思い出と想い
花桜里sideのストーリーとなります。
何か物足りない様な違和感を感じながら生活している少女、我花花桜里。
そんな花桜里は高校の入学式の為、長い桜並木を歩いていた。春特有の生暖かい風に舞う桜を眺めながら……。
そんな時、花桜里は急に突き飛ばされた。
何かと思い振り返ると花桜里の目には仁王立ちで居る男子生徒の後ろ姿が映る。
(何が起きたの……?)
花桜里は状況が分からなかった。
しかし花桜里が状況を理解しようと頭を回転させていると仁王立でいる男子生徒の方から30代後半くらいと男の奇声が聞こえた。
「は、っは……っはははははははははははっはは、は、は、絶望を与えようとしたら、まさか自分から死んでくれるとわな!ぎゃぁはあはははは」
「っ……いい加減にしろよ!」
男子生徒はそう言うと男の顎に目掛けて拳を放った。
花桜里は男を殴った男子生徒に目を奪われてしまった。
野生の獣の様に目を光らせ、しかし何処か冷静に状況を判断している男子生徒に花桜里は幼馴染の面影を見出していた。
(きーくんみたい……)
花桜里はそう思うと、無意識に立ち上がり男子生徒の下に向かう。
その最中に花桜里の眼には男子生徒の胸に刺さったナイフが目に入り慌てて駆け寄る。
「だ、大丈夫、です……か……」
花桜里はそう言うと、男子生徒に驚きを隠しきれなかった。
なにせ……
「きー……くん?」
先ほど似ていると思った幼馴染本人だったのだから……。
「ひ……さしぶ……り…」
何とか立っている花桜里の幼馴染である光希は花桜里に優しい笑みを向けて来た。
それを見た花桜里は、嬉しさで胸がいっぱいになった。
しかし、すぐに一つの疑問が浮かぶ。
「な、何で、きーくんが……」
花桜里は倒れかけた光希は優しく抱きかかえる。
抱きかかえられた光希は笑みを見せた。
「き、昨日……帰って……きてね……っぅ……」
光希はそう言うと少し顔を顰め胸に刺さったナイフを固定するように抑える。
光希の返答を聞いた花桜里は昨日の視線が本当に光希だったのではと思う。
「じゃぁ……もしかして昨日視線は……」
花桜里は思わず声に出してしまった。
その花桜里の言葉に光希は小さく頷く。
(そっか……そっか……昨日、光希君は居たんだね……)
花桜里はそう思うと今にも泣きそうになると同時に昨日気が付けなかったという後悔で胸が一杯になる。
しかし、今はそんな状況じゃないと頭を切り替えポケットからスマホを取り出す。
「きゅ、救急車!」
花桜里は動揺で震える手で必死にスマホの画面を操作する。
しかし、そんな花桜里の手の上に冷たく震える出がゆっくりと乗せられた。
「もう……無理だから……」
光希は今にも消えてしまいそうな声で言うと、笑みを浮かべゆっくりと首を左右に振る。
しかし、花桜里も頭の何処かでは分かっていた。光希が助からないかもしれない事は……。
なにせ、光希と花桜里の周りにはすでに大量の血液が溜まっている。
当然、側にいる花桜里の制服にも大量に血が染み込んでしまっている程の量で光希が今、話を出来ている事が不思議な位だった。
そんな光希を見て花桜里は如何しようもなく悲しくなる。
「どうして……どうしてそんな事、言うの?」
花桜里はそう言うと今にも零れ落ちそうな程、瞳に涙を浮かべる。
しかし、そんな花桜里を置いて光希はこう言った。いってしまった……
「最後に、かおちゃんに会えてよかったよ……」
と残して……
「嫌だよ……だって約束したじゃない……絶対に生きる事を諦めないって……また会おうって……まだ全然喋って無いよ……約束したじゃない……結婚するって……」
その言葉を聞いた花桜里は涙声で今まで光希の帰りを待っていた間の思いをはき出した……
それこそ、必死に……ただ、大好きな人に生きていてほしいと言う一心で語りかけた。
しかし、返事は無く……体も微動だにしなかった。
ただ、安らかに眠る光希の顔が涙でぼやける花桜里の目に映っていた。
その光景はどうしても花桜里に理解させてしまう。
受け入れ難く、残酷な事実を……。
「いやぁぁぁぁぁあっぁぁああああああああああああああああああああああああああ」
花桜里が叫び声を上げた。
まだ、暖かい光希の亡骸を抱きかかえ。泣き叫んだ……
子供の様にただひたすら泣き叫んだ……
(私は……守れなかった……約束したのに……私は……何もできなかった……私は……何もしてあげられなかった……私は……きーくんの為に何かできだのかな……)
泣き叫ぶ花桜里の内心でそんな事が渦巻いていた。
♰
暫くすると、騒ぎを聞きつけた生徒達が集まって来ていた。
そして、当然その中には……。
「どうしたの?花桜里おねぇ……っえ」
騒ぎを聞きつけ現れた光希の妹、凜も居た。
凜は、泣いている花桜里に抱かれる様にして血を流している光希に驚愕していた。
「いやだよぉ……きーくん、きーくん……私を……また、おいていかないでよぉ……」
花桜里は、もう動くことの無い光希に必死に語りかけていた。
そんな二人を目にして凜は、荷物を落とした……。
(何が……おきて……)
凜は呆然と立ちつくした。
凜の頭はあまりの受け入れがたい光景に情報をシャットアウトし自己防衛に入っていた。
しかし、ある事実だけは凜にも理解できた。
(お兄ちゃんか……あぁ……)
凜はそう思うと膝から崩れ落ち、静かに涙を流し始めた……。
♰
光希が刺殺されてから一ヶ月後――
『コンコン』
真っ暗な部屋の扉をノックする音が響く。
「……」
しかし、中から返事は無い。
「花桜里……いい加減、出てきなさい……」
そう言ったのは花桜里の母親であり、凜の育ての親だ。
光希の死に居合わせた花桜里は、未だに立ち直れず部屋にこもっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」
花桜里は、何かに取りつかれたかのように、布団の中で一人そう呟き続けていた。まるで、嫌な事から耳を塞ぐように……
「花桜里、お願いだから出てきてご飯食べてよ……また……倒れちゃうよぉ……」
花桜里の母親は、部屋の前で泣き崩れた。それも無理は無い。
花桜里はこの一か月ロクに物を食べて居ない。その所為か一ヶ月と言う短い間に5回も倒れている。そのすべての原因は栄養失調と精神的不安定が理由だ。
そこに、凜が現れると花桜里の部屋の扉を開いた。
すると、暗く陰気な部屋に廊下の光が差し込む。
「花桜里おねえちゃん、ご飯食べよ?ね?」
目を赤くした凜が花桜里の部屋の中に入って来たのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
凜が入って来た事に気が付き花桜里が顔を上げ、凜と目が合うと花桜里の呟きが止まる。
しかし、花桜里の目は、絶望、悲しみ、無力感、様々な負の感情に汚染された目だった。一言で言ってしまえば不気味だった。まるでミイラの様に痩せ細り、目に光がさしていないのだから……
「花桜里おねえちゃん……」
そんな、変わり果てた花桜里の姿に、凜は何も言えなくなってしまう。
「あ……あぁ……」
花桜里は、凜を見つめ涙を流す。ただ、涙を流す。
花桜里がその心の内に何を思っているのか凜には分かった。
凜は覚悟を決めた様に小さく息を吸う。
「花桜里おねえちゃん。私ね、お兄ちゃんと血、繋がってないみたいだったんだ」
凜は、悲しそうな笑みを作り、唐突にそう言った。
「あ……え?」
「そうよ……光希君は凜ちゃんと血は繋がってない。勿論ご両親とも……」
「そ……れ……は……」
凜と母親の言葉に、何も食べて居ない花桜里の思考は追い付けなかった。
(何を言っているの……どういう事……)
声に出せない代わりに花桜里は内心でそう呟く。
「光希君は凜ちゃんのご両親が仕事で遺跡の調査に行った時に調査中の遺跡の中で見つけた子供だったのよ……もちろん光希君は知っていたよ。でもね、二人にこの事を言う事は光希君に口止めされていたのよ……『二人に心配させたくないから』って……」
花桜里の母親は言われた当時の事を思い出しながら語る。
「私ね……おばさんに全部、聞いちゃった……だから、お兄ちゃんがどうして、あの人達の所に行ったのか、どれだけ……私の事……私と花桜里おねえちゃんの事が………大切だったのか……分かったんだ。これにも書いてあった……」
凜は、ノート10冊分になるだろう裏が白紙になっている広告の束を取り出した。
花桜里は恐る恐るそれを手に取り、ページを一枚また一枚とめくる。
そこに書かれていたのは、光希が叔父の所で受けていた虐待やいじめに関する日記だった。
10/5
胸に五発顔居三発、ご飯なし……もう死んでしまおうか……何度もそう思う。でもあの二人の居る場所に戻るまでは死ねない。もう一度会って、ちゃんと喋るまでは……凛の誤解も解かないといけないのだから……
11/6
熱湯を浴びせられる、ご飯なし……全身がひりひりする。あぁ…三人で遊んでいた頃が懐かしい。いつか戻れるのだろうか……元気にしているだろうか……
12/25
何処を殴られたのかもう覚えていない。痛みも無い。寒さも感じない。自分はおかしくなってしまったのかもしれない……誰か……
などなど、その時の光希の感情などが書かれていた。そして、そこには必ずとして二人や、あの頃の様に、凜と花桜里を思わせる文章があった。
「あぁ……」
花桜里に言葉に出す事ができない感情が湧き上がり、ただ瞳に涙だけが溜まる。
「これが、お兄ちゃんの借りていたアパートから出てきたの。ほかにも、遺書とかもあった……」
「っへ?……い、しょ?」
花桜里が掠れた声で疑問を口にする。
その疑問の原因は花桜里の知る正宗光希と言う人間は、自ら死ぬ事は絶対にしない強い人間だったからだ。そして何より、二人は約束をしていたから……
「うん。お兄ちゃんは相当な虐待といじめを受けていたみたい。それでね、今回の事件で司法解剖をする事になったの。その時に発見できた、打ち身の跡や、骨折の跡、骨のヒビ合計は78か所以上、有ったみたい……」
凜は俯き、手を握り込みながらそう言った。
「78……そんなに……」
「うん。そして何度か死のうと思ったみたい……でも、その度に遺書を書いては、くしゃくしゃにして持っていたみたい」
そう言い、凜は、ポケットからくしゃくしゃになった遺書を複数枚取り出すと、花桜里は震える手で遺書を受け取り中を開き読み始めた。
『凜、かおちゃんごめん……』
『凜、かおちゃんごめん……』
遺書はすべて、それだけで終わっている。
「お兄ちゃん、そこまで書いて毎回、死ぬのをやめていたみたい。私達の事を思い出したのかな……」
凜は涙声になりながらそう言った。
「本当は、私も分かってた……お兄ちゃんが私を……私達を守ってくれていた事は……でも……私、弱いから……お兄ちゃんみたいに強くないから……」
「凜ちゃん……」
自分の弱さを認めようとしている凜を見て、花桜里は心が痛かった。
(光希君に頼まれたのに……どうして私は……)
「きーくん……」
花桜里は光希に任された事が果たせなかった事に今になって公開を抱く。
「私、お兄ちゃんに会いたいよ……もう一度会って……ごめんなさいって言わないと……でも……でも……」
凜はその場に崩れるように座り込むと、兄である光希への後悔を漏らした。そんな、凜の言っている言葉はもう花桜里への説得では無く自分自身に語り掛けている様だった。
「あ゛あぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ、ひっぐ、きーくん……会いたいよ……もう一度、もう一度、もう離さないから、もう見失わないから、だから!……きーくん帰って来て!お願いだから帰って来てよぉおおお」
そんな凜を見ていた花桜里も、自分の後悔や弱さを、光希と別れる前の誕生日に貰った四葉のクローバーのネックレスを力強く握りしめ、強く叫ぶ。
「お兄ちゃん……どうして言ってくれなかったの?言ってくれたら私にもその苦しみが割られたのに……どうして、兄ちゃんはそんなに私に優しいの……私だって苦しませてよ!私も一緒に……泣きたいよ、苦しみたいよ。どうして……全部一人でしょい込むの……どうして……どうして……どうして、私も連れっていてよ!会いたいよ!もう一度……もう一度、あのかっこいいお兄ちゃんに、優しいお兄ちゃんに……会いたいよぉおおおおお」
凜も、光希からもらった、ハートのネックレスを強く握りしめ、泣き叫ぶ。
二人とも今までため込んだ、不安や自分への怒りなど自分を責める言葉を吐き続けた。その声は家の外まで聞こえる程の大きな声で。しかし、それに苦情を言ってくるような近所の人々はいなかった。
なにせ、花桜里も凜も幼い頃からこの辺りではアイドル的な存在であり、二人が落ち込んでいる事は皆知っていたのだ。
そして、花桜里のお母さんが薄っすらと涙を流しながら二人を自分の胸へと抱き寄せ二人の頭を優しく、優しく撫でていた。
「悲しいよね。辛いよね。でも……せっかく光希君に助けてもらった命なんだから、大切にしないとね花桜里?」
「っう、うん。うん……うん……」
花桜里は、強く頷く。
「凜ちゃんも、光希君が守ってくれたからこそ、今こうして泣けるし、辛くなれるんだよ?笑われても良い、蔑まれても良い。でも、命を捨てる事、その責任を他人に押し付ける事はしちゃだめだよ。辛くなったら、泣けばいい。悲しくなっても泣けばいい。愚痴ならおばさんがいくらでも聞いてあげるからね」
「うん」
凜は、ゆっくりと首を縦に振る。
「それじゃぁ、花桜里も凜ちゃんもご飯にしようか。花桜里は栄養ゼリーからだけどね」
「「うん!」」
二人は、瞳に涙が溜まっているが、何処か吹っ切れた……いや、自分の心を落とし込めることが出来た様な、清々しい笑みを浮かべ、力強く頷き立ち上がる。
すると、腰が抜けていたのか二人とも、ペタとへたり込んでしまう。
「「っふ、あははは」」
そんな、お互いの姿が可笑しく、二人は笑いあった。
「昔もこんなことあったよね」
「あったね。きーくんと凜ちゃん、私の三人が道場で瞑想をしていて終わった時に私も凜ちゃんも足がしびれて立てなくて、きーくんに支えて貰ったっけ……」
「うん」
その日の夕食は、そんな懐かしい事を語りながらの楽しく、懐かしい夕飯となった。
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