用の剣を強化し、新たな力となってその利き腕に力強く存在感を示していた。
振り抜いた後、遅れて毛皮の下から吹き出るように血が飛び出す。
怒りに真っ赤に染まった思考の中に、痛みという新たな怒りの要因が追加されて暴大熊がさらに勢いよく暴れ出す。
「グオオォォ──ッ!!」
地を揺るがすような大音響の雄叫びが冬枯れの山中へと木霊する。駆け出しの冒険者であれば怒声に身を竦め、怯えて動けなくなるそれを、間近で浴びたノードは微動だにしなかった。
「ふんっ!」
むしろその暴大熊の行動を冷静に把握し、隙を見付けては果敢に攻撃を繰り出すほどだった。
「──私も忘れないでね!」
後方から、挟み込むようにしてエルザも槍の一撃を繰り出す。
「グオゥッ!?」
ギョロリ、と暴大熊の眼が蠢き後方のエルザの姿を捉える。
もはや何に怒っているのかすら判らなくなるほどに、全身に怒りを湛えた暴大熊が、その身を捩るような動作を見せる。
再び狙いをエルザに定めようというのだ。
「させるか!」
ノードはその前兆を見逃すことなく盾で暴大熊を殴り付け、剣で切り裂き、そして存在を誇示するように両腕を振り回す。
ギロリ、そのノードの行動──挑発に更に怒りを抱いた暴大熊は、その視線を再びノードへと定め直した。
再度ノードを攻撃し始める暴大熊だったが、ノードはその猛攻を防ぎ、回避し、時には反撃に転じる。ノードに狙いが移っているため、その間エルザは攻撃し放題だった。
怒りにより全身の毛を逆立てた暴大熊だが、全身には手傷を追い傷口からは血を流している。怒りにより血は暫くすれば止まるが、喪った血が戻るわけではない。
──もう少しだな。
戦闘は確実に終焉へと近づいていた。
§
「──はい、これで『暴大熊討伐』の依頼達成となります。お疲れ様でした」
王都の冒険者ギルドの帳場にて、ノードとエルザは依頼達成の報告を行っていた。
依頼書を提出し、戦闘で得た素材の精算。報酬の受け取り、そして──
「「おおっ!!」」
──冒険者ギルドの職員から返却された、ノードとエルザ二人分のギルドカード。
「「これが!」」
その冒険者の情報が刻み込まれた板は、滑りのある石の素材から薄い青い色をした透明な素材──水晶へと変化した物に替わっていた。
ギルドの建物内部の光でも解るその透明感。
決して高価な素材とは言えないが、ただの石ころとは違うその質感。玉石の名の通り、価値あるものと無いものとがごちゃ混ぜになった階位から一頭抜け出した証拠だった。
「おっ! 小僧に嬢ちゃん水晶級冒険者になったのか!」
その水晶級冒険者の証である水晶素材のギルドカードを首から下げ、しげしげと感慨深く眺めていると、顔見知りの年長の冒険者が声を掛けてくる
「何だって!」「やるな」「早いな…」「俺も若い頃は」
「よっしゃ! 今日は祝いだ!」
「駆け出しを抜け出した冒険者に乾杯!」
他にも、その声に反応した周囲の冒険者たち──見知った者も居れば初対面の者もいる──が次々にノードとエルザの周りに集まってくる。
驚くもの、感心するもの、自分の若い頃を勝手に懐かしむもの。各自様々な反応をした後に、誰とは無しに宴会の口実にして騒ぎ出す。
ノードとエルザの名前と共に乾杯の音頭が叫ばれ、そしてそれは直ぐに酒場の喧騒の一部に溶けて消えていった。
「やれやれ……」
「あはは……」
揉みくちゃにされたノードとエルザが漸くといった具合で酒場のテーブルの一席に着く。
祝いごとがあれば何でも酒の肴にしてしまう冒険者たちにとって、後輩の昇格は格好のネタだった。
「自分たちで祝う暇も無かったな」
「ええ、でも悪い気はしなかったわ」
エルザのその言葉に「確かに」とノードも同意する。
子供扱いした年嵩の冒険者に頭を撫でられ、背を叩かれ、肘でド突かれ、エルザに至ってはどさくさ紛れで尻を触られ(下手人は女冒険者だった)、一騒ぎだったが、本気で祝ってくれていた。
ちゃらり、と胸元のギルドカードが鎧に当たって音を立てる。
硬質なその響は心なしか澄んだ音色に聴こえる。
「ようやく水晶級冒険者に成れたわね」
「ああ……」
感慨深そうなその声色に、一にも二にもなく同意する。
そう、自分はなんとか水晶級冒険者へと昇格することが出来たのだと。
冒険者の階級は、最下位の木片級を除き、第一階位の石板級冒険者から始まり最高位の第十階位宝玉級冒険者の十段階に分けられる。
正確には、最高位の宝玉級は未だ誰も就いたことのない階級であるから、第九階位の聖金級冒険者が事実上の最終到達点であるのだが。
それはさておき、水晶級冒険者は下から数えて三番目、第三位階の冒険者でしかない。
未だ続く冒険者の道程の、半分にも達していない階級だ。
しかし、水晶級は石板級、玉石級と続く『石ころ』の中から、『価値のある存在』だと自他共に認められるようになった冒険者が昇格する階級である。
社会的な信用度も、冒険者という荒くれものの集団──控えめに言って山賊や海賊の同類──の中では多少はマシだと認められるようになり、本格的な護衛や貴重な品の配達など、責任ある仕事を任されるようになる。
当然、それに伴う危険や要求される技量も高まるが、同様に報酬も高くなる。
一般的には、水晶級冒険者からが『一人前の冒険者』として認知されていた。
ノードとエルザが徒党を組んでから約半年。
ノードが冒険者になってからはもうじき一年が経とうとしていた。
長いようで、とてつもなく短い月日だった。
一般的には水晶級冒険者まで昇格するのに二~三年はかかると言われている。五年以上かけて昇格する冒険者もいる位である。
そしてまた、水晶級冒険者へと昇格することが叶わずに冒険者を辞める者も、当然いる。
それに比べ、ノードとエルザは順調過ぎる程に順調過ぎると言っても良い位の速度で冒険者としての階級を登っていた。
そこには様々な幸運があったが、その幸運の一つが互いの装備だったろう、とノードは考える。
ノードが身に付ける装備は、以前のものと大きく様相を異にしていた。
皮革を固めて作られた硬革の鎧は、魔物の鱗──それも強靭な魚竜の甲鱗を用いた煌びやかな鱗鎧に。
腰に携えた武器は幼少の砌からの愛剣を強化し、翆玉鋼の刃をもつ剣へと変化していた。
左手に構える盾も、剣を強化した際に出た余剰分の翆玉鋼と、鎧に用いた魚竜の甲鱗から造り上げた複合素材──翆鱗の盾に替わっていた。
エルザの装いも、黒鎧狼の軽鎧に朱色の穂先──紅角獣素材の槍へと変化している。
全身の防御力と攻撃力、そして身に宿す技量。これらは冒険者に成り立てであった一年前とは隔絶したものになっている。
そして何よりも、そのエルザとの出会いが重要だったのだろうとノードは考える。
高い技量と息の合った連携を保てるエルザとの出会い。
それは単に戦力が二倍になった以上のものがあった。
彼女がいたことで岩狼も退治できて、フェリス家の窮状を乗り越えることが出来たし、その後の冒険でも助けられることは多かった。
鎧の素材集めも手伝って貰ったし、何よりこうして無事に水晶級冒険者への昇格を果たすことが出来た。
「──エルザ」
「何?」
注文したエールの杯を片手に、ノードが声をかける。
珍しく、今日はノードも飲む気でいたのだ。
「今まで徒党を組んでくれてありがとう。何度も助けられたよ」
「……ええ」
感慨深く、今までの冒険の出来事に感謝を告げるノードの言葉に、エルザもまた同じ気持ちを抱いた。
今回の暴大熊の討伐依頼──水晶級冒険者への昇格依頼を最後に、ノードとエルザの徒党は解散することが決まっていた。
理由はエルザの個人的な事情で、彼女の故郷へ帰らなければならなくなったのだ。
冒険者の仲間との出会いがあれば、その別れも必然である。
名残惜しさは尽きないが、冒険者として活動していれば、これもまた何れは経験する出来事であった。
「故郷でも元気でやれよ?」
「貴方も怪我しないようにね?」
ノードが杯を掲げる。
エルザもそれに動きを合わせる。
ノードはエルザのことが好きだった。それは異性としての感情ではなく、背中を預けて戦うに足る戦友としてだ。
そしてその気持ちはエルザも同じだったろう。確かめたことはないが、言葉を交わさずとも分かりあえるだけの友情が、二人の間には醸成されていた。
「「水晶級冒険者昇格を祝って……乾杯ッ!!」」
打ち合わせた杯のエールを、一気に飲み干す。
ゴクゴクと、喉を鳴らして流し込むエールの泡が、食道を刺激しながら胃の中へと落ちていく。
「ぷはっ!」
「良い飲みっぷりじゃない!」
口の周りに泡の髭を生やしたノードに、同じく泡の髭をつけたエルザがそう話す。
次のエールの杯を手に取り、再び乾杯の音を打ち鳴らす。
「「互いの新たな門出に……乾杯!!」」
力強く打ち合わされた杯から、中身が宙に舞う。
その後も、夜の酒場では何度も乾杯の音が響き渡った。
§
「ノード」
ノードが水晶級冒険者へと昇格してから少ししてからのことである。
エルザが故郷へと帰り、徒党を解散したノードだったが、冒険者としての活動は当然のように続けていた。
季節は晩秋が過ぎ、ちらちらと雪が降り始めた初冬も半ばへとさしかかっている。
真冬は雪に閉ざされるハミル王国では、降雪という、その特殊な条件下での活動を嫌い活動を春まで休止する冒険者も多く存在している。
しかしながらノードは、競合相手がいない今が稼ぎ時とばかりに依頼を受けていた。
冬場の冒険者の依頼は、魔物の多くが冬眠することもあり、主に採取や配達、護衛等の種類が多くなる。
冬眠しそこねた個体や雪に関係なく活動をする魔物の討伐依頼が出る以外には、氷精霊などの討伐・捕獲依頼など、冬場限定の依頼もある。
しかし、冬場の冒険者活動が初めてであるノードは、エルザが居なくなったこともあり、主に採取の依頼等を請けるよう務めていた。
その日も、冬山に生える霜降草という植物の採取依頼を達成し、一週間振りに家へと戻ってきたところだった。
話し掛けられたノードが声の主へと振り向くと、そこには母親であるマリアがいた。
彼女は貴婦人の衣服に身を包み、鉄棒でも差し込んでいるかのようにピンと伸ばした背筋のままそこに佇んでいた。
「はい、何でしょうか母上」
「お話がありますので、後で私の部屋へといらっしゃい」
居住まいを正して母親であるマリアへとノードが向き合うと、マリアは感情を悟られない声色でそう言った。
「かしこまりました。鎧を脱いで直ぐに伺います」
ノードは言われた通りに自室へ戻ると、武具を自室に置くと手入れも後回しにマリアの部屋へと向かった。
母親に叱られそうな心当たりがあっただろうか、と自分の胸に問いただし疑問を浮かべながら、部屋の扉をノックする。
「ノードです、参りました」
「入りなさい」
許可を得て部屋へと入ると、ノードにも慣れ親しんだ内装が目に入り込んだ。花の意匠が象られた壁紙や彫刻が施された柱のある部屋の見た目は、質実剛健な風情のフェリス家において珍しく華やかな印象を与える。
とはいえ、その他の壺や絵画などが見当たらず、部屋を飾るその他物品も少ないため部屋の中が広い印象を与えている。
産みにして育ての親であるその母親の部屋には、母親の他には誰も居なかった。
もうじき一歳になる双子のクラリッサとクリストファーの姿が部屋の中にいないのは、メイドが面倒を見ているからだろうか。
幼き頃、自室に移るまでは母親の部屋で育てられたノードは、そんなことを考える。
「それで……お話というのは」
「ハンナのことです」
お伺いを立てるように、そろりと話をノードが切り出す。返ってきたのはお叱りの言葉では無かったようだ。
若手の気鋭として冒険者ギルドで名を馳せるノードも、母親の前では母親の雷を怖がる一般的な若者だった。まあ、これは武家の女主人であるマリアが女傑過ぎるのかも知れなかったが。
自分のことではなかったのかと内心胸を撫で下ろしたノードだったが、今度は姉のハンナがどうしたのだろうかと気に掛ける。
ノードは幼少から自分を可愛いがってくれていた姉のハンナを大切に思っていた。
「ハンナに結婚の話が出ているそうです…」
「えっハンナ姉が!?」
それは喜ばしい。そう破顔したノードだが、直ぐに歯切れの悪そうなマリアのいい方が気にかかる。
「母上?」
「………」
問いかけても、母のマリアは沈黙するばかりである。
どうしたのだろうか。ノードはマリアが口を開くのを待った。
しばしの間、沈黙が部屋を支配する。
窓の外から、庭で遊んでいるのだろう弟妹たちの声が微かに聞こえた。
「ハンナの結婚なのですが、話は上手く進んでおりません」
頓挫しかけています。そう言葉を続ける母の表情は、苦悩しているようだった。
「……何故ですか」
ノードは続きを聞くために合いの手を入れた。
この時点でなぜ自分が呼び出されたかは半ば理解出来ていたが、それは次の母親の声で確信へと変化した。
「相手の家族から家の、フェリス家の評判に関して余り良くない評価を得たようです」
息子であるノードに対して、母親としてそう言うのは忸怩たるものがあるのだろう。所々途切れるようにして、マリアは言葉を紡いだ。
ここでいう評判とは、間違いなく借金のことである。
貴族としての歴史の長さや、武名としてはフェリス家は申し分のない存在である。騎士爵でしかないが、三代前には近衛も輩出したフェリス家ならば、余程の高位貴族──伯爵や侯爵などが相手でなければ、まずもって貴族の位としては問題がないのである。
「お相手は?」
「……ハンナが勤めるお家のご友人で、王宮に勤める男爵様です」
まず間違いが無かった。
余りにも子供が多く、その養育費が重なってきたフェリス家は、ここ十年以上の間に借金に次ぐ借金を重ねていた。
以前にはもうこれ以上追加の借り入れが出来ない、というところまで来ていたほどである。
その事情は少し調べれば容易く判ることであり、それはフェリス家の醜聞と言わざるを得ない。
最近では兄姉そして他ならぬノードの働きで、家計が黒字に転換し、僅かずつであるが借金の返済を進めることが出来るようになってきた。
時間はかかるが、やがてフェリス家の帳簿は身綺麗なものになる筈である。
但し、それは飽くまでも未来におけるフェリス家の話であり、現在のフェリス家が借金塗れなのは間違いがない。
金目当ての結婚は、どの平民貴族問わずどの階級でも嫌われる話であるのだ。
母親のマリアから、姉のハンナを取り巻く状況を理解したノードは、確認のために母親へ問い掛けた。
「──つまり、我が家の借りたモノをある程度返すことが出来ているという“姿勢“を見せる必要があると、そういうことですね?」
「そうなります」
「して、それは如何程──?」
ハンナ姉が結婚出来るように、いくら稼げば良いのか。
銀貨二十枚か三十枚か──あるいは……
「銀貨二百枚です」
──は?
ノードは頭の中でどのような依頼を受けるのか早くも算段を立てようとしていた。冒険者ギルドに出ていた割りの良い依頼は何だったか、自身の記憶を探りながら。
しかしそれは、母親のマリアの告げた金額によって中断されることになった。
「…………母上、今一度お聞かせ願いますか?」
「銀貨二百枚です」
聞き間違えではないようだ。
「……あの、失礼ですが我が家の借金の総額をお聞かせ願えますか?」
おっかなびっくり、といった具合にノードは母親に尋ねた。
今までも家令のアレクに尋ねたことなどはあったが、跡継ぎではないノードには詳細を明かしてもらったことはない。
それでも毎月の収支が悪い──赤字が続いていたのを知り、借金が“かなりの額“であろうことは予想が付いていた。
そしてついに母親から聞かされたその金額を聞いて、ノードはむしろ感心すらした。
──よくもまあ、下位の貴族であるフェリス家で、そこまで借りられたものだ。
或いは「いつから家は大領主になったのだろうか」である。
フェリス家は役職手当て含み、所詮は銀貨三十枚程度を貰っている下位貴族の家に過ぎない。
武家の俸録が王家直轄である関係から金額的にかなり抑えられているというのも関係しているが、同じくらいの“格“を持つ領地持ち貴族ならば、大体この十倍ほどは所得として得ていた。(この金額から領地持ち貴族は様々な支出がある)
その領地持ち貴族ですら、容易には返済を完了できない金額である。一体全体何があったのかと、ノードは母親のマリアに話を聞くことにした。
マリアが言うには、この借金はノードの生まれる前から始まっているという。結婚し、長男のアルビレオが生まれる時までは問題無かったが、その後長女のハンナを身籠っているあたりで隣国との戦争が勃発。当時母のマリアと結婚したばかりの父のアルバートは、出世を求めて喜んで従軍した。その際に、親戚に借金をして出征。手柄を立てて今の役職を得たという。
その後父親と母親はさらに“仲が良くなり“次兄を始めとして次々とフェリスの子弟が生まれていった。
問題は、出征のときの借金なども返し切る前から次から次へと出費が増えたことである。
子供たちしかり、祖父の葬儀しかり、再度の従軍しかり。さまざまな要因で出費が重なり、その度に返済を待って貰って別の借金を申し込む日々。
それは当然、“利子“というものを払わなければならないわけで、借金が放置された結果。それらは膨らみに膨らんだ大金となってフェリス家の負債となっているのである。
今回の『銀貨二百枚』とは、積もりに積もったその借金──それこそ中には二十年近く返済を待たせているところもある──を纏めて返済しなければならないからこその金額だった。
この銀貨二百枚を返済しても、まだ借金が残るということにノードは驚きを禁じ得なかったが、何故それほどまでに銀貨が必要なのかは理解出来た。
少しずつの返済ならばともかく、一気に一部だけ返済をしてしまうと、むしろ『なぜ我が家からの借金を優先しない! もう○○年も待っているのに!』となってしまうからである。
そして姉のハンナの結婚式には、フェリス家からも結納金を支払う必要がある。それはかなりの金額(貴族の結婚式には金がかかる)になるので、『そんな金があるなら我が家に返せ!』と文句を出しそうな所に借金を予め返済しておかないと、醜聞が大きく広まってしまうからだ。
姉のハンナの結婚相手の親族も、その事態による醜聞の煽りを最も警戒しているようであり、逆に言えばその金額さえ集めることが出来るならば、問題なくハンナは結婚できるのだ。
(………とは言えなあ)
その後マリアに対し「出来るだけやってみます」と述べて部屋を辞去したノードだったが、どうしたものかも頭を悩ませるばかりであった。
最近水晶級冒険者へと昇格を果たした新進気鋭の若手冒険者ノード。その水晶級冒険者の“年収“は、銀貨にしておよそ『四十枚』であるとされる。なお、ここから更に消耗品や武具の整備費用が発生すると付け加えておく。
というわけで金策再び。
今回は頼りになる味方はいないぞ! ノード君!
がんばれ!いざとなったら遠洋漁船だ!