勇者と魔王
油断した。
時間停止魔法を解いた瞬間に襲われるなんて、予想もしていなかった。
南も北も西も、彼を狙っていたのに。
「魔力残滓を追えない。クソ!」
これで追跡に必要な手段がまた1つ消えた。
彼は純粋な剣士だから、魔力を宿していない。
襲った奴の魔力を辿ろうとしたけど、それもできなかった。
「まさか、生贄魔法でも使ったのか・・・?」
魔力の代わりに生命力を使う方法がある。
それを使えば、魔力残滓は残らない。
代わりに生贄にされた者は命を落とす。
「あのクソ共ならやりかねんな。」
ああ、ダメだ。
口が悪くなっている。
イライラしている証拠だ。
パチンッ!
指を弾いて配下を呼ぶ。
「マオウサマ、オヨビデショウカ」
「3時間後、全ての大陸に攻撃を仕掛ける。準備をさせろ。それから、勇者を探せ。この大陸で吸血鬼と会っているはずだ。場所がわかったら知らせろ。絶対に手を出すな。以上だ!」
言い終わると瞬間移動して、魔王の胎に戻る。
私も準備をしないといけない。
私の目の前で攫うとは馬鹿にしてくれたものだ。
今までの魔王と一緒にしたんだろう。
勇者にただ殺されるだけを選んだ魔王達と。
残念だったな。
私は彼のおかげで記憶を取り戻した。
魔落ちによる呪いも今は何故か解けている。
思い通りになると思うなよ。
「魔王様、勇者が見つかりました。」
「すぐにいく。」
無言で着いてくる側近達。
仕方ないことだ。
勇者と会うのに、着いてくるなと言う方が間違っている。
側近の転移魔法で移動する。
目の前には吸血鬼一族と勇者が驚いた顔をしてこっちを見ている。
いや、勇者は驚いた顔と言うよりは、怒りの表情かな。
「シュウはどこだ?」
端的だ。
流石は別次元の私。
「シュウはお前を信用して会いに行ったんだぞ!」
うるさいやつだ。
叫びたいのは私も同じなのだ。
私の顔を見たら、私が何を考えているかくらいわかるだろう。
別次元でも私なんだから。
「空間・人物指定、時間停止。」
私と私以外必要ない。
「冷静に聞け。彼が攫われた。落ち度は私にある。だが、私の策略などではない。」
手に持っていた武器を落とし、勇者の前で跪く。
わかるだろう。
私なんだから。
「話を聞かせろ。」
時間停止の説明に始まり、彼と話した内容全てを伝えた。
途中途中驚いた顔をしていたところを見ると、彼は勇者に全部を話していたわけではなさそうだ。
「それを信じろというのか?」
「わかっているだろう?全て真実だ。勇者のスキルが太鼓判を押してくれているだろう。」
苦虫を噛み潰したような顔。
私もいきなりこんなことを聞かされたら嘘だと思う。
状況次第では斬りかかっているだろう。
「攫ったやつに心当たりは?」
「お前達は派手に動きすぎたからな。東の大陸以外全て敵だと思った方がいいだろう。」
「見た目とかで判断できないのか?さっきの話が本当なら、この世界に結構長くいるんだろう。」
少しは落ち着いてきたか。
冷静になるべきだと判断しただけだろうが。
「顔は完全に隠していたし、体系がわからないように大きいマントを羽織っていた。実行犯の魔力を追おうとしたが、駄目だった。彼も純粋な剣士だから、魔力で追うことはできない。」
「その魔力で追うってのはなんなんだ?」
チッ、そこから説明しないといけなのか。
「魔法を使うには魔力がいる。その魔力は人それぞれ違うんだ。指紋と同じだと思え。」
「そういうことか。追えなかったってことは別の方法で転移したんだな。それもまともではない方法で。」
気に障るやつだ。
簡単に理解しやがった。
「生贄魔法ってのがある。魔力の代わりに命を使って魔法を行使するというものだ。制約は多いが、クリアすれば他人の命で魔法が使える。これを使われると魔力を追うことはできない。」
私の話を聞くだけで、目の前にいる勇者が自分なのだとよくわかる。
考え込むポーズがまったく同じだ。
親友や家族に何度も言われた。
どこの名探偵だと。
客観的に見ると、確かに名探偵が考え事をしている姿に似ている。
「ここに連れて来た部下は全員信用しているのか?」
唐突だな。
「側近だ。」
「そうか。シュウと喋っていた時の立ち位置を教えてくれ。」
変なことを聞く奴だ。
まあ、いい。
聞きたいというなら教えてやろう。
「ふむ、こういう状態だったか。よくわかった。」
何がだ!
1人で完結してんなよ!
あ・・・、これもよく言われていたことだな・・・。
「裏切りなのか、偶然なのか判断はできん。だが、俺の方にも刺客は来てたようだぞ。」
勇者が指差している方を見てみると、確かにいた。
彼を攫ったやつと同じ服装だ。
今すぐ殺してやりたいが、結構遠い。
時間停止を解除しないと近づけない程度には。
「あれを殺さずに捕まえたら、シュウが連れ去られた場所がわかったりするか?」
「可能性はあるし、今はそれに賭けるしかない。」
「折角時間停止してるんだ。ダメだった場合のことも決めておこう。」
勇者は冷静になったようだ。
私はまだダメだな。
目の前で彼を攫われたのは流石にきつい。
「目の前でシュウを攫われたのはきつかっただろう。だけどいつまでも引き摺るな。シュウならそう言うと思うぞ。」
そうだろうな。
彼ならそう言うだろう。
私の親友と同じような笑顔でな。




