第六話 大切な友達
アルクとファルミアは、ファルミアの私室のバルコニーで向かい合い座っていた。
「どうぞ、レモンティーです」
アルクは、ファルミアにレモンの輪切りが浮かぶティーカップを差し出す。
「ありがとう。早速だけど始めましょうか」
「はい。お願いします」
そう言い、ファルミアは覚悟する様に紅茶を一口含む。
「それじゃぁ、まずどうしてセレスちゃんが今みたいな性格になったのか、から話そうかな」
そう言った、ファルミアは少し悲しそうな目で紅茶に浮かんだレモンを眺めていた。
「あれは、8年前の事ね……セレスちゃんには昔、仲の良かったミコトと言う女の子が居たの。彼女とセレスはとても仲が良くてね、何時も二人一緒にいたわ」
八年前――
「セレス様~待ってくださいよぉ~」
「遅いよ!ミコトちゃん!」
黒に近い赤色の髪でメイド服を着たミコトと、無邪気に笑い年相応な表情を見せるセレスが仲良く王城の中庭を走り回っていた。
「セレス様、ミコトあまり遠くへ行ってはいけませんよ~」
二人を見守る様な優しい目線を向けたのはミコトの母親でファルミアの専属メイドのミクだ。
「ふふ、元気で良いわね」
同じように、眺めているファルミアが、紅茶を一口飲むとそう言った。
「そうですね」
こんな、穏やかな生活がずっと続けばどれだけよかっただろうと、ファルミアはこの後おきた事件後に心底思うのだった。
それは、突如として起きた――
中庭でかくれんぼをしていたセレスが、近衛騎士の中に紛れ込んでいた革命以前の残存勢力に誘拐されてしまったのだ。
「今だ、セレス様は見つかりません……」
その報告が来たのは、セレスの誘拐が発覚してから2日が経った日の事だった。
「嘘……セレス……」
ファルミアは、その場にへたり込んでしまう。
「ファルミア殿下!」
すぐさま、ミクがファルミアを支えるも、ファルミアは立てなかった。
(こんなに弱ったファルミアを見たのは初めてね……しょうがないわ……私だって……)
ミクは、今の状況がもし自分に起こったらと考えると恐ろしく、ファルミアを支える手が思わず震えた。
そんな事をミクが考えていると、ファルミアの私室の扉が勢い良く開かれる。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「こら!ミコト、ここが……」
「そんな事どうでもいい!セレスちゃんの居場所が分かったよ!」
乱した息のまま言ったミコトの言葉にミクとファルミアが目を見開いた。
「それは、本当に?」
「はい。恐らく本当ですが……スラムの子供たちが何人か見たとの情報、商業都市で得た情報が一致しました」
ミコトはそう言うと、疲れが出たのかその場に座り込んでしまう。
「ミコト!」
「大丈夫です。お母さん。これで私たちの家の仕事の一つは完遂です……」
ミコトとミクの家はクノイチ家と言われ、代々女系の家であり、その当主は皇帝の隠密部隊として働いていたが、その力が途絶えた今は、ただのメイドとして皇帝に仕えている家系だ。
しかし、ミコトは三歳にしてクノイチ家の仕事の一つとされていた、諜報をやり遂げたのだ。しかし――
「何をやっているの!」
ミクは、ミコトを怒ったのだ。しかし、これは当然とも言える。
どんな親だろうと、自分の子供が危険な事をすれば怒る。そんな愛情の表現なのだから。
「おかあ……」
「そんな、危ない事して!もし、あなたに何かあったら……あったら……」
ミクは、瞳に涙を浮かべ、ミコトに抱き着いた。まるで居る事を確かめるかの様に。
「ありがとう……ミコトちゃん。でも、そんな危ない事はしないでね」
ファルミアは、悲しそうな顔で優しくそう言った。
すると、ミコトの瞳に涙が浮かぶ。
「だって……私の所為で……私が、セレス様を……私はセレスちゃんの友達……だから」
ミコトは、セレスが攫われたのは、自分の所為だと思っていたのだ。自分がちゃんとしていれば、もっと自分が、しっかり仕事をしていれば……そう思うと、自分が許せなくなり、ミコトはセレスを探すため王城を出たのだった。
しかも、今まで買い物などで知り合った広い人脈をフルに使い、ミコトはセレスの居場所を特定したのだ。それは、三歳とは思えない程の行動力と精神力の賜物だった。
「だって……セレスちゃんは私の……大切な、大切な……友達だもん。絶対にまた一緒に遊ぶんだもん!」
ミコトは、ミクの胸の中でそう叫び泣いた。
それから、すぐに騎士団か編成されセレス救出が始まり、ミコトとミクは、場所の正確な案内の為に騎士団について行く事となった。
当然、ファルミアもついて行くと言ったが、ミクとイクスにより、論され今は執務室で待っている。
「ここです……」
ミコトが指さした先に有ったのは、使われなくなりボロボロになった教会だった。この辺りは月明かりも届かず、真っ暗だ。その所為か教会が一層不気味に見える。
騎士達は、そんな教会を明かりも付けずに包囲すると、逃げ場を失くした後に突入する。
「突入!」
騎士たちは、正面の入り口と、裏側の入り口から犯人に気が付かれない様に、静かに入って行った。
しかし、それからしばらくしても、セレスと犯人は見つからなかった……
「居たか?」
「いえ……」
騎士たちは、脱力するように、首を振る。
すると、ミコトが、何かを感じたかのように教会の向かいにあった、小さな建物に向けて走り出した。
「ミコト!」
「っん……」
(この声はセレスちゃんの声だ!)
ミクの呼ぶ声を無視して、走っていくミコトをミクは追いかけ一緒に向かいの建物に入って行く。それに遅れて気が付いた騎士達も何人か追いかける。
☆☆☆☆
「っち……騎士たちが嗅ぎつけて来たか……明日が引き渡しだって言うのによぉ」
「どうします兄貴!」
「あれを使って逃げるぞ!」
そう言い、男達は教会の中にある、祭祀台をずらす。すると、その下から階段が出て来た。
「兄貴、こんな所に隠し通路が有るんですか!」
「あぁ……この前たまたま見つけてな。向かいの建物に繋がっている。そこから、騎士たちが引くまで身を隠すぞ!」
「ん――――――――――――ん―――――」
誘拐犯の後ろに、手首と足首、更に口を縛られたセレスが横たわっていた。
「ッるせぇなぁ!」
「んッグ」
男はセレスのお腹を蹴る。三歳の体には辛い痛みだ。
そのまま、痛みにうずくまっていると、男達に抱えられセレスは、運ばれた。
☆☆☆☆
「ミコト、何処に行くの!」
「こっちに、セレスちゃんが居る」
ミコトがそう言い、地下にある扉を開けた。
すると、セレスに剣を突きつけた男と、その子分の姿が二人の視界に入った。
「セレスちゃん!」
ミコトがそう叫ぶと、剣を突きつけている男が顔をゆがませた。
「ッチ……この任務はもう無理だな……作戦変更だ。あのお方の言う通り姫を殺して逃げるぞ」
「お、オス!」
男がもう一人の男に聞こえるくらいの声でそう呟く。
「お前達!今すぐ、セレス様を放しなさい」
ミクは、持っていたナイフを抜きそう言う。
「っへ……やなこった」
男のゲスな笑みを見た、ミクはナイフ片手に、剣を構えた男に斬りかかる。
「おっと……流石クノイチ家だ。だが、こちとら、つい最近まで騎士をやってた戦闘のスペシャリストだ。そんな甘い攻撃じゃ、死ねねぇなぁああああ」
男は、なめた口調でそういう。
「おい!姫を殺せ。」
「了解!」
もう一人いた男に、剣を思った男は命令する。
「悪いな、姫さん。あんたに恨みは無いが、これも命令なんでね。ここで死んでくれや!」
そう言いながら、男は剣を振り被る。それに対処しようと、ミクが男との戦いを振り切り、セレスに向かって走る。しかし、それとより、早くセレスに覆い被さって居た人物が居た。
「セレスちゃん!」
ミコトだ。
「ミコト!セレス様ぁ!」
そして、そんな二人の様子を見たミクは、命中する確率の低い『攻撃』と言う選択肢を捨て、二人に覆い被さった。
この二人さえ守れれば良い。そんな思いからの行動だった。
「死ねぇ!」
男は、蓋い被さったセレスに剣を突き立てた。
「ん、ん゛――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ん」
それは、セレスの前で起きた出来事。
男の突き刺した剣は、ミクの思いも虚しく、ミクを貫通してミコトまで至っていた。
「ッグ……っハ……み……コト」
「ゴっハ……」
二人は、口から赤黒い液体を大量に吐く。それは、当然二人の下に居る、セレスにかかり、白いドレスが徐々に赤黒く染まる。
「あぁん?まだ生きてんのかぁ……ならもう一回だ!」
そして、再び男は剣を突き刺した。しかし、またしてもミコトで剣は止まっており、セレスまで届かなかった。
「あ゛…………」
「っぐ………おか……さん」
ミコトと、ミクは痛みに耐える様な声を発する。そして、二人の視界は徐々に薄れていった。
「んん――――――――んっん――――――――――――――――――――――――――」
セレスは、そんな二人の状況を見ると、必死に首を振りながら叫ぶ。
(いや……ミコトと離れたくない!ミクさんとも、もっとお話がしたい!いや、いや……)
そんな思いがその叫びには乗せられていた。
そして、その直後にミコトとミクが入って来た扉が勢いよく開かれた。
「お前ら、何をしている?」
そこに居たのは、イクスだった。
「お前は……」
しかし、男のその言葉の直後、二人の男の首と胴体は別れ、男達は自分の体を逆さに見る事となった。
二人を絶命させた、イクスはセレスを守る様に重なるミコトとミクの所へ向かう。
「二人とも……」
「ん―――――ん――――――――――」
二人は、すでに絶命しており、息をしていなかった。ただ、何処か安心した様な表情を二人はしていた。
2
レモンだけが残ったティーカップを見つめるファルミアは、震える声を発した。
「と言う事があったの。それからね。セレスちゃんが周りに敬語使う様になって、精神的に成長しだしたのは……」
そう言った、ファルミアは泣きそうになるのを我慢している様だった。
それは、自分の力が及ばなかった、無力感から来ているとアルクは感じた。
「そして、その事件の後にセレスちゃんが何度も誘拐され、その度に誰かが必ず犠牲なってセレスちゃんを守る。そんな事が何度も起きたのよ。最近はアルク君がその前に守ってくれているから、犠牲者はで居ないのだけどね……
誘拐された先で、セレスちゃんの優しさに付け込んで脅す連中まで現れたら、セレスちゃんは如何しようも無いのよ……あの子は如何しようも無いくらい民に優しいから……」
セレスは自分の為に死んでいく人間を嫌と言うほど見ている。その度に、自責、怒りが芽生え、心の中に押し留めるしかなかった。そんな事を繰り返していて、人間が正常に生活が出来る訳ない。特に、急速に己を成長させたセレスに、その重みを耐えろと言うのは酷と言うものかもしれない。
なにせ、セレスの心は突貫工事で作られた脆く、何時崩れ去っても可笑しくない物なのだから……。




