05.教官との再開
「嘘だ!」
リグラさんのその言葉に思わず立ち上がり、大声を上げる。
その大声に隣のエーリカが驚いた様子を見せるが、正直それに関心を寄せれるほど僕は落ち着いてはいなかった。
「確かに殺した!僕は殺したんですよ!あれを!殺した!殺したんだ!死んだところもしっかり見た!心臓を抉ってやったんだ!!死んだんだ!死なない訳がないじゃないか!」
「落ち着け。一人だけじゃない。何人も空に舞い上がる、輝く翼を持った少女を見てるんだ。天使型は生きている。それだけは事実だ」
息継ぎ無しで叫び、肩で息をする僕を諌めるようにリグラさんは淡々と告げる。
信じられない。確かに殺した筈なのに。
だが、あいつが生きているなら、僕が生きているのも、最大出力で負った怪我が全くないのにも納得がいく。
あいつは、僕を殺さないどころか、情けをかけやがったんだ。どうやったかは知らないが、僕の怪我を消して殺さずに行きやがったんだ。
あいつは、どこまで人を舐め腐れば気がすむんだ。どこまで人の神経を逆撫ですれば気がすむんだ。
その事実に、感情が爆発しそうになる真実に、僕は再び項垂れ、ひたすら歯軋りをするしかなかった。
「話を続けるぞ。シャルフはそのままで聞いてくれていい。ウィシィリス陥落と八年前の楽園の失墜以来、姿を表さなかった天使型アンノウンが現れたという未曾有の事件と、嬢ちゃんが命がけで持ってきてくれた情報に対して上層部の連中も重い腰を上げた」
「即座にウィシュリス奪還作戦が発動され、尖兵として、作戦総指揮官として、とある将官と首狩隊本体がここに派遣される事になった。将官はお前も知ってる怖い、怖ーいお人だよ」
歯軋りをしていた僕はその言葉に驚きを隠せずに顔を上げる。
「僕の知ってる将官って、もしかして」
「もしかして、さ。今は一線を退いて育成機関で教官をやってるものの、その恐ろしさと能力の高さから『鬼大将』とまで言われたアーデルハイト・プルーメ少将ともう一人、こっちはそんな恐ろしくないな。同じく教官を勤めていたアンネリーゼ・アイヒベルク少将も補佐として来る事になってる」
僕の教官が来るなんて、しかも二人も。何という偶然なのだろうか。天使への感情を無理矢理飲み干し、僕はその話題に集中しようとする。
「それにしても鬼だ悪魔だ恐れられてる人物の下で戦う事になろうとはねぇ。アンノウンに殺される前に上官に殺されちまいそう……痛い!!」
そんな教官であり、上官の自身の筈の人物の悪口をつらつらと語るリグラさんの頭に拳が落ちる。
「そんなに上官に殺されるのが望みなら、今ここで殺してやろうか?リグラ・ファンデル少尉」
「はいはい、お久しぶりー。シャルちゃんにエーちゃん。それにリグー」
そこにはリグラさんの頭を思い切り殴りつけた人物……アーデルハイトさんと。アーデルハイトさんの後ろにはアンネリーゼさんが居た。
二人共、狩兵の黒い将官軍服に身を包み。アーデルハイトさんは黒髪をざっくばらんに切り落とし、左目に眼帯をつけ、アンネリーゼさんはかなり小さく、どのぐらい小さいかというと、僕と同じぐらいの身長で、かなり長く伸ばしたブロンドの髪をポニーテールにしていた。
両方共に僕とエーリカの育成機関時代の教官だった人だ、と言ってもアンネリーゼさんからは何も教えてもらえた事は無いが。彼女が受け持つ時間は何時も自由学習だった。
それとは対極的にアーデルハイトさんの訓練は苛烈極まりない物だった。大岩程度の重量の荷物を背負って何時間も歩かされたり、泥沼で息を潜めて五時間ほどそのままの体勢でいさせられたり。雪山の行軍を碌な装備無しで一日かけて行った際は三人ほど死にかけが出た。中には訓練中にギブアップし、育成機関を去った者もいる。
鬼大将という異名もあながち間違いではない。
「貴様は何時もそんな調子だな。そんなのだから昇進出来んのだ馬鹿者が」
「本当に痛いんだがこれ…昇進なんて元から考えてないからいいんだよ。それにしてもお早いお着きで、アーデルハイト少将閣下殿」
頭を抑えながらリグラさんはアーデルハイトさんの方を向く。余程痛かったのだろう。目には涙が溜まっていた。お互いの反応から、リグラさんとも知り合いなのだろうか。と僕は考える。
「教え子が二人も倒れたと聞いてはな。居てもたってもいられないというのが教官という者だ」
「リグラ少尉、少し席を離れてはくれないだろうか。この二人と話がしたい」
「了解。あんまり二人とも怒んないでくれよ。嬢ちゃんは独断専行していたとはいえ重要な情報を、シューターは天使型と文字通り命かけて戦ってたみたいなんでね」
「その辺りの処置はもう決まっている。エーリカ・エリスマン伍長は独断専行とはいえあまりにも、あまりにも重要な情報を手に入れてきたからな。無罪放免だ」
その言葉に安心したのか、リグラさんはさっさと部屋から出て行く。
部屋に残るのは四人、僕とエーリカ。アーデルハイトさんとアンネリーゼさんだ。
その中で一番最初に口を開いたのはアーデルハイトさんだった。
「シャルフ。あれを使ったな」
あれ、とは言わずもがな。『狼砲・最大出力』の事だろう。
あれは、僕の体にあまりにも負荷がかかるということで、育成機関時代に何度も使うなと指摘された代物だった。
「はい、ですが……」
「私は言い訳は聞きたく無い。私はあれ程言ったはずだ。そんな物に頼らなくともお前は十分にやっていける、お前は十分に強いと。それなのにお前は……」
そこでアーデルハイトさんは自身の左眼の眼帯を掻く。
「天使型とお前の関係は知っている。だが自身の持てる力が通用しない敵には即座に撤退しろとも教えた筈だ。何故か傷が塞がっているようだが、お前はあそこで死んでいてもおかしくなかったんだぞ」
本当は彼処で死んでもよかった。あいつに情けをかけられて生かされるよりは。
そんな感情を飲み込んで、僕ははい、とだけ答える。
「まぁまぁ、アーちゃん。終わった事をいつまで言っても仕方ないじゃん。それよりエーちゃんの情報のこと話そうよ」
アーデルハイトさんの話をアンネリーゼさんが止める。この人は他人を変なあだ名で呼ぶ癖がある。シューちゃんは僕でシャルちゃんはアーデルハイトさん。エーちゃんはエーリカの事だ。
リグーは多分…リグラさんの事だろう。
「…まぁ。そうだな。エーリカ・エリスマン伍長。貴様の偵察部隊、『鷹の目』はウィシュリス陥落の報を聞いてから独断で現場に向かった、そうだな?」
「は、はい。近くに居た私達にウィシュリス陥落の報が届いた際、隊長が広域範囲索敵の異能でウィシュリスを調査した結果、嫌な予感がするといい、速く行かなければ大変なことになるかもしれないと……私達もそれに賛成し、命令を待たずウィシュリスに向かいました」
「そこで部隊は貴様を残して全滅、代わりにかけがいの無い情報を部隊は、貴様は手に入れた。やり方こそ良くは無かった物の、貴様等のお陰でこのウィシュリスで起きた馬鹿げた戦争を、果ては全世界のアンノウンとの戦争も終わらせられるかもしれん。その事は誇れ」
「はい、ありがとうございます」
会話に置いてけぼりにされている感が凄い僕は、彼女達が何を話しているのか皆目見当付かなかった。
天使、のことでは無さそうだが。
そんな僕の気持ちを汲んでくれたのか、アンネリーゼさんが説明をしだす。
「エーちゃんの部隊にはね通信伝達系の異能である『私の目』ってすごく貴重な能力を持った子がいてね。その能力は『自分が見た景色を親しい者と共有する』ってところかな。この場合は部隊内での視界共有だね。で、その子と部隊は必死になって探し当てたんだよ。この八年間、アンノウンと戦い続けて一度たりとも見つけられなかった物が」
「アンノウンの巣窟が、アンノウンの生まれ出る場所が。ウィシュリスが一番最初に襲われた場所に、中央地区ウィンダムにあったんだよ」