第四話 秘密
「っぐ……」
その場に居た、アルクとセレス以外の全員が息を呑んでいた。
(やっぱり、アルク君はアルク君ですね……)
と、内心嬉しそうなセレスとは対照的にマーリンは目と口を開けたまま、固まっていた。
「マーリン先生?綺麗な顔が、凄い事になっていますよ?」
「……そんな事どうでも良いわ……今!何が起きたの!?」
隣に座っているセレスの肩を掴み切迫した様子のマーリンが問いただす。
「何が起きた……ですか?私には、普通に歩いて行って手刀を決めた様にしか見えませんが?」
「そうなの?と言うか如何してセレスちゃんは見えているの?」
「あぁ……そう言えばそうでしたね……」
セレスは、自分が常時行っていた事を思い出した。
「どう言う事よ!?」
「楽しいですね……なかなかマーリン先生が慌てる所はみませんから」
と、口元を隠しお淑やかに笑うセレス。
セレスはここぞとばかりに、マーリンをからかう事にした様だ。
「良いから……」
「どうしましょうか?」
「……」
「教えて欲しいですか?」
「セレスちゃん……段々ファルミアに似てきたわよね……いいから教えなさい。」
楽しそうに、からかってくるセレスにマーリンは真剣な眼差しで命令した。しかし――
「それは……嫌です」
真顔で返してきたセレスにマーリンは(ただ事じゃないと)思いながらも、本題の事を思い出す。
「まぁ、それ事は、今は良いわ。それで、結局この勝負は何が起こったのよ……」
「それは、アルク君に聞くのが早いのでは?」
「た、確かにそうね……」
マーリンはそう言うと、アルクの下へ走って行った。その姿は、傍から見れば子供が何かを見つけ、興味津々に走っていく様子にしか見えない。
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「まだ、続けますか?」
アルクは、審判をしているロロットにそう言う。
「そこまで。勝者アストルフォ」
その言葉を聞き、呆然としていた生徒達は正気を取り戻したのか、疎らに拍手が起こる。
アルクも、勝負ありのコールを聞き手刀を下ろすと、カルムはその場にへたり込んでしまう。しかし、その行動は当然だった。なにせカルムはまだ7歳と言う小さい体、成長していない精神でアルクの殺気を一瞬でも受けたのだ、漏らしていないだけ優秀なのかもしれない。
「あ、アルク君!」
すると、アルクの下にマーリンが子供の様に走ってきた。
「マーリン学園長。何でしょうか?」
「あなた、今何をしたの?」
「そ、それは私も気になります!」
ロロットも一緒になりアルクを問い詰める。
「何をと言いましても……ただ身体強化と特殊な歩き方をしただけですよ?」
「し、身体強化と歩き方で、音も風も起こさずに、あの速さで歩けるの?」
「はい。右手と右足、左手と左足を同時に出すと衣服の擦れる音が減り音を減らす事が出来ます。風圧や足音などは、慣れです」
アルクは、簡素にナンバ歩きを説明する。
「なるほどね……うん確かにそうね。と言うかアルク君はいつもそうやって歩いているの?」
「いえ、そういう訳ではありません。長距離を歩く時や戦闘の時のみです。普段から使っていたら、敵に情報を与えている様なものですから」
アルクの言葉にマーリンは(誰と戦っているのよ……)と思うのだった。
「流石、アルク君ですね」
そう話しているとセレスが、歩いて来た。
「そうですか?いつもセレス様との模擬戦でも使っていますよね?」
「使っていますね」
「そう言えば、どうしてセレスちゃんはアルク君の動きを見る事が出来たのか教えて貰える?」
「それは、簡単ですよ。目の強化を行い見えるようにしただけです」
マーリンの言葉に軽く答えたアルクの言葉に、セレスは居心地の悪そうな表情をする。
「目の強化……なるほど確かにそうすれば早いものでも追う事が出来るわね……でもそれだと相当な魔力操作が必要にならない?
身体強化の魔法は、血管に流れている魔力を操る魔法なのよ。だから、目の強化となると細い血管に魔力を流す事になる。でも魔力を操ると言う事は、魔力を硬質化させることもある。つまり、細い血管の中で魔力操作をミスした場合、硬質化した魔力が血管を突き破る可能性がある。セレスちゃんは、一歩間違えれば目が見えなくなる可能性すらある危険な事をやっているの。その自覚はある?」
マーリンは、真剣な顔でそう言った。
(昨日、ファルミアが『命の危険が伴う授業』と言ったけど、初等科にそんな授業は無いのよ。だから何を言っているのかと思ったけど……この二人に対して言っていたのね……)
どうやら、昨日ファルミアが言っていた事に対する疑問をマーリンは理解できた様だ。
「それは……」
セレスは、何処か都合の悪い表所をした。それは、この魔法を取得した理由をマーリンには言えないからだった。
「あなたは、ファルミアに貰った大切な体、命を……将来、国民を導くための命を粗末に扱うつもり?」
マーリンはセレスの両肩を掴み、セレスの目を真っすぐと見た。
しかし、セレスはマーリンと目を合わせようとはしなかった。いや、出来なかったが正しい……
「っ!?……せれ……」
マーリンはそこで、セレスの異変に気が付いた。
「マーリン先生その話は、後で僕からします。一先ず、カルム殿を医務室に運びましょう。それに、今日の授業はこれで終わりですよね?」
「そ、そうね。確かに、カルム君をこのままにしておく訳にも行かないし、他の生徒達は先に帰しましょうか」
「わ、分かりました」
完全にマーリンの空気に呑まれていたのかロロットが『っハ』とする。
それから、アルクとマーリン、セレスはカルムを医務室へと運び、ロロットは他の生徒達を家に帰した。
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「さて、あれはどう言う事なのか教えて貰っても良い?」
マーリンが真剣な表所でそう言い、セレスは俯く。
「それは、僕が話しましょう。ファルミア殿下にも許可は貰ってあります」
「っえ!?」
アルクの言葉に、セレスは驚愕する。
「ファルミア殿下曰く『マーリンは何時までも誤魔化せる相手じゃないから、バレたら素直に事情を説明し、協力を請うのよ?』と言われましたので、それを実行します」
「……」
セレスは、その事実を聞かされていなかったのがショックだったのか、俯き、口を開かなかった。
「まず、マーリン先生一つ約束してもらえますか?」
「えぇ、それは良いけど、何を?」
「これから、話す事は一切誰にも口外しないと言う事です。勿論、マーリン先生の身内にもです」
「それは良いわよ?私、両親以外に身内居ないし」
マーリンはあっさりと承諾する。
「では、まずこの部屋の声が外に漏れないよう、魔術を使わせてもらいます」
「えぇ、良いわよ」
マーリンの許可を得た所でアルクは、魔術を行使する。
「ふーん。これは面白い魔術ね……」
「はい。まぁ、これは後程説明しますので、先に本題に行きましょう」
「そうね」
「まず、マーリン学園長は一つ勘違いをしています」
「勘違い?」
「はい。セレス様は、先程の魔法の様に危険な魔法を身に着けるしか無かったのです」
「それは、やむを得ない事情で、身に着けたと言う事?」
「はい。その理由は、先程マーリン学園長も見たのではないですか?」
「え、えぇ……」
マーリンは未だに自分の見たことが信じられないのか曖昧な返事をする。
「あれは、魔眼です」
「魔眼?」
「はい。簡単に言ってしまえば、魔法、魔術よりも強い奇跡を起こす事が出来る力の事です」
「魔術や魔法よりも強い奇跡を起こすことが出来る力……」
そこまで話した所でセレスがアルクの制服の裾を握りしめ、覚悟を決めた様な顔をアルクに見せる。
「ここからは、私が話します……」
意志の宿った目でセレスはマーリンを見つめる。
「分かりました」
そう言い、アルクは、座る位置を横にずれ、マーリンの正面を開け、セレスがそこに座る。
「皇家は、稀に魔眼を受け継ぐ事が有ったそうです。そして、一番最近確認されたのが、28年前の事です」
「28年前?」
マーリンは首を傾げる。それは、年代とセレスの年齢が合わないからだろう。
「最初に魔眼が有ると確認された人物はセレス様ではありません。僕の母親である、フェリス・アリス・フェルスです」
アルクは、補足をするようにサラッと言った。
「……」
しかし、その名を聞いたマーリンの目は文字通り点になる。
「その……」
セレスは、そんなマーリンに気が付かず話を進めようとする。しかし、それを、気を取り直したマーリンが遮る。
「いや、ちょっと待って……話を続ける前に、アストルフォ君は本当は皇族?」
「血筋的にはそうなります。これは秘密ですので、ご内密にお願いします」
「え……と言う事はフェリス皇女殿下は生きていたの?」
そう、アルクの母親……フェリスは公には病で死んだことになっていたのだ。
「生きていました。少なくとも4年前までですが。まぁ、僕の話は置いておいて、セレス様の話に戻りましょう」
「気になるけど……そうね」
アルクに論されマーリンは、話を本筋へと戻した。
「この、魔眼はつい最近まで自分の意思で制御できませんでした。その為、私は自分の意思に反して能力が発動し、魔眼が発動した相手の過去を見てしまっていました」
「と言う事は、セレスちゃんの魔眼は他人の過去を見る力だったの?」
「はい」
セレスは、俯くと小さく頷く。
「それは……なるほどね……どうして今までセレスちゃんがこんなにも早熟なのか不思議だったのだけど……納得がいったわ。だって、いくら皇族が早熟だからってセレスちゃんの精神成長速度は異常だったもの……」
マーリンは少し悲しそうな顔をし、そう言った。
それは、同情なのでは無く、ただの哀れみ、マーリンはこう思ったのだ。『他人の過去を知るほど、酷な物はない』と……
それは、そうだ。他人の汚い過去、悲しい過去、辛い過去など……すべての過去を見せられて、普通で居られる人間は居ない。その人間の汚い部分を知ったうえで平然と付き合わなければ、いけないのだから――
「しかし、アルク君と出会いその力を制御する力を教えて貰いました」
「と言う事は、アルク君も魔眼を?」
「はい。僕も魔眼を持っていますからね」
アルクは、そう言うと魔眼の紋章を浮かび上がらせる。
「僕は、母にこの力の制御の仕方を教えて貰いました」
「この、魔眼の力を制御する為には、私自身の魔力を掌握し、制御する事で常に眼に魔力を行き届かせ、魔眼の制御をする必要があったのです。その為、普段から私やアルク君は、視力、動体視力共に、強化された状態です」
それを聞き、マーリンは又しても驚愕していた。
「それは、つまり常に身体強化の魔法を使い続けているの?」
「はい。そう言う事です。しかし、眼にのみ強化を施している為、魔力が底尽きる事はありません。と言うのも、眼の血管はとても細いですからね」
セレスはそう言い、笑みを作る。
しかし、マーリンの心情は複雑だった。
なにせ、魔力を常に操り続けると言う事は、相当な精神力、忍耐力が必要であり、途轍もなく疲れるのだ。
「だから……あの時、魔眼が発動したのね……」
「はい……」
マーリンは最初に魔眼を見た時の事を思い出した。
それは、セレスがマーリンに怒られ、精神を乱した時だった。反論できない、しかし本当の事を話す訳にもいかない……そんな心情でセレスは自分を責めたのだ。自分が悪い。力を制御できない自分が悪いと……だから、魔眼が発動してしまった。制御できず、力が解放されてしまった。
「うん……分かったわ。今回は知らなかったとは言え、私が悪いわね。ごめんなさい」
マーリンは頭を下げた。
「いえ、私も最初から言えばよかったのです。そうすればこうなる事はありませんから」
セレスは、自嘲の笑みを浮かべる。
(セレスちゃん……随分、危うくなったわね……そこまで自分を責める理由は……そうするしかなかったのか……)
マーリンは、笑みを浮かべたセレスを見てそう思い、セレスを見つめた。
「これで、この話は以上です。口止め料と言っては何ですが、これが先ほど使った魔術の術式です」
アルクは、魔法陣を描いた羊皮紙をマーリンに手渡した。
「原理を説明すると、音と言うのは、逆相違の音をぶつけると聞こえ難くなると言う性質を持ちます。それを利用した魔術です」
と、簡単に説明したアルクに、マーリンは呆然としていた。
「ふふ、相変わらずですね」
「ねぇ、セレスちゃん、アルク君って何時もこんな感じなの?」
「そうですね。こんな感じです」
先ほどの重い空気とは違い、アルクの突拍子もない魔術により明るい空気になった。
「新しい魔術を作るとはね……まぁ、良いわ」
そこで、今回の話は終わり、解散となった。




