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三題噺

犬がにゃんにゃん

作者: てこ/ひかり

 むかしむかし、まだ天使と人間とが、いっしょに仲良く暮らしていたころのおはなしです。


 ある小さな村のはじっこに、たいへん頭がおよろしい天使のクエストと、すこーしばかり頭がおよろしくない少女のエミリィが住んでいました。


 エミリィの頭のできったら、そりゃあもう。

 にゃんにゃん鳴く動物を指差しては、「見て見て、犬だ!」ってはしゃいでるくらい。東からのぼった太陽を見て、枕を抱えて「おやすみ」ってベッドの中にもぐりこむくらいです。毎日そんなだったから、エミリィは家でも学校でもずうっとみんなに笑われていました。ですが、当の本人は全く気にするようすもありません。

「あたし、いいの。だって頭が良くない方が、毎日知らないことばっかりで楽しいんだもん!」

 そう言って人間のエミリィはいつも、天使のようにニコリと笑います。


 だけどお友だちの、天使のクエストはそうは思っていませんでした。毎日のように、となりで笑われているエミリィを見るたび、クエストは自分もいっしょに笑われているような気持ちになりました。くやしくって恥ずかしくって、とうとうクエストはエミリィにナイショで、彼女に『ちえの輪』をプレゼントすることにしました。


 『ちえの輪』は、天使が頭の上にふわふわと浮かせている、神様からもらった大事な大事なたからものです。この『輪っか』さえつけていれば、天使はいつだって神様と同じくらいかしこくなれるのです。クエストはエミリィが寝しずまったのを見はからって、彼女の頭に『ちえの輪』をとりつけました。

「これで今よりかしこくなれるから、ね」

 ベッドの中で可愛らしい寝いきを立てるエミリィを見て、クエストはくすくすと笑いました。



「ねえクエスト」

「なぁに?」

「あたし、何だかとってもヘンになっちゃったみたいなの」


 エミリィがふしぎそうな顔をして、そんな風にそうだんをもちかけてきたのは、もうまもなくのことでした。

「だってあたし、いっつも間違えてた先生の問題が、スラスラ解けちゃうの! 朝起きたら『おはよう』って言うべきか、それとも『おやすみ』って言うべきか、どっちか分かるの! 寝る前にもよ! それに、それに……」

 あわてふためくエミリィを見て、クエストはとなりでくすくすと笑いました。

「良かったじゃない、エミリィ。これであなたをバカにする子は、もうどこにもいなくなったわ。あなたは神様と同じくらいかしこくなったのよ。神様には明日の天気ですらも、未来のことも。あなたに分からないことなんて、もう一つもないわ!」

 クエストは楽しそうにそう言いましたが、エミリィはなぜか不安そうな顔をしたまま、ニコリとも笑いませんでした。



 それからと言うものエミリィは村一番の、いえ、この世界で一番のかしこい人間になりました。学校のきょうかしょだけでなく、せいじけいざいとか、ぶつりがくとか、大人が毎日ウンウンうなっても解決できないような問題をスラスラと解いて行きました。


 ネコはにゃんにゃん。

 犬はワンワン。

 大人はウンウンです。


 かしこくなったエミリィは、もう二度と誰の鳴き声も間違えません。

 『ちえの輪』のおかげでエミリィはたちまち有名になり、おかねもちになりました。世界中の、何人ものステキな大人のだんせいたちがエミリィに愛を告白し、その中には何とほんものの王子さまもいました。きっとしょうらいはその誰かとけっこんして、エミリィはいついつまでも幸せに暮らすことでしょう。


 それからかしこくなった彼女の周りには、エライけんきゅうかのきょうじゅや、格好いいおかねもちの大人たちがわんさか集まってきて、エミリィを毎日のようにもちあげ、ほめたたえましたとさ。めでたしめでたし。


 ……ですよね? めでたしめでたしです。みなさんだって、そう思うでしょう?



 なんですけど、どうしたことか……エミリィの顔はなぜか、ちっとも晴れませんでした。

 毎日ニコニコしていたエミリィは、いつの間にか顔いっぱいにシワをつくって、今ではニコリともしなくなりました。これじゃあ、せっかくのめでたしめでたしがだいなしです。クエストは心配になって、エミリィにたずねました。


「エミリィ、あなたどうして笑わなくなったの? 誰よりもかしこくなって、誰よりもおかねもちになって、幸せになったのよ。最後くらい、笑わなくっちゃあ」

 だけどエミリィは相変わらずむすっとしたまま、クエストに返事をしませんでした。

 かしこくなった人間のエミリィには、天使のクエストのことが、もうとっくに信じられなくなっていたのです。エミリィにはもう、クエストの姿は見えていませんでした。エミリィが一人、ぽつりと言いました。


「あたしにはもう、何にも分からないことがない。明日の天気も、犬の鳴き声も。何でも知ってるだなんて、こんなにたいくつなことってないわ! もし神様がいたら、きっとこんな気分なんでしょうね」

 エミリィはベッドに横になったまま、おおきくため息をつきました。

「お願い、神様。そんなのがいたらだけど……どうかあたしに、もう何も教えないで。テストの答えも、『おはよう』の時間も。何にも知らないままで、明日にワクワクしてるあたしでいさせて」

「エミリィ……」


 その言葉を聞いて、クエストはとうとうエミリィの『輪っか』を取ってやりました。

「クエスト!」

 すると、元に戻ったエミリィはクエストの姿が見えるようになって、久しぶりに会えたお友だちに飛びつきました。

「エミリィ、あなた本当にそれでいいの?」

 クエストがこまった顔をしてエミリィにたずねました。

「かしこくなって、おかねもちになって、幸せになりたくないの?」

「いいの、あたし。かしこくなくたって、おかねもちじゃなくたって、クエストに会えたことが一番の幸せだから!」

 エミリィはようやくいつものようにニコリと笑いました。それでクエストも思わず笑ってしまいました。



 それから二人は小さな村のはじっこで、いっしょに仲良く暮らして行きました。

 めでたしめでたし……ではありません。

 クエストは神様からもらった『ちえの輪』を、半分におって川に捨ててしまったのです。『ちえの輪』を失った二人には、これから自分たちがかしこくなるかも、おかねもちになるかも、明日のことは何にも分かりません。二人が幸せになるほしょうは、もうどこにもないのです。


 だけど二人はどう言うわけか、いついつまでもいっしょにニコニコと笑っておりましたとさ。おしまい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何が幸せかわかりませんね。きっと二人は一緒に幸せになったのでしょう。
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