記憶の整理
ヴェルダンディ城、書庫――
「う~~ん。ここはどういう意味でしょうか……」
セレスは誰も居ない隣の椅子に問いかけようとした。
「はぁ……」
(これで、何回目でしょうか……誰かを頼ろうとしたのは……私の隣には誰も居ないのに)
内心そう思うと、スカートの裾を握りしめる。
セレスは、ここ一週間程、誰かを頼ろうとしたり、誰かが居ない、何か欠けている様な気分で過ごしていた。
「誰か、居たんでしょうかぁ~」
そう言うと、机にうつ伏せになり一枚の手紙を眺める。
「……」
「どうしたの?セレスちゃん」
「ひぁっあ!」
突然、横から声を掛けられたセレスは変な声を上げ、飛び上がる。
「あ、お母さんですか……びっくりさせないでください」
「っえ!そこまでビックリした?でも、普通に入って来たから結構、音が響いたと思うけど?この部屋の扉は重く作られてるし……」
「それは……私が集中し過ぎていたのですね」
そう言ったセレスを見つめるファルミアはセレスが手に持っているのが本では無い事に気が付く。すると、口角を上げ悪戯な笑みを浮かべた。
「もしかして、誰かからラブレターでも貰った?」
「ラブレター?あぁ~これの事ですか。違いますよ。これは、いつの間にか私の部屋の机の上に置いてあった物で、中を見てもインクが滲んで何も読めませんでした」
そう言いながらセレスは封筒から中の手紙を取り出しファルミアに見せる。
「確かに、これはラブレターじゃないわね……でも、何故こんなものが彼方の部屋に有ったの?」
「それが分からないんです。どうしてでしょうね……ですが、何故か捨てては、いけない様な気がして……」
そう言い懐かしそうな目で眺めるセレス。
「そうね……それにしても似た様な事は続くものね……」
ファルミアは、ため息交じりに言うと冊子をセレスに見せる。
「ん?これは何ですか?」
「皇族記。まぁ、歴代皇帝の日記みたいなものね。これを見てみて」
ファルミアは、ページを捲りセレスに見せる。
「これは……文章の流れからして誰かの名前の様ですね……それに1か所じゃない」
「えぇ、何故かこの特定の人物だけ滲んで読めないのよ……」
二人とも、皇族記を眺め観察する。
「しかも、これだけじゃ無いのよ。ほかの書類にも、不自然な事が有ったわ。例えば、対抗戦の3回戦、セレスちゃんの前の試合ね。その試合は、カルム君がシードとしてトーナメントが組まれていたのよ……しかも、マーリン学園の参加者が一人少ない。これも不自然なのよ……」
ファルミアが、そう言った不自然な点を上げていく。
「もしかしたら、もう一人いたのかもしれません。私たちが認識をしていないだけで……」
そう言うと、セレスは窓の外を見る。
書庫の窓の外は、紅く染まり、日が沈もうとしていた。
「……」
(私の日記にも特定の人物の名前だけ滲んで読めなかった個所がありましたし……)
そんな事を考えながら窓の外を眺めていると、赤いものがひらひらと舞っている事に気が付く。
「何でしょうあれは……」
「ん?どうかした?」
「いえ、外に何か赤いものが舞っている様な気がして……」
すると、窓がガタガタと揺れる程の突風が吹き、大量の赤い物が舞い上げられた。
「……」
セレスは、その光景に釘付けになり、唖然とする。
「………………彼岸花」
「彼岸花?あぁ、確か赤い花よね」
「はい。諦め、悲しい思いで、思うはあなた一人、また会う日を楽しみに、と言う意味が有るそうです……」
「へぇ~そうなんだ。確か、セレスちゃんの部屋に1輪あったわよね?」
「はい。何故か、私が……」
セレスが、彼岸花を持っていた時の事を思い出すと、一人の少年の声が聞こえる。
『我思う故に我あり』
「我思う故に我あり……」
聞こえた声を思わず復唱してしまうセレス。
「ん?どういう意味?」
「自分は存在しないのでは無いのかと考える事、その思考こそが自分の存在を証明していると言う事らしいです……」
「へぇ~面白い言葉ね。何処で覚えたの?」
「何処で……」
ファルミアの質問に答えようと記憶を辿るセレス。しかし思い出せる直前に砂嵐が現れ、見えなくなる。
「誰かに教えて持ったことは確かなのですが……一体誰に?」
そう言うと、セレスはその人物と関係がありそうな記憶を探る。その度に、砂嵐に遮られる。
「セレスちゃん?」
「……」
「セレスちゃん!」
「…………」
呼びかけるファルミアの声が届かない程、セレスは集中して記憶を遡る。その度に、セレスは懐かしさと共に、途轍もない寂しさを感じた。何時も傍に誰かが居たはずなのに、誰も居ない。そんな感覚に……
その所為か、セレスは、瞳から一筋の涙を流した。
「セレスちゃん‼‼‼‼‼」
「⁉……お母さん?どうかしましたか?」
セレスの両肩を強く掴み、呼びかけたファルミアの声でようやく、返事をした。
「はぁ~。お母さん?じゃないわよ。どうしたの急に泣いたりして」
「へぇ!?」
不思議そうな声を上げると、セレスは確認すう様に頬を触る。
「本当です……」
「それで、どうしたの?」
「何時も一緒に居た人が居なくなった……そんな感じがしたんです。とても大切な人が……」
「……」
セレスの言葉にファルミアは何も言えなかった。それは、ファルミアも感じている事だからだ。もう一人、セレスと同じくらいの少年がこの城には居た。そんな感覚が有るのだ。
それから、ファルミアと別れたセレスは、自室で自分の日記を眺めていた。
『今日は、****と一緒に書庫にこもって魔法の勉強をしていました。
****は凄いです。私が理解できなかった個所を丁寧に分かりやすく教えてくれます!
明日は、一緒に帝都にお忍び散策します!とても楽しみです!』
『今日の散策はとても楽しかったです。****が人に酔ってしまった時は少し心配しましたが、すぐに体調も戻った様でよかったです!』
『今日は、****と模擬戦をしてまた負けてしまいました。どうして勝てないんでしょう……
私と****の間に力の差が有るのは理解しているのですが、やはり勝ちたいです。
もっともっと頑張らないといけません!』
などと、とっても楽しそうに書かれたん日記を眺めセレスは、一人静かに涙していた。
(やっぱり、私は弱い人間ですね……一人では不安で押し潰されそうになっています。どうしたら良いのでしょうか……)
そう思い、外の景色を見ようと顔を上げると、セレスの視界に過敏にさされた一輪の花が目に入った。
燃えるように赤い、一輪の花……『彼岸花』
「再開、思うはあなた一人、また会う日を楽しみに……」
セレスは、夕方にファルミアに話した言葉を呟く。
すると、セレスの思考は加速した。
六歳時の誘拐から始まり、一年間の勉強期間、学園生活、魔族との戦い……すべての記憶を遡り、すべてを順に追っていく。そして、一番新しい記憶……
『だめですよ。セレス様には責任がありますから。それに、僕に幸せな世界は似合いません……だから、さようなら』
そう言い残し、消えた少年の記憶。悲しさと辛さで作られている様な儚い少年
「アルク君……」
セレスは、自分の意志とは別に唇を動かしていた。
(アルク……アストルフォ=ジャネット=フェルス……お母さんのお姉さんの息子)
そこまで、思い出すとセレスは我に返り、謎の手紙を読み始めた。
『これが読めていると言う事は、僕の事を思い出したと言う事ですね。
では、改めて自己紹介と行きましょうか。僕の名前はアストルフォ=ジャネット=フェルス。セレス様の専属騎士をしていた人間です。
さて、本題です。僕の事をセレス様が覚えていたと言う事は僕の存在を、知っている人間が他にもおり、まだ存在がこの世界に固定されたと言う事です。つまり、また何かの縁が有れば会う事があると思います。その時はお手柔らかにお願いします。
それでは、最後に……僕には過ぎた幸せな空間と時間をありがとうございました。久しぶりに、幸せな時を過ごせて僕は満足です。ではまたお会いできるのを楽しみにしております。
PS.もう一枚の紙は、今の財政を加味して作った、財政案と国営孤児院の立案です。もしよければお使いください。ただし、僕の事を周りは覚えていないと思いますので、あくまで提案はセレス様の名前で行ってください。
アストルフォ=ジャネット=フェルス
「ふふ、やっぱりアルク君はアルク君ですね………」
セレスは涙を拭い気合を入れなおすと、立ち上がりファルミアの部屋へと向かい、孤児院についての会議を開くことにした。
♰
現世、久我家――
「ん…んぅ~」
カーテンから漏れる光で目を覚ましたのは、花桜里だった。
(そっか……昨日は遅くまで凜ちゃんとお喋りしていたから、二人で寝たんだったね……)
花桜里は、隣で眠る凜の頭を撫でながら思う。
(もう一か月経つのか……本当にもう会えないんだね。きーくん)
カーテンのから漏れる光を見ると、何故か光希がもう居ない事が身に染みる。
「ん?お姉ちゃん、どうしたの?」
むくりと起き上がった凜がぼさぼさの髪で花桜里に問いかけて来た。
「ん?別にどうもしないよ。っふふ、凜ちゃん、せっかく可愛いのに髪の毛ぼさぼさだよ?」
「ん~?」
まだ脳が半分寝ているのか虚ろな返事をしながら頭を触る。
「わぁ!ほんとだ……」
自分の姿を認識すると年頃の女の子としては目が覚める事の様だ。
「ふふ、髪の毛梳いてあげるからちょっと待ってね」
そう言い花桜里はベッドから出ると机の上に置かれた桜の花びらをあしらった櫛を手に取る。
「っあ、花桜里おねえちゃんもそれ……」
「うん。きーくんがくれた桜の櫛だね」
「うん……」
その後二人は言葉を発する事は無くお互いの髪を梳くのだった。
♰
登校の準備を終えた二人は朝食をとる為、一階に降りて来た。
「二人ともおはよう。すっきりした?」
花桜里の母親が笑顔で二人を迎えてくれた。
「「うん」」
二人は笑顔でそう答えると、朝食が用意された机の前に腰掛ける。
『速報です。準天頂衛星のみちびき初号機の消息が途絶えたとJAXA宇宙航空研究開発機構が今日未明に発表しました。現在……』
「はぁ……」
このニュースを見た凜はため息をはいた。
「どうしたの?凜ちゃん」
「えっと……これ」
凜はそう言うと花桜里にスマホの画面を見せた。
「うわぁ……」
花桜里も凜のスマホに表示されている物に若干顔を引きつる。
「この衛星の所為で昨日、国家安全保障局が大量にメッセージを送って来たみたい……私まだ中学一年生なんだけどなぁ~」
凜のスマホお画面には大量に送られたメールが表示されていたのだ。
「まぁ……しょうがないかな?私も似たようなものだしね」
凜と花桜里はそう言いながら朝食を終え家を出る。
「それじゃぁ、「行ってきます」」
二人は、花桜里の母親にそう言うと笑顔で玄関を出て行った。
「久しぶりだね。二人で登校するの」
「そうだね。私は一か月も学校休んじゃったからなぁ~」
「ここで、勉強の心配をしていない花桜里お姉ちゃんは凄いよね。流石、飛び級でマサチューセッツ工科大学を卒業してるだけあるね」
と、花桜里をからかう凜。しかし、そう言っている凜も相当の頭脳を持っている。
「あれは、きーくんと一緒に勉強していたらいつの間にかそうなっていただけだからね……」
と少し微妙な表所をする花桜里に、凜も『あぁ~』と同情する。
「お兄ちゃん。異常なほど勉強を教えるの上手いもんね……しかも、やる気にさせるのも……私も、日本の大学位なら余裕で卒業できるって先生に言われたし、その所為で国から目を着けられているわけだけど……」
そんな誰かに聞かれたらヤバそうな事を話していると、脇の道から一人の少年が出て来た。
「ん?二人ともおはよう」
そう言い出てきたのは、花桜里と同級生の大助だった。
「おはよう。大助君」
「大助先輩おはようございます」
「もう大丈夫なの?」
「うん。もう吹っ切れたかな」
と、花桜里は笑みを見せる。しかし、光希に会いたいと言う気持ちが消えた訳では無い。
「そう。それなら一安心だ。それにしても二人とも急に仲良くなった?」
二人の姿を見た大助はそう言う。
と言うのも、花桜里の腕を抱きしめる様な形で凜か居るからかもしれない。
「ん?そうかな?」
「大助先輩。女の子の関係を探るのは厳禁ですよ?」
などと、悪戯な笑みを浮かべる凜。
そんな、日常を花桜里と凜は送れるようになったのだった。
ここで一区切りです。
次回からようやく三章に入れるよぉ~
しかし、今の所、現世とのかかわりを書けていないから、タイトル詐欺感が……
それでは、三章を楽しみに待っていただける方が居れば幸いです。




