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第四章 前章

遅れて申し訳ありませぬ……

 アルクとフレイヤが旅立った直後のアルフヘイム――。


「姫様……」


 儚げに一点を見つめる銀髪の少女――、

 その少女は一人、自分の主への懺悔を胸に生き、その為だけに己の存在を許して来た。


 そんな少女に声を掛けられずに長老三人は、銀髪の少女を悔し気に、虚し気に見つめる。


「……」

「っく……」

「ん……」


 まだ、小さすぎる少女の心に押し付けてしまった自分たちの罪を感じ、各々怒りやため息が漏れる。

 そんな中スーシャは一歩を踏み出し、優しく銀狼のアスィミの頭を撫でる。


「帰るよ、アスィミ」

「うん……」


 スーシャにそう言われると、アスィミは耳をシュンとさせ、惜しむように門の先を見つめるのだった。



 赤い月が輝く不吉な夜の深い森の中――。


『殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、』


 まだ、幼い……とても幼い少女の頭に語り続ける気持ちの悪い声。


「いや、何⁉」


 少女は怯え、近くに居た一つ年上の少女にしがみつく。


「っと、アスィミ大丈夫だからね」


 少女はアスィミの頭を震える手で優しく撫でる。


「お姉ちゃんも怖いの?」


 アスィミは少女に問う。

 すると、少女は優しく笑みを作りアスィミを抱きしめた。


「うん、怖いかな?でも、ママもパパも居るから大丈夫。だって二人とも強いもん!」


 そう少女はアスィミの耳元で語る。

 その言葉にアスィミは安心感を覚え、


「うん」と笑みを零した。


 そんな最中だった、一人の兵士が馬車の中に居るアスィミ達四人に血相を変え近寄って来た。


「姫様達はこのままお逃げください!アルフヘイムまで戻れば、安全です!」


 兵士はそう言い残し再び、闇の中へと消えて行った。


「はぁ……見捨てられないわよね……」

「あぁ、そうだね」


 それを見た少女の両親はお互いそう言うと、見つめ合い笑みを零した。


「お互い」

「お人好しだね」


 そんな事を言いながら、少女の両親は馬車を降りる。


「フレイヤとアスィミはこのままアルフヘイムへ戻りなさい。そこでまた会いましょう」

「ママ?」


 フレイヤは母親から聞かされる不吉な言葉に何処か嫌な予感を覚える。


「姫様……」

「アスィミ……フレイヤの言う事ちゃんと聞くのよ?フレイヤを守ってあげてね」


 そう言い残すとアルフヘイムの姫は馬車の扉を閉めた。


「行って」

「……」


 姫のその言葉に何処か渋る表情を見せる御者――。


「早く行って!」


 そう叫ばれ御者は悔し気な表所のまま、馬車を進ませる。


「ママ!パパ!」


 馬車の窓に張り付き、遠ざかる二人に必死に声を掛けるフレイヤ。


「姫様……」


 同様にアスィミも遠ざかる二人を見つめていた。


 そんな時だった――。


「うわぁ!」


 御者をしていた男が流れて飛んできた矢に射られたのだ。


「きゃぁあああ」

「アスィミ⁉」


 そのまま制御を失った馬車は木の根っこを乗り上げるとそのまま横転した。

 その中で、アスィミを守る為にフレイヤはアスィミを抱きしめた。


「ん……」


 横転した馬車の中でアスミィが目を開けると、頭から血を流し気を失ったフレイヤの姿が目に入った。


「お姉ちゃん……」


 呼んでも反応はない。


「お姉ちゃん!」


 二度読んでも反応はない。


「お姉ちゃん……」


 アスィミは、涙を浮かべ途方に暮れる。

 力のないアスィミに今のフレイヤを如何にかする事は出来ない。

 ただ、その場で泣きじゃくる事しか出来なかったのだ。


「っう……っすん」


 そんな時だった――。


「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「姫様にげ、わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 アスィミが来た方向から多数の叫び声が聞こえて来たのだ。

 その声にアスィミの感情は恐怖で染まった。


「いや……いやぁ……いやぁ……………………嫌ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 そう叫んだアスィミは一人、立ち上がり馬車の窓を割って外に出る。


「いやだよぉ……わたしを……わたしを……一人にしないでよぉ……」


 アスィミはそう言いながら己を抱き、フラフラと元来た道を戻る。


『殺しましょう?殺せばあなたの望む物が者が手に入るわよ?さぁ、殺しましょう?全部。全部、何もかも、目に入った物全てを殺しましょう?壊しましょう。?ねぇ?』


 アスィミの脳に語り掛ける不吉な女の言葉。


「ころす……?ころす……っふ……殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、そっか……殺しちゃえばいいんだ」


 アスィミは不吉な笑みを浮かべると、目を赤く光らせた。


「ふふふ……ふふふ……」


 フラフラと歩くアスミィはメキメキと痛々しい音を立てながら来た道を戻っていく。己の体を成長させながら……。



「このままじゃ、持たないわね……」

「そうだね。でも」

「えぇ、私達の娘二人(・・)を守れるなら……」

「「本望!」」


 二人はそう言うと、剣を構える。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「てりゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「ギョギ?」


 正体不明の黒い敵に斬りかかった二人。


「はぁ……まだ生きてる?」

「あぁ、何とか」


 二人はそう言いながら笑みを零す。


「意外と私達しぶといわね」

「そうだね」


 そんな事を話している最中だった。


『メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、メキメキ、』

「ねぇ、この音なんだと思う?」

「分からん。でもヤバい事は確かだな」


 そんな事を言いながら背中を合わせる二人は黒い影たちに囲まれた。


「ギョギィ!」


 一帯の黒い影のその言葉を合図に黒い影たちが一斉に二人を襲った。


「っふ、ここまでみたいね……」

「そうだね……」


 そう言い二人は剣を地面に突き刺し、互いの手を握りあった。


『ザク』


 そう鈍い音が二人の耳に届いたのは直ぐの事だった。

 しかし――、


「ギョェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」


 斬られたのは二人ではなく、黒い影だった。


「何が……」


 フレイヤの母親がそう呟くと、目の前に現れた全裸の女性に目を奪われた。

 紅い目、赤い月を反射させ赤く光る銀色の髪……。


「みんな、死んじゃええええええええええええええええええええ」


 女性は子供っぽい口調でそう言うと、二人の周りに居た黒い影を殺していった。


「キャハ、アハハハハハ」


 血に塗れ、笑みを浮かべる女性は何処か美しく、不気味だった。

 そんな女性に見とれていると、フレイヤの母親は目を疑った。


「ねぇ……アレ」

「ん?」


 指さした先は女性の首飾りだった。


「っえ……」


 そこには、見覚えのある首飾りがあったのだ。


「じゃぁ、まさか……」

「……」


 二人は呆然とした。


「死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、死ねぇ、」


 そうして、黒い影は全滅した。


「あれぇ?もう居ないの?じゃぁ……次は……」


 そう言うと、白い髪を赤黒く染めた女性は辺りを見渡した。

 すると――、


「ママ……パパ……アスミィ」


 頭から血を流したフレイヤがフラフラと歩いて来たのだ。


「っフ。彼方ね!」


 アスミィはフレイヤを見つけると、口角を上げ地面を蹴った。


「「フレイヤ!」」


 そう叫ぶと、フレイヤの前に二人が覆い被さった。


『ザク』


 二人の体に鈍い音が響き渡る。


「ママ?……パパ?……」

「ガッハォ……」

「ゲェッホ」


 二人は、赤黒い液体を口から大量に吐き出すも、フレイヤに笑みを見せ、己を貫通している女性の両手を二人は強く握った。


「ふ、フレイヤ……助けて……」

「ママ!今、助け……」

「違うわ……あの子を……アスミィを助けてあげて……」


 そう言って、フレイヤの母親は歪な笑みを浮かべた女性を見る。


「アスィミ……?」


 フレイヤは思う、


(これが……あの、アスミィ?)と。


「キャハ」


 再び、凶悪的な笑みを浮かべた女性にフレイヤは、恐怖と共に別の感情も覚えた。


「可哀そう……」


 フレイヤはそう小さく呟くと、女性の後ろに回ると優しく女性の瞼を下ろした。


「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 女性がそう叫ぶと同時に再びメキメキと音を響かせ始めた。

 すると女性の体から大量の蒸気の様な物が上がり始めた。

 そして、しばらくすると蒸気は晴れ、現れたのはアスィミだった。


「アスィミ……ごめんね……怖かったよね」


 フレイヤの母親はそう言うと、アスィミに手を伸ばした。


「ママ……パパ……」


 フレイヤは涙を浮かべ胴に穴が開いた二人に駆け寄る。


「ふ……レイヤ……あの子を責めちゃだめだよ?」

「うん。分かってる……」

「そっか……なら安心だ」


 フレイヤの母親はそう言うと満面の笑みを浮かべ動かなくなった。


「っく……ママ……パパ……うわああああああああああああああああああああああ……」


 そう泣き叫ぶ声でアスミィが目を覚ました。


「っい……」


 全身に千切れる様な痛みが走り、体中が鉄臭く、ねっとりとしている違和感を抱えながら、フラフラと立ち上がった。


「っひっぐ……私が弱いから……弱かったから……守れなかったぁ……」


 フレイヤは二人の亡骸の傍でひたすら自己批判を繰り返していた。

 その姿に呆然と近寄るアスミィ。


「お……おねぇちゃん……?」

「アスィミ……」


 二人の亡骸の傍で涙を浮かべるフレイヤの姿を見たアスミィは、一瞬で全てを理解し小さな少女が耐えられる許容量を超えた。


「いやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 暗い森の中その叫び声が木霊するように永遠と響いた。


次回から本編START!

最後までお読みいただきありがとうございます。

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