17 港町
誤字報告してくれた人助かりました!
ありがとうございます!
ノードの新しい鎧を作るための素材の内、大蛇の素材と毒蛇の素材は集まった。
残りは水魚の鱗と魚竜の甲鱗である。
「水魚はわかるけど魚竜の素材なんて集められるの?」
ギルド併設の酒場で何時ものように食事と酒精を楽しむエルザが疑問を呈した。
ノードはその疑問はもっともだというように頷いた。
水魚とは海に棲息する、文字通り魚の魔物である。
大きさは人間の子供ほどもあり、全身をびっしりと覆う鱗は硬く、大きな口には鋭い鋸状の歯が生え揃っている。
獰猛な肉食魚でもあり、一度海で襲われると被害は免れない。
だが、一方でこの魔物は大変美味で知られていた。
鱗の下には、肉厚な味の濃い白身が詰まっていて、その食感は弾力があってまるで魚というよりは牛や豚に近いという。それでいて、しつこくない脂の旨味が味わえる上に、一匹あたりかなりの量が取れるという優良な獲物なのだ。
それ故、ハミル王国南部の港からは、この季節は脂の乗った水魚を求めて数多の漁船が海に出る。
ノードは水魚の鱗を集めるために、その船に同乗する予定であった。水魚は釣り上げた船の上でも暴れるため、戦闘要員として冒険者が雇われるのだ。
報酬は並と言ったところだが、追加で釣り上げた水魚の賄いが出るため、駆け出しから中級者までの幅広い冒険者たちに人気の依頼だった。
それに水魚は力が強いため、臨時雇いの漁師代わりに釣りが出来るのだ。肉食魚である水魚は食い付きが良く、次から次へと釣り上げられるため、レジャーとしても人気だ。まあ、船上で噛みつかれて痛い目を見るまでが一セットなのだが。
そしてその大型の身体が生み出す抵抗といったら、竿ごと海に引き摺り込まれそうになるくらいであり、釣り人には堪らない獲物で、
「はいはい、貴方の釣り好きは分かったわよ。水魚の方は問題ないとして魚竜の方はどうなのよ」
ノードが水魚釣りが如何に奥深いか熱く語ろうとしたところでエルザに腰を折られてしまう。ノードは仕方なしに、話を飛ばして魚竜についての話題に切り替えた。
魚竜は水棲の大型の魔物で、分類として亜竜ではなく、魚だ。
ただしその大きさは比較対象が“鯨“になるくらいであり、大型船でもないと、船ごと沈められるという被害がでる程である。
僣称ではあるが、『竜』と呼ばれるだけあってその戦闘力も高い。
冒険者ギルドの規定では、魚竜の討伐依頼は赤銅級冒険者以上となっている。当然、今のノード達では太刀打ちが出来ない。
その為、鱗鎧に必要な素材の内、魚竜の甲鱗に関しては金属でも代用が可能であるとは伝えられていた。
とはいえ上位の魔物である魚竜の素材を装甲に据えれば、防御性能は格段に高まるに違いなかった。
「いや、だからその魚竜の素材をどうやって手にいれるのよ」
エルザの疑問ももっともである。そしてその問いに、ノードは迷いなく答えた。
「釣る」
「いや、だからその後どうやって倒すのかを……」
「釣るのは蛸だ」
「???」
意味が解らない。そんな表情を張り付けたエルザにノードが説明をする。
箱蛸と呼ばれる蛸がいる。
水棲系の魔物であり大人程の体長がある蛸なのだが、脅威は高くない。玉石級冒険者であるノードとエルザならば討伐は容易だ。
特に素材としても有用ではなく、肉は弾力の強い独特の食感があり食材としても好みが分かれる。食通が好んで食するほかは漁村で食べられるくらいである。
だが一方で、この箱蛸は依頼、生活、娯楽、目的に問わず釣り人には人気の獲物だった。
理由はその名前にも冠している“箱“にあった。
箱蛸はその生態として背中に“箱“を背負う。これは外敵から身を守る為の鎧でもあり、そして箱蛸の住み処ともなる。
大人程の体長がある箱蛸の身体は入るその“箱“の中には、海底に落ちている様々なものが“箱“の素材とすべく入っているのだ。
蛸が素材と認識するものは様々だが、基本的に固い物を集めているらしく、貝殻や石ころ、魚の骨などが多い。
だが時折、難破船の持ち物でも拾ったのか、貨幣などの人間の持ち物も拾っていたりする。金塊が入っていたという話もあるくらいだ。
そして魚竜に関してだが、魚竜は成長と共に、その身に纏う堅固な鱗を“脱皮“する生態があった。この生態により、魚竜は魚ではなく蛇ではないかと推測する学説があるらしいのだが、ノードはその辺りには興味がなかった。(釣り方には興味があったが)
その脱皮した鱗も海底に落ちているため、漁船の網に引っ掛かることや箱蛸の家に入ってることがあり、運が良ければ下位冒険者でも入手できる素材として密かに有名だった。(釣り人限定)
「へーまるで宝箱ね」
先程に比べ興味が湧いてきたらしいエルザが面白いという表情を浮かべてそう呟く。彼女もやはり冒険者だ、こういう話題が楽しいのだろう。
然もありなん、ノードは深く頷いた。
エルザと同じような感想を抱く人間が多かったのだろう。
今では箱蛸はこう呼ばれていた。
『宝蛸』と。
§
「私も行くわ!」
水魚にしろ宝蛸にしろ、釣ることが出来るのは海である。
ゆえに、ノードはハミル王国南の港町まで遠征する必要があったのだが、素材集めとはいえやることは『釣り』である。
ノードならば喜び勇んで参加するが、釣りに興味が無さそうなエルザが一緒に来てくれるかは不安なところだった。
だが、エルザも宝蛸には興味があるらしく、無事に同行してくれることになった。
数日後、二人は港町までの移動のついでに護衛依頼を引き受けていた。
「冒険者さん、宜しくお願いします」
依頼者は若手の商人で、行商の仕入れに出向くのだという。
荷台には港町で売り捌く予定の商品が積まれており、ノードとエルザを含め、後二人の冒険者が護衛のために乗り込むと馬車の荷台はすっかり狭くなってしまった。
護衛の他の二人も同じように玉石級冒険者だった。王都から港町までは主要街道で繋がっており、定期的な巡回もしているので、護衛代は安くて良いとの判断なのだろう。
実際に依頼報酬も道中の食事代を差し引けば、殆ど手元には残らない額で、普通なら到底依頼を受けて貰えない額だった。
しかしノード達のように、別の町に移動する冒険者には馬車代が無料になる利点があるので、主要な街間でならこういった護衛依頼は多い。
高価な品を積んでいればその限りではないが、年齢や身形から察するに日用品の類いを運んでいるに違いなかった。
そして道中では、予想通り何者にも襲撃を受けることはなかった。ただ何処までも続くように見える一本の石畳の道と、時折行き交う馬車や徒歩で移動する者の姿を眺めながら、ひたすらに石畳の上で奏でる車輪の音と馬車の揺れに身を委ねた。
存在しない敵襲よりも暇の方が余程手強いとはエルザの言だが、ノードもそれに同意だった。
しかし何はともあれ港町に到着である。
「海だなぁ」
「海だねぇ」
潮風に出迎えられた二人は、同じ感想を抱いた。
港町はその名前をエルスとしていた。ポート・エルスだ。
ポート・エルスには華やかな造りの建物が並んでいた。
赤い煉瓦造りの建物や、漆喰を塗り固めた家である。屋上は平たくなっており、そこに洗濯物などを干している家が多い。
海側には整備された港があり様々な国の旗を掲げた大型船が行き交っている。
街の外れ、海側に突き出た半島状の崖の上には、大きな塔が建っていた。灯台だろう。
「お疲れ様、何も起きなくて良かったよ」
依頼者から達成の印を依頼書に貰い、ノードとエルザは冒険者ギルドに向かった。
普通の依頼とは異なり、護衛依頼は依頼元の街ではなく依頼先の街で報酬を受けとるのだ。
港町の冒険者ギルドは、街の規模が大きいから、王都の建物と同じくらい広かった。
王都と違い、石造りの建物だったがこれは潮風に晒されるからだろうか。
外見が違えど、冒険者ギルドの紋章は同じだ。
目立つ所に掲げられたその看板を頼りに、建物を探し当てたノードとエルザはギルドの中へと入っていった。
内装は、王都の冒険者ギルドとは少し異なっていた。
帳場の辺りは似通っているが、酒場の様子が異国情緒を匂わせた。
陽が高いうちから酒場は盛り上がっており、そこに出されている料理は見たこともないものが多く、ノードの好奇心と胃袋を刺激した。
興味を酒場の方に引かれながらも、依頼の達成報告を済ませたノードとエルザは報酬を分けた後に依頼掲示板に向かった。
依頼掲示板の依頼は、港町だけあって、特殊なものが多い。
交易船の護衛や海獣の討伐などは、地域による特殊な依頼だろう。
「どんな依頼を受けるの?」
狙いは宝蛸だが、空振りに終わる可能性もある。
無駄足に終わらせないように、目的のついでに依頼を請けておくのは、冒険者としての嗜みだ。
エルザの質問に対して、ノードは依頼書の中にある一枚に手を伸ばした。
§
ノードが提示したのは、漁船の乗組員の依頼だ。
漁業ギルドから出ている依頼で、水魚を捕獲する漁船の乗組員として働くという内容だ。仕事は釣りと水魚が襲ってきた場合に戦うことが求められる。
エルザの同意も得られたので、そのまま帳場で依頼を請けると、漁業ギルドで説明を受けるよう指示された。
指示された場所に向かう途中、活気のある街中を通ると、威勢の良い掛け声が聞こえる。立ち並ぶ店の商人たちが、道行く人に呼び込みを掛けているのだ。
「舶来品の酒があるよ!外国で大人気の品」「見てくれこの鋭さ、東の果ての国の名刀だよ」「そこの御姉さん、この髪飾りあんたに似合うよ」
冒険者や商人、地元の主婦など色んな人が店の品を購入している。人の通りは激しく、その騒がしさは王都よりも激しいように思えた。
四方八方から聞こえる声が混ざりあった街の喧騒を背に、石畳の通りを進むと、説明された漁業ギルドの場所についた。
どうやら街外れから見えた赤煉瓦の建物がそうだったらしく、船に乗った漁師が魚を網で引き上げている図を象った紋章の看板が見えた。
建物に入ると、冒険者ギルド程ではないがここも騒がしい。
ガヤガヤと騒ぐのは海の人間の性質かも知れなかった。
「依頼を請けたんだが」
帳場でそう告げると、手続きが始まった。
説明によると、指定された漁船に乗り込み船員として働いて、漁船はその日に港へ戻るので、再びここで手続きを済ませば一日分の日当が貰えるという流れだ。
釣果など、ノルマがあり下回ると依頼報酬が減るので注意だそうだ。規定量以上は船主が買い取ってくれるらしい。実質的な歩合制だ。
ノードには水魚の鱗が必要なので、その旨を相談すると、ノルマを超えた分を譲ってもらえばいいそうだ。さらに、水魚以外の獲物が釣れたらどうなるか聞いたが、そちらも自由にして良いとのことであった。
直ぐに答えが返ってきたところを見ると、似たような目的で参加する冒険者も多いのだろう。
§
船上では、エルザは釣りに戦闘にと大活躍であった。
初めは釣り餌をおっかなびっくり扱っていたエルザだったが、直ぐに慣れると、水魚を釣り上げ、暴れる水魚に止めを刺し、魚槽に水魚を放り込んでいった。
魚槽は上がった魚を入れる船の設備で、釣り上げた魚が傷まないように、低温で保存できる魔道具が設置されているらしい。
エルザは初めてだとは思えない勢いで水魚を次々と釣り上げていった。このままならばノルマもあっという間にこなし、超過報酬も狙えるだろう。
周りの冒険者が目を丸くするような勢いであり、槍と釣竿の扱いには何か共通するものがあるのかも知れなかった。
一方、それに負けないどころか、もはや異常なペースで釣り上げているのがノードだった。
幼少から剣と同じくらい釣竿を振り続けていたノードの釣りの技術は、若くして練達の域に入り込んでいる。
糸を垂らして五秒とかからず反応があり、無駄の無い無駄に洗練された動きで竿を振り上げると、水中から水魚が飛び出す。
腰に下げた剣を船上という不安定な足場でありながら、これまた自在に操り、水魚の息の根を止める。
流れるような動きで魚槽に水魚を放り込むと、いつの間にか餌をつけた釣竿を海面に垂らす。
それを数時間も続けると、みるみる内に魚槽が埋まっていった。
自分の魚槽が満杯になってしまったので、船員に指示を仰ぐと、ポカンとされた。そんなことは想定されていないらしい。
船員が船長に取り次ぐと、別の場所で釣って貰えと言われたため、急遽ノードだけ別の場所へと移った。
そして、その魚槽もある程度埋まった頃である。
グッ、ググッ
ノードの釣竿に、水魚の物とは異なる別種の手応えがあった。
途中から、狙いを箱蛸に変更したノードは、釣糸を垂らす深さや、針につける餌をこっそり変更しており
(餌は自分で持ち込んでいた)、肉食である水魚はその餌にも食いついていたものの、大分釣り上げるペースが落ちた頃であった。
(──来たな!)
直感的に、ノードはそれが箱蛸だと分かった。
箱蛸は、水魚と違い直ぐに餌に食いついたりしない。まずは八本ある触腕で様子を確かめ、それから食い付くのだ。
グッ……グッ……
(──まだだ、これは様子見だ、焦るな……焦るな……)
竿から手に伝わる感触に、全神経を集中する。
潮騒や船が波に揺れる音、周りの冒険者や船員の存在。
それらが意識から消え失せ、ノードと釣竿が一つになった感覚を覚える。
極限の集中力を発揮したノードには、もはや己と海底にいるであろう箱蛸の存在だけが認知されていた。
グッ……グ…………ググッ
(──!! 今ッ!)
一瞬抵抗が緩み、規則的な抵抗が止んだと思いきや、次に強い抵抗。箱蛸が食い付いたのだ。
「うおぉっ!!」
竿越しに、凄まじい力が伝わる。人ほどの大きさに自らの家までを持つ箱蛸は重い。
強い引張力が釣り糸に掛かる。
水中で箱蛸が暴れているのだろう。
右に左に俄に動き回る釣糸の動き、そして激闘を繰り広げるノードの様子に、船員たちが気づいた。
──大物が掛かったのか!
先程までのノードの凄まじいまでの釣りの腕前に、船長以下の船員たちはノードを名誉海の男として認めていた。
そのノードが、釣りの達人が何を釣り上げるのか。興味深々な船員たちであった。
少しずつ、抵抗が弱まる。ノードの絶技により、竿と釣糸そして釣り針は外れることなく、獲物の体力だけを消耗させることに成功していた。
最早海底深く潜れる体力が無いのだろう。
少しずつ巻き上げられる釣糸に従い、箱蛸の形が海水越しに見えてくる。
「──宝蛸だ!!」
いつの間にかノードの周りに集まっていた船員──当然サボりだが船長は黙認──の一人が、獲物の正体に気が付き声を上げる。
わあっ!
他の船員や宝蛸について知っている冒険者も、そうだとわかり歓声を上げる。
一攫千金のチャンスとも言われる宝蛸は、海の男なら是非とも狙いたい獲物だ。
「──よいしょぉっ!!」
ノードの掛け声と共に、釣竿が勢い良く振り上げられ、海面から影が飛び出す。
船の上にドサリ、と姿を現したらその姿は、大きな蛸の姿に背中に背負った箱状の殻。紛れもない宝蛸だった。
うねうねと触腕をうねらせる蛸の命運は、もはや残されて居なかった。
§
その後、ノードとエルザは王都への帰路についていた。
再び護衛の依頼を請け、馬車の荷台に乗りながらの移動である。
依頼主は往路とは別の商人で、何台もの馬車の護衛である。ノードも知る王都に店を構える大店の依頼であり、高価なものを積んでいるのか護衛も多い。
その馬車の内の一台にノードは荷物を載せていた。報酬を減額する代わりに、空いたスペースに荷物を載せて貰うのである。
そこには三つの袋があった。一つ目の一番小さな袋は水魚の鱗が入っている袋である。
釣りの依頼では、見事大成功を収めたノードとエルザであり、船長からは直々にもう何日か依頼を受けてくれないかと指名される程であった。
ノードはやる気を見せたのだが、エルザは一度の依頼で釣りを満喫しきったらしく、仕方なしにその申し出を辞退することにした。
「またよかったら依頼を請けてくれ」帰り際の船長の言葉は決してリップサービスではなかっただろう。
そしてもう一つが魚竜の甲鱗だ。
大きな麻袋から端がはみ出しているそれは、かなり老齢な個体が脱皮したものだったのだろう。分厚く、そして年輪のように細かい層が出来たそれは、深い青色に輝いている。
見事狙い通り宝蛸の家から入手したそれは、十分な大きさを持っている。
全て揃った素材と合わせ、王都の武具店で頼もしい防具へと生まれ変わるだろう。
そして最後に、その魚竜の甲鱗よりは小さいノードの胴体位の大きさの袋である。
中には拳大の石塊がごろごろ入っている。それらは翆色に輝いており、宝石のようにも見える。
宝蛸の家の中から入手したそれは、翆玉鉱と呼ばれる金属を含む鉱石だった。
一瞬宝石が入っていたのかと驚いたノードとエルザ及び、その他であったが、違うと気がついて周りにはガッカリされた。
しかし翆玉鉱から精製できる翆玉鋼は、硬く鋭い性質を示す優秀な金属である。
金塊や宝石を期待していた観客たちとは違い、優秀な武器が手に入る可能性が出てきたノードとエルザにとっては、今回の冒険は大成功に終わったのである。
ノードの最強釣りスキル発動。
そして幸運により素材ゲットです。
家が破産しそうになったら、ノードくんは一本釣りの漁船に就職したらいいと思います!
宝蛸はあれですね。ネトゲとかで必須の釣り上げる宝箱。いくつ落ちてるでしょうね、あれ。不法投棄かよ。
ちなみに箱蛸くんは無事にリリースされてます。中身さえ貰えれば文句はないのでね。食べるのは死んでしまった場合です。
やり方としては、ボコって家から追い出して、海にリリース。中身を強奪したら、家を海にドボーン。
人間とかいう陸の悪魔の所業にプンスカプンの蛸はそのまま元の家に入り、海底を旅します。




