<鎖2、過去> 第十話、キャノンボール
(この小僧のレベルは6、
私がこれ位の年齢の時には既にレベル20近かった。
きっと剣聖の養子という恵まれた環境に胡坐をかいていたのだろう。
代々騎士団長の名家に生まれ、その名に恥じぬよう常に自分の身を律し
練磨してきた私との意識の差を教えてやるぞ、平民!)
騎士団長アドラは剣を抜いた、つもりだった。
ガシャンッ。
その時アドラの右腕の手首から先が、剣を握ったまま地面に落ちる。
不思議と切断面からは一滴の血も流れていない。
「なっ、!?」
一瞬何が起こったのか解からないアドラは狼狽した。
「だっ、大臣を守れー!」
部下の騎士の誰かが咄嗟にそう叫んだ。十二人の騎士達は
ナインと大臣の間に入り、剣の柄に手を伸ばした。
ガシャガシャガシャ、ガシャンッ。
さっきと同じように、今度は十二の剣を握った掌が地面に落ちた。
やはり何故か血は出ていない。
(攻撃の入り、自らの剣を抜く時こそ細心の注意が必要。
そこを疎かにするから拍子を盗まれ、小手を打たれる。
そんな基本も出来てないなんて、この騎士達は経験の浅い
新兵なのだろうか?)
ナインは、敵の歯応えの無さに少しがっかりした。
「……小僧、貴様どんな手品を使った?」
そう言いながらアドラは切断された右手を拾い、呪文を唱える。
騎士団長アドラの体が暖かな光に包まれた。
「へー治療魔法を使えるのか。見かけによらず器用なんだな、
おじさん。だけど……、」
「何故だ!、何故繋がらない!?」
「……だけど、剣聖技を甘く見すぎだ。
相手の命を奪うことなく無力化させる為の技『無跡剣』は
あらゆる次元、あらゆる並行世界、
全ての過去と未来、全ての前世と来世に対する斬撃。
どんな治療魔法や霊薬でもその腕は元に戻らない、というより最早
未来永劫、過去永劫、来世も前世もその腕と別れた手首が
『元に戻った状態』なんだ。」
「お、おのれ……。」
アドラは自分の利き腕を諦め、左手で剣を構えた。
「ふーん、まだやるのか。」
ナインの住んでいた山にも手足を斬られ尚も向かってくる
凶暴な猛獣は沢山いた。なので、それらを鎮める手段を
ナインは知っていた。
「剣聖技、無跡剣」
ナインが再びナイフを振るう。
コロコロ。
アドラの鎧の裾から二つ、睾丸が転がった。
そして、山の猛獣達と同様にアドラの動きが止まる。
(これで良しと。自分の命を奪おうとする相手を
睾丸だけで済ますなんて、俺って優しいよな。)
ナインは真剣にそう思っていた。だが、
この時ナインは13歳。物心ついた時から
義父である剣聖と二人きりで修行漬けの毎日だった彼は
色々と一般的な知識に欠けているところがあった。
彼にとって睾丸は人体の急所であり、また
体の中心に気を集める場合に意識する箇所であり、
つまり武術的な意味でしか睾丸の意味を理解しておらず
生物本来のその役割を知らなかった。
余談ではあるがこれより数年後「その本来の役割」を知った
ナインがアドラと再会、ナインは
「金玉切っちゃってゴメンね。」と謝罪した。
「さて、と。」
ナインは大臣の方に視線を向けた。
「俺はあなたの事が好きだから、本当は斬りたくない。
だけど自分の命を狙った相手を必ず無事では終わらせるなって
言うのが爺ちゃんの教えなんだ。
そうしないと、剣の意味、命のやり取りの意味が
軽くなるって。」
ナインが大臣へ向けて一歩進む、その時。
(危ない!)
横なぎの剣がナインを襲った。
咄嗟に胸を抜き、膝を抜き、重力落下を使った無拍子のしゃがみで
攻撃を躱すとそのまま後ろ受け身の後方回転で敵との距離を取る。
(利き手ではない腕で、これほどの一撃を放てるとは……)
ナインは驚いた。
剣閃の主はアドラ。当然ナインも警戒を怠っていなかったので
何とか回避出来た。だが、この騎士団長もやはり
世界有数の使い手の一人。若き次期剣聖もこの予想以上の攻撃速度に
肝が冷えた。
「大臣には指一本触れさせんぞ!」
そう言って立ちはだかったアドラに今度はナインが斬りかかる。
しかし、油断を捨てたアドラは冷静にその一撃を打ち払った。
パキンという音を立てバターナイフの刃が折れる。
(これがこのおじさんの本来の実力か……、
睾丸を失っても向かってくる闘争心といい、侮れないな。)
ナインは少し多めに距離を取り、更に意識を集中した。
「身の程知らずの平民め、思い知らせてやるぞ。」
隙の無い構えで、アドラはナインに近づいていく。
そして、こう言葉を繋げた。
「大臣とご息女が乗った馬車を襲った大型モンスターを
貴様と剣聖が倒したそうだが、
私はその話を聞いて最初から疑っていたのだ。
自作自演、下賤な民がこうやって王族に近づく為
自分の使い魔に馬車を襲わせたんじゃないかとな。」
それを聞いて、ナインはカッと目を見開いた。
周囲の空気が一変する。
「それは……、爺ちゃんが、
そんな卑怯な、そんな詰まらない真似を
したって言っているのか!?」
怒髪天、その瞬間
ナインの体に沸き起こった殺気が部屋に放たれた。
剣聖が本気で込めた殺気はそれだけで凶器となり得る。事実、
その気に当てられたアドラの部下12名の内3分の2、
8名までもが失禁した。残りの4人は失禁こそしなかったが
脱糞した。
「くらえ!」
ナインは足元に転がっていた睾丸をアドラ目がけて蹴った。
打ち出された睾丸は、弾丸となって敵を襲う。
「剣聖技、キャノンボール」
パーン!というもの凄い破裂音を残し
弾丸(睾丸)はアドラの顎と共に砕け散った。
人生で一番
睾丸という単語を使いました。