第七話 襲撃
数日後――
対抗戦の選抜メンバーが発表された。
「おい、対抗戦の出場者見たか?」
「あぁ、あれなら絶対に勝てるだろ!ただ……」
「あぁ、アストルフォか……」
「そう。なぜ彼奴が選ばれたんだ?」
などと、朝の校内は盛り上がっていた。と言うのも、今回4年に一度の対抗戦に選ばれたメンバーに誰もが納得する程のメンバーが揃っていたからだろう。だが、それはアルクを除いての話だった。
アルクの模擬戦の戦績は全戦全勝と結果だけ見れば良いと思うかも知れない。しかし、対戦相手はどれも、中の中かそれ以下。そんな相手にアルクは、傍から見て善戦を行い、力が拮抗している様に見せていた。その為、アルクの実力は未知数とみている生徒が多く、今回の選抜メンバーに選ばれた事を不満に思っている生徒すらいる。
「あぁ……面倒くさい……」
「アルク君、栄誉ある代表に選ばれたのに、それは他の人に失礼なのではないかい?」
張り出された、メンバー表を見たアルクは、脱力し机に伏せていた。
「そうですよ?アルク君。せっかく選ばれたんですから、頑張りましょうね!」
「はぁ……」
隣に座るセレスに説得されても、全くなびく事は無かった。
「まぁ、これがアルク君とも言えるのかもね」
「そうですねカルム君」
流石、4年以上付き合っているだけあり、二人はアルクの事をよく分かっていた。
アルクがこう言った行事や大勢の観客の見世物になる事を極端に嫌っていたのだ。
「そうか?」
「そうですよ。アルク君がしっかりと戦闘したのは、最初のカルム君の時だけじゃないですか。それ以降は、授業でも9.5割セーブして戦っていますよね?」
「それが妥当かと……」
セレスにそう言われ、眼を逸らしながら答えたアルク。
「それに、アルク君の点数は常に85点だしね……本当に偶然だったらどんな奇跡だろうなぁ~」
「やだなぁ~カルム。あれは、偶然だよ~」
「それを言うなら、その棒読みを直した方が良いですよ?」
「はい……」
アルクは、セレスに怒られると素直に謝るのだった。それは、単純にその後に待っているマッサージと言う名の拷問が嫌だからである。
「あ……そこはすぐ引くんだね」
「いや……」
不審におもったカルムが問うが、アルクは目線を逸らし答えない。
「そんなに、嫌ですか?私のマッサージ」
「嫌ですよ。セレス様のマッサージはファルミア殿下の直伝じゃないですか……嫌に決まっています」
「そうですか……」
アルクの答えを聞き、セレスはあからさまに落ち込んだように俯く。
「あぁ~アルク君、セレス様を泣かしちゃだめだよ~」
「カルム、その鬱陶しい喋り方辞めろ」
「あはは、冗談です。ごめんなさい」
アルクに睨まれたカルムは、手を左右に振り素直に謝る。
「まぁ、アルク君のその気持ちは分かりますけどね」
――とセレスはケロッとした様子で言った。
「やっぱり、親子だねぇ~」
「だよな……似すぎて怖い」
カルムとアルクの二人は、セレスの性格がファルミアに似ている事が少し恐怖に感じられた。
「何ですか?」
「「いえ、何でもないです」」
「そうですか?」
などと、仲良くしゃべっている三人は、傍からは三角関係と呼ばれている事は、また別の話……
2
そして時は進み対抗戦、当日――
「アルク君。ちゃんと戦ってくださいね?でないと私と戦えませんから」
セレスは、笑顔を浮かべそう言った。
「負けませんよ……負けたらファルミア殿下とマーリン先生に何されるか……」
アルクは、そう言った。しかし、本心は違う。
アルクが負ける。それは、アルクが皇女に仕える騎士と知れ渡っている以上、帝国の威厳を損なう可能性が有るのだ。その為、アルクは普通に本気で戦うつもりでいた。
「なら、良いんです」
「二人とも、僕も出るんだけど……忘れてない?」
二人の会話を外輪から聞いていたカルムが、怖ず怖ずと言った。
「あぁ~まぁ~うん。頑張ってください」
「あ、曖昧な返事ですね……セレス様」
「いや……初戦の相手アルク君ですよ?」
セレスは、内心『ご愁傷様です』と思いながら言っていた。と言うのも、カルムは今まで何度もアルクと戦っている。その度にコテンパンに負けているからだ。
「本当ですよ……これ、何の嫌がらせですかねぇ?……確かにアルク君の事は好きだけど……これはちょっと酷くないですか?僕の対抗戦は、校内戦ですか?」
半泣きで語るカルムに、これまで何百戦、アルクと模擬戦をして来たセレスがいたたまれない気持ちいなるが、途中の言葉ですべて吹き飛んだ。
「はい、はい。分かりましたから。落ち着いて下さい。と言うか途中に気持ち悪い言葉を言わないでください。凍らせますよ?」
「じょ、冗談じゃないですか。僕はゲイですけど……」
「別に、カルム君の趣味や同性愛者を否定はしませんよ。ただ、アルク君でそいう事を言わないでください!」
セレスは、そ言うと頬を膨らませる。
「ねぇ、本当にアルク君とセレス様は恋仲じゃ無いのかい?」
「ん?何度も言わせるな。そんなことは無い」
カルムがアルクに耳打ちするも、アルクは普通に答える。
「二人で、何の話ですか?」
セレスが虚ろな眼差しで問う。
「な、何でもないですよぉ?」
などと、三人が控室で話していると、扉が開かれた。
「失礼するわよ」
そう言い入って来たのは、真っ赤な髪を揺らし、気高そうな女性だった。
「これは、ユミル学生長。おはようございます」
「ユミル様おはようございます」
「ユミル殿おはようございます」
と、各々ユミルに挨拶をする。
ユミル・アン――八騎士家の一角であるアン家の次期当主であり、マーリン学園の学生長をこなしている。
学生長とは、学園都市のトップであり、学園都市自治権の最高決定者だ。その地位を普通国に当てはめれば、宰相や総理大臣と言った地位に当てはまる程大きな存在だ。
「セレス様おはようございます。二人もおはよう」
ユミルは、アルクをチラッと見るとすぐにセレスに目線を向け挨拶を済ませる。
「それでユミル様、何か御用でしょうか?」
「いえ、少し様子見に来ただけです。皆さんは対抗戦に初出場でしょうから」
「そうですか、それはありがとうございます」
セレスの受け答えに合わせ、アルクとカルムも頭を下げる。
「三人とも、歴代最年少の出場ですので、くれぐれもケガ等には気を付けてくださいね」
ユミルは、そう言うとアルクをしばらく見つめた後、控室を出て行った。
「相変わらず、キャラが定まっていませんね。ユミル様は……」
「そうですか?恐らく、あれは……どう接したら分からないだけだと思いますよ?どう思うアルク君」
「どうでしょうね……」
ユミルが出て行き、三人はユミルについて喋っていると、外から物音が聞こえた。
☆☆☆☆
(はぁ……超かわいかったぁ~ヤバいですよ!あれは、反則ですよ。何ですか、あのお人形さん見たいな顔、艶々とした綺麗な髪……もうぉ~私をキュン死させる気ですかぁ~ギュッとしたいです。流石にできませんが……はぁ~可愛かったなぁ……アルク君)
と、控室を出た外でユミルは一人悶えていた。
「あ……鼻血が」
ユミルは興奮しすぎて出て来た鼻血を拭うと自分の控室に戻って行った。
☆☆☆☆
「えっと……八騎士家は基本変態ですか?」
「………………否定はしません」
外で、悶えるユミルの様子を少し開いた扉の隙間から覗いていたアルクとセレスは少し、引いていた。
セレスも、アルクの質問に八騎士家の面々を思い浮かべた後にそう答えた。
「酷いなぁ~僕は普通だよ?」
「黙れ。近寄るな」
「そうです。私のアルク君に近寄らないでください!」
セレスが、アルクの腕を抱くと、そう言った。
「えっと……セレス様それはどういう意味ですか?」
「ん?私、騎士と言う意味ですよ?」
「好きとではないと?」
「アルク君の事は好きですよ?」
「えっと……」
「何ですか?カルム君さっきから……」
「これ、どうなの?」
カルムは、セレスの質問を無視し、セレスを指さし問う。
「何がだ?」
「アルク君は、分かった上で、スルーしているから質が悪いよね……」
――と、アルクとセレスの関係に若干呆れ気味のカルムだった。
そうこう話している間に、アルクとカルムの試合の時間が迫っていく。
「それでは、第三回戦の試合を始めさせていただきます。まず、東からカルム・ゼクス選手の登場です。カルム選手はなんと八貴族家の次期当主。その実力は八貴族の名に恥じぬ強さです。続いて西から出て来たのは、アスフォルト選手です。実力、学力、何もかもが未知とされる人物で、さらに!セレス様の専用騎士。そのミステリアス感に魅せられた女子生徒は多いとか。さぁ、それでは、もう少しで試合開始です!」
「よろしくね。アルク君」
「あぁ……」
二人は、闘技場の中央でお互い握手をすると、同時に背を向け距離を取る。
「では、両者とも準備が出来た様ですので、始めたいと思います。それでは、試合、開始‼」
カルムは、その言葉を聞くと同時に剣を腰に構えアルクに向かって走り出す。
「エア・ディスペル」
アルクが、そう呟くと闘技場の砂が勢いよく舞い上がり、カルムと観客の視界を潰した。
「おっとぉ!何が起こったのでしょうか!闘技場の砂が舞い上がりました。これはアストルフォ選手が何かをしたのでしょうか!?」
実況が砂埃により全く戦闘の様子が見えていない観客に必死に伝えようとしている中、砂埃の中ではすでに決着がついていた。
「っく……」
「悪いな」
「いつから、そこに居たの……」
「さぁ……いつからだろうな」
カルムはその言葉を聞くと、手から剣を落とし両手を上げた。
「おっと!視界が晴れてきまし……なんとぉ!すでに決着がついています。両手を上げたカルム選手の首元にアストルフォ選手の手刀が突きつけられています。まさに謎!一切、攻防を見る事が出来ませんでした!勝者は、アストルフォ選手!」
そのコールを聞くと、アルクは手を下ろす。
しかし、観客からは大ブーイングだった。
「はぁ……疲れた」
「疲れたのはこっちだよ。何だいあれ?」
「あれ?あぁ、最初の目潰しか。あれは、エアをディスペルして、圧縮された空気を解放しただけだ」
「そうじゃない。アルク君はどれ程の強さを持っているんだい?今の攻防で全く底が見えなかったよ」
「強さ……か……そんな物、俺は持ち合わせて居ないよ。」
少し、怯えた様に問うカルムの言葉にアルクは、カルムが言うその強さをあっさりと否定した。
(あぁ……俺に強さが有ればどれだけ、楽だっただろうなぁ)
アルクは、砂ぼこりが晴れた闘技場の真ん中で天を仰ぎ、今までの出来事を頭の中で思い浮かべていた。
「それでは、両選手は退場してください」
二人は、その言葉を聞き闘技場を出る。
「二人ともお疲れ様です」
そこには、セレスが待っていた。
「次はセレス様です。頑張ってください」
「セレス様、頑張ってくださいね」
アルクと、カルムに見送られ、次はセレスが闘技場に出る。
「続いての、試合は我が帝国が誇る美の象徴にして、次期帝国の象徴。セレスティーナ・ジャンヌ・フェルス皇女殿下と……『バ――――ン』」
突如に闘技場に爆音が鳴り響いた。
「何ですか?」
セレスはその音のした、観客席の方を見ると、白い煙が立ち上っていた。そして、徐々に煙が晴れると、そこには……セレスにとって……いや、すべての正常な感受性を持った人間にとって、地獄の様な光景が広がっていた。
「ああぁ~熱い、熱い誰か……」
「わぁ……助けて……」
「あ……み、水……」
そこには、皮膚が焼き爛れた人、全身に火傷を負った人、誰かも判断がつかない程、黒く焼け焦げた人……まさに地獄だった。
「……に……逃げろ!」
「やだぁ!」
「どけぇ!?」
「まだ、死にたくねぇ!」
そして、状況を認識しだした、観客が一斉に出口へと向かい走り出す。会場は一瞬にして混乱状態となる。
「セレセ様、大丈夫ですか?」
騒ぎを、脇で見ていたある宇賀セレスに駆け寄る。
「……大丈夫です」
セレスは、そう答える。しかし、その目は爆発が起きた観客席を見つめたまま、動かさなかった。
「キャはははははハハハハハっハ。人間は面白いな」
すると、上空から女の声が聞こえ、アルクとセレスは上空を見る。
「魔族……」
「最悪な状況だな……」
空中に居たのは、赤く燃える様な長い髪での背中には黒いコウモリの様な羽が生えている、女の魔族だった。
「さて……そこの、お嬢ちゃん。私に攫われてくれないかしら?」
魔族の女は、セレスを指さしそう言う。
「……っ」
セレスは、出かかった言葉を飲み込み魔族の女を睨む。
セレス自身は、はい。と言いたかったのだ。しかし、自分の身分上そう言う事はできない。いくら国民を守るためだとしても、セレスはこの国に必要な人間……皇帝の後継者なのだから、何も答えられない。
「あぁ、断っても良いけど……また人が死ぬわよ?」
そう言い、魔族の女は出口に向かって逃げ惑う観客に、向けて魔法を放ったとうとする。
「やめ……」
セレスは、それを止めようとしたのだろう、手を伸ばし精一杯の防御魔法を展開した。しかしそれは無残に砕け散る。
しかし、それは当たり前だった。なにせ、セレスとアルクが居る場所から観客を守るには遠すぎだのだ。
つまり、己自身の魔力干渉力では、観客の居る位置まで魔法を完璧に発動させられないのだ。だから、アルクは何もしなかった。何もできなかった。
「やめてぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
セレスがそう叫んだ直後『ドカ―――――ン』と言う轟音と共に、観客席の一部が吹き飛んだ。
「あれ?少し力入れ過ぎたかしら。まぁいいや。何人か消し飛んだだけだし」
魔族の女はそう言い、笑みを浮かべると、セレスの方を見る。そして再び笑みを浮かべた。
「あ……あ……」
その光景を見たセレスは、膝から崩れ落ち、手を伸ばした。破壊された、観客席に向かって……
「何それ!?どうしたの?そんなにショック?自分の国民が死んだのがショック?ねぇ、今どんな気持ち?ねぇ、どんな気持ち?」
セレスは目の前で起きた事を止められなかった、自責、また自分の所為で関係のない人を殺してしまったという自責が重なり、その場でへたり込み、声にならない声を発していた。
「っつ……やるしかないか……『クリエイト』」
「お?何?君、私と戦うの?へぇ~命知らずなのか、馬鹿なのか、それとも……」
魔族の女はそう言うと、口角を吊り上げアルクに向けて殴りかかった。すると、アルクを殴ろうとした腕は、すでに、魔族の女の後方に飛んでいた。
「……へぇ~やるじゃん。ご褒美に何か一つ質問に答えてあげるよ」
腕を斬られた事に気付いた魔族の女は、アルクと距離を取ると余裕な笑みを浮かべそう言った。魔族にとって、腕の一本や二本はすぐに再生するのだから関係ない。それよりも今の戦いを楽しみたいのだろう。
「それじゃぁ、一つ。これは誰の命令ですか?」
「そんな事で良いの?」
「はい。それで大丈夫です。早く答えてください」
「『イルミナティ』よ」
「イルミナティ……」
アルクは、そう復唱すると、少し考え始める。
(ラテン語で、照らされた者……確か、地球にもそんな組織が存在した様な……)
「さて、それじゃぁ、そろそろ…………」
魔族の女は、腕を再生させ、再びアルクと交戦に入ろうとした。しかし……
「貴様……何をした」
「何もしていませんよ。ただ、この刀が斬っただけで……」
アルクは持っている刀を魔族の女に見せる。その刀身は赤黒く、禍々しい刀。
「そんな訳……っク」
魔族の女は、空中に浮かんだまま心臓を抑え悶える。
「無理ですよ。この刀は彼方を呪っていますから」
そう、今回アルクは自分の血液では無く、この場で死んだ観客の血液を使い魔族の女を切ったのだ。当然、その血液には魔族の女に対する、憎悪、怒り、悲しみが纏わりつく。
「やめろ!来るな……来るなぁ!」
女は、幻覚を見始め、そこで地面に落ちると腰を抜かし、足を必死に動かし後ずさりする。
(魔族にも効くのか……)
アルクはそこが不安要素だったのだ。魔族は、体、心、魔力全てにおいて、人間をはるかに超える強度を持つ。そんな相手に、精神攻撃が効くのか分からなかった。
「いやだぁあぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」
魔族の女は、泡を口から吹き、絶命した。




