02.魔弾
草原には僕がいる。草原には彼女がいる
心地よい風になびく白髪を抑えながら、彼女は言った。
「友達になったんだし、一緒に何かして遊びましょうか」
と。
「ご、ごめん。友達になってもらう事で頭がいっぱいでそんな事考えてもなかった」
と。
彼女の言葉に僕は苦笑し、恥ずかしいと思いながら、そう言った。
そんな僕をみて彼女は笑ったんだ。太陽のような眩しい笑顔で。向日葵の花が咲いたようにぱっと笑ったんだ。
そんな嫌味一つ混じっていない笑顔を。彼女は僕に見せたんだ。
「貴方って変わってるね」
「そうね。じゃあ、遊ぶ前に自己紹介でもしあおうかしら。友達の名前ぐらいしらないとね」
とまた彼女は華やかな笑いを見せる。僕はそれに同意して自分の名を彼女に告げて。
「とても素敵で、とてもいい名前ね。」
「そうね、次は私の番」
「私の、私の名前は」
—————————————
満天の星々の下、僕達は行軍を開始していた。星は爛々と輝き、まるでこれから戦いに行く僕達を照らすランタンのようだ。
馬車を使用したとはいえ、ウィシュリスまではまだまだ遠い。リグラさんを先頭に僕達十六人は林の中、道無き道をひたすらに走っていた。
僕達が出立したのはウィシュリスの北に位置するシュクルトと呼ばれる街の、狩兵駐屯基地だった。そこに僕達は集められ。そこの司令官に将官から言い渡された今回の任務を命令され、こうして行軍している。
走り出してから何十分か立った後、リグラさんが僕達に静止をかける。
「見えてきた。あれがウィシュリスで俺達狩兵の前哨基地だった筈のハーレーン地区」
「灯りが一つも見えない…本当に堕ちたのか。信じられないな……では野郎共、仕事の時間だ。二人一組になってウィシュリスで何があったか調べるぞ」
「何でもいい、何かを見つけてこい。何かを持って生きて戻ってこい。絶望的な状況だが、生存者が居るかもしれない。見つけたら何が何でも生かして連れてこい。いいな」
「計画通り今回の偵察はハーレーン地区に限定し、時間は一時間までとする。時間までに生きてここに戻れよ野郎共」
「では、任務を開始する」
リグラさんのその一言で僕達は事前に決められたコンビとなり、僕達は迅速に行動を開始する。
僕の相方はリグラさんだった。この上なく頼もしい相方だ。
僕達は散り散りとなり、ハーレーンに突入する。
—————————————
彼等首狩隊の精鋭達が突入する前に。フードを被り、マントを羽織った一人の少女がハーレーン内を走り周っていた。
「しつこい……」
少女の後を追い回すように異形達が群れを成してついてくる。
少女は必死に逃げていた。生き残る為に、ここで入手した情報を持ち帰る為に、と。
彼女もまた狩兵の一員であった。首狩隊が来る前に独断専行でハーレーン入りした部隊の一員だった。
(この情報があれば…アンノウンを倒し尽くせるかもしれない。私達は勝てるかもしれない)
生きて帰らねば、情報を持ち帰らねば。
この情報の為に仲間は全滅したのだから。
その執念だけが限界を超えた少女の身体を動かし続けていた。
「この……!」
やがて、逃げ切れないと悟ったのか、彼女は走るのを止め、足のサスペンダーに挿してある何本かあるナイフのうち、3本ほどを引き抜く。
少女に集まるかのように風が吹き、風がナイフに集まる。
「風羽根」
そう呟くと、ナイフをアンノウンの群れに投げ放つ。
ナイフに纏った風は徐々に大きくなり、群れに刺さる頃には竜巻と化していた。
竜巻はアンノウンを切り刻み、辺りに砂嵐を発生させる。その風で少女のフードが吹き飛ぶ。フードの中から出てきたのは、エメラルドグリーンのショートカットにした髪と、まるで猫のような獣耳だった。
「やれた?」
砂煙を前に、アンノウン達の蠢く音、アンノウン達の鳴き声が止んだ事で彼女は異形共を殺し尽くしたと。殺しきれたと思ってしまった。
刹那の油断。戦場での一瞬の気の緩み。彼女はそれをしてしまった。
その刹那の瞬間に、一匹のアンノウンが砂煙を突き破り少女の上半身を食い千切ろうと追い迫る。
一瞬の油断による思考の停止。それによる迎撃への時間のロス。気を引き締めた状態ならば、反応出来た瞬間。
彼女は大きく口を開けたアンノウンを眼前にして、ただ棒立ちになるしか無かった。
彼女は目を瞑り、来たる死を迎えるしかなかった。只々考えを巡らせることしか出来なかった。
ここで私は死ぬの?
何も出来ずに只々死ぬの?
仲間を犠牲にしてまで生き延びたのに?
嫌だ。
死にたくない。
誰か、助けて。
少女の願いに答えるように、周りに轟音が響く。
その音に驚き、少女は目を開ける。そこには、眼前には、自身を喰らおうとしたアンノウンの物と思われる肉のかけらと血溜まりがあった。
「リグラ少尉!生存者を発見!!回収お願いします!」
遠くから声が聞こえる。その声は彼女の聞き覚えのある声であり、彼女が唯一安心出来る声であった。
その声に意識を持っていかれるように、少女はその場に倒れ込んだ。
—————————————
僕が彼女を見つけられたのは偶然だった。ハーレーンに蔓延るアンノウンを殺しながら探索していると、とある場所で竜巻のような物が起きたのが目に入ったからだ。
僕はそれに見覚えがあった。育成機関、狩兵になる為に訓練。学習を積む場所で出会ったとある友人の異能とそっくりだった。
異能とは、八年前、『楽園の失墜』と呼ばれるアンノウンがこの世に湧き出し、この世を蹂躙しはじめた出来事から三年後、つまり今から五年前に人々が目覚めた。読んで字の如く異質な力だ。
人は黙って喰われるほど脆弱でも、惰弱でも無かったと言う事だ。
人々はその異能を使い、狩兵を立ち上げ、アンノウン達に立ち向かっている。
異能の力を神からの贈り物、なんて言う奴等もいるが、僕はそれは断じてない。ありえないと否定する。
追い込まれた鼠は猫を噛み殺す。追い込まれた人間が追い込んだ存在を殺す力に目覚めても、なんら不思議では無いはず。
僕達の目に入ってきた竜巻は間違いなく風属系異能により起こされた物だ。
生存者がアンノウンと戦っている。僕とリグラさんはそう確信し、竜巻が起きたであろう場所に急行する事となった。
そしてその考えは当たる事となる。僕の側で気を失っている少女。僕の育成機関の同期、友人だったエーリカ、エーリカ・エリスマンがそこにはいた。喰われそうになっていた。
どろり、と。僕の心に何かが溜まり出す。
もし異能の発動に気がつかなかったら。
もし間に合わなかったら。
彼女は。エーリカは。
「おいシャルフ!その子は大丈夫か!?」
追いついてきたリグラさんの声で少しだけ心の中の何かが引いていく。
「ええ、気を失っているだけです。リグラ少尉、回収お願い出来ますか」
「ああ。そのぐらいなら余裕だ。だがお前はどうする」
「僕は、殿を務めます。彼女とリグラ少尉の所にアンノウンが来ないように足止めをします」
と。彼女、エーリカが倒したであろうアンノウンの亡骸を踏み台にし、迫り来る新しいアンノウン達を見ながら僕は答える。
「わかった、死ぬなよ」
リグラさんはそう言い残し、エーリカを背負い来た道を戻っていく。
さて。
「お前達よくもやってくれたな」
どろどろと、心に溜まるそれを僕は否定しない。
何故エーリカが此処にいるのかは分からなかったが、僕が、僕達が此処に来なければきっと彼女は。
「許せるか」
僕は自分の得物である対異形用銀弾長銃、カトブレパスを構える。
対アンノウン用に考案された、全長五十センチ、重量三十八キロ、銃身最大装弾数三発の銃身に文字を刻まれた特別仕様の特注品。
銃身に刻まれる文字は。
『天にいわすは誰も無し。信じる者は足をすくわれる』
その言葉と共に僕は長銃から銀弾を吐かせる。轟音と共にそれは発射され、一匹のアンノウンに刺さり、その威力を持って爆発四散させる。
その後、僕は左手をあげ、勢いよく下ろす。
「皆殺しだ」
その瞬間、空中で静止していた超大型銀弾は意思を持ったように軌道を描き、アンノウンの群れを喰らい始める。
僕の異能、『狼砲』。
効果は単純。僕が銃と認識したものの重量と反動を極限まで抑え、発砲した弾丸をある程度の時間、自在に操れる能力だ。
僕がこんな馬鹿でかい拳銃を片手で撃てるのも、『魔弾』なんて大仰な二つ名で呼ばれるのもこれが理由。
弾を操り、只々アンノウン達を作業のように殺していく。
殺しても殺しても。僕の心の黒い何かは解消されることはなかった。
エーリカを救えなかったこと事を考えると。どうしても消えない。どれだけ拭いても残り続ける汚れのように張り付いてくる。
「くそったれ」
そんな言葉を呟く。呟いても感情をどうにも出来ないのは分かりきっていたが、それでも呟かずにはいられなかった。
周りが血と肉片で真っ赤になった頃、周りに生きたアンノウンは居なくなっていた。
どうにも拭いきれない黒い何かをぶら下げながらここまで暴れても一向に現れようとしない、天使の事は一旦置いて起き、僕もエーリカの元へ戻ろうとする。
もう此処には居ないのか。天使はもう居ないのか。
最悪だな、と。どうにも出来ない感情を無理矢理封じ込める。
だが。
その瞬間。
それは現れた。
それは空から舞い降りてきた。
「すごいね。あれだけいた異形共を簡単に倒しちゃうなんて」
それは純白だった。髪は他の色に全く染まっていない白色だった。
「久しぶり。えっと、今は射撃手、シャルフって名乗ってるんだったよね」
それの肌は血管一つ浮き出ていない、白磁のようであった。
「また会えて嬉しいな。シャルフ」
それは僕の薄暗い、青い目とは対照的な紅い美しいルビーのような目をしていた。
それは。
純銀に近い白い翼を抱いていた。
「本当に久しぶり。会えて嬉しいよ」
僕は、それに今まで溜めていた感情を一気に爆発させ、引き金を引く。
「レミル!」