第四話 演説
※2018/11/26 加筆&修正
翌日――
フレイヤの屋敷の前にある広場に全領民が集められていた。
「これからどうなるのかしら……」
「終わりだ……」
「フレイヤ様がきっと如何にかしてくれる」
など領民達の隠しきれない不安な声が屋敷の二階に居るアルクの耳に届く。
(領民はここまで追い詰められているのか……)
窓から覗き見るアルクは領民を冷たい目で見つめる。
「アルクこれから演説する前に説明しておく事があるから、そこに座って頂戴」
「はい」
アルクが居るこの場所は領主が事務仕事をする執務室だ。
その執務室にある来客用椅子に腰かけるフレイヤの向かいにアルクも腰掛ける。
「この演説が上手くいった時に私とアルクは帝都に向けて出発する事になるのだけど、その時に立ちはだかる敵と自然災害についてよ。ちなみにアルクはどう言う考えなの?」
「僕の考え……つまり、僕が予想したアルフヘイムを邪魔した存在と言う事ですか?」
「そうよ」
「端的に言ってしまえば人種差別ですね」
アルクの答に満足したのかフレイヤは、笑みをこぼす。
「……流石ね」
「その原因の大半を占めているのがアルフヘイムの自治権。アルフヘイムはフェルス帝国で唯一、領主による高度な自治が認められた領地であり、それをよく思わない周辺領主は多いですから」
「はぁ~そこまで分かってるの?」
「これくらいは、調べれば分かる事です」
フレイヤはアルクの言葉を聞き、アルクの思考能力や知識の凄さに驚くのを辞めた。
「アルフヘイムは作物の不作が続いた所為で備蓄食料が急速的に減ったわ。そこで、私達は森から恵を受けようと木の実の採取や動物の狩りをしようとした。でも、それが出来なくなった……」
フレイヤはそう言うと怒りを落ち着かせる様に紅茶を一口含む。
「ドラゴンですね。僕とフレイヤ様が森で一夜を過ごした時に、明らかに異常な量の魔力を持った生命体が居ましたから」
「い、一夜を過ごしたとか言うな!」
フレイヤは顔を赤く染め抗議する。
(そこが引っかかるのか?)
アルクはフレイヤの反応に疑問を感じるも、問う事はしなかった。
「はぁ……前も言ってたけど本当に気が付いていたのね……」
フレイヤが驚きの表所をしたのも仕方がなかった
ドラゴンは純度が高く澄んだ魔力を好む。
その為、世界樹から地脈を通して送られた新鮮な魔力をドラゴンは好む。
その所為で地脈の端または、その途中にある魔力放出が起きている場所にはドラゴンの巣がある。
しかし、何らかの原因で地脈が塞がれた為ドラゴンが世界樹の魔力を受け取る事ができなくなり、世界樹の新鮮な魔力を求め世界樹に近づいて来た。
そして、フレイヤがアルクの戦闘能力の異常性の一端を垣間見た原因の一つ。
それは、ドラゴンの習性にあった。
ドラゴンと言うのは非常に頭が良く、争いを避ける。
その為、自分の存在を悟られない様に魔力や気配を消す事が多分にある。そんなドラゴンを見つけるのは魔力の親和性が高い精霊族ですら難しいのだ。
それこそ、本気で隠れたドラゴンを見つけ出すのは魔力の塊である精霊でないとできない芸当だ。
「私ですら、アルクと会った時はドラゴンの魔力は感知できなかったのにアンタは感知する事ができたのねぇ……」
そう言ったフレイヤの表情はアルクにとって非常に見覚えの表所をしていた。
「はぁ……」
実に見覚えのある“戦闘狂”の様な表情をしたフレイヤにため息を隠す事は出来なかった。
「ん?どうかしたの?」
「いえ、如何もしていません」
アルクのため息に不思議そうに首を傾げるフレイヤだったが、アルクは適当に誤魔化す。
「そう。それで、ドラゴンの所為で狩りが出来なくなった時に、帝都に向けて使いを出したのよ。そしたらどうなったと思う?」
その言葉を紡いでいたフレイヤの口は小刻みに震えていた。
そんなフレイヤの様子を見たアルクはあまりいい考えは浮かばなかった。
「人種差別ですから……酷い暴行にあった……と考えるのが普通でしょうか」
「えぇ……その通りよ」
その言葉を言うと、フレイヤはスカートの裾を強く握り締める。
「フレイヤ様、怒る気持ちが有るのは分かりますが、あまり強く握り込むと傷ができますよ?それに、とてもお似合いのドレスに皺が寄ってしまいます」
その言葉を聞いたフレイヤは、「っは」と思ったのか、手を急いでドレスの裾から離すとアルクにジト目を向ける。
「あんた、似合うと思ってたんだ……それは普通、最初に言う事だと思うのだけど?」
フレイヤのジト目を受け、アルクは話を元に戻す。
決して、アルクは似合うと思っていなかったわけではない。ただ、これから決闘すると思うと面倒くさいと言う気分で頭が一杯だったのだ。
「アルフヘイムは帝都から遠く周辺の領主は国境を守る辺境伯が多い。そして、辺境伯は前皇帝時代の人間が今も多く残っている。はぁ……ファルミア殿下が嫌いそうな集団の集まりかぁ……考えただけでもめ……いえ、何でもないです」
ここ最近、アルクにとって面倒くさい事や常識外の出来事が多く発生している所為で疲れているのか思わず口に出してしまう。
「っふ、彼方でも愚痴は言うのね」
「言いますよ?僕を何だと思っているんですか……」
アルクは、呆れ気味にため息をつく。
「ん~まだ、会って三日だけど……」
フレイヤは、あごに人差し指を当て考える。
「……感情が無い、常に眠そう、生気を感じない、死体みたい、死んで一か月経った魚の様な目をしてる……とか?」
そう言いながらフレイヤは指を折り数える。
「酷い印象ですね……特に最後は死を通り越して腐っていますよね、僕……」
そう言ったアルクはふと思った。
(久しぶりに、気楽に誰かと話した気がする……)
アルクはセレスとも気軽に話せる仲ではあった。しかし、今のフレイヤとまではいかなかったのだ。
それは、単純にアルクにとって、セレスは気軽な仲と言う前に、護衛対象と言うのが来てしまうのだ。それは、セレスも感じていたのか、無理にアルクと仲を深める事はしてこなかった。
しかし、フレイヤとの関係は変な前提が無い所為か、アルクにとって付き合いやすいのだ。要は、関係が破綻しようが関係ない相手と言う事だ。
一応カルムも居るのだがアルクの脳内からカルムは削除されてしまっていた。
「うん、確かにアルクは常に死にそうな印象を受けてるからかな?」
「……それは、どういう意味ですか?」
「それを私に聞く?と言うか、アンタの事はアンタが一番理解してそうなんだけど?」
「……」
セレスの『常に死にそう』と言葉の意味をアルクは如何しても知りたかった。
それは、アルク自身が一番分かっている。しかし、人間は他人から言われた言葉を真正面から受けようとはしない。
しかしその言葉こそ、自分の弱い部分を知る手っ取り早い方法なのだ。
だから、アルクは聞きたかった。今の自分は他人から見ても自殺願望者なのかと……
「はぁ……まぁ、良いか。貴方は何処か……いや露骨に他者をどうでも良いと思っている。それは、会って三日の私に分かるくらい露骨に。昨日も言ってたしね」
フレイヤは昨日のアルクの言葉を思い出す。
平然と笑みを浮かべながら言った『別にあなた方を助けようとしている訳では無いので無理強いはしません。僕は、ただ一つの解決策を提示したに過ぎず、あなた方を助けるつもりも有りません。あなた方が死のうが僕にとってはどうでも良いですからね』と言う言葉を……。
「確かに言いましたね。そんな事」
「でも、その意見は正しいのよ。合って一日の相手が死のうが生きようがどうでも良い。それは私も一緒。そんな相手、赤の他人だもの。どうでも良いわ。逆に変な偽善を押し付けられる方が私は嫌。そんな相手、絶対何か裏にあるもの。でもあなたはそんな事なかった。だから私は、彼方を巻き込む事ができた。信用する事ができた。」
そう言った、フレイヤは何処か暗い表情をする。
「まぁ、どうでも良かったですから。僕はどちらにしろ生きていくためには此処を出て帝都に戻らなくてはいけませんから。それ以外、生きる術を持ちませんので」
アルクのその言葉を聞き、フレイヤの頭の中で何かが繋がった音がした。
「なるほどね……彼方が死にそうな理由が分かった気がしたわ……」
アルクの言葉を聞いたフレイヤは更に表所を暗くする。
「あなた、生に執着が無さすぎるのよ。だから、何処かに消えて無くなってしまいそうに感じる。それが常に死にそうと私が思った理由ね」
「……」
セレスの結論にアルクは何も答えなかった。しかし内心では『あぁ~やっぱりそうなのか』と、自分を嘲笑う様な事を思っていた。
「さて、本筋とズレましたね。話を戻しましょう」
「えぇ、そうね」
アルクの言葉を皮切りに、話をアルフヘイムをよく思っていない辺境伯達の話に戻す。
「私はね今回、無事に帝都に着けたら辺境伯達をファルミア様に訴えようと思うのよ……」
そう言ったフレイヤは、浮かない表情を浮かべていた。
「そうですか……ですが、それは難しいと思います。フレイヤ様が差別を受けたと主張しても、あちらは白を切るでしょうし、アルフヘイム側だけの主張では辺境伯達を取り締まる事は出来ないでしょう」
今アルクが言った事それはフレイヤにとっても分かっている事だった。
「やっぱりそうよね……今日はこれも相談したかったの。貴方にも答えが無いなら良いわ。ありがとう」
フレイヤはそう言うと、儚い笑みを浮かべた。
しかし……。
「いえ、恐らく。フレイヤ様の訴えはファルミア殿下に受け入れられると思いますよ?」
「っえ⁉でも、さっきアルクも……」
「いえ、確かに確約は出来ませんが、ファルミア様の事ですから適当に理由をでっち上げて如何にかするのではないかと思いまして……」
アルクはそう言うと深く溜息をついた。
それは、アルクの実体験が含まれているからだった。
セレスの騎士として過ごしているアルクにはもう一つ仕事が有った。
それが、ファルミアの手伝いとして、今回みたいな案件を持つ領地にスパイとして潜入して、適当な不正をかき集め突きつけると言う仕事だ。
(それに、ファルミア殿下とセレス様にとってフレイヤ様は好みのタイプだよな……)
アルクは内心で二人のマッサージの犠牲になるフレイヤに手を合わせる。
「そう言えば前もそんな様なこと言っていたけどアンタやけにファルミア様の事知っているわね」
フレイヤがアルクにジト目を向ける。
それに気が付いたアルクは、まぁ良いかと思い口を開く。
「僕は一応、セレスティーナ=ジャンヌ=フェルス様の騎士をしていたので。そこそこ接点はあります」
「……」
アルクの唐突な暴露にフレイヤは呆然としてしまう。
「えっと……ごめん。ちょっと何言ってるか分からない」
「そうですか?ただ、セレス様の騎士をしていたと言っただけですよ?」
「それが!何言ってるか分からないと、言ってるのよ!」
そうフレイヤに強く言われたアルクは制服胸ポケットに入っている勲章を二つ取り出した。
「非公式の勲章ですが、これがセレス様とファルミア様に頂いた勲章です」
一つは杜若があしらわれた銀色の勲章。もう一つは帝国紋が刻まれていた。
「確かに、これはファルミア様が渡す勲章ね……それにこれは、セレスが好きな花のカキツバタ……本当なのね。まぁ、疑ってはいなかったけど……」
勲章を見せられたフレイヤは、信じるしか無くなった為か冷静さを取り戻していた。
「はぁ……これは“ミスった”かも……」
フレイヤは、小さく呟く。
それは、ゲルマンとアルクとの模擬戦の事だ。
(ゲルマン……死なない様に頑張ってね)
と、内心エールを送るフレイヤだった。
♰
アルクとフレイヤはあれからしばらく執務室での雑談で、演説までの時間を潰した。
そして、現在――
執務室からバルコニーへフレイヤが出ると、ざわついていた領民が静まり返る。
「皆さんよく集まってくれました」
そう言った、フレイヤは薄い金髪を風になびかせ、太陽が世界樹に遮られているにもかかわらず、キラキラと光っていた。
アルクはそんなフレイヤの豹変ぶりに少し驚きつつも、そんなフレイヤに威厳を少し感じていた。
(あんな女の子でも立派に領主何だな……)
アルクはそう思うとセレスの顔が一瞬頭をよぎった。
(やっぱり、俺は誰かに頼って生きていく人間なのか……)
アルクはそう思うと拳を強く握った。
「今、アルフヘイムには三つの災いが襲っています。一つは疫病。二つ目はドラゴンそして、三つ目が周辺領からの迫害。私達、精霊族は今までそれらに耐えてきました。しかし、このまま耐えるばかりでは、いずれアルフヘイムは滅びてしまいます」
そう言った、フレイヤの言葉に領民が俯く。
「しかし、私達は考えました。そこで一つの決断をする事となりました事を皆さんにお伝えします」
フレイヤは、領民を真っすぐ見つめ、言葉を紡いでいく。
そんな、フレイヤの雰囲気に当てられたのか、下を向いていた領民たちがフレイヤを見つめるようになる。
「その決断……」
フレイヤはそこまで言って突如、不安に襲われる。
『本当に世界樹を剪定して良いの……』『本当に、剪定して良くなるの……』
フレイヤは、そんな不安に押し潰されそうになる。
すると、執務室の中からチャリンと音が響く。
フレイヤが後ろを振り返ると一枚のコインがフレイヤの下に転がって来た。それは、アルクがセレスから送られた杜若の勲章だった。
(カキツバタ……確か、花言葉は幸福が来る、幸せは彼方の物……っふ。アルクは意外とロマンチストなのね)
そんな事を想うと、フレイヤは不安が吹き飛んだ。そして、勲章を拾い上げ胸の前で強く握り込み、再びフレイヤが言葉を紡ぎ始めた。
「私達は、世界樹を剪定する事を決めました」
そう言った瞬間、領民は一気にざわついた。しかし、それはすぐに収まった――
「姫様――――その、理由を教えてください!」
一人の領民の声によって……
「理由は、幾つかありますが一番はいま流行している疫病その原因の一つとして、日照不足と言うのが間接的に関係している為です。アルフヘイムは世界樹の成長により領土のほとんどが枝や葉により覆われ日光が届かなくなりました。その為、作物が育たなくなり飢餓状態に陥った……その所為で身体が弱い子供やお年寄りが疫病に掛かり始めたのです。ですから……どうか」
フレイヤは、震える声で民衆に説明し世界樹の剪定を許して貰えるよう頭を下げようとした、その時――
「分かったよ!姫様!」
「良いぜ、俺たちも手伝うからよ!」
「あぁ、やるなら全員、共犯だ!ガハハ」
など、フレイヤの意見に参道の領民が多く声を発した。
そんな光景を見た、フレイヤは自然と目から涙が溢れ出していた。
「ありがとう……ございます。みんな、ありがとう……」
それから、フレイヤはアルクに提案されたペストの対策方法を説明し、剪定する日を伝えその日の演説は終わりを迎えた。
「良かった……」
執務室にある自分の椅子に座ったフレイヤはそうこぼした。
「かっこよかったですよ。フレイヤ様」
アルクはそう言うと笑みを浮かべた。
「ありがとう……っあ、そうだ。これ、ありがとう」
「あぁ、すいません。演説中に落としてしまって」
フレイヤがお礼を言ったのに対してアルクは謝罪をして来た
フレイヤはアルクのその意図に気が付くと小さく笑みを浮かべた。
「あっそ、ならそう言う事にしておいてあげる」
そう言って、フレイヤはアルクに杜若の勲章を手渡すと優しく微笑んだ。
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