15 装備調達
胸に抱くギルドカードの輝きが滑りのある玉石の物に変化しても、ノードの日常はやはりいつもと変わらない。
つまり金稼ぎだった。
岩狼との死闘(という名の虐殺)から早くも二月が過ぎていた。ノードは無事に玉石級冒険者としての仕事をこなす日々を送っていた。
東に討伐依頼あればそこへ赴き、西に採取依頼があればそこへ赴く。依頼報酬は半分を家計に納め、残りは貯金である。貯まったお金は主に有事の備えとしたいが、最近は硬革の鎧では不足も感じて来たため、そろそろ装備更新をしようかと思案しているノードであった。
「そうねぇ、今はともかく、遠くない将来また昇格依頼を受けるものね。早めに用意しておいた方がいいんじゃないの?」
ノードの相談に対して、そう返すのは徒党仲間のエルザである。
彼女はギルド併設の酒場で、依頼達成後の食事を楽しんでいるところだった。
朱色の豊かな髪を垂らした彼女は、夕食である煮込み料理へと髪の毛が入らないよう器用に髪を掻き分け、匙で口へと運んだ料理をもくもくと食べている。
そんな彼女の装いは、仕事終わりの冒険者らしく厳めしい物だ。黒く光沢のある、装甲板が連なった頑丈そうな鎧を身に着けている。
その鎧こそが、ノードとエルザが二月前に玉石級冒険者へと昇格する昇格依頼で戦った岩狼の首領である鎧狼の毛皮から作られた黒岩狼の鎧である。
岩狼の鎧は基本的に、薄汚れた灰色の装甲をしているのに対して、エルザが身に纏う鎧は鍛えられた黒鉄と見紛うほど立派な外見をしている。
防御力も大したものであり、岩狼の鎧が硬革の鎧と同程度なのに比べて、鎧狼の鎧はちょっとした金属鎧並みの強度があった。それでいて軽さは硬革の鎧並みだという。
ノードはエルザの黒く輝く鎧を見て、少しだけ鎧狼の素材を彼女に売却したことを後悔した。
それが伝わったのか、エルザは得意気な笑みを浮かべて、手にもった匙を食器に一度置くと、ノードに鎧を見せつけるよう胸を張った。
エルザの朱色の髪の毛が、なだらかなカーブを描いていた。
「それで、実際にどうするのよ?」
食事を終えたエルザがエール片手に再び問いかける。
ノードはそれに自分の考えを述べた。
「やっぱり、俺は金を貯める必要があるからな。店売りの鎧を買うのは避けたい」
「となると、『持ち込み』ね」
鎧──というよりも武具を購入するには二つの手段がある。
一つは武具店で既に出来上がった鎧を購入する方法。そしてもう一つは自分の作りたい鎧を完全発注する方法だ。
前者は『店売り』と呼ばれる鎧で、後者が発注鎧と呼ばれる鎧だ。普通は店売りの鎧の方が購入した場合安く済むのだが、発注鎧でも安く手に入れる方法があった。
それが俗に『持ち込み』と呼ばれる方法である。
簡単に言えば、作って欲しい鎧の素材を持ち込んで、材料分を無料で鎧を作成して貰うことであり、他ならぬエルザの黒岩狼の鎧もその方法で作ったものだ。
ただ、この方法で安く作って貰えるのは店売りと同じ鎧──要は店主が作り慣れた鎧くらいなもので、そこに独自の注文を付け足したり、珍しい素材を持ち込んで作って貰おうとしたりすると、作成費は高騰する。とはいえ、そもそも珍しい素材の場合、店に売ってないので完全発注するのと違いは無いのだが。
エルザの黒岩狼の鎧の素材である鎧狼の毛皮とその装甲は、珍しいとはいえ製作の手法は普通の岩狼の鎧と同じである。
エルザは自身の戦闘方式に合わせて軽鎧として誂えて貰ったが、多少工賃に上乗せが発生したくらいで全身の鎧を買い揃えるのに比べれば、幾らか安価であった。
食後のエールを呷るエルザに向かって、ノードは自身の考えを告げた。
「俺は鱗鎧を作ろうと思っている」
「鱗状鎧? いいんじゃない。でもそれって金属よね……掘るの?」
そのエルザの反応に、ノードは「いや、」と前置きしてから説明を続けた。
エルザが想像したのは、金属製の鎧だ。小さな金属片を布地などに縫い付けた鎧で、その金属片が鱗のように見えることから鱗状鎧と呼ばれている。
だが、ノードが作ろうとしているのは、鱗鎧だ。全く同じ呼び方をする両者の違いはただ一つ。素材が金属片か本物の鱗かだ。
鱗で出来た鎧というと、まず想像するのは龍種の鱗で出来た鎧だが、それらは龍鎧と呼ばれる部類だ。次に考えるのは、飛竜や亜竜の鱗で作られた竜鱗の鎧だが、これはたしかに鱗鎧の一種なのだが、竜鱗鎧と区別されているのだ。
ということを、ノードはしっかりとエルザに対して熱く説明したのだが、残念ながら彼女はこういった話に興味がないらしい。
興味ない、と言わんばかりにエールを呷ると、呆れた眼差しをノードに向けて続きを促した。
「それで」と、ノードは話を続けた。
ノードが作ろうとしているのは、もっと下位の魔物の素材を使った鱗鎧なのだ。
その素材には主に爬虫類系や魚類系の魔物の素材で事足りるので、下位の冒険者であるノードでも作れる。
それでいて、魔物の鱗は加工することで金属に勝るとも劣らない強度を示すようになるのだ。
鎖帷子の上に鱗鎧を着れば、(比較的)安くて長く使える装備の出来上がりなのだ。
ということを、ノードはエルザに伝えた。
それらの知識は武具店の店主に相談した際、教わったものだ。ノードはその素材と鎧の話を実に興味深く愉しく聴いたものだったが、残念ながらエルザにはその魅力が伝わらなかったらしい。
そこまで説明したところで、エルザは飲み終えたエールの盃を木机におくと、何かをよこせと言わんばかりに掌を上に向けて、手を差しのべてきた。
「もう案があるってことは、必要な素材も判ってるんでしょ」
その素材を教えろ、という仕草だった。
ノードはしたりと頷いて、彼の懐から一冊の手帳を取り出し、その一頁を開いてエルザへと手渡した。
エルザが酒精で軽く上気した顔を、その手帳の中身を覗きこむように向ける。
そこには
水魚の鱗
大蛇の靭皮
大蛇の大鱗
毒蛇の鱗
魚竜の甲鱗(金属でも代用可)
とかかれていた。
§
「うーん……」
それを読んだエルザは、悩ましげな声を漏らした。
「全部集めるには、厳しいんじゃない?」
それはノードも思っていたことであった。
水魚の鱗や毒蛇の皮はまだ簡単に手に入る。
魚竜の甲鱗は入手難易度も高いが、これは重要部位に着ける追加装甲であり金属でも代用が可能だと書かれている。手に入らなければ、費用がかかるが入手は可能だ。(その場合安く鎧を入手するという目的に沿わなくなるが)
しかし残りの素材、大蛇の皮と大蛇の大鱗は曲者だった。
大蛇は、玉石級冒険者の獲物の中でもかなり手強いとされる魔物だ。群れて戦うことはない魔物だが、単体でも岩狼の群れより強いと言われている。
何より面倒なのは、大蛇は沼地という戦い辛い場所の奥地に生息していることだった。
他にも、背の高い草が生える沼地は遠くが見通しづらく、そして水気の強い沼地地帯では、重装備の冒険者は脚を取られるという特徴がある。
その沼地に棲む大蛇は、蛇であるため地面を這いながら移動するため、沼地においては巨体にもかかわらず発見しづらく、個体の強さ以上に発見が厄介である。
しかし、この鱗鎧の装甲の要こそが、この大蛇の持つ靭皮(※ここでは強靭な皮革という意味)と大鱗なのである。
魚竜の甲鱗は鱗鎧に追加で装着するブレストプレートに使用して肝心な鎧本体を構成する鱗の装甲に大蛇の素材を使うのだとノードは武具店の店主から説明をうけていた。
またその際に、比較的入手のしやすい水魚の鱗や毒蛇の鱗だけでは駄目なのか聞いてみたが、それらだけでは硬革の鎧と大して変わらない防御力にしかならないらしい。それらの使用部位は、裏地や関節部など、動きを妨げないようにする場所に細かい鱗が必要だからであって、正面から攻撃を受け止めるメインの装甲部位には、やはり強靭な素材が必要なのだという。
ノードとエルザの徒党には、斥候がいない。
少しずつ技能を身に付けようと努力はしているが、それは初歩的な技能であって、本職には及ばないものだった。
その状況で大蛇と戦うのは、如何にも厄介であった。
「どうせなら、お金貯めて新しい店売りの鎧買った方がいいんじゃないの?」
エルザはノードが金欠(というより金を貯めたいこと)を知っているが、それでもそう提案してきた。
鱗鎧より少し性能は落ちるが、今の硬革の鎧よりは格上の防具が普通に売っているからだ。その防具であれば、水晶級冒険者程度の依頼でも通用する性能があるだろう。
面倒な討伐をするより、金で面倒を解決する方が早いのだ。
問題は、その面倒を金で解消するならば、必要な予算は三倍以上になるという点だったが。
結局、その日ノードは鎧をどうするかの問題を先送りにして、家路に就いた。
§
後日のことである。
「よう、ノード」
今日も今日とて依頼を受けようと、朝早くから冒険者ギルドに赴いたノードに対して、声を掛ける存在があった。
反応して、声の主を見れば久しぶりに見る姿があった。
「ジニアスじゃないか、久しぶり!」
それはジニアスであった。
ノードとジニアス、そしてその仲間とは薬草の長期採取依頼でゴブリンと共闘した仲であり、それ以降も親交は続いていた。
「最近見なかったな? 遠征か?」
「ああ、また長期の依頼を受けてたんだ」
ジニアス達も徒党全員が玉石級冒険者へと昇格していた。石板級冒険者の時は何度か共に依頼を受けたりしていたが、昇格してからは、中々顔も合わせることが出来なかった。
ジニアスたちが出向いていたのは、王国の西部だった。
そこで討伐依頼と採取依頼を請けていたのだという。
「……今日は一人か?」
「ああ、あいつらは用事があるみたいでな。半月ばかり活動は中止だ。ただ」
珍しいだろ、そう言って笑ったジニアスの周りには、何時も一緒にいる徒党の仲間の影がなかった。
ジニアスは田舎の幼馴染みたちと一旗挙げるために王都に冒険者になりに来たという過去がある。
幼馴染みで長年互いのことを把握しあった彼等らは、息のあった連携で戦う典型的な冒険者の徒党だった。
ただ、そんな彼等とて常に行動するとは限らない。
徒党仲間であろうとも、各々にはそれぞれの活動がある。
冒険者の中には、別の組合に所属している者もいるし、或いは副業として何か稼ぐ手段を持っている者もいる。
場合によっては冒険者としての活動こそが副業という者もいるくらいだ。
それに、冒険者としての活動は非常に疲れるのだ。
命がけの戦いや、危険を冒しての収集活動などは、肉体以上に精神が疲弊する。特に長期の依頼を請けたあと等は、休息の為に暫く活動を見合せることも珍しくない。
むしろ、短期長期問わず依頼の後に僅かな休息だけで再び依頼を請けている冒険者の方が稀なのだ。
ノードはその珍しい部類に入り、徒党を組んでいるエルザが休暇を取っている間も、ほぼ毎日のように依頼を請けていた。
最低限必要な休息はしている(実家が王都にあるのも大きい)ので、エルザからも呆れた顔をされるだけで済んでいるが、本来は推奨されない行為である。
勿論、ノードとて金に余裕があればこんな無茶はしないのだが……。
ジニアスの話を聞けば、何でも回復役のリセスは本格的に回復魔法の腕を磨くため、王都にある神殿で巫女としての修行を始めたという。
それには一月は掛かるそうで、その予定に合わせて休暇を組んだのだという。
槍使いのゲイゴスは腕を磨くため修行に充てるつもりらしい。弓使いのアルミナは、皆の故郷に兄の結婚式のために帰っていて、斥候兼遊撃手のシノは王都で休暇だそうだ。
ジニアスも本来、自分の剣の腕を磨くため修行する予定だったのだが、
「どうにも訓練というのが性に合わなくてね。身体を動かすために一人で依頼を受けようと思ってね」
そうしたら、ノードを見かけたので声を掛けたのだという。
話を聞いていたノードは、何とはなしに何の依頼を受けるのか聞いてみた。すると、
「まだ決めてないんだけど、実は沼地で欲しい物があってね……他の徒党と行けないか画策してたんだ」
とのことであった。
で、あるのならばと、ノードは自分の事情──鎧作成について話すことにした。どうせなら沼地の依頼を一緒に受けないか、と。
「なるほどな……シノがいれば、大蛇からの不意討ちは避けられるしな」
ジニアスはノードの提案を聞いて、頷いた。
「それで、ジニアスの用件ってのは何なんだ?」
「あー……うん、その……」
歯切れの悪いジニアスだったが、照れた表情でこう白状した。
「水晶花が欲しくてさ……ピンクの」