名前
中央大陸に着いて、愕然とした。
俺達が知ってる中央大陸とは景色が全然違う。
「なんだ、あの投石器は。向こうにはバリスタまであるぞ。」
ユーマも呆れているようだ。
この町は冒険者がたくさんいるから、魔族も頻繁に攻め込めなくなったってのがゲームでの設定。
魔族が攻めてくるイベントもあったけど、魔法使いが遠距離と対空をこなしてくれたから、近接職は目の前の敵を倒すだけで済んだ。
なので、投石器やバリスタなんて必要なかった。
「これだけの設備がないと、魔族に攻め込まれるってことか。」
俺の呟きに反応したのはニンブルだった。
「今の魔王の代になってから魔族は急激に力を付けました。更に言うなら、戦略を練ってきています。昔はまとめて突撃してくるだけだったのが、囮を使ったり、波状攻撃を仕掛けてきたり。なのでこの町にもああいう兵器が取り付けられました。向こうの壁が高く作られているのも、その関係ですね。」
大陸の中心部側の壁は30mくらいあるそうだ。
これも見たことない。
『吸血鬼達の使者が来たみたいだ。シュウもそろそろ行くんだろ?』
『ああ、俺は魔王から。ユーマは吸血鬼の眷属から情報収集だ。』
集合場所の宿だけ確保して別れる。
お互い本来なら敵対するはずの相手に会いに行くというのに、味方であるはずの人族に会いに行くより安心感があるってのは皮肉なものだ。
ニンブルとリンドには宿で待っていてもらう。
どっちに着いて行っても無事ではいられないだろうから。
魔王が迎えに寄こしたのは梟だった。
わかりやすいように手紙をくわえて飛んできた。
ユーマの方には蝙蝠。
吸血鬼の使いには蝙蝠しかねえよな。
「遅かったな。色々と。」
おっと、すでに少し不機嫌か。
「すまん、色々あったんだ。でもそのおかげで、面白いものを手に入れることができたんだ。だから許してくれ。」
俺の顔をジトっとした目で見てくる。
魔王は俺の事を嫌ってはいない。
むしろ好意を持ってると言ってもいい筈だ。
あの本を手に入れるまでは何故だかわからなかったが、今ならなんとなくわかる。
いや、なんとなくじゃない。
魔王が俺に好意を持つ理由を、俺は知っている。
「その面白いものが期待はずれだったら、1ついうことを聞いてもらおうかな。」
「期待してくれていいと思うぞ。これで俺はこの世界の仕組みが少しわかったからな。」
「勇者は今何をしてる?」
「ユーマなら今頃情報収集してるよ。俺は貴女と、ユーマは別の相手とそれぞれ話し合いだ。」
「女扱いに人扱いしてくれるんだ。嬉しいね。」
顔から緊張感が消えた。
魔王として目覚めてから、女扱いはされなかっただろうな。
魔族も魔物も、魔王として接してきただろうし。
「肌の色が少し違って背中と頭に何かついてる程度じゃん。オタクからすれば全然性の対象だよ。」
「あっはっはっは!コスプレならよくやってたよ。こんなに際どい衣装じゃなかったけどね。」
コスプレイヤーだったか。
それにしても、無邪気な笑顔だな。
「提案があるんだけどさ、お互い知らないことばかりじゃん?時間あるならさ、色々話そうよ。貴女のことを教えてほしい。」
「いいよ。そっちも教えてよね。」
少しの間も置かずに答えてくれたか。
「時間のことなら気にする必要ないしね。範囲指定・時間停止。」
周りをドーム状の何かに覆われた。
「この中は時間の流れが違うんだ。魔法を解除すれば魔法をかけた時から見て2秒後の世界に戻れるよ。」
本物の時間停止魔法を味わえるとはね。
最近の風潮だと時間停止は最強ではなくなってるけど、それでも充分脅威だな。
「この魔法は、戦闘では使えないのが欠点なんだよね。範囲が狭いから不意打ちにも適してないし。」
本当のことなんだろう。
ここで嘘をつく意味はあまりない。
「それじゃあ、俺の名前は高藤修汰。君の名前は?」
「え・・・高藤・・・?」
「どうしたの?知り合いに同じ名字がいたかい?」
「ええ、親友だった子と同じ名前でね。驚いちゃったわ。・・・自己紹介だったね。私の名前はと」
「ああ、苗字はいいよ。知ってるから。下の名前を教えて、東条さん。」
彼女の言葉を遮った俺の言葉は、彼女を驚かせるのに充分だった。
「え・・・は・・・?なんで知って・・・」
「驚いた?実は俺も驚いてる。でも、これが寄り道が齎したものだよ。」
あの本は、昔の勇者が書いたもの。
自己紹介に始まり、自分が調べたことをどんどん書き足していったもの。
そして、自分より後に召喚される勇者のために書いたものである。
「一体何を見つけたの?私の名字を知っている人なんて、この世界にはいない。勇者だった時も、ゲームで使ってた名前を名乗ったのよ・・・。」
「実は名前を聞いてから説明しようと思ってたんだ。最初はね。でも、それだとインパクトが足りないと思った。貴女を驚かすことができて、俺の話をなるべく早く信じてもらうにはこの手段の方が良いと思ったんだ。ギリギリまで悩んだよ。俺の考えが正しい確信はなかったから。でも、俺の名字を聞いて反応した。だから確信を持てた。」
「何を言ってるの?意味がわからないんだけど?」
少し怒ってるか。
そうなると思ったけど。
「説明させてもらうよ。ちゃんと全部ね。でも、その前に教えてほしい。君の名前を。」
「自分が遮ったくせに。」
不機嫌な顔をしている。
それでも、名前を教えないと俺が喋らないと理解したのか、渋々名乗ってくれた。
「私の名前は東条悠那よ!」




