第二話 邪の道は蛇
アルクとセレスは食堂で食事をとり、次に行われる実技試験の会場へと向かっていた。
「実技試験は、学園が所有する闘技場で行う様ですね」
アルクは、筆記試験の最後に配られた、実技試験に関する注意事項などが書かれた用紙を手に言った。
「そうですね。この学園は四つの大きな闘技場を所有していますから」
「四つも有るんですか?」
「はい。なんでも、4年に1回開かれる交流試合の会場になるらしいですよ?」
「交流試合ですか……面倒くさそうですね」
「ふふ、アルク君は相変わらずですね」
など、他愛ない事を喋りながら二人は、指定された第一闘技場へと向かった。
「さてと、君達二人で最後だね」
アルクとセレスの二人が闘技場に入るとマリがそう言った。どうやら二人は一番最後の到着だった様だ。
「それでは、早速始めましょうか。試験内容は簡単よ。魔術、魔法どちらかを、使い私の目にかなえば合格。簡単でしょ?」
――と、微笑んだ。
マリに呼ばれた順に受験生達は各々、マリに言われた通りに魔術、魔法のどちらかを全力で行使していた。
だが、この闘技場に集まった50人中40人が試験を行い、全員が不合格だった。
「意外と、厳しいみたいですね。この試験は」
「そうですね。まぁ……それもそうかと言えるかもしれません……」
そう言ったセレスは、少し苦笑いを浮かべていた。
「何か知っているんですか?」
「あぁ……そう言えばアルク君は城で会った事ありませんでしたね。あのマリ先生は、お母さんの友達なんです。本名をマーリン。魔術、魔法理論の分野において横に出る者が居ないと言われている人で、あの人の試験を合格したければ、新しい魔法見せるしかないのではないですかね……」
セレスは、小さく溜息をついた。
「マーリンと言う事は、この学園の学園長ですか?」
「はい。学園を作る際に、お母さんがマーリンさんに頼んだそうです。しかし断られた為、二人が決闘を行い、その結果マーリンさんが破れて今の状況になっているそうですよ」
――と、二人の過去を聞いたアルクはアグレッシブな人生を送っているなと内心思う。
そうこう話をしていると、セレスの順番が回ってきた。勿論セレスの前に居た受験生48名は全員が不合格だ。
「次は……と、セレスちゃんか……見なくても良いけど一応やっとかないと苦情が来そうね……と言う事で、次はセレスティーナ・ジャンヌ・フェルスさん」
「はい」
名前を呼ばれたセレスは、前に出た。
「マリ先生どんな魔法が良いですか?」
「何でも良いですよ?何を使っても合格にしますから。ただ、周りの皆さんが納得する魔法でお願いします」
――と、マーリンは不合格にした48人の受験生達に目をやる。
「それでは、『天をも……』」
セレスがそう言うと、術式を構築していく。すると、徐々に空気中のエネルギーがセレスの小さな手の先に集まっていく。そして――
「合格です」
「え?」
と、発動前にマーリンの言葉により、術式解体をするセレス。
「合格です。それを使えるなら合格です。と言うか使わないでください。それを使ったら、学園都市が消えてなくなります」
「「「「………」」」」
マーリンのその言葉を聞き不合格になった48人の受験生達が唖然としていた。なにせ、彼らの中では、セレスの魔法と同等以上の魔法、魔術で無いと合格できないと言う思考になっていたからだ。それも間違ってはいないが……
「ふぅ……セレスちゃんもう少し手加減してほしいわよ」
「ふふ、すいません。マーリンさんが他の受験生にイジワルしているから、ちょっとやり返しです」
「大丈夫よ。後でちゃんと点数は付けるから……今回はセレスちゃんともう一人の子を観られれば私は満足なのよ」
「それでしたら、他の受験生には先にお帰り頂いた方が良いかもしれません」
「ん?何でよ」
「今のアルク君の本気を見たいのでしたら、誰も居ない方が見れる|確率<・・>が上がると言うだけです。アルク君は自分の力を他人に見せる事を極端に嫌がりますから」
「そう言う事……分かったわ」
――と、二人は小さな声で会話をする。そして、話がまとまるとマーリンが声を発した。
「さて、次はアストルフォ君ね」
「はい」
「君は、最後だから、対戦形式にしましょうか。もちろん対戦相手は私よ」
マーリンはそう言うとニコリと笑った。
その笑みを見たアルクは、『また、戦闘狂か……』と思うのだった。
「分かりました」
「やった」
マーリンは小さくガッツポーズをする。
「それでは、ここからは長くなるから、実技試験が不合格になった受験生は……そうね、あそこに居る受付嬢に付いて行ってね」
マーリンが一瞬、如何しようかと迷った時に視界の端に映った受付嬢に向けてそう言い指を指すと、『誰が受付嬢ですか!』と言う声が聞こえてくる。
「はぁ……まぁ良いです。それでは皆さんこちらに来てください」
そうして、不合格になった48名の受験生達は第一闘技場から立ち去った。
しかし、アルクは暫く受付の女性が居た場所を見つめていた。
(如何して、此処に居た……今の時間は他の試験会場も終わり、受付の仕事が有るはずだ……)
アルクの中で受付嬢への違和感、不安が強まっていた。
「さて、邪魔者も居なくなった事だし……やりますか」
「マリ先生口調が変わっていますよ?」
「なに?アストルフォ君。セレスちゃんから聞いたんでしょ?」
「確かに、彼方がマーリンだと言う事は聞きましたが、性格までは聞いていませんよ」
アルクのその言葉を聞くと、セレスが悪戯な笑みを浮かべる。
「ビックリしました?」
「はい。とても……」
「やったぁ!」
セレスは、嬉しそうに笑顔を見せる。
(とてもビックリしましたよ。だって……中身が外見を裏切っているんですから……)
と、アルクを驚かせた事に喜んでいるセレスを横目にアルクは、セレスより頭一つ大きく、薄い緑色の髪を膝辺りまで伸ばし、この学園の女子の制服を着ているマーリンを見つめ思う。
「今、失礼な事を考えただろう?君」
「気のせいですよ」
疑惑の目を向けるマーリンにアルクは笑みを向ける。
「はぁ……まぁ良い。私は君と戦えれば満足だ」
マーリンはそう言い残し、闘技場の真ん中に立った。
「何をしている君も早く準備をしたまえ」
「分かりました」
アルクも、マーリンに促され、アルクも闘技場の真ん中へと向かう。
「アルク君、頑張ってください」
「はい」
セレスに、笑顔で見送られ、アルクは闘技場の中心へと足を運ぶ。
「ルールは、何でもありの総合戦。ただし相手を殺す攻撃、この闘技場を壊す事は禁止。私がファルミアに怒られるから」
「分かりました」
「それじゃぁ、セレスちゃん審判お願いできる?」
「分かりました」
そうして、ルールや役割が決まり試合が始まる。
「それでは、始め!」
セレスの合図とともに、マーリンは外周を走りながら口を動かす。
それとは、対照的にアルクはその場に棒立ちで、マーリンの詠唱を聞いた後に口を動かすだけ。
『エア』
『エア』
『アイス』
『アイス』
『ファイア』
『ファイア』
と、しばらく、マーリンが低級魔法を放ちそれを、アルクが同級・同属魔法で相殺すると言う攻防が続く。
「あなた……やるわね。私の低級魔法は普通の魔法使いの上級魔法位の威力があるはずなんだけど?」
「あはは」
アルクは、笑って適当に誤魔化す。するとマーリンが続いて攻撃を行う。
『アイス・スピア×1000』
アルクを中心にマーリンは氷の槍を生成する。
『エア』
アルクがそう小さく呟くと周りの氷槍はすべて水となり地面を濡らした。
「っな!?」
マーリンもそれを見て驚く。当然だ。熱も与えずに氷が水へと戻ったのだから。
「っち……」
しかし、マーリンは即座に頭を切り替え、アルクに向けて走っていき、手をアルクの首の寸前で止めた。
「どう言うつもり?」
マーリンは怒っていた。それは手加減をされたから。それは、完膚なきまでに叩きのめされたと感じたから。
「どうとは?」
「どうして、わざと負けたの?」
「どうして……僕はこの学園に入学さえ出来れば良いんです。あなたに勝つ必要が無い。それに、誰かに見られているのに自分の事をさらす訳が無いじゃないですか。僕はセレス様の騎士ですよ?敵に情報を与えて如何するんですか」
と、アルクは笑みを見せる。誰か、それはセレスでもマーリンのでもない、第三者。
「確かにそうね。私も低級魔法しか見せていないし。お互い様か……あぁ~あ、また負けた」
マーリンは大の字に寝転がる。
「アルク君、あれは何をしたのですか?」
セレスは、目をキラキラさせながらアルクに近寄って来る。アルクが書庫でよく見るセレスの顔。知識を貪欲に吸収しようとするセレスの顔だ。
「そうよ!氷が一瞬で液体になるなんてどんな魔法を使ったのよ!」
「あれは、ただのエアですよ」
「エアで、氷が液体になる訳が無いわ!」
「なるんですよ。それを説明する前に……まずは、そちらの方には出て行ってもらいましょうか?」
アルクが、闘技場の入り口を見る。
「そうね……」
「そうですね……」
マーリンとセレスも同様に同じ方を見ると、ひとりの女性……いや、受付の、と付けた方が良いかも知れない。
「流石ですね。お三方とも。あぁ、大丈夫ですよ。受験生の皆さんは全員、帰ってもらいましたから」
「まさか、受験生に何かしたのですか!」
セレスが、怒りを露わにしてそう叫ぶ。
「何もしていませんよ……ただ、我が父?母?への信仰が目覚め、お家に帰って行っただけです。全員生きていますよぉ~?」
そう言いながら、女は首を九十度傾ける。
「そうか。まぁ、信じちゃいないが……それにしても、私の学園に来るとは……いい度胸だな。取りあえず此処で捕まってもらうぞ」
「それは願い下げですねぇ~」
受付の女性は口角を限界まで吊り上げ笑みを浮かべた。気違い、キモイ、怖い、恐怖、どの言葉も当てはまる様な不気味な笑みを……
『雹……』
「セレス様、下がってください。」
呪文を唱えようとしたセレスにアルクは下がるように指示を出す。
「いえ、私も……分かりました」
アルクの言葉に反抗しようとしたセレスだったが、アルクの真っすぐな瞳を見て指示に従う。
『クリエイト』
『フェイズ・ワン』
そして、アルクは小さく呟き、受付の女性の背後に一瞬で周り、クリエイトで作り出した。赤黒い刀を首筋に突きつける。
「あなたは何者ですか?」
「あのお方の使いです。セレス様をいただきにまいりました。」
女は、刀を突きつけられているにも関わらず笑みを浮かべたまま言い放った。
「それは、誰だ。そして、なぜセレス様を狙う」
「あのお方は、あのお方ですよ。もしかして見えないんですか!聞こえないんですか!それは可哀そう!選ばれなかったのですね。おいたわしや……」
受付の女性はそう言うと、雲一つ無い天を仰ぎ涙を流す。その光景は異様だった。
「あぁ~わが父よ?母よ?どうしてどうして……この者にはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
女性が一人、天に向かって叫び続けているとマーリンは親指を立て首を斬る動作をした。アルクは、それに従い受付の女性の首を切った。しかし……
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおこれは!ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやく、ようやくなのですねぇぇえぇっぇええええええええええええええええええ」
女は、首を切り落とされたのにも関わらず、女の首は天を仰ぎ、目を見開き、涙を流しながら、叫び死んでいった。それも、斬られた体は立ったまま……
「はぁ……悪かったね、気分の悪い事をさせてしまって」
「いえ。僕はセレス様を守る事が仕事ですので。それに、これには慣れていますので」
これ、それは先の受付嬢の様な人間の事である。
この半年間、城内や、視察先なので必ずと言って良いほどセレスを狙い仕掛けて来ている人間は、決まって『あのお方』や『わが父』、『わが母』などの言葉を使っていた。
その為、同一の組織だとアルクは見ていた。
(……また、アルク君に守られて……私は守られる側から守る側にはなれないのかな……もし、そうなら私が存在する意味って……何ですか?)
セレスが、女の死体をも見つめながら、内心そんな事を思っていると、足に痛みが走る。
「いっつ」
「どうしました!?」
セレスの声に気が付いたアルクが、セレスに駆け寄ると、そこには白い蛇がセレスの細い足に噛みついていた。
「エ……」
「ダメです。蛇は殺すと呪われる可能性があります」
マーリンが魔法を放とうとした所でアルクが遮る。
アルクは、噛みついている蛇の顎を掴むと口を開かせ、セレスの足から牙が折れない様に慎重に抜き蛇を逃がした。
「セレス様。今から毒を抜きますのでじっとしていてください」
アルクは、そう言い傷口に口をつけ血を吸いだす。
暫くして、セレスの足が腫れていないことを確認すると、アルクはヒールを掛け傷口を塞ぐ。
「これで大丈夫だと思います」
「ありがとうございます。アルク君」
セレスは、笑みを浮かべる。
「それにしても、驚いたわ。蛇を殺すと呪われるなんて、初めて知ったわよ」
「はい、私も初めて知りました」
「蛇は、神の使い又は神その物とする信仰がある地域には有るんですよ」
蛇は、神の使い又は神そのものとして日本では信仰されており、殺すと呪いや災いが襲うとされていた。
これは、前世の知識で実際に呪われるかどうかは分からない。しかし、実際に自分が転生している事、魔法や魔術が存在する事を加味すると、もしかすると……と思えてしまうのだ。
「へぇ~そうだ!氷の話の続きを教えてくれる?」
「そうですね。あれは、氷の結晶を破壊しただけです。氷は圧力を加えると、氷の構造結晶がその力に耐えきれず、液体に戻ってしまうのです」
「へぇ~だから『エア』なのか」
「はい」
マーリンがそう納得したところで、セレスとアルクは、すぐに王城に返される事となった。と言うのも、今回の事件を学園が調べる為、受験生は即刻家に帰されたのだ。
当事者である、アルクとセレスはマーリンが見ていた為、取調べは受けずに済んだ。




