10 昇格依頼
(2019/8/2)10話以降の話の展開を変えるため、手直ししました。
ゴブリンとの死闘を交えた薬草採取の依頼も無事終わり、王都に帰還したノードは、それからも依頼を受け続けた。
ある日は迷宮で魔石を集め、ある日は採取をし、またある日は魔物の討伐へと出掛けた。
魔物との戦いは、常に死や大怪我の危険が伴うが、ゴブリンとの死闘を通して交流を深めたジニアスの一党に入れて貰ったり、別の石板級冒険者と組んだりして、依頼をこなしていった。
そして、
作物を荒らすジャイアントボアの討伐任務を終えて帰ってきた日のことだ。
「おめでとうございます。貢献度が一定ポイントを達成しましたので、ノードさんは第二階位に昇進が可能になりました」
依頼達成の報告をカウンターにしにいくと、ギルド職員にそう告げられた。
初めての遠征以降、かなり積極的に依頼を受け続けたお陰で、貢献度が高まっていたらしい。
第二階位である玉石級冒険者に昇進すれば、更に仕事の幅が拡がる。
冒険者ギルドが取り扱う仕事は多岐にわたるが、その依頼の中でも、特に【護衛依頼】という種類の依頼がある。
文字通り、隊商や要人などを護衛する依頼なのだが、この依頼は受注するために条件が付くことが多い。例えば依頼人が魔物に襲われそうなルートを通る必要がある場合、『第○○階位以上で、そこに出没する魔物の討伐経験があること』などだ。
付帯条件は依頼人が指定する他、冒険者ギルド側が判断して追加で条件を加えることもある。
そして、どんな簡単な護衛任務であってもギルドが加える最低条件が、『玉石級冒険者以上であること』なのだ。
他にも【配達依頼】や【調査依頼】など、様々な『一定階級以上の冒険者であること』が受注条件となっている任務は多い。
これは依頼の達成難易度だけではなく、信頼度の問題だからだ。依頼人を裏切ったり、配達物を持ち逃げしたりする可能性が無いか。
ギルドが安心して任務を任せられるかが依頼を受注できるかの鍵だ。
石板級冒険者には、誰でも出来る簡単な仕事をこなせば簡単に昇格することが出来る。最初にわざわざ簡単な仕事をさせるのは、低賃金の仕事でも嫌がらずにやり遂げるかといった最低限のことを、冒険者ギルドでの仕事のやり方(特に手続き)の訓練がてら試しているに過ぎない。
【護衛任務】は、求められることは“強さ“だ。
依頼人は、自分の身を守ってくれることを期待して依頼するため、冒険者が依頼を引き受けたはよいが、『依頼人共々全滅しました』では話にならないからだ。
そして、ノードは何度かの討伐依頼を達成したことで、その最低限の強さを備えているに違いない、と冒険者ギルドに認定されたという訳だ。
ただ、その基準を分かりやすくしたのが蓄積した貢献度であるが、貢献度自体は別のことを計る物差しにも使われる。
それは冒険者ギルド、或いは社会への“貢献“だ。
冒険者ギルドに出される依頼は、大なり小なり世の中の人々が困って出した物であり、謂わば世の中に存在している難題でもある。
その中には、『報酬が少なくて冒険者には旨味が少ないけど、でも難易度は高い』もしくは『報酬はあまり出せないけど、社会の安定のために沢山こなしてもらう必要があり』といった依頼も存在する。
それらに一々ギルドが追加で報酬を振る舞ったり、或いは国やその地方の領主へ依頼を出すよう促していてはキリがない。
その問題を解決するため、報酬の代わりに貢献度を高く設定することで、次の階位への挑戦がしやすくなる、という制度を冒険者ギルドは創り上げた。
ただし、この制度だけだと貢献度は高いけど戦闘力が低い冒険者が、上位の階位へと昇格してしまう。
上位の階位の冒険者に出される任務は、何れも強力な魔物や敵、またはその他困難が待ち受けていると予想される物ばかりだ。
冒険者の本質は【強さ】であり、その強さが無いものにはいくら貢献度が高くとも階位昇格を許す訳にはいかない。
よって、冒険者ギルドでは、昇格の条件を満たしたものには特別な依頼を発行することがあるのだ。
これは冒険者ギルド側で指定した、昇進する階位の冒険者の実力だと認めるのに相応しいと認めるのに足る難易度の依頼を、冒険者に受注させるというシステム──端的にいうと、一つ上の階位の依頼を受けさせて達成出来たら昇格──なのだ。
「如何なされますか?」
という内容を、冒険者ギルドの職員から説明され、ノードは今ならどんな依頼があるか聞いてみた。
場合によっては丁度良い難易度の依頼が存在しない可能性もあるからだ。或いは向き不向きの問題もある。
「現在認定されている昇格依頼はこれですね」
職員は、カウンター内から一つの文綴を取り出した。その文綴をペラペラと捲っていき、ある頁から一枚の依頼書を抜き出した。
ノードの視線が差し出された依頼書の内容へと注がれた。
依頼は魔物の討伐依頼だった。
昇格依頼はその九割が討伐依頼だ。戦闘力を示すのに魔物の討伐ほど分かりやすいものはないからだ。
依頼書には『岩狼の退治求む!』と書かれていた。
§
岩狼は、イルヴァ大陸東部の山岳部に棲息している魔物だ。狼系の魔物の一種であり、習性は森林狼などの標準的な狼と変わらない。
しかし、体毛が変化した硬い装甲を纏っており、狼にタイルを鎧のように張り付けた外見をしている。
若い個体は装甲が薄く、装甲がある部位も狭いが、群れのリーダーにもなると体表の大部分を装甲が覆う──らしい。
らしい、というのは、酒場で玉石級冒険者以上の冒険者から聞き出した情報だからだ。
冒険者から聞き出した情報は他にもある。
岩狼の好む食べ物であるとか、岩狼は岩肌に擬態するから気を付けろだとか、装甲は狙っても硬く弾かれるだとか、他にも色々と情報を聞くことができた。
それらの集めた情報を、ノードは革の装丁が施された手帳に書きこんでいった。この手帳は、ノードの冒険の活動や、その中で見聞きしたことや体験などを綴ったものである。
最初は薬草採取のコツなど忘れないように書き留めたり、受注した依頼で起きた出来事を日記のように書いていただけだったが、やがて書き込む内容は増え、訪れた場所の簡易的な地図や戦った魔物の情報。果ては冒険者から教わった料理の調理法など、多種多様な内容が纏められるようになった。それらはノードの冒険者としての活動であり、その手帳は単なるメモ書きから冒険記録と呼べるものになっていた。
その手帳に、新たに岩狼についての情報を纏めた頁が追加された。
ノードは手帳の岩狼の頁をみて、何故岩狼が昇格依頼に指定されたかを理解した。
ノードは騎士として鍛えられてきた経歴から、冒険者としてある程度の場数を踏んだ今でもその戦闘スタイルを変えていない。全身を鎧で包み、敵の攻撃を防ぎ、剣で切り裂く──基本的な騎士としての戦い方であり、王道なだけに素直に強い戦法である。
特に、依頼をこなして得た報酬で追加購入した盾と、念願の鎖帷子によって強化された防御力は、並みの魔物の攻撃では致命の一撃に至らないため、数に囲まれても余裕をもって対処できるほどだった。
徒党を組むときも、ノードは防御性能を活かして戦った。徒党の盾として敵の攻撃を受け止め、いなし、反撃した。石板級冒険者の中では破格と言って良い防御力は、冒険を通して低脅威の敵を完封することも間々あった。
そんな戦い方をするノードだからこそ、岩狼の厄介さが理解できた。
ノードが石板級冒険者として請けた討伐依頼の中には、岩狼と同じ狼系の魔物である森林狼の討伐依頼があった。
その時に、ゴブリンたちのような数で押してくるしか能がない魔物とは異なる『連携のとれた』戦いというものを味わった。
群れで狩りをする狼系の魔物は、常に連携して攻撃を仕掛けてくるのだ。
ゴブリンは『数』を強みとし、森林狼は『連携』を強みとする。
そして、岩狼には森林狼には無い更なる強みがあった──装甲である。
岩狼は、灰色の狼に石の板を集めて作った鎧を着せたような外見をしているらしい。
その石の装甲板の正体は、岩狼の体毛だ。岩狼は年齢を重ねると、毛先が絡み合うように変化し、少しずつ少しずつ硬くなっていく。灰色の体毛による装甲は段々と厚みを増して、見た目も石のようになる。厚みを増すほどその装甲は濃い色を見せ、成熟した岩狼の装甲は生半可な刃など徹さないという。
装甲を身に纏い、連携して戦う魔物の脅威は如何ほどであろうか。
装甲を固めれば一方的に狩れる相手から、対等な敵との戦いになる。それが石板級冒険者と玉石級冒険者との決定的な違いだった。