03.純白の天使
「レ」
僕はありったけの感情を長銃に乗せ、舞い降りて来たそれに向ける。残りの装弾数は二発。頭部と心臓を破壊し、その肉体を滅茶苦茶に壊すのは造作もない。
「ミ」
満面の笑みを浮かべるそれは銃口を向けられても、只々笑うだけだった。昔にように。友達だった時のように。
僕はそれがどうしても我慢できず、どうしても堪えきれず。それは激情となり、僕の口から出て行く。
「ル!」
レミル。天使の名前。友達の名前。
僕に幸福を与えてくれた女神のような存在。
僕に地獄を与えた天使のような存在。
殺す名前。
殺したい友人。
殺さなければならない少女。
長銃から二発の銀弾が発射される。
一時的な興奮のせいか。時間が、弾丸の軌道が、まるで時間の進む速度が急激に遅くなったかのように、ゆっくりと感じられた。ゆっくりと見られた。
それは真っ直ぐと、天使の頭と胸に正確に飛んでいく。
「シャルフ、自分の感情をちゃんと表現出来るようになったんだね」
「昔の貴方より、今の貴方の方が私はずっと好きだよ」
天使はその翼をはためかせる。その瞬間、銀弾が僕の意識外へと移る。操れなくなる。異能が、使用出来なくなる。
何が起こった。何故動かせない。一体何をした。
だが、そんな事はもうどうでもいい。既に銀弾は天使の頭部と胸に深々と突き刺さっている。
後は銀弾の威力で弾け飛ぶだけだ。それで死ぬ。それで殺せる。それで終わりだ。それで大円団だ。
だがそうはならなかった
突き刺さり、後は貫通するだけだった銀弾は。いつのまにか消失し、そこには無傷の天使だけがいた。
なんでだ。
「貴方なら知っているはず」
なんで死んでない。
「人間に、いえ」
なんで殺せてない。
「この世の全ては」
なんでだ。なんでだ。
「私を殺す事も、傷つけられる事も、出来ない」
「黙れ!!」
長銃から 弾倉を落とし、僕は新しい弾倉を装填し、さらに全弾を撃ち尽くす。
それでも死なない。銀弾は直撃こそすれ何の痕跡もなく消失し、異能も使用できない。
『それ』は笑顔のままだ。
もういい、知った事か。帰りの事など知った事か。後の事など知った事か。
ロングコートの裏から全ての弾倉を取り出し撃ち尽くして行く。
鳴り響く轟音、鳴り響く排莢音。
感情のままに、憎悪のままに撃ち続ける。それでも当たらない。それでも殺せない。
いや、当たるには当たっている。直撃はしている。だが当たった銀弾は、彼女に突き刺さった銀弾は、まるでそもそもそこには無かったかのように消えていく。存在そのものが無かったかのように消えていく。
畜生、なんなんだ。畜生。
『あれ』は一体なんなんだ。
「もう満足した?」
最後の銀弾も消えて無くなる。残りの弾倉は根こそぎ使用した。弾はもう一発も残ってはいない。
だが僕はここにいる。だが天使はここにいる。
「私はこの世界の語り部で有り、書き手なんだよ。残念だけど物語の中の存在が、その創生者に干渉する事は不可能なんだよ」
その言葉に、その『人』を舐め腐った言葉に、『人間以上の存在』を気取るそれに。僕は歯軋りをする。
「何が語り部だ!何が書き手だ!お前は何時もそうだ!この世を地獄に変えた時だってそうだ!お前は人以上の何かを気取りやがって!」
「お前は!お前は!お前は!」
そこで一旦僕は深呼吸をし、カトブレパスを地面に落とす。
これが通用しないのであれば。そうする以外ない。
「お前がそうあるならば。僕もこうあろう」
銀弾を異能で操れなくなっただけで、僕の中の異能は生きている。狼砲は生きている。
ならばこうしよう。
「切ってやる。切札を」
「いいよ。貴方の好きなように」
その感情を逆撫でする言葉を無視して、体に意識と力を集中し。異能の力を一つにまとめあげ、『意図的に暴発させる』。
暴発した力は黒く塗りつぶされた対の虹のような物となり、僕の背中の筋肉を切り裂き、皮膚を突き破り、まるで黒い虹で出来た様な翼の形となる。
狼砲・最大出力。
僕は身体中を駆け巡る力の奔流による激痛を堪えながら、右手を銃の形にし、天使を撃つ真似をする。
すると。
天使の胸にぽっかりと穴が空いた。
「え……」
天使は驚いた表情を初めて僕に見せた。
「何がこの世の物では傷つけられないだ!殺せないだ!こうやって、僕はお前を!殺せるんだ!」
普段は意図的に性能を抑え、『銃弾を操る』事だけに限定している僕の異能だが、本質はそれとは少し違う。
狼砲の本来の能力は『僕自身を銃身とし、ありとあらゆる物、者を銃弾とし、それを操る』。
今回を天使の心臓を弾丸として使用した結果。胸に穴を開ける事が出来た。
だが、弾丸を使用せずに撃てる銃がこの世に無いのと同じように、この力も『僕』という弾丸を使用しなければならない。
この状態でいるだけで皮膚は徐々に剥がれおちていき、肉は裂けていく。常に激痛が襲う。
だがこれでいい。これでいいんだ。
これで、もう。終わりなのだから。
彼女を殺せるのなら、僕は死んだっていい。
最後の一撃とするために倒れこむ天使の頭に照準を合わせ、異能を撃ち放とうとする。
が。
腹から思い切り血が出る。体の関節という関節が切断され、僕の体を倒れこむ。
くそ、もう限界なのか。
もう終わりなのか。
もう僕の身体は持たないのか。
畜生、畜生。
くそったれ。
激痛の中、薄れいく意識が、薄れいく視界が。
最後に共に倒れこむ天使の姿を、僕の脳裏に刻み込んだ。
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「驚いたな。まさかここまで成長してるなんて」
満天の星々が照らし出す戦場に、幕が下りたはずのステージに。
彼女は立っていた。
レミルは立っていた。
無傷で立っていた。
胸に空いた穴は、初めから無かったかのように塞がれていた。
「私を殺せるま進化するなんて。これなら最後は、私と同じになれるかもしれないね」
「でも」
と、彼女は血溜まりに沈むシャルフの体を優しく撫でる。
傷だらけの彼の身体は、彼女に撫でられる度に傷の無い元の姿に戻っていった。
回復や修復では無い。
文字通り元に戻っていった。
「まだまだ不安定。私と同じ存在になるには後一、二歩必要かな」
傷が無くなり、寝息をたてるようになった後も、レミルは彼を撫で続ける。
「大丈夫。貴方は私が救ってあげる。この世界から」
「貴方の幸せを全て壊して、私が貴方を救ってあげる」
「私と一緒に……」
最後に頭を撫で終わると彼女は翼を広げ、空に舞う。
「今日はすごく嬉しかった。貴方に会えて、今の貴方を見れて」
「すぐ目覚めるだろうし、貴方の仲間もすぐ近くまで来てるだからもう安心だね」
「じゃあね。今度は二人きりの世界で会えるといいな」
そんな言葉を残し天使はそのまま空を飛び続け、やがてその姿は夜空に吸い込まれるように消えていった。