06.異形の花々
アンネリーゼさんとエーリカが言うには。
ウィシュリス陥落から二日足らずで鷹の目は行動を開始した。独断専行とは言え、ここまで迅速に動けるのは驚異的だ。これも彼等が少人数部隊だったが故のメリットか。
彼らはまず僕達と同じく、ハーレーン地区の捜索から入った。
そこで彼らが見たものは、上半身が最初から無くなっているかのような狩兵の死体だったと言う。血液一滴も垂らさずに、只々上半身がぽっかりと無くなった狩兵の夥しい量の死体。下半身の切り口から見えたのは肉や内蔵では無く、真っ白な表面しか見えなかったと言う。
ドロドロに溶けて死んだ、と僕が聞いた噂とはだいぶ違うが、異死と言う形では、まぁ同じようなものであろうか。
そしてアンノウンの侵入を防ぐための大門と共に睨みを利かせていた大壁に埋め込まれた十二門の対化物用大砲が一つ残らず、何か巨大な力で握り潰されたかのようにぐにゃりと曲がり、大門にもアンノウンや異能では到底開けられないような巨大な、巨大な穴が開けられ、バーレーン地区を囲むように建てられた大壁も見る影もない程にボロボロになっていたそうだ。
そこで彼らの恐怖と興味の度合いはかなり跳ね上がったらしい。
これらを行ったのは天使だ。それしか考えられない。そんな事が出来るのはあいつぐらいだ。
だが彼らはまだその事を知らなかった。それが幸運な事なのか不運な事なのかは僕にはわからない。
彼らはそれらの原因を突き止めるべく、エーリカを含むハーレーン地区を探索する隊と、バーレーン地区外を探索する隊とに別れたらしい。
正直、僕は無謀だと思った。無数のアンノウン達が跋扈する中、ただでさえ数が少ない部隊を二つに分けるなどと。
だが、そんな無謀で勇敢な彼らの活躍のお陰でとても重要で、とても手に入れ難い情報が手に入ったのは事実だ。
ハーレーン地区外の探索を行った部隊内に話の中で出てきた異能持ち。『私の目』持ちの狩兵が居た。
彼らは狩兵の死体を貪り食らうアンノウン達から隠れてひたすらに、ひたすらに奥へと向かったという。何かに惹かれるように。
途中で彼らはアンノウンに見つかり、交戦を始める。一人、また一人とアンノウン達に食いちぎられ、食い殺され、内蔵を引きずり出されても彼らは止まる事は無かった。
自分達を犠牲にしながらも私の目を奥へ、奥へと走らせて行った。
そこに何か決定的な物があると、重大な物があると確信しているように。
そして異能持ちだけになった時。
それは、ついに見つかったのだ。
ウィシュリス中央地区のとある教会にて蠢く物達、人間や、獣のような真っ赤な肉ではなく濁った、薄黒い肉塊の湖、そこの肉に抱かれるように大小の卵が無数に存在していた。
そして、最後の狩兵の目に映ったのは、卵から産まれ。自身の下半身をゆっくりと食らう赤児の顔を持った巨大な蝿のようなアンノウンの姿だった。
「という訳で、彼らはウィシュリスに蔓延るアンノウン達の巣を発見したのだよ」
「今まで探せど叩けど見つからなかったそれらを、エーちゃんは異能を通じて入手し、たった一人生き残ってでも、その情報を持ち帰ろうとしたわけだね」
「そういう事。彼らが命を賭して得た情報。それを守ってくれて、私を守ってくれて、ありがとう」
エーリカはそう言うと僕に頭を下げる。
別に情報とかそういう物の為に助けた訳じゃ無いが一応受け取る事にする。
死んでほしく無いから、生きていて欲しいから。そういう単純な理由。
そんな事より、気になることがある。今のエーリカの精神状態だ。
異能を通してアンノウンの巣を見つけたと言う事は、それまでに異能を通して仲間の死を見たと言う事になる、そして彼女の方の捜索隊も全滅している。あまり芳しい精神状態では無いはずだ。一度戦線を離脱させて休ませたほうがいいのかもしれない。そう思い僕は教官に声をかける。
「アーデルハイトさん」
「ん、なんだ?」
「極限状態に置かれていたエーリカの精神状態と身体が僕は気にかかります。出来れば彼女を休ませたほうががいいかもしれません」
「あぁ、その事だが、エーリカ・エリスマン」
「その必要はない。確かに、心に来なかったと言えば嘘になるけれど……それでも、大丈夫。私はまだ戦える。まだ、折れてない」
「と言う事だ。お前が目覚める前に私も心身療養を勧めたが必要ないらしい」
本当だろうかと。僕は彼女の顔を見る。エメラルドグリーンの眼と僕の眼が合う。その眼から光は失われてはおらず、闘志すら感じられた。
「なるほど、了解しました」
「なら外出はどうでしょうか。エーリカがいいと言うなら……ですが」
彼女の心は折れてないのはわかった。でも、やっぱり少しは休みが必要だと思い僕は提案した。永遠に戦っていられる戦士等この世には居ないのだから。
外に出れば少しは気晴らしになるかもしれない。そんな気持ちでアーデルハイトさんにそう言う。
「それはいいかもしれないな。貴様の体を動かすのにもいいだろう。許可を出そう。ああ。あと、帰投届けやら何やら面倒な事は私がやっておいてやろう」
「それと、そうだ。一応金も渡しておこう。無駄遣いするなよ」
怒声が飛んで来るかもと思ったが、意外とすんなりと許可をくれた。しかも後処理は全て請け負ってくれるらしい。しかも僕とエーリカ用に金貨が数枚入っている袋を二つ渡してくれた。何とも気前がいい。
それを持ち、僕は隣で少し俯いているエーリカに声をかける。
「エーリカ、そういう訳だから、ちょっと街に出かけてみないかな?」
「う、うん。シャルフが行くなら、行きたい」
少し赤らめた顔を上げて、彼女は同意する。
その言葉を聞いた僕は彼女の手を取り、教官達に頭を下げ、部屋を出て行った。
隣で歩くエーリカは何時も無表情で分かりにくいが、僕には外出を喜んでいるように見えた。