激怒
「助けてくれー!その吸血鬼がいきなり俺達をエンディールから攫ったんだ!この島を滅ぼすとも言っていたぞ!」
精霊魔法剣士改め、ニンブルとリンドに案内されて、犯人が隠れているであろう洞窟に入ってみると、どこかで見たような吸血鬼と人間が17人がいた。
俺達に気付いたおっさんが、いきなり助けを求めてきたのだ。
確かにもう外は暗くなってきてる。
吸血鬼が行動を開始していても、おかしいことではないのかもしれない。
「その吸血鬼は、魔王の手下だ!俺達を餌にして魔物を召喚すると言っていた!町を襲った魔物もこいつが呼んだんだ!絶対そうだ!」
さっき叫んだおっさんより、少し若いにーちゃんが魔物の群れについて教えてくれた。
吸血鬼は魔族扱いだから魔王の手下なのは間違いない。
「早くその吸血鬼を殺してください!勇者様なら簡単ですよ!」
可愛い姉ちゃんは切羽詰ってるのか、早くしてくれと懇願している。
そう言われてもねえ。
「私達は普通に生活していただけの平民なんです!それをいきなりこんなところに連れて来られたんです!どうか、エンディールに帰らせてください!勇者様なら出来ます!」
吸血鬼はこっちを向かない。
俺達に背を向けて立っている。
「勇者様!今なら背中から斬れます!魔族なんて殺せればそれでいいんですから!サクッとやってください!」
勇者に卑怯な真似をしろと言うのか君達は。
「急いでください勇者様!早くその魔族を殺して召喚を止めないと、また魔物が町を襲います!」
そうかそうか。
急ぐ理由が何かあるんだな。
『どうだ?準備終わったか?』
ユーマから少し急かされた。
もう飽きたんだろう。
『ちょっとまってくれ。もう少しのはずなんだ。後10秒くらいだと思う。』
『結構長いんだな。そういえば、ゲームの時もそんなに使ってなかったな。』
俺はメインタンクじゃないからな。
いざって時にしか使わないし、使えないんだよ。
『OK、いけるわ』
『どうすればいい?一緒に前に歩けばいいか?』
『いや、吸血鬼がいるのが俺からみて左だから、ユーマは俺から見て右側にダッシュしてくれ。あんまり前には出るなよ。』
『了解。じゃあ、3秒後に走るわ。』
3、2、1、ダッシュ!
ユーマが動いたことによって、17人は全員そっちを向いた。
その隙にユーマと吸血鬼を俺の後ろに来るように前にでる。
「盾の力解放!麒麟の嘶き!」
盾から光の壁が上下左右に広がる。
黄龍は剣だから攻撃。
麒麟は盾だから防御。
ああ、なんてわかりやすい奥義でしょう。
しかも展開が終わったら、俺は自由に動ける。
全ての攻撃を完全に防ぐ光の壁。
溜めの時間とリキャストが長いことを除けば、とんでもない性能の壁なのだ。
17人は何が起きたのかわからないようで、口を開けてポカーンとしている。
勇者がいきなり走り出したと思ったら、目の前に見たことない光の壁が展開されてれば、驚きもするだろう。
「久しぶりだね。お嬢様達は元気かい?」
ユーマが吸血鬼に気さくに話しかけたのを見て、驚いていた17人はもっと驚いていた。
さっきより口が倍くらい開いてる。
その間にニンブルとリンドのところに向かう。
2人は曲がり角で止まっているので、17人に姿を見せていない。
「間違いありません。辿った魔力の反応があの男から出ています。」
こいつらで間違いないようだ。
「どうしてここにいるの?お嬢様のお付きじゃなかったの?」
ユーマは暢気に吸血鬼と喋っている。
お前そいつの首刎ねてるからね?
恨まれてもおかしくないからね?
「お嬢様方は懐妊した。ここにいる理由はお嬢様方から、この島を守って欲しいと言われたからだ。私がここに来た時にはすでに状況は動いていたから、完全に被害を無くすことはできなかったがな。」
すげえ・・・、自分の首刎ねた相手とまともに会話してる。
吸血鬼ともなると、過去のことに囚われないのかね。
あれ?
ちょっとまて。
何かおかしなこと言わなかったか?
「そうか、目的は果たせたってことだな。良かったよ。」
「おい!かいにんってなんだ!?」
ユーマは目線を逸らす。
吸血鬼は俺を何言ってんだこいつみたいな顔して見てる。
「決まってるだろう。お嬢様方とこの勇者の子供ができたってことだ。お前達の世界では懐妊とは言わないのか?」
いやいやいやいやいや。
「どういうことだ!吸血鬼が懐妊なんて勇者のすることか!貴様は我々エンディールの繁栄のために召喚してやったんだぞ!その恩を忘れたのかこのハズレ勇者め!」
俺よりも先に言及するとは。
しかし、自分達のために召喚したのに恩ってどういうことだよ。
ユーマのことも含めて突っ込みどころ満載すぎだわ。
「誰も召喚してくれなんて頼んでないだろう。しかも繁栄のために召喚してやったって、どうやったらそんな考え方になるんだ?それにユーマはリーリアさんとかとやってんだろ?望みは全部じゃねえだろうけど叶えてるじゃん。それにさ、なんでエンディールの平民がそんなに色々知ってんだよ。その時点でお前等が何かしらの勢力だって言ってるのと同じだろ。演技して騙そうとするなら、もう少し頭使わないと駄目じゃん。」
「なんだと!?オマケが勝手に喋るな!貴様はさっさと実験動物にでもなってろ!それ以外何の価値もないゴミのくせに!」
は?
「そうだそうだ!無価値のゴミが偉そうに喋ってんじゃねえ!俺達が有意義に使ってやるからさっさとエンディールの実験室に行け!オマケ野郎!」
ほう。
ユーマをハズレと言い、俺をオマケ野郎と言うか。
いいだろう、全員ぶっ飛ばしてやる。
と、思ったが、俺より怒ってるやつがいた。
刀を抜いて斬撃を飛ばし壁を抉った。
嘶きで作った壁は、敵の攻撃は通さないけど、こっちからは攻撃できるんだよ。
「おい、虫けら共。俺をハズレだとか駄目勇者とか言うのは構わん。が、シュウのことをオマケだゴミだ囀ったそこの羽虫、簡単に死ねると思うなよ。自分の浅はかさを後悔させてやる。」
「人間の分際で、吸血鬼の王となる方の父親と友人を貶すとは、死ぬより辛い目にあいたいみたいだな。全員拷問した後に、生きたまま魔物の餌にしてやろう。」
勢いよく凄もうと思ったら先に凄まれた。
吸血鬼君まで怒ってるようなので、俺が参戦するわけにはいかない。
この行き場のない気持ちどうしてくれる。
「選ばれしエンディールの民に危害を加えようというのなら、神の裁きを受けることになるぞ!我々は勇者という奴隷を召喚する術を神から直接賜ったのだからな!」
「そうだ!神に選ばれた我等に逆らうなら、神罰を受けるぞ!今すぐ解放するというなら、このことは目を瞑ってやる!そこの吸血鬼を殺して、オマケを拘束して我等に引き渡せ!そうすれば変わらず勇者として扱ってやらんこともないぞ!」
すごい。
火に油注いでる。
こいつら救いようのない馬鹿だ。
「シュウを馬鹿にした奴は、見せしめとしてここで内臓を引きずり出して、食べさせてやるよ。なあに、心配するな。食べきるまで何度でもやり直させてやる。吐いたりしたら、指の先から細切れにしてそれも食わせてやる。もちろん、吐いたら最初からやり直しだ。簡単に死ねると思うなよ。」
ここまでぶち切れてるユーマは久しぶりだな。
いつ以来だろう。
「お二方!魔法がきます!」
ニンブルが叫ぶ。
吸血鬼君は身構えたけど、俺がニンブルに大丈夫とジェスチャーをすると、ニンブルは心配そうな顔をするも、その場から動くことはなかった。
その直後、火や水や土が色んな形状で飛んできた。
俺が作った光の壁はその全てをかき消した。
レベル差が10もあると、絶対に破壊できないんだよ。
今の状況だと俺が自分で壁を消さない限り、17人は動くことすらできない。
壁に体当りしても弾かれるだけだしな。
「大人しくできない虫は手足引き千切って、動けないようにしておいた方がいいみたいだな。」
「それはいいな。馬鹿には見せしめが必要だろう。」
ユーマと吸血鬼君、なかなかいいコンビじゃね?
「もうこの際だから、エンディール滅ぼそうか。そうすれば召喚もされなくなるだろうし。」
「それは我々も困るな。エンディールのトップを皆殺しにして、召喚魔法を使える者を教育しなおすで手を打ってもらえないか?」
ここにいる奴らを苦しめて殺すから、国を作り直すまで飛んだか。
そろそろ止めないとやばいかも。
「シュウ殿、少しいいですか?」
リンドに呼ばれて曲がり角まで下がる。
「公爵様が捕まったと連絡が入りました。勇守隊の活動中に諜報部隊の襲撃を受けたそうです。」
狙ったかの様なタイミングだなおい!
それにしても諜報部隊って一体どれだけ数いるんだよ。
この前トップってやつエルフに差し出したばかりだぞ。
この場からユーマを離せるから良いけどさ。




